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カテゴリー「旅行・地域」の記事

2019年9月20日 (金)

海中のポツンと船みたいな島@能登半島あちこち巡り・その2

のと里山空港から予定を変更して上時国家の豪壮な屋敷を拝見したあとは能登町に向かいます。

といっても地理を全く把握してないので、方角すらもあやふや。

読んでいただいてるみなさんもわかりにくいですよね。

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真ん中やや下に空港があります。東に行って途中から北上して上時国家。

同じ道を南下して能登町の海岸近くにある造り酒屋を目指してます。地図の右。

能登町は能登杜氏発祥の地で、能登は日本4大杜氏に数えられてる。

他は南部杜氏(岩手)、越後杜氏(新潟)、但馬杜氏(兵庫)。

昔ながらの寒仕込みでつくっている松波酒造へ。

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銘柄は大江山。

BSプレミアム「呑み鉄本線日本旅」の六角精児のように試飲をお願い。

本醸造の次に出していただいたのが、発売が開始されたばかりの「ひやおろし」。

スッキリしていてうまい。即購入。

この夜の晩酌用です。

北上して海岸線を走り珠洲市に入りました。

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奇妙な島が見えたので寄ってみます。

見附島。別名軍艦島。

珪藻土が堆積してできた島が長年の風化、侵食でこんな形になった。

高さ29㍍、長径160㍍、短径50㍍のひし形。

タブノキ、モチノキ、ヤブツバキなどの照葉樹が繁ってます。

頂上に見附神社の祠があり昭和30年代までは登ることができたという。

🍴

お昼になったので道の駅すずなり近くのうどん屋へ。

「売り切れ次第終了なんだよね」

なんとか間に合えばいいけど・・。

ついたら店主が暖簾を下ろしているところでした。

タッチの差でアウト。

海岸沿いを走れば何か店があるだろう。

甘い考えで能登半島の北端をドライブ。

行けども行けども店なんかありません。

1時間ばかり走った狼煙というところに道の駅があって普通の食堂があったのでようやくお昼にありつきました。

能登半島の北端です。

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年9月19日 (木)

最大級古民家の上時国家を訪ねる@奥能登あちこち巡り・その1

「能登っていったことないなあ。加賀屋にでも泊まってみようか」

そんな一言から話がまとまって16日午前8時55分、全日空機はのと里山空港に向けて出発しました。

もちろん加賀屋は手が届きません。

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1時間弱の9時50分には到着。

あまり知られていない空港ですよね。

北陸の空の便と言えば小松空港が思い浮かびます。

ですが、奥能登の真ん中にあるんです。

輪島、珠洲、和倉温泉なんかに行くのも便利な空港です。

便数は羽田から1日2便だけ。

大阪とか九州からの便はないの。

観光協会の方に理由をうかがったら、空域が過密で余裕がないんだとか。

なんだかよくわからないが、関西空港なら許可が出そうだが、大阪の人はわざわざ関空まで行って飛行機に乗るよりも列車の方が便利。

神戸からの便をつくれないかと交渉中だとか。

自衛隊の小松基地が関係してるのかなあ。

離着陸に30分かかって、実際に飛んでたのは30分。

近いです。羽田からすぐについてしまいます。

見学デッキに上がったら周囲には見事なほどに何もない。

東、北、西の観光地のどこにも行けるように山を切り開いたんです。

天気が良ければ真正面に白山が望めるようです。

 

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宿は輪島ですが、まだ10時。どこにいくんでしょう。

すべてお任せなので、車の後部座席に座ってるだけです。

東に向かってる。どうも能登町の造り酒屋を目指してるようです。

交通標識を見てたら「上時国家」と出てます。

こりゃいかざあなるまい。

ずいぶん昔に歴史家の網野善彦さんの著作を読み漁った時期があった。

お願いしてコース変更、輪島市の東の端へと北上してもらいます。

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上時国家の祖先は平清盛の義弟、平大納言時忠。

平家滅亡後に能登に配流になった。その子、時国は近隣の村々300石を統治、江戸時代には天領の大庄屋だった。

現在の建物は江戸末期に建てられたもので完成までに28年もかかったという豪壮なもの。

建坪189坪。「近世木造文化の一つの到達点を示す」として国指定の重要文化財。

貴賓室は大納言格式だそうです。

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部屋の周囲を座敷が取り囲んでます。廻り座敷と言うそうです。

