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2016年4月の記事

2016年4月30日 (土)

見頃は連休後半だなムサシノキスゲ@浅間山公園・府中

緑一色の中ですっくと立ち上がったムサシノキスゲの黄色い花が映えてます。

開花は順調です。強い北風に押し戻されながらもチャリンコでえっちらおっちら遠征してきました(29日)。

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近頃はあちこちに移植されてますが、ここが唯一の自生地です。

浅間山(せんげんやま)は標高約80㍍の低山ですが、豊かな自然が保たれてます。

ムサシノキスゲまで残してくれた。

この山が古多摩川の削り残しだいうこととと関係がありそうです。氾濫を繰り返した古多摩川が周囲の土砂を押し流し、植物にとっての環境が変化してしまった。

だけどここだけ大昔の地質が残されたんです。

氷河期には低地にも生育していたニッコウキスゲも取り残された。

温暖化に適応するために少しだけ変わって変種のムサシノキスゲになった。

ニッコウキスゲと違って夜でも花が閉じないといいます。夜に見たことはありませんが。


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赤みがかってるのは私の腕が悪いせいです。

比較的にまとまって咲いてるのは堂山から中山への下り斜面。

あずまやの周辺。中山の西斜面。

例年通りです。

キスゲフェスティバルも5月7、8日と14、15日に開催。

でもギンランは見かけなくなった。

ギンラン、ササバギンランを見たのはほんの数株だけ。

小さすぎたり、遠すぎたりで写真には撮れませんでした。

クゲヌマランが混じってないか探したかったんですが、数が少なすぎてそこまでもいきませんでした。

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キンラン、特に堂山から中山への下りにはびっくりするくらい咲いてます。

間伐や枝の伐採で日当たりが良くなったのが原因でしょう。

あちこち見て回ってたら、おばちゃんが私の顔を見てます。

「あらっ」とか言われたけど誰だっけ。

「Kさんでしょ」と確かめられてしまった。

お名前をうかがって判明しました。

ごく近所の方でした。こちらは知らなくてもご近所の方は私のことを分かってる。

悪いことはできません。

なんでも後日、老人会のウォーキングでくる予定で、その下見に訪れたそうです。

2016年4月29日 (金)

サービスはしないよというデイサービスを運営@介護についての講演会

母親は週3回デイサービスに通ってますが、そこで何をしていたのかほとんど覚えてません。

きょうは「隣の人がおしゃべりでずっと話してたの」なんて報告がありました。印象が強かったんでしょうか、覚えてたことはエラい。

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さて、以前に紹介したデイサービスを運営している作業療法士の石井晴美さん。(カテゴリーの「介護の日々」をごらんください)

高校の同級生なもんで、講演をお願いしたら気持ちよく引き受けていただきました。

集まったのは同級生30人。場所は武蔵境駅前の武蔵野プレイスです。

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私が開会のあいさつを仰せつかったんですが、のっけから石井さんに訂正されてしまいました。

デイケアとデイサービスを混同して使ってました。実際のところ、違いなんて意識したことがなかった。

ケアには医師がいてリハビリなどの機能訓練が行えるのがサービスとの違い。

こうやって書きましたが、まだよくわかってません。名前の違いがあるということだけわかりました。

まずは石井さんが小金井市で開いている「デイステーション涼風」の紹介から。

のっけから断言します。「サービスはしないよ。それでステーションという名にしたんです」

何から何までやってあげるんではなく、認知症予防や運動機能維持向上の「お手伝いをします」。

このへんのことは前にも書きましたので「親切すぎる介護が問題@ほぼ寝たきり母親の自立を考える」「これも機能訓練・競馬に麻雀、ビリヤード@ほぼ寝たきり母親の回復を願う」を読んでね。

自分でもできることを見つけてあげて、お手伝いしていくことが大事なんです。

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認知症についてはこんな風に言ってました。

「脳についてはまだまだ分からないことだらけ。いろいろやってみようよ」

「悩んでる場合じゃなくて、いろいろやってみればいい」

包丁も握らなくなった料理人。お米を3合のところを4合入れて炊いてしまったりしたが、そこは横目でも守ってあげることで解決。

やってもらうことで昔取ったきねづかを思い出してくる。

生きがいなどという大げさなものじゃなくて役割を与えてあげることが大事なんです。

「忘れるということにこだわらなければ、結構人生楽。いい認知症患者になれるし現実を受け入れて生きていけばいい」

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何時間やったと思いますか?休憩も入れたけど3時間半ですよ。

これがちっとも長くなくてあっという間。居眠り名人さんが全然寝なかったそうです。

数字を5つ出して逆から言ってください−−なんて聴衆も参加する。

言う前に校歌斉唱。数字を忘れまいと必死です。

片足立ちもしました。わたしゃ10秒でよろけて失格。みんなは1分は軽々でした。

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団塊の世代が75歳以上になる2025年をめどに制度が変わります。

「重要な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供されるケアシステム」に政府はしたいみたい。

誰が、どのようにするかを考えてみてください。

施設のお世話にならずに自宅でこうしたことが可能でしょうか。

ヘルパーがわずかな時間訪問しても、それが「自分らしい暮らし」なんでしょうか。

美辞麗句の陰には介護費を減らしたい思惑がミエミエです。

施設の利用料負担も増額を考えてます。今でも高額所得者は2割負担みたいですが、所得がなくても預貯金の額によって増やすみたい。

マイナンバーって本当に便利です。

今から引き出してタンス預金しても遅いです。通帳を調べれば一発です。

       libra     libra     libra

石井さん、ありがとうございました。

これで散会したかって。いえいえ、みんな元気ですから居酒屋で反省会。カラオケにも行っちゃったなあ。

⚠️ブログの内容の責任はすべて私にあります。聞き間違いなどがあるかもしれませんのでお断りしておきます。


2016年4月28日 (木)

クゲヌマランが増えてるんだって@植物多様性センター

職員のおねえさんが草むしりをしてます。

22日の午前中、農家に朝採りのたけのこを買いに出かけたのでついでに多様性センターも偵察。

タケノコは茹でて小分けして売ってくれるので手間いらずです。鮮度がいいからうまいよ。

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ピンときました。咲いたんだな!

近づいてみると「咲きましたよ。そっちの方がたくさん開いてます」

去年初めて名前を知ったクゲヌマラン。

見かけはギンランと変わりません。

「どこが違うんですか」

「距があるでしょ。もっとも簡単な見分け方です。あちらにギンランが咲いてるので比べてください」

距は花の基部近くから突出したところ。蜜腺があります。

スミレを見分ける時には距が大事になります。

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こちらはギンラン。ピントが甘いのでぼやけてますが、上の左から3番目の花から距が出ているのが確認できます。

お尻から突起が出てるでしょ。ずいぶんと大きいね。

他に見分け方としてはクゲヌマランの方が花が大きく、花弁もより開く。

ギンランの花はつぼんでます。

近ごろクゲヌマランが増えてるようです。

藤沢市の鵠沼で見つかったので地名が付けられた。

以前はギンランとしていっしょくたにされてたのが区別されるようになったのが一番の要因。

さらに雑木林が保全されるようになって環境が整ってきたこともあるようだ。

逆にギンランは減ってます。

雑木林の枝を払ったりして日当たりを良くするとギンランには好ましくない。

難しいもんです。


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キンランはあちこちで増えてます。

多様性センターも2年ぶりに2株が咲いてます。

心ない人が持って行ったみたいですが根が残っていたようです。

共生菌がいないと育たないのにね。

写真は神代植物公園のものです。

バラ園東側の雑木林のあちこちで咲いてます。

2016年4月27日 (水)

