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2016年4月10日 (日)

ひとびとの営みに感謝・大山千枚田@鴨川ハイキングその4

このあたりは良質の長狭米が獲れることで知られてます。

里を中心に山あいを含めて長狭郷でしょう。

米作に適しているので里から山の傾斜地にまで田んぼが広がっていった。


Dscn1916


有名な大山千枚田。鴨川自然王国から30分くらいだったかな。

よくぞ保存してくれたと先人や保存会の方々に感謝するばかりです。

4ヘクタールの傾斜地に作られた田んぼは大小375枚。山間部のため耕地整理が遅れ、結果として棚田が残された。

稲作伝来からずっと続けられてきた米作りの営み。

棚田を前に頭がさがるばかりです。

温暖な鴨川は旧石器時代からひとびとが暮らし始めている。旧石器時代には、石器を作るための頁岩の産地。

縄文時代には貝のブレスレットに使うベンケイガイやサトウガイの供給地。

弥生時代(多分。古墳時代より前だと思う)には四国の阿波に渡った忌部の一族が肥沃の地を求めて東国の半島に上陸。

そこを阿波(のちに安房)と呼んだ。

Dscn1919

前掲とは反対側の棚田です。真ん中へんに人がいるのがわかるでしょうか。

おばあちゃんがひとりで土手をつくろってます。

粘土をすくって土手になすりつける作業を続けてます。穴が空いてては水が漏れてしまいますから。

あとひと月もすると都会から棚田のオーナーたちがやってきて田植えをします。

そのための準備をしてくれているんです。


Dscn1923


見晴らしのいいところにベンチがあったのでコーヒーを飲んでしばし休憩。

あらっ、もう4時半過ぎです。先を急ぎましょ。

薄日が差して田んぼに反射してました。

長狭米が良質なのは主基田(すきでん)に選ばれたことでもわかります。(悠紀田=由基=は山梨県巨摩郡)。

帰りのバス停に「主基」というのがあったな。

主基田は大嘗祭で使われる稲穂を育てる田んぼのことです。この稲穂を天照大神をはじめとする皇室ゆかりの神々に供え、誓いを立てます。

明治4年の大嘗祭で長狭郡北小町村が選ばれたんです。

明治22年の合併の時に北小町村など5カ村が由基村に、大正4年に主基村と改称した。


Dscn1928

大山不動に向かう途中で見かけた茅葺屋根。反対側は修復中でした。

入り口などはモダンなこしらえになっていて農家とも思えませんでした。

どうも、どなたかの別荘みたい。

見ほれてしまいました。


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コメント

東京近郊の県、位の認識しかなかった己の認識を改めます。
千葉県に千枚田があるなんて考えたこともなかった。
己の無知を悟らせて下さる、このブログに感謝!

ぽちさん、過分なコメントありがとう。

奈良時代の東海道は相模から船で房総にわたってました。その後は成田から常陸へ。

武蔵は東山道で片田舎でした。房総の方が栄えていたんでしょう。

千枚田を見てると心が豊かになります。お時間がありましたら是非どうぞ。

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