右側が庭園で、内外の戸を閉めると、中の人の居場所がわからず槍や鉄砲で狙う的が定まらない。

広大な屋敷ならではの間取りで「護衛の間」とも呼ばれる。

網野さんは上時国家の古文書から水呑み百姓がイコール貧農ではないことを解き明かした。

江戸初期に水呑みの家から時国家が100両もの借金をしていた。

このことから制度上は土地を持たない水呑みとされていた百姓が、多角経営の実業家だったことが判明したのです。

この水呑みは、北前船など日本海ルートの交易、製塩、製炭、金融など幅広く活動していた。

つまり農民も身分制度に固定されていたわけではなくて、さまざまな産業に従事していたことがわかってきた。

著書を読んだことは読んだが、まあほとんど理解してなくて、そんなことだったかな。

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湯殿です。

お湯を運んで入れる御殿風呂形式。

布が被せてるのは埃除けではなくて、身体が桶に直接触れないようにするため。

風呂敷の語源だそうです。

下時国家は週末だけ公開というのでパス。

戻って能登町を目指します。

 

 

 

 

2019年9月13日 (金)

お江戸日本橋を通って江戸の町へ・江戸東京博物館@地下鉄の地上を歩く会の番外編その3

最後に江戸東京博物館に入ります。

実は、この歩く会に参加しているメンバーが博物館でボランティア・ガイドをしてるんです。

街歩きをしているときにも時々、解説をお願いしています。

江戸については広く勉強していて詳しい。

ならばみんなも案内してもらいましょうというのが趣旨です。

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常設展示室の6F入り口に日本橋がかかってます。

全長28間(約51㍍)幅4間2尺(約8㍍)を半分だけ原寸大に再現。

なるほど、すっと江戸に入れます。

太平が続いた徳川時代の江戸。

生活インフラも整備されていたので庶民の生活も安定していた。

18世紀末のパリの人口は約60万〜65万。18世紀中に15万ほど増加したとみられている。

このため19世紀になっても生活用水の水源の確保、上下水道網の確率、塵芥・し尿などの運搬と処理などの問題をかかえていた。

(「パリの聖月曜日 19世紀都市騒乱の舞台裏」喜安朗、岩波現代文庫)

百万人の江戸はすでに初期に上下水道などを整えている。

都市のあり方についての長期的な展望を持って町を作ってる。

幕府は偉いです。

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日本橋を渡ると江戸城と町割りの縮尺模型。

江戸城では大名が将軍に拝謁する大広間、それに続く松の廊下などが再現されている。

浅野内匠頭がここで事に及んだのかという位置関係がわかります。

一角に大名駕籠が置いてあって中に入れます。

仙台藩のお姫様が座ってみましたが、立ち上がるのが大変そうでした。

お姫様はわざわざ仙台から駆けつけて参加してくれました。

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5Fに降りて華やかなのが江戸の四季と盛り場。

神田明神の山車が原寸大で復元されています。

祭りの壮大な行列も模型ですが目を引きます。

山車3台と神輿が出て300人の大行列。

実際には30数台の山車が繰り出したというから今とは比べ物にならない規模だったと想像されます。

写真は中村座の正面。間口11間(約20㍍)、奥行3間(約5.5㍍)で原寸大です。

1805年(文化2)11月の顔見世興行「清和源氏二代将」(せいわげんじにだいのゆみとり)の想定です。

瀬川路考、岩井半四郎の2枚看板なんでしょうか。

🎄

仲間のボランティア・ガイドさんには丁寧に説明してもらいました。

のども渇いたので両国駅近くの居酒屋でお疲れさん会。

 

 

 

 

 

 

2019年9月12日 (木)

富嶽三十六景で富士の山容が描かれてないのもあるんだ・すみだ北斎美術館@地下鉄の地上を歩く会の番外編その2

両国駅前に戻りまして国技館内の相撲博物館。

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稀勢の里の断髪式が九月場所後に行われます。

そこで企画展示は「横綱の系譜 若乃花(初代)、隆の里、そして稀勢の里」

明治神宮で行われた横綱推挙式で稀勢の里は若乃花が使用した化粧まわしを締めて土俵入りを行いました。

若乃花は師匠の師匠なんです。

三横綱にまつわる品々が展示されていて、仲間たちが懐かしんだのは若乃花。

みんな栃若時代に少年少女だったですから。

9月30日から来年の1月10日まで改修工事のため休館するそうです。

駅近くのお店でランチの後、2手に分かれます。

すみだ北斎美術館と江戸東京博物館。

人数が多いとガイドさんの声が届かないためです。

私は北斎美術館組。

歩いて15分ほどです。

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この日(9月5日)は常設展のみ。

北斎漫画や富嶽三十六景などはタッチパネルに触れてモニターに表示します。

これが面白い。

ポンとタッチすればお目当の絵が映し出されます。

面白がって三十六景(46図あります)のほぼ全部にタッチしてしまいました。

上の写真には富士山の山容が描かれてません。

唯一、山容が描かれてない「諸人登山」です。

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追加された10図のいわゆる裏富士。

大日堂に至る駒ケ岳付近の参道だそうです。

岩室にこもっているのは富士講の信者。

もう山頂下なんでしょうか。

空にたなびいているのは朝焼け。

もうすぐご来光が拝めます。岩室で待ってるんでしょうか。

🎄

他に北斎漫画などがタッチパネルで楽しめます。

 

 

 

 

2019年9月11日 (水)

ねつ造された関東大震災の写真・東京都復興記念館@地下鉄の地上を歩く会の番外編・その1

熱中症の危険があるので地下鉄の上の道路を歩くのはお休み。

なるべく建物の中に入って見学します。

今回は両国界隈のあちこちを巡ります。

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まずは両国駅から10分足らずの横網町公園。

皆さんご存じの陸軍被服廠跡につくられた公園で、この中に慰霊堂と復興記念館があります。

慰霊堂には関東大震災で犠牲になられた5万8000人の遺骨が納められています。

さらに東京大空襲で亡くなられた16万3000体の遺骨も安置されてます。

東京市は被服廠の移転により公園化の計画を進めていました。

その最中に起きたのが関東大震災。

周辺の人々が避難したが、運び込まれた家財道具に火が燃え移り、3万8000人以上の方が亡くなりました。

慰霊堂で線香を手向け手を合わせます。

🎄

中には東京大空襲などの写真も掲示してあります。

警察官の石川光陽氏が撮影したもの。

警視総監直々の命令で惨状を撮り続けた。

GHQからネガ提出を要請されたが拒否、プリントだけを提出した。

焼け野原になった八王子の写真もありました。

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ついで3月にリニューアル・オープンした復興記念館。

関東大震災に関するさまざまな資料が展示してあります。入場無料。

ちょうど秋季特別展「関東大震災写真の謎」が開催中。(10月6日まで)

震災直後の写真として流布されているものには多くの間違いや改ざん、ねつ造などが見受けられるという。

その実例を詳しく説明した展示です。

⬆️上の写真をご覧ください。

報知新聞が震災当日か翌朝に撮影した宮城前広場に避難した群衆。

 

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こちらは被服廠跡惨事直前の写真とされてます。

宮城前の写真の右部分を使い、背景の森を火煙に描き変えている。

写真の手前中央やや左のかすりの着物の子供が最初の写真にも写ってます。

こんなねつ造の実例が何枚も展示されてます。

一体誰がこんなことをしたのでしょう。

新聞社発行の出版物では見つからないそうです。

絵はがき業者が売らんかなの商魂で行ったようです。

当時、被服廠跡の惨劇写真は警察当局から発売禁止処分を受けました。

そのため直前写真が偽造され、絵はがきで売られたようです。

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ついで刀剣博物館。中の写真は撮れないので外観だけです。

「平成の名刀・名工展」開催中。

初めて日本刀を見ましたが美しいものです。

近ごろオンラインゲームの影響で刀剣女子が急増中とか。

日本美術刀剣保存協会では古来の製鉄「たたら」を復活させたそうです。

たたらでつくった玉鋼がないと日本刀が作れないんです。

玉鋼を名工たちに供給してるのかな。

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刀剣博物館は旧安田庭園の一角にありますので庭園も散策。

元は笠間藩の下屋敷、明治に安田財閥の創始者安田善次郎の所有に。

死後、故人の遺志により東京市に寄贈。

まだまだあちこち訪ねます。

 