♬ いつの間にか少女は・・・薔薇になった@神代植物公園

いつの間にか春の花もすっかり様変わりしてます。気がついたらバラの季節ですよ。

↓いくらなんでもバラにはは早いだろうと原種のあたりを見やると大輪の赤が目立ってる。

ハマナシが満開。

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いってみりゃこんな気分でしょ。井上陽水を口ずさみましょう。

♬ いつのまにか青い空が のぞいてる

♬ 燃える夏の太陽は そこまできてる  君は静かに音も立てずに 大人になった

この「いつのまにか少女は」は映画「放課後」(監督森谷司郎 1973)の挿入歌。大人になっていく少女(栗田ひろみ)の無垢な冷酷さがキラキラ輝いてました。

主題歌は「夢の中へ」でした。

この様子じゃ他の原種も咲き出してるぞとチェック。

⬇️中国中部原産のロサ・ユーゴニス。

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英名がゴールデン・ローズ・オブ・チャイナ。ゴールデンほどケバケバしくないほんのり黄色。

時間が経つと黄色から象牙色に変わっていく。

⬇️ロサ・キネンシス・ミニマ。学名を直訳すれば中国の小さなバラ。

現代のミニチュアローズの元になった。


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⬇️スパイスのような香りがするので香辛バラかと思ったけど違いました。

ほぼ隔月に庚申が来るように、たびたび花が咲くので庚申薔薇。

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代表的な中国バラですね。

源氏物語に「そうび」として登場してるのがこのバラだそうです。そうび=薔薇。

春のバラフェスタは10日からです。

12日には改装中だった温室がオープンです。

2016年4月26日 (火)

雑司ヶ谷霊園で夏目漱石などのお墓めぐり@地下鉄の地上を歩く会・副都心線の3回目その5

学習院校内でおやつの頃には雨も上がりました。カナイさんお手製の桜餅。

足をけがしてしばらく散歩は自粛してたんですが復活です。

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正門を出て目白通りを渡って少し行けば雑司ヶ谷の鬼子母神。

参道入り口近くに三遊亭好楽の娘さんがやってるたい焼き屋。

2人ばかり買い込んでました。

日本一うまいとかですが、味の方は聞きそびれました。

参道のケヤキ並木は東京都指定の天然記念物。

なるほどの巨木ですが、徐々に植え替えられて残っている巨木は4本だけ。

たくさんの茶店や料亭が立ち並んでいたということですが、面影はわずかしか残っていない。

安産、子育てをお願いしても意味がないので家内安全を祈願。

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雑司ヶ谷霊園に向かいます。多くの文化人、著名人のお墓があります。

まずは竹久夢二。微妙な曲線がやわらかさをかもし出してる墓石に「竹久夢二を埋む」。

飾らずに事実を伝えて、こういうの好きだなあ。

友人の画家で作家の有島生馬の筆です。

「文献院古道漱石居士」。なんかひじ掛け付きのソファーみたい。

ふんぞり返ってお参りする人を見下ろしてる感じがします。


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幹事さんがあらかじめ用意してくれた「霊園案内図」を見ながら巡ります。

「如在」ここにいるよ。大川橋蔵です。

未だに訪れるファンが絶えないんでしょうか、新しい花が。

「銭形平次」はあまり見てないなあ。

享年を確認したら夢二50歳、漱石49歳、橋蔵55歳。若いなあ。

79歳まで長生きしたのは永井荷風。

どこかで荷風の碑を見たなあと記憶をたどったら吉原近くの三ノ輪の浄閑寺。

遊女の投げ込み寺として知られるお寺です。「地下鉄の地上を歩く会」の日比谷線の時に寄りました。

「新吉原総霊塔」の前に荷風の詩碑と筆塚があった。なんで墓地じゃないのかとの疑問を抱きました。

それが「歩く会」回を重ねて解決しました。

荷風は浄閑寺を望んでいたんですが、文化勲章受章者にはふさわしくないと遺族が雑司ヶ谷を選んだんです。

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さあ池袋の赤いネオンが待ってます。

この日の散歩はここまで。


2016年4月25日 (月)

学習院の目白キャンパスをうろうろ@地下鉄の地上を歩く会・副都心線の3回目その4

学習院の目白キャンパスに到着する頃には風雨が激しくなってきました。

正門前で途中参加の2人を待って足を踏み入れます。

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この日は「オール学習院の集い」で、外部のものでも自由に入れたんです。

まず向かったのは血洗いの池。

湧水でできた池で昔は灌漑に用いられていたという。

高田馬場の決闘のあと堀部安兵衛が、この池で刀を洗ったとか。

事実ではありません。大正時代に高等科の文学青年が創作した話です。

それが名前として定着してしまったんです。

それにしてもキャンパスにこんな大きな池があって、周囲を緑が覆っている。

うらやましい。

池を離れて雑木林の中を歩くと「富士見茶屋跡」。

高台で見晴らしが良かったんでしょう、この地は富士見台と呼ばれてました。D2_1303332_sip_2初代歌川広重の「雑司ヶ谷不二見茶屋」はここからの景色を描いたものだそうです。

広がる田んぼの先に冠雪した富士山。

富士を眺める美人は着物の裾をたくし上げている。

鬼子母神参詣の帰り道だろうと解釈されてます。
 
芭蕉の句碑もあります。「目にかかる 時や殊更 五月富士」。

こんな景色が再現されたらだんごを食べながら富士山を楽しみたいな。

山手線の内側にあるので、所狭しと校舎が立ち並ぶキャンパスだと勝手に思ってました。

いい意味で想像を裏切られました。


Dscn2399乃木館(旧総寮部)。

明治41年(1908)、6棟の寄宿舎などとともに総寮部として建てられた。

全寮制を導入した10代院長の乃木希典も4年間をここで過ごした。

乃木院長が居住していた部分だけを移築しています。

私の中では、学習院といいえば乃木さんです。

「明治帝は、希典がすきであった。かれを学習院長にしたのも帝であった。・・帝が自ら発案し、希典の剛直をもって貴族の子弟を感化させようとし、

ーー乃木を学習院の院長にせよ。と直命した」。(「殉死」司馬遼太郎、文春文庫)

明治天皇は、裕仁親王が初等科に入学される前年に乃木を院長にした。

親王の教育を任せたのでしょう。

「希典がこの幼い皇孫に口やかましく教えたのは一にも御質素、二にも御質素ということであった」(同上)。


Dscn2405明治天皇が目白の新校舎に行幸されたのを記念するため、乃木院長が翌明治43年(1910)に築いた榊壇。

壇の中央には天覧榊が植えられてます。

前方後円風なんです。

円壇を囲む石の一部は当時の日本の国境から乃木院長が集めたもの。

国境とは小樽、八丈島、小笠原、朝鮮半島、遼東半島、台湾などです。

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大正元年(1912)9月12日。大葬の葬列が宮城を出発するのは夜の8時。

乃木は午後6時には参内しなければならなかった。だが自宅に籠った。

夫妻の殉死の報は1時間後には大葬拝観で集まっていた群衆の間に広がったという。

2016年4月24日 (日)

