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2016年4月11日 (月)

立派なお寺だねえ大山不動尊@鴨川ハイキングその5

大山千枚田から20分も歩けば大山寺。

予備知識はゼロ。金束(こづか)バス停の途中にあるから寄ってみようくらいの気持ちでした。

私としては隣の高蔵神社の方が気になる。「たかくら」→「こうくら」→「こうくり」なんて渡来人の痕跡を期待してました。


Dscn1934

落ちないように手すりにつかまりながら急な石段を登りきると、まあなんと大層な不動堂。

失礼ですが、鄙にはまれ、なんて感心してしまいました。

不動堂は棟札の記載から享和2年(1802)の上棟。

「波を彫らせたら天下一」の波の伊八が正面階段上に龍2体などを製作して翌年に完成したものです。

大山寺は奈良時代の神亀元年(724)良弁の開基と伝えられている。

あれれ大山詣でで知られる丹沢の大山寺と同じだ。

しかも、丹沢の開基が755年、こっちのが30年も古いぞ。

Dscn1938

波の伊八の彫刻です→。

米どころ長狭平野に恵みの雨を降らせる2体の龍。

飛竜と地龍が上下に配されてるはずですが1体しか写ってませんね。

よく知らずにシャッターを押したせいです。

予習してないとこういうことになる。

相模と安房、陸上交通では時間がかかりますが海なら目と鼻の先です。

石橋山の合戦で敗れた源頼朝も房総に退いて再起を図った。

同じ大山の大山寺、何か関係がありそうです。

丹沢も山号は雨降山、こちらも雨を願ってる。

江戸庶民の大山詣は有名ですが、安房、上総も盛んだったんです。

富津から船に乗って平塚あたりに上陸。大山に登ったんです。

このため平塚の須賀の港は「須賀千軒」と言われるほどににぎわったという。


Dscn1933


こういうことでしょうか。

大山信仰が盛んになったので地元にも大山を作って手軽にお参りできるようにした。


急な石段です。

桜でよく見えませんが素晴らしい眺めです。

下に広がるのが長狭平野。

その先には鴨川市の中心街、さらに太平洋が広がるらしい。

このお寺には檀家がいませんが、鴨川全体の信仰の対象だった。

大山から流れる水が田んぼを潤し、漁民は大山を目印に海上を行き来した。

とっても大切な山だったんです。

探っていくと興味ふかい事実が掘り起こせるかもしれないな。


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