 

2019年9月10日 (火)

高原に群れ咲くマツムシソウ@霧ヶ峰・八島湿原再訪#8

ヒュッテみさやまを過ぎて少し行くと植生が変わってきます。

八島ビジターセンターを起点に反時計回りでぐるっと回ってます。

これですよこれ。

高原に秋を告げる花を見なくてはね。

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真ん中に筒状の花が集まって、まわりに長さがまちまちの小花をあしらってます。

キク科みたいですがスイカズラ科マツムシソウ属。

筒状花からはシベが出てますが、周囲のひらひらにシベはありません。

飾りなんですね。豪華に見せてるんです。

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通路脇にも普通に群生してます。

こんなにまとまって咲いてるところが、あちこちにあります。

空は青空、ときおり涼しい風が通り抜けていきます。

うす紫の花も涼を誘います。

これが高原の秋なんですね。

あゝ満喫。

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これも見たかった花の1つ。

アサマフウロ。アサマ山麓周辺に分布。

あちこちにすごい数。アサマフウロだらけと言ってもいいでしょう。

フウロソウ属の中ではもっとも大型で色も濃い。

同属のゲンノショウコを思い起こしていただければ、大きさが実感できるでしょう。

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こちらはタチフウロ。

赤い筋が花弁の真ん中あたりまで伸びてるのが特徴。

アサマフウロよりも淡い桃色です。

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ボランティアのおじさんが教えてくれたエゾリンドウ。

訪ねたときはつぼみでしたが、もう咲き始めてます。(花便りで確認)

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色とりどりの花を楽しんだ八島湿原。

時間さえ許せば朝から夕方まで花を探して飽きないことでしょう。

何度でも訪れたいところです。

高原の秋よさようなら。

♫  云わず語らずに心とこころ またの逢う日を目と目で誓い

  涙見せずにさようなら   (小畑実「高原の駅よさようなら」)

 

2019年9月 9日 (月)

ツクバトリカブト&ススキの穂も目立って秋だねえ@霧ヶ峰・八島湿原再訪#7

トリカブトの濃い紫の花を見るのが楽しみです。

これまではヤマトリカブトしか見たことがない。

八島湿原ではツクバトリカブトだとか。どこが違うんでしょう。

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湿原から流れ出る小川のそばに咲いてたツクバトリカブト。

葉が深く3裂してるのが特徴。

撮ってる時は気づいてないんですが、こうして写真で確かめると3裂してますね。

福島から神奈川の太平洋岸に分布とか。

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オオミゾソバ。葉が普通のミゾソバよりも大きい。(そんな気がします)

花の色も濃いというけど、これは淡い桃色です。

葉の基部の翼が茎とくっついてるそうですが、そこまで見てません。

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ふと高原を見上げるとススキも穂が出てました。

高原の夏は短い。足早に秋がやってきます。

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ハクサンフウロ。色が濃いです。

まだ咲き残ってました。

🎄

時間がないので急ぎ足で進んでます。電車に間に合うかなあ。

 

 

 

 

2019年9月 8日 (日)

巴に咲いてるトモエシオガマ@霧ヶ峰・八島湿原再訪#6

まだ1周コースの3分の1も来てません。

見たことのない花ばかりなので先に進まないのです。

ほら、これも。

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トモエシオガマ。高地の草地で見られる。

奥の方が分かりやすいですかね。咲き方が巴になってるでしょ。

なるほど巴だと感心。

ハマウツボ科シオガマギク属。シオガマギクの亜種だそうです。

シオガマギクは茎の真ん中からも咲くが、こちらは先端だけ。

高尾山にはコシオガマというのがある。

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咲き始めのベンケイソウ。

園芸店などで見かけるのはオオベンケイソウ。

古い時代に薬草として中国からやってきた。

どうしてこんな高原にまで持ち込まれたんでしょう。

古くは生命力が強いことから活き草(いきくさ)と呼ばれた。

転じて武蔵坊弁慶の名を冠せられた。

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ずいぶんと長いサヤができてます。

イタチササゲ。マメ科レンリソウ属。

スイートピーと同じ仲間です。

マメは中国では薬にするけど食べない方がいいようです。

大量に食べると神経麻痺を起こすとか。

その代わりに若葉や若芽は山菜としておひたし、天ぷらなどにする。

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ようやくヒュッテみさやまにたどり着きました。

ここに入ってランチをとる予定でした。

時計を見たらもう2時過ぎ。

コースタイムでは30分でしたが、なんと2時間半近く。

それだけ花にあふれてると言うことです。

なのでお昼は抜き。ヒュッテ前のベンチでお菓子などを食べておなかを我慢させます。

ここからビジターセンターまでは約1時間。帰りの列車に間に合うかなあ。

 

2019年9月 7日 (土)

高原のお嬢さん・うす紫が上品なヒメトラノオ@霧ヶ峰・八島湿原再訪#5

なんて清楚なうす紫の花なんでしょう。

気品もあるから高原のお嬢さんと呼んでみました。

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♫ 高原に風はわたり 白樺はゆれていた 夏がゆけば 恋も終ると

なんて歌がありました。舟木一夫の「高原のお嬢さん」。映画にもなりました。

知ってる人はもう少ないでしょう。

この花はみたことないです。

「えーっと、なんとかトラノオ」と花仲間。

しばらく歩いて名札で判明。

ヒメトラノオです。

ヒメと名付けるほど小さくはないです。

本州中部に分布。伊吹山のルリトラノオに似てるのでヒメトラノオなのかなあ。

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花ばかりだとこんがらかるので景色を。

湿原の向こうに車山。

肉眼だと丸い気象ドームが確認できるんですがね。

いいとこでしょ。

この湿原を大きく1周するんです。

コースタイムは約1時間半。

場所によって植生が異なるので次から次へと新しい花に出会えます。もうサイコー。

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ハバヤマボクチはまだつぼみでした。

でも7月末には緑色だった花のまわりのトゲトゲ(総苞片)が紫に変わってきてます。

雄しべがもじゃもじゃと出てくると開花ですが、なかなか咲かないのはオヤマボクチと同じ。

オヤマボクチとは葉の形で見分けるそうです。

葉場山火口。葉場は草刈場。葉の裏の毛を集めて火口にした。

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ハンゴンソウ。反魂草。

どこの山でもよく見かけるそうです。

反魂は命を蘇らせる。

中国の反魂という薬草の名を誤ってつけてしまったみたい。

歌舞伎に「傾城反魂香」というのがあるようですが、これも白居易の「李夫人詩」の反魂香の故事による。

 

 

 

 

 

 

 

2019年9月 6日 (金)

ふぞろいの花弁たちが魅力のメタカラコウ@霧ヶ峰・八島湿原再訪#4

メタカラコウがちゃんと咲いてるのは初めて見ました。

陣馬山から景信山に向かう途中で、らしき花を見かけたが、もう盛りを過ぎていた。

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このふぞろいな感じが好きです。

見たかったんです。

乱雑というか、だらしないというか、ふしだら。ダラーンと下がってる。

だいたいが規則性を持って咲くのが多い中で、この好き勝手さがたまらない。

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こちらの方がきれいな黄色に写ってます。

下から順に咲いていきます。

オタカラコウは舌状花が5〜9個。

メタカラコウは1〜4個。

雌宝香。小判がざっくざくみたいな名前です。

宝香は龍脳香(リュウノウギクから採るのかな)のことで根の香りが似ているので名づけられたとか。

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これもお初のミツモトソウ。

花だけではミツバツチグリやオヘビイチゴみたいです。

でも時期が違う。

バラ科のキジムシロ属なんだって。キジムシロにもそっくりですね。

葉先がとがってたり、葉の鋸歯が鋭いとか、よく見ないと区別できません。

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「何だろう」と疑問符を発したら「キケマンじゃないの」

もう夏の終わりだよ、キケマンは春に咲くけど。

八島ビジターセンターの「今週の八島湿原」(8月27日付)という開花リストを見たら、ナガミノツルケマンが出てた。

ナガミノツルキケマンともいう。

ケシ科キケマン属で山地の湿ったところで見られる。

きっと、これでしょう。

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もう花は終わりかけですが、初めて見たのでミヤコアザミ。

盛りの時はもっと花弁が上を向いて美しいので、がっかりしないでください。

何しろ都人のようだというので名前もミヤコグサ。

きっと優雅な花なんでしょう。

アザミ属ではなくてトウヒレン属。

 

 

 

 

 

 

 

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