円朝作「怪談乳房榎」の舞台にもなった南蔵院@地下鉄の地上を歩く会・副都心線の3回目その3

面影橋を渡って山吹の里の碑。副都心線が通る明治通りからは横道に入ってます。

本降りになってきましたが、構わずに進みます。

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南蔵院。知らないお寺です。

山門をくぐろうとすると「名作・怪談乳房榎 ゆかりの地」。

これで、が然意欲がわいてきました。現金なもんです。

ガキの頃、すっ飛んで映画を見に行ったのを覚えてます。

それが友達と見に行った初めての映画。1958年の封切りかあ。

二番か、三番館だったから公開は翌年かも。入場料は50円もしなかった。子供30円だったか。

看板隣の木は榎じゃないよね。説明のたぐいはありません。

絵師が、ここ南蔵院の天井画を頼まれ泊まり込みで出かけた留守に弟子が女房と密通。

さらに絵師も殺害、遺児は使用人によって赤塚村(板橋区)に逃れ、榎の木のコブから滴るしずくを飲んで育つ。

円朝が噺の舞台に選ぶんですから、それなりに知られた寺だったんでしょう。

他に彰義隊九士の首塚、片男波、粂川、二子山、花籠など親方の墓もあるみたいですが、墓地は立ち入りできませんでした。
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目白不動金乗院(豊島区高田2)です。

「目白不動明王は、江戸守護の五色不動(青・黄・赤・白・黒)の随一として名高く」と境内の案内にあります。

それなのに豊島区目白や文京区目白台じゃなくて、なんでここにあるんでしょう。

以前は1キロほど離れた文京区関口の新長谷寺にあったんだって。

昭和20年の戦災で焼失したために金乗院と合併、目白不動も移されたそうな。

雨風が激しくなってきました。

幕府転覆を企んだ丸橋忠弥の墓があるそうな。

「一番奥だよ」と幹事さん。

みなさん雨やどりで動こうとしませんが、次の機会もないだろうから手を合わせてきましたよ。

鈴ヶ森で磔になったけど、ちゃんとお墓はあるんですね。

酔ったふりして小石を投げ江戸城のお堀の深さを確かめる丸橋忠弥。

なんで知ってるのかな。新国劇で見たのかな。歌舞伎のテレビ中継か。


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緑の中を都電荒川線が走ってます。次は雑司が谷停留場に停まります。

この橋は千登世小橋。隣が千登世橋。

都内で初めての幹線道路同士の立体交差橋。

「目白通りが台地上を走っている地形を利用し、明治通りを切通しにして交差させています」

と幹事さんが事前配布のレジュメで説明してくれてます。

都電の向かって右が明治通り。

雨はやみそうにありませんが、次は学習院大学に向かいます。

2016年4月23日 (土)

早稲田らしいねえ、お地蔵さんが田植え・玄国寺@地下鉄の地上を歩く会・副都心線の3回目その2

諏訪神社の隣が元別当寺の玄国寺。特に予備知識はありません。

大きなお寺です。

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慶長6年(1601)の創建。

「古くは大寺にて境内広く、南方の尾陽公戸山屋敷より北方土屋氏の屋敷までひと続きなる大なる池あるが故に龍池山と号す」

といわれても、どこからどこまでなのか見当がつきませんがとにかく広大だった。

ぞろぞろとお参りしてたら住職が出てきて本堂へと招じ入れてもらった。

こんなのは初めてです。

上がらせてもらうと「どうぞ」と温かいお茶。

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本尊は「三弁火焔の阿弥陀仏」で行基作。

「こころみの阿弥陀」と呼ばれているようです。

なんかぶしつけに写真を撮るのもはばかられたので撮ってません。

庭を見ると緑色の花弁の桜、ウコンが満開。

広くはありませんが、たたずまいのいいお庭です。

その右手の庫裡は岩倉具視邸の書院を移築したものだそうです。

よほどのお寺なんですね。

一息ついて辞そうとしたら、お土産に半てん型の楊枝入れまでいただいちゃいました。


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外に出たら今度は奥さま。弁天さまの由来を説明していただきました。

なんでも北条義時にちなんだ玉が寺宝で、江戸城本丸でも用いられたものだという。

これは難産で苦しんでいた義時の妻が江ノ島弁財天に参籠して感得したもの。

真新しい弁天堂も境内にあります。

山門を出てすぐの墓地には「田植え地蔵」があります。

昔話で各地に田植え地蔵があります。

ここのお地蔵さんは田植え時期になると旅僧姿になって手伝ってくれたという。

ここも扉が閉じられてましたが、すぐに開けていただきました。

奥様が連絡してくれたんでしょうか。

通りに出て地形を見ると谷になってます。かつては小川も流れていたといいます。

大きな池があって早稲田の田んぼが広がっていたのかなあ。


2016年4月22日 (金)

嵐のチケット取れたかな?皆当たる皆中稲荷@地下鉄の地上を歩く会・副都心線の3回目その1

皆が集まりやすいJR山手線新大久保駅からスタート。4月17日日曜、予報は風雨激しですが決行です。

副都心線の東新宿を横目で見てから池袋方面へ向かいます。


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その前に単独で新大久保から徒歩1分の皆中稲荷。

もう何かに当たりたいという欲もないのですが、江戸時代の鉄砲組に敬意を表してお参り。

新宿区百人町に名を残す鉄砲組百人隊が住んでいたところです。

射撃の腕が上がらない与力の夢枕にお稲荷さんが立った。

翌朝、稲荷にお参りした後に射撃を試みると百発百中。

これを見ていた他の隊員も的を外さなかった。

これが近在に伝わり、「皆中(みなあたる)稲荷と呼ぶようになったという。

奉納された絵馬の文言は宝くじ、受験合格はもちろんですが、嵐のチケットも目立ちました。

「アリーナツアー」当たりますようにと願った女の子はいい席を入手できたんだろうか。

嵐のコンサートは転売防止に顔認証まで導入するとか。大変な人気なのを実感しました。

大久保はツツジの名所でもありました。鉄砲組が内職で栽培していたんです。

明治天皇が鑑賞に訪れたり、臨時電車が出るほどのにぎわいだったといいます。

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明治通りを北上すれば都立戸山高校の隣に赤い門。

学習院女子大の正門です。

もとは学習院の正門で明治10年(1877)神田錦町に建てられた。

校舎消失後、学習院の所有を離れたが目白の本院に戻り、昭和25年(1950)に、ここ戸山に移された。

いかめしくなくて優しい感じがすると思ったら川口の鋳物工場で作られた日本最古の鋳鉄製の門。

鋳物は手作りの匂いがするからね。

唐草模様をあしらった和洋折衷で、文明開化の様式と技術を伝えて国の重要文化財に指定されています。


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ほどなく西早稲田駅。

諏訪通りとぶつかる諏訪町の交差点を左折すれば諏訪神社。

すでに失われてますが町名は耳にしたことがあります。

早稲田の学生が話してたのかな。

立派な神社です。

「明治天皇射的砲術展覧所趾」なんて大きな石碑も建ってます。

神社前に近衛射的場が作られ境内から明治天皇がご覧になったんです。

それで社殿の屋根には菊の御紋がつけられた。

射的っていうのは温泉場のお遊び用語じゃなかったんですね。弓矢で的を射抜くのが射的。

初めは銃にも使われ、やがて射撃という言葉が生まれた。

創建は弘仁年中(810〜820)というから古いです。

江戸初期に諏訪神を勧請して松原神社から改称。


2016年4月21日 (木)

西山峠のニリンソウ大群生@再びの南高尾山稜縦走その2

山ガールたちにこれを見せたかったんです。

当初の計画では陣馬ー小仏ー城山ー高尾の予定を組んでたみたいですが、この群生写真を見たので急きょ変更したんです。

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何度見ても感嘆します。ケチなことをいってないで谷全部がニリンソウ。

こんなに増えるもんなんですねえ。

もっと下りていくとタカオスミレが見られるので、ここで別行動とも考えていたんですが、ここまで順調に来てほぼ正午。

3時半には高尾山口に降りられるので、このまま同行することにしました。

生ビールがちらついたんです。乾杯は1人じゃつまらないですから。

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このすみれは名前がわかりますよ。それだけでうれしい。

だって進歩してるってことですから。マルバスミレ。

前回(12日)もみたけど、こんなにはまとまって咲いてなかった。


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草戸山の松見平休憩所ではフデリンドウを見つけました。

これまでも法面では単独のを見ましたが、ここのが一番にぎやか。

武蔵野公園のフデリンドウは今年は豊作のようですが、まだ行けてません。

山で見たからいいか。


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若葉に包まれた山道が快適です。時おり吹く風は涼しくて汗を冷やしてくれる。

土曜日だけどハイカーもさほど多くない。高尾山とは大違いです。

出発時に小仏や陣馬した行きのバスを見てたら超満員。臨時も出てたみたい。

高尾山頂なんて人でごった返してたことでしょう。それにくらべりゃこちらは別世界。

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草戸山から高尾山口は約1時間半。基本的に下りなんですがこぶがいくつもある。

登ったり降りたりの繰り返し。数えた人がいて12、13個はあるとか。

登山気分を味わえます。

湘南の山ガールたちは屋久島に行くとかで、その訓練中。こっちがハアハアいってるのにスイスイ登ってましたね。

時間通りに高尾山下。山ガールたちと別れてすいてそうなそば屋へ。

金髪の女性が1人で来てお酒をグイッとやってからそばをたぐってました。

こちらは生ビールで乾杯。汗をかいた後はことさらうまいね。

2016年4月20日 (水)

すみれ街道ですみれに迷う・はて名前が・・・@再びの南高尾縦走その1

きっと見逃してるすみれがあるはずと12日に続いて南高尾を縦走してきました(16日)。

湘南の山ガール4人組とご一緒。花担当を仰せつかりました。


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朝8時半に高尾駅北口に集合。バスは10時過ぎしかないので総勢8人タクシー2台で大垂水峠。

はい見つけましたよエイザンスミレ。前回載せたのでこちらをご覧ください。

みなさん葉が切れ込んでるのを珍しげに確認。

まだちゃんとわかってないすみれがありますねえ。

自信はないけどナガバノスミレサイシン。葉の基部が巻いてて、先が長細い。

距もずんぐりむっくりしてます。


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すらっとして立ち姿が美しい。ニオイタチツボスミレじゃないかな。

「花の中心部の白い部分がはっきりしているのも大きな特徴」(「日本のスミレ」いがりまさし)

ニオイを確かめてみます。かすかに香ったような気がしました。


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天気は快晴。春なので遠くは霞んでますが近くはまあまあ。

相模湖ピクニックランド、今は名前が変わってプレジャー・フォレスト。

登り始めて約40分。大洞山(536㍍)山頂からの眺めです。南高尾山稜の最高点です。

若葉はまぶしいし、すみれはいっぱい咲いてるし、実にすがすがしい。


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またまた見つけましたよ、名前のわからないのを。

今までのとは違うでしょ。どこがってきちんとは伝えられないけど。

花の色も違うし、醸し出す雰囲気は別物。

アカネスミレかなあ。でも12日に見た変種のオカスミレより葉が長細い。

見当がつきません。

でもいっぱいすみれを見たので基本的には満足。

高尾山にはまだまだたくさんの種類が見られます。一歩一歩進んでいきましょう。

再びの南高尾山稜縦走、続きます。

2016年4月19日 (火)

花の命は短くて・・・ヤマシャクヤク@植物多様性センター

あちこちで春の花が一斉に開花、おまけに山に行ったり都会を歩いたりしてるので掲載が追いつかない。

いけねえ、いけねえ。これは逃しちゃいけないな。写真を整理していてようやく気づきました。

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最初の一輪ですから、まだ間に合うと思います。撮影日は9日。10日も経ってしまいました。

開いていることを願って・・・。

ヤマシャクヤクです。風格がありますねえ。

ですが咲いてるのは3〜4日。間をおいて見に行くとはらりと散っていることもしばしば。

きょうこれから確認に行ってきます。

(何輪か咲いてますが、ほとんど散ってしまいました。週末までは残ってないでしょう)。


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すみれのマイブーム。まだ続いております。

これはスミレ。道端でもあまり見かけなくなりました。

先日は多様性センターで「けなげに生きる 東京のスミレ」という講座が開かれました。

講師は日本植物友の会副会長の山田隆彦さん。「スミレ ハンドブック」の著者です。

スミレ科の発祥地は南米アンデス。どうやって世界中に広がったんでしょう。

23属800種もあって、大多数の20種が「木本」なんだって。つまり「木」。

草本はわずか3属。日本にあるのは草本だけで、スミレ属が60種。

世界でスミレ属は400種なので15%が日本にあるんです。

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ツボスミレ(ニョイスミレ)。(先日、野川公園の大群生を紹介しました)

山田さんには見分け方なども教えていただいたんですが、まだまだ覚えきれません。

ツボスミレはなんとかわかるようになったかな。


2016年4月18日 (月)

白とピンクのサクラソウなど百花繚乱の巻@野川公園

派手なのから紹介ですかね。野川公園の自然観察園、春の花が咲き乱れてます。

乱れちゃいませんよ。分をわきまえて咲いてます。

とりどりに咲くのを乱れるというんでしょうかね。

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シロバナとピンクが混在してるサクラソウ。

保全の努力が実って絶滅危惧Ⅱ類から準絶滅危惧にランクが下がった。

ここにあるのは園芸種じゃないはずです。武蔵野の自然環境を保全してますから。

近くには同じサクラソウ科サクラソウ属のクリンソウも咲いてます。

どうも気に入らないので写真はボツです。同じ仲間というのがよくわかります。


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キジムシロです。まだミツバツチグリとの違いがよくわかってません。

小葉が3枚はミツバ、5〜9枚がキジムシロと知識にはあるんですが、すとんと腑に落ちてない。

どこでも見られますが黄色い花がいっぱいあると気持ちもあったかくなります。


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おっとりした感じの咲き方がいいでしょ。イチリンソウです。

ニリンソウの群生もありますが、もうちゃんと二輪になってます。

春爛漫の自然観察園の一部を紹介しました。


2016年4月17日 (日)

浦和・李の力みが解消され進歩@マチダも目を細める

浦和が調子いいです。おなじみA大サッカー部OBのマチダさんは李に注目しました。

         shoe     shoe      shoe


浦和3−1仙台 李が調子いい。何より点の取り方のヒントをつかんだようです。

後半8分左から抜け出た槙野が強くて低いセンタリング。

李が頭で合わせ先制しゴール。

いい所へ走り込んでいるからボールを呼び込めます。

前半もゴール前に飛び込んで、軽く左足のインサイドで狙いました。

惜しくも左ポストを掠めてハズレましたが、味のあるシュートでした。

ゴール前の点を取れる空き地を見つけるのが上手くなったのかもしれません。

以前は点が欲しいせいか、ギラついたプレーが目立っていました。

それが力みになって空回りしていました。

それが解消され感覚的にゴールの匂いのする場所を嗅ぎつけられるようになったのではないでしょうか。

なんでもいいからとにかく打てば、というアリバイシュートからの進歩です。

sagittariussagittarius

興梠が決めて2−1とした後半の31分、柏木が見せました。

右サイドから左への低くて早いサイドチェンジパスを駆け上がった梅崎にピタリ合わせます。

前節からは見違えるような出来です。

折り返しを武藤が頭でダメを押しました。

cancercancer

レギュラーに負傷者が多く、退いてカウンター狙いの仙台に対し一方的に攻めまくりました。

ただ、CKを17本も獲得しているのに1点も取れなかったのは褒められません。

策はあったのでしょうが何とも無駄打ち感がしました。

仙台・三田に決められた守りのミスと合わせて浦和らしいと言えばそれまでですが…。

libralibra

磐田1−5横浜 浦和に教えてあげたいようなCKで横浜が先制します。

立ち上がり3分、左で構えた俊輔は意表をついてショートを選択。

これで際どいところへ入れてくると構えていた磐田DFの混乱を招きファビオのゴールに結びつきました。

いきなりのトリック、さすがです。

俊輔は41分にはド真ん中から斎藤へ唸るようなスルーパスを通しアシスト。


思いのままのプレーをして楽しんでいました。

新戦力のマルティノスはよく走る。

馴染んでくれば相手はかなり手を焼くはず。しかし、相当我が強そう。


味方にとっても手を焼く存在にならなければいいのですが。

※聞いたこともないような阿蘇の大地震。本震並みの前震があるなんて知らなかったし、余震も震度6弱が頻発。もう許してくださいよと言いたくなります。

原発のある活断層がズレていたらと思うとゾゾーッです。

                                      
                             マチダ

2016年4月16日 (土)

キンランもお目覚め・春の花がいっぺんに開花@野川公園

何から紹介しましょうか。ざっと数えたら15日現在の開花は60種類以上。

オドリコソウの群生にヒトリシズカ、ジュウニヒトエ、キランソウでしょ。珍しい所じゃチョウジソウにヒイラギソウ。

自然観察園の入り口に置いてある「花だより」で場所を確認してください。

花だよりに掲載してないほやほやの花です。


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まだ眠そうですね。あんまりお日さまがまぶしいのでアーアと伸びをして目覚めたようです。

みんな大好きキンランです。

午前中に浅間山公園に行ってきた人の話では、あちらはまだのようです。

この日は府中から来たといううら若き女性とご一緒。

高尾山の日影や小下沢などにも詳しくて「ここにはキンランはないんですか」

というのでお連れしたんです。咲いててよかった。

「山に行かなくてもいろいろな花が見られますね」と自然観察園を気に入ってくれたようです。


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この写真の何十倍もの広さで群生してます。ニョイスミレ(ツボスミレ)。

如意棒のにょい。葉の形が仏具の如意に似てるらしい。仏具を知らんからそう言われてもピンときません。

とにかくすごいでしょ。木道の下で花が小さいのでみなさんあまり注目してません。

私だけが悦に入ってる。

「咲いて咲いて咲いて咲いてみたとて 明日は散る  今夜今夜今夜今夜限りの 狂い花

せめて今夜は悦楽の 酒にしみじみ酔いたいの」

放送禁止歌だった島和彦「悦楽のブルース」。作詞は「天城越え」の吉岡治だったんですねえ。

大島渚監督の「悦楽」の主題歌。悦楽というタイトルだけで放送禁止になった。

信じられないでしょうが、そんな時もあったんです。「チャタレー夫人の恋人」だって今読めばなんてことはない。

深い意味はありません。単なる連想ゲーム。


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ホタルカズラです。南高尾でも2株だけ見つけました。

間違って教えたのでお詫びも込めてここに掲載。

野川公園、野草の爆発編、まだまだ続きます。


2016年4月15日 (金)

すみれ街道で何種類を見つけられるのか@南高尾山稜縦走その2

すみれは桜前線とともに北上するんです。

「高尾山だったら見頃はいつ?」。日本すみれ研究会の人が教えてくれました。

「4月の2週です」

行かざあなるまい、南高尾へ。で、12日に決行。


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ニリンソウの信じられないような大群生ともう一つの目的がすみれ。

何種類と出会えるのか、それ以前に見分けがつくのか。

はなはだ心もとないんですが「見る前に跳べ」(大江健三郎、あるいはジャックス早川義夫)

大垂水から登り始めて稜線近くなれば、もうすみれの大合唱。

タチツボスミレが道の両側で迎えてくれます。

これはどこでも見られますが山で見るのはブルーがきれい。

時々、根元をかき分けて托葉が櫛の歯状になってるのを確かめたので間違いないでしょう。

早々と見つけたのがエイザンスミレ。

葉が裂けているので一目でわかります。


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葉が裂けてるけど別の種類だよ。

花に詳しい7、8人のグループが教えてくれました。

ヒゴスミレ。どちらかというと西日本に多いので高尾山じゃ見られないと思ってました。

「これもエイザン、あれもそう」なんて何回かエイザンスミレを見たんですが、あえて葉の裂け方まで数えませんでした。

ヒゴスミレもあったのかも。

1、2、3・・・5裂してます。これからは葉の裂け方まで確かめます。

おじさんが「エイザンなので3、ヒは5」と教えてくれました。

大垂水からの山道の標識が新しくなったり、付け替えたりされてました。

このおじさんがボランティアで設置してくれたんだそうです。


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もう1種類教えていただきました。

「全体に毛がないのでオカスミレ」

アカネスミレの変種のようです。花ばかり見てて、そこはよく見ませんでした。

詳しい人が言うんですから、間違いないでしょう。

アカネスミレのシロバナがコボトケスミレ。

小仏峠で見つかったので、その名がつけられた。

すぐ近くなんだから、こっちにも分布してないのかな。

いつか小仏に行こうかな。小仏のどのへんなんだろうか。


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もやってますが高尾山が見えます。

赤い屋根のところ(ビジターセンター)には人がいっぱいいるみたいです。

金毘羅山を過ぎたあたりだったかな。

向こうは599㍍、金毘羅山は514.7㍍。

あっちは混雑してるでしょうが、こっちは時々ハイカーに出会う程度。

誰もいないのも寂しいけど、たまに「こんちは」と声を掛け合うのもいいもんです。

高尾山の写真は南高尾を縦走してるという証拠みたいなもんです。


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マルバスミレでしょう。

ふっくらした花弁、唇弁の紫色の筋は少ない。距は太くて長い。

間違いなさそうです。

なんとなくマルバスミレが見分けられるようになってきたぞ。

植物園以外でもわかるようになると実にうれしい。

一歩前進した気分だなあ。

区別ができなかったけどナガバノスミレサイシン、ニオイタチツボスミレも咲いてた見たい。

特徴を覚えないといけないですね。


2016年4月14日 (木)

ヒャー!見渡す限りのニリンソウ@南高尾縦走その1・西山峠

話には聞いてたんですが、これほどとは・・・。


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ぜ〜んぶニリンソウです。谷を埋め尽くしてるのがいいでしょ。

昨年秋、南高尾を縦走した時に、あたりを熟知しているおじさんに教えてもらいました。

春になったら見に行こうと決めていたんです。

それにしても想像を上回る大群落。何千、何万?山道の下の方までずっと群生が続いてます。

近場にこんな花園があるなんて、これを見ただけで幸せいっぱいの1日になりました。

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あえて逆光で狙ってみました。花がキラキラ輝いて淡雪を置いたみたい。

大げさに言えば行けども行けどもニリンソウです。

あとから来たおじさんに聞いたら以前は道を覆い隠すほどだったといいます。

さーて、ここはどこでしょう。

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大垂水から登ってきて中澤山と西山峠の間のビューポイント、見晴台で遅めのランチ。

手前は津久井湖、丹沢が霞んでます。

この日(12日)の天気は晴れでしたが気温が低くて風が冷たい。

でもここはほぼ180度が見渡せお日さまも降りそそいで暑いくらい。

これで富士山が見えたら最高なんですがもやっとして霞んでます。

見晴台から休憩を挟んで45分で西山峠。うかい鳥山の手前から登る西山峠コースを下ります。

5、6分も行けばもうニリンソウの大群生です。「わあっ」って思わず声をあげますよ。

これだけを楽しみたい方は八王子発相模湖行きの神奈中バスで「山下」下車。

甲州街道を相模湖方面に向かって進み新中沢橋から登ってください。

ただしバスは1日2便です。午前は高尾駅前10時7分だけです。


2016年4月13日 (水)

ヴィーナスの誕生・ユキモチソウ@神代植物公園

相変わらずサトイモ科の花に興味を持ってます。

先日の鴨川ハイキングではミミガタテンナンショウをいたるところで見たけど、これは見なかったなあ。

間近でじっくり観察したかったんですが・・・。

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ユキモチソウ、雪餅草。

仏炎苞を貝に見立て、輝いてる付属体を女性と思えば、ほらヴィーナスの誕生です。

鴨川では見つからないはずです。

分布域は三重、奈良と四国。おまけに絶滅危惧Ⅱ類の希少種です。

先端だけ見えているので丸い球に見えますが、実は棍棒状です。

下の方に雄花、雌花があって匂いで虫を誘います。

強烈臭で知られるショクダイオオコンニャクと同じ科ですから、きっと好ましい匂いじゃないです。

これも雌雄異株でムサシアブミと同様に性転換します。

栄養状態がいいと雌株になってトウモロコシ状の真っ赤な実をつけます。

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原種のチューリップが開き始めました。


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↑これはクルミアナ クリサンカ。

園芸種に比べて葉が細い。でもやっぱりチューリップ。


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↑トルケスタニカ。原産地その他は調べてません。

これも花がすぼめばチューリップ。

これはこれで美しい。


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↑サクサティリス”ライラック ワンダー”。

原種そのものではなく、地中海クレタ島原産のサクサティリスの園芸品種。

こんなチューリップがいっぱいあってもいいですね。

         bud      bud     bud

ソメイヨシノは散りましたが、遅咲きの桜はこれからが見頃です。

野草も次から次へと咲き出して、とても紹介しきれない。うれしい悲鳴をあげてます。

新緑も清々しい。都会じゃなくて郊外へお出かけください。


2016年4月12日 (火)

山門前には首なしの仏さん・大山寺の上に高蔵神社@鴨川ハイキングその6

大山寺は神仏習合の名残が認められるお寺でもあります。

例えば大山地区の祭礼では、お寺の境内に神輿が集合します。

なのに、これはどうしたことでしょう。


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山門を入ってすぐにあった仏像の首がありません。

(手ぶれでボケてます。ご容赦)

明治の廃仏毀釈で落とされてしまったんですね。

房総も廃仏が過激に行われたんでしょうか。

近くの鋸山には五百羅漢像がありますが、すべての仏像が破壊された(現在は修復)。

東京はどうなんでしょう。勉強不足であまり聞いたことがないです。

地域によって差があるようです。

大山寺は天台宗に属して山岳修験のお寺だったんです。だから檀家がいない。

明治5年の修験道禁止令によって真言宗に改宗。


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お寺裏手の坂を登っていくと高蔵神社。

やはり良弁の創建です。

初めは大山祇命を祀って大山神社とよばれたが、江戸末に石尊大権現高蔵神社となった。

石尊大権現は丹沢・大山の頂にあった巨石のこと。

大山阿夫利神社の本来の祭神。石尊信仰すなわち山岳信仰になっていくのです。

現在の祭神は日本武尊。

高蔵山(218.9㍍)の頂上ですから三角点もあります。

石碑と社が並んでます。

やっぱりね。浅間大神で富士山のマークも刻まれてる。

西の方には富士が見えたのかな。となると東に太平洋、西に三浦半島から富士山。

絶景だなあ。


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頂上ですからさらに眺めはいい。

もう6時です。金束バス停からバスに乗ります。

近くにバクチノキの群生があるんですが、先を急いでいて見逃しました。

バス停に着いたら「寿し屋」という店名のスーパーが。

おつまみとお酒を買い込みます。地酒の「寿萬亀」(じゅまんがめ)。

すっきりしててうまかった。


2016年4月11日 (月)

立派なお寺だねえ大山不動尊@鴨川ハイキングその5

大山千枚田から20分も歩けば大山寺。

予備知識はゼロ。金束(こづか)バス停の途中にあるから寄ってみようくらいの気持ちでした。

私としては隣の高蔵神社の方が気になる。「たかくら」→「こうくら」→「こうくり」なんて渡来人の痕跡を期待してました。


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落ちないように手すりにつかまりながら急な石段を登りきると、まあなんと大層な不動堂。

失礼ですが、鄙にはまれ、なんて感心してしまいました。

不動堂は棟札の記載から享和2年(1802)の上棟。

「波を彫らせたら天下一」の波の伊八が正面階段上に龍2体などを製作して翌年に完成したものです。

大山寺は奈良時代の神亀元年(724)良弁の開基と伝えられている。

あれれ大山詣でで知られる丹沢の大山寺と同じだ。

しかも、丹沢の開基が755年、こっちのが30年も古いぞ。

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波の伊八の彫刻です→。

米どころ長狭平野に恵みの雨を降らせる2体の龍。

飛竜と地龍が上下に配されてるはずですが1体しか写ってませんね。

よく知らずにシャッターを押したせいです。

予習してないとこういうことになる。

相模と安房、陸上交通では時間がかかりますが海なら目と鼻の先です。

石橋山の合戦で敗れた源頼朝も房総に退いて再起を図った。

同じ大山の大山寺、何か関係がありそうです。

丹沢も山号は雨降山、こちらも雨を願ってる。

江戸庶民の大山詣は有名ですが、安房、上総も盛んだったんです。

富津から船に乗って平塚あたりに上陸。大山に登ったんです。

このため平塚の須賀の港は「須賀千軒」と言われるほどににぎわったという。


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こういうことでしょうか。

大山信仰が盛んになったので地元にも大山を作って手軽にお参りできるようにした。


急な石段です。

桜でよく見えませんが素晴らしい眺めです。

下に広がるのが長狭平野。

その先には鴨川市の中心街、さらに太平洋が広がるらしい。

このお寺には檀家がいませんが、鴨川全体の信仰の対象だった。

大山から流れる水が田んぼを潤し、漁民は大山を目印に海上を行き来した。

とっても大切な山だったんです。

探っていくと興味ふかい事実が掘り起こせるかもしれないな。


ACL疲れで浦和は引き分け@ふざけんなバド桃田の会見・マチダ激怒

おなじみA大サッカー部OBのマチダさん、浦和の引き分けには同情的です。

それよりもバドミントン桃田の発言におかんむりです。

確かにスポーツと賭博を混同してる。本当に反省してるのか疑わしいもんです。

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横浜M0−0浦和 浦和は5日のACLで、あの広州恒大を1−0下した死闘ダメージが相当残っていました。

前半で得点して優位に立ちたいところ。

しかし柏木、興梠の動きが冴えません。逆に後半勝負に持ち込みたい横浜の守りに手を焼きました。

結局、息切れドローです。

前半に決め切れなかったのですから致し方がないでしよう。負けなくて儲けものです。

footfoot

横浜は新加入の外国人選手がまだ馴染んでいないようです。

得点力不足解消はそれまでお預け、もう少し時間がかかりそう。

GK・飯倉が目につきました。

もっともGKが目立つ試合は押されている場合が多いものです。

セービングをしている間にリズムが出てきて、好プレー連発につながります。

13年に病で離脱した空白を完全に取り戻したようです。

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浦和と好対照なのがG大阪でした。

対仙台戦、前半に長沢、宇佐美、アデミウソンが決めてさっさと安全圏に。

14分に決めた宇佐美は今季J初ゴール。

自陣右からドリブルで持ち上がるとそのまま右足を振り抜きました。

パスを選択しなくて正解。ゴールへの渇望が感じられました。

downdown

バドミントンの桃田 言動とかファッションは本田を意識しているようにも見えます。

しかし頭の中は大違いです。

闇カジノ釈明会見でとんでもない発言をしました。

「勝負の世界にいるので勝負事に興味があった」云々。ふざけろです。

スポーツは体を鍛え技術を磨いて相手と対峙します。

運否天賦博打とは大違い。勝負という言葉だけで同列に考えるのは、詭弁でしょう。

そこが分からんのだとしたらガキです。

21歳と若いからといって五輪でメダルを狙う位置にいる選手としては情けない。

それ以上に必死で練習して五輪をモノにした選手、さらに届かず涙を流したオールスポーツマンに対して失礼極まりない。

おそらく田児に誘われた被害者とでも思っているのではないでしょうか。

今の考えを改めない限り、また何かやらかしますよ。

協会もNTT関東も教育不十分。北島の清々しさを見るにつけ不快感ばかり募ります。

本田は大言しますがそれをモチベーションに自分を高めて実現させていきます。

桃田は「派手な生活をしてガキんちょのあこがれに」なんて生意気言うのなら、本田の心を学んでからにして欲しいものです。

田児は論外。

                                      
                          番外を含めて マチダ

2016年4月10日 (日)

ひとびとの営みに感謝・大山千枚田@鴨川ハイキングその4

このあたりは良質の長狭米が獲れることで知られてます。

里を中心に山あいを含めて長狭郷でしょう。

米作に適しているので里から山の傾斜地にまで田んぼが広がっていった。


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有名な大山千枚田。鴨川自然王国から30分くらいだったかな。

よくぞ保存してくれたと先人や保存会の方々に感謝するばかりです。

4ヘクタールの傾斜地に作られた田んぼは大小375枚。山間部のため耕地整理が遅れ、結果として棚田が残された。

稲作伝来からずっと続けられてきた米作りの営み。

棚田を前に頭がさがるばかりです。

温暖な鴨川は旧石器時代からひとびとが暮らし始めている。旧石器時代には、石器を作るための頁岩の産地。

縄文時代には貝のブレスレットに使うベンケイガイやサトウガイの供給地。

弥生時代(多分。古墳時代より前だと思う)には四国の阿波に渡った忌部の一族が肥沃の地を求めて東国の半島に上陸。

そこを阿波(のちに安房)と呼んだ。

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前掲とは反対側の棚田です。真ん中へんに人がいるのがわかるでしょうか。

おばあちゃんがひとりで土手をつくろってます。

粘土をすくって土手になすりつける作業を続けてます。穴が空いてては水が漏れてしまいますから。

あとひと月もすると都会から棚田のオーナーたちがやってきて田植えをします。

そのための準備をしてくれているんです。


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見晴らしのいいところにベンチがあったのでコーヒーを飲んでしばし休憩。

あらっ、もう4時半過ぎです。先を急ぎましょ。

薄日が差して田んぼに反射してました。

長狭米が良質なのは主基田(すきでん)に選ばれたことでもわかります。(悠紀田=由基=は山梨県巨摩郡)。

帰りのバス停に「主基」というのがあったな。

主基田は大嘗祭で使われる稲穂を育てる田んぼのことです。この稲穂を天照大神をはじめとする皇室ゆかりの神々に供え、誓いを立てます。

明治4年の大嘗祭で長狭郡北小町村が選ばれたんです。

明治22年の合併の時に北小町村など5カ村が由基村に、大正4年に主基村と改称した。


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大山不動に向かう途中で見かけた茅葺屋根。反対側は修復中でした。

入り口などはモダンなこしらえになっていて農家とも思えませんでした。

どうも、どなたかの別荘みたい。

見ほれてしまいました。


2016年4月 9日 (土)

二ツ山から鴨川自然王国へ@鴨川ハイキング・その3

千葉県最高峰の愛宕山の次は二ツ山を目ざします。

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舗装された広い道を下っていくと二ツ山入り口の案内板。

途中、ランニングしてる若者2、3人ととすれ違いました。

おそらく嶺岡山分屯基地の隊員でしょう。

愛宕山を案内してくれた隊員が「富士登山駅伝の部隊も練習にくるんですよ」

なんて言ってたなあ。船橋にある第一空挺団の駅伝メンバーかなあ。

基地を出てから約30分で山頂です。ここも低いよ、376㍍。

でも景色は素晴らしい。「清澄山系 鋸南方面一望」の立て札が。

ということは眼下は鋸南町。鋸山の南だから鋸南。

左側に南房総市、館山市と続いてる。

午後1時半、ここで遅めのお昼です。


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ここからは安房鴨川駅方面ではなく北へ下ります。

まだまだ見所がいっぱいあります。

途中、あちこちで見かけたのがミミガタテンナンショウ。

浅間山公園なんかで見るのは大抵30㌢くらいなんですが、ここのは大きい。

1㍍を越すようなのもざらでした。温暖の地ですからね。

タチツボスミレもいたるところに。なかで目立ってたのがマルバスミレ?

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下れば里山。

大山千枚田の前に鴨川自然王国に寄って行きましょう。

カフェもあるんですが平日なので営業してません。

理想の農業を追求して「大地を守る会」を設立した藤本敏夫さんが1981年に鴨川に移住して「鴨川自然王国」を作ったんです。

藤本さんのアジテーション、かっこよかったなあ。

1967年11月12日、東大教養学部。

「真っ赤なヘルメットの学友諸君」の呼びかけにしびれたのを鮮明に覚えてます。

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カフェや事務所のある建物が藤本敏夫記念館。

誰かいたら中を見せてもらいたかったんですが、あいにく不在。

気になったのが入り口近くにあった「嶺岡西牧場捕り場跡」の標識。

放牧してある馬の捕獲場所。馬が逃げないように溝を掘った野馬土手も残ってます。

嶺岡牧は全国位に4カ所あった幕府直轄の牧の1つ。ここだけ山地に作られた。

江戸以前にも里見氏などが牧として軍馬を飼育していた。

8代将軍吉宗はここに乳牛を放牧し搾乳をはじめた。

明治になって製乳会社が設立され、明治製菓、森永乳業などの企業地になったんだって。


2016年4月 8日 (金)

眼下に三浦半島を望むパノラマ・愛宕山@航空自衛隊 嶺岡山分屯基地

ここが自衛隊の基地内だってことなんか忘れて声を出してしまいました。

「うわあ」なんて景色。180度の展望が広がってます。

晴れてたらどんなにか素晴らしかったことか。↓さえぎるものはありません。

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真ん中にうっすらと見えるのが三浦半島。

なにしろ千葉県で一番高いところですから眼下が一望です。

愛宕山の山頂は眺望がきかないので案内の自衛官が開けた広場まで連れてきてくれました。

こんもりした高いところに大きなドーム状のレーダーが設置してあります。

「首都圏防空の要衝として首都圏唯一の防空レーダーによる空の警戒監視任務を24時間、休むことなく実施しております」と分屯基地のHP。

太平洋側からの攻撃を想定してるのかな。

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基地内の建造物は撮影禁止ですが外から撮るのは問題ありません。

下山途中にはあちこちからドームが見えました。

昭和28年にアメリカ軍がレーダー建設を開始したのが基地の始まり。

35年に米軍から自衛隊に移管された。

千葉県の最高峰なんでここが選ばれたんですね。

そういえば山頂下に祀られていた愛宕神社。

神亀元年(724)に行基がこの地に入ったのが始まりといいます。

一番の高所は信仰の対象でもあるんですね。

愛宕様ですから祀られているのはカグツチの神。火の神です。

江戸時代になって雨乞いのために石宮が建てられた。


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これにて千葉県最高峰の登山は終了。

素晴らしい眺望が満喫できました。

体育館のトイレが貸してもらえます。

昼休み時間なので隊員たちがバスケットに興じてました。

帰りに手渡されたのが「千葉県最高峰登頂記念」のカード。

「各県最高峰で最も低い」と自虐的な注釈が小さく書かれてます。

いい記念になります。ありがとう。

「あなたは今年度 39番目の登山者です」とも。

案外少ないんですね。

2016年4月 7日 (木)

身分証をチェックされて千葉県最高峰を極めてきた@南房総・鴨川ハイキング

ここは航空自衛隊 峰岡山分屯基地の正門です。

制服を見ると緊張するたちですが、ここは平静を装います。

別に怪しい試みを致そうという魂胆ではありません。

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門衛の自衛官が担当者を呼んで本人確認のために身分証を提示。

事前に届け出ていた住所、氏名を念入りにチェックしてます。

この日の見学希望者はわれわれ4人と3人グループの計7人。

自衛隊の体験入隊ではありません。

レーダー基地ですから戦闘機もなければ戦車もない。

これといった特徴のない簡素な建物が並んでるだけです。

マニアじゃありませんので軍事関係についても全く興味がありません。

何しに訪れたのかって?登山ですよ、登山。

トレッキングシューズにリュックを背負ってますからね。

千葉県最高峰は基地内にあるんです。

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朝8時47分東京駅発の快速電車で11時19分安房鴨川駅着。

青春18切符、初めて使いました。なので特急は乗れません。

4回使った人がいて残りの1回を譲ってもらったんです。

通常の半額以下、お安いです。

駅前にニューデイズがあるのを確認、帰りは遅くなるのでここで食料などを買い込んで車内打ち上げの予定。

12時には分屯地前に集まってなければいけないのでタクシー利用。

料金は5000円弱ですので1人1200円パー。

いい眺めでしょ。見えるのは鴨川市内。海が見えてるのが分かるかなあ。

基地の建物は撮影禁止ですが、基地の外にカメラを向けるのはオーケーです。

頂上はもっと素晴らしいぞと期待は膨らみます。


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担当者が引率してくれます。

愛宕神社の参道が登山口。

鳥居は昨年きれいに塗り直したそうです。

安全を祈願して神社を右折、けっこうな坂が続きます。

目ざしているのは千葉県最高峰です。

登る前に「千葉県の最高峰はなんて山だ」と知り合いにアンケート調査してみました。

大抵が鋸山で鹿野山てのもありました。

そのくらいしか思い浮かびませんよね。

私だって、この計画を聞くまでは全く知りませんでした。考えたことすらなかった。


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そんなこと思い浮かべてたら10分弱で頂上です。

立派な標柱が建ってます。「千葉縣最高峰 愛宕山三角點 四〇八.二米」。

近くにちゃんと三角点もありましたよ。

408㍍で最高峰なんです。高尾山よりも低い。

これを知って俄然興味が湧いて参加を申し込んだんです。

登頂は事前の届け出が必要で当日は身分を証明するものを持参。

見学日は第1、第3の土日と毎週火、木になってます。

それにしても低い最高峰だ。

次に低いのは沖縄県於茂登岳の526㍍。ということは最も低い最高峰。

調べてみると1000㍍以下は他に京都府皆子山972㍍、大阪府葛城山959㍍だけ。

房総半島はプレートの上に乗っかってるので大きな地殻変動がなかったんですかね。

頂上は見晴らしがきかないので担当者が四方が見渡せる広場に案内してくれました。

次回へ続く。


2016年4月 6日 (水)

黄色い花は食べちゃダメ@調布市野草園

この1週間で草の背丈がどんどん伸びてます。

木々も芽吹いてすっかり春模様。

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緑に染まった中でひときわ目立つのが大きな黄色い花。

ヤマブキソウです。といってもヤマブキにゃ縁もゆかりもない。

あっちがバラ科ならこっちはケシ科。

花弁もこちらは4枚で、あちらは5枚。

葉の形も全然違うし似てるのは花が黄色いだけ。

いい名前を考えてやればよかったのに。

おばちゃん達が通りがかりに「黄色い花は毒があるんだって」

それは知りませなんだ。

キンポウゲ科に黄色い花が多いからかな。

仰せの通りにヤマブキソウは毒を含んでます。

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黄色い花じゃないけどキンポウゲ科のニリンソウ。

写真じゃわからないけど肉眼だと見える淡いピンクが好ましい。

間違ってヤマトリカブトも一緒に摘んでよく中毒を起こします。

慣れた人でも若芽では区別がつかないみたいです。

ニリンソウにも毒がありますが火を通せば大丈夫です。

そろそろ南高尾の草戸峠に群生を見に行かないといけないな。

晴れた日に出かけてみましょう。


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鉢植えで育ててるタイリントキソウ。

これがトキ色。美しいねえ。

台湾の奥地が自生地。

野草園ですが珍しいランなどを育ててくれてます。

   bud   bud

次から次へと新しい花が咲き出してます。

せっせせっせと植物園めぐり。

あそこにも行かなくちゃ・・・気ばかりせいてるきょうこのごろです。


2016年4月 5日 (火)

ワサビの花を見るとノドがごっくん@調布市野草園

飾り気はないけどかれんな花です。

このシンプルさが好きです。

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遠く奈良時代から食用にされてたワサビの花です。

いにしえびともツンとくる刺激を楽しんだんでしょうか。

花はあまり見たことないでしょうが、あたしゃ子供の頃から見慣れてます。

三鷹でワサビなんて信じられないでしょうが、国分寺崖線の湧き水を利用して栽培してたんです。

今でもワサビ田の跡はそのまま残ってます。

うまい刺身にワサビを乗せて冷酒をぐいっ。

葉と茎のおひたしもツンときてうまいんだよね。

サクラがはらはら散っててもいいかな。

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イワヤツデ。葉がヤツデに似ている。

ありゃ、しっかり見てこなかった。

いつものことです。進歩してません。

と思ったら葉だけを写真に撮ってた。似てますなあ(自分だけで確認)。

少しは進歩したみたい。

別名タンチョウソウ。つぼみが丹頂鶴の頭のように赤いことから。

このように開ききってしまうと面白みは半減ですな。

来年はつぼみの時に撮りましょう。

中国、朝鮮半島原産で日本には観賞用に持ち込まれた。


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ツルカノコソウ。鹿の子模様ってこんなのですか。

白とピンクが交互に織りなす感じを言うのかな(とんと無知です)。

鹿の子と言えば小鹿のバンビ。

白と茶だけどなあ。

比較的に山奥に咲くのがカノコソウ。

山裾あたりで見られるのはツルカノコソウ。

カノコソウは古くから薬草として使われてきましたが、ツルの方は薬効はありません。


2016年4月 4日 (月)

ヒメにