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2017年7月 7日 (金)

まんじゅうやうどんも供えた昔ながらの七夕飾り@地下鉄の地上を歩く会・都営三田線の1回目その4

板橋区立郷土資料館の中庭には江戸末期の農家が移築されてます。

母屋の前に短冊を下げた笹が置かれてます。

ああ、七夕かあ。

Img_4623

待てよ。今の七夕飾りとは様子が異なってる。

伝統的な民俗行事かな。

スイカや盆に乗ったキュウリがある。

わらで作った動物のようなものが対になって吊り下がってる。

丁寧な説明がありました。

動物はマコモ(真菰)やチガヤ(茅萱)などで作った馬。

七夕馬と呼ばれてるそうです。

誰かが「マコモって何?」 声を出しました。

♫ 眞菰の葦は 風にゆれ 落葉くるくる 水に舞う

裕次郎の歌にあるでしょ。「夕陽の丘」だったかな。

「夕陽の丘の ふもと行く バスの車掌の 襟ぼくろ」で始まります。

女子ですから裕次郎映画もあまり見てないでしょう。

説明になってませんね。

半信半疑な顔をしてました。

じゃあ説明しましょう。

イネ科の水生植物ですが、近頃はあまり見かけません。

稲作が伝わる以前は、ゴザなどにはマコモが使われていた。

お酒の樽の菰被りに言葉は残ってます。

しめ縄の材料もそうだし、真菰で編んだ草枕は宇佐八幡、神田明神などのご神体です。

出雲大社では毎年6月1日に「真菰祭り」が行われます。

昭和天皇の棺の下には真菰が敷き詰められたそうです。

そう、稲作以前からの聖なる草なんです。

稲から作った菰と区別するために真菰と呼ばれるようになりました。


Img_4627

七夕馬に近づいてみましょう。

まんじゅうが供えてあります。

この近くでは8月6日(旧暦行事)に2頭の馬を作って庭先に飾った。

首の立っているのがオス、下がってるのがメス(多分、向かって右)

「朝まんじゅう、昼うどん、夜は残りのくしゃくしゃめん」

7日の七夕には朝はまんじゅう、昼はうどん、夜は残りの品を食べたそうです。

馬にはご先祖様が乗って帰ってくるんです。

迎え火の馬です。

七夕とお盆の行事が一緒になってるんです。

千葉の房総一帯、利根川流域で盛んに行われ、関東、東北でも各所で見られたという。

これは七日盆といって、盆の諸準備を始める日。

おそらく古くからの行事で、豊作祈願や祖霊信仰が根っこにある。

まず仏教と結びついて、盆の行事になり、さらに中国から乞功奠(きっこうでん)という星信仰が伝わり七夕になった。

なるほど。

板橋区内では昭和30年代まで見られたそうです。

flairflair

笹や馬は川に流したそうです。

七日盆には禊をして身を清めた。

そうか、わかったぞ。

馬が巨大になったのが青森ねぶたや弘前ねぷたなんだ!

「眠り流しと東北3大祭り」についてはこちらをご覧ください。

馬が巨大に、そして別の飾りに変化していく過程はわかりませんが、東北3大祭りも七夕とお盆が結びついたお祭り。

七夕馬とルーツは同じです。

Img_4621

大きな漬物樽です。

大根4000本以上が入るそうです。


樽は最初は酒造用、ついでみそ、醤油と使われ、最後に漬物用。

竹のタガを取り替えれば100年は保ったという。

昔の人はモノを大事にしてました。


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コメント

三橋美智也でざんざらマコモ…というのもありましたね。私はマコモといえば中華の炒め物です。

植野さん。

♫ 嬉しがらせて 泣かせて消えたー。「おんな船頭唄」。

昔はマコモが身近だったんですね。

炒め物は食べたことありませんが、どうですか。

さすがB級グルメ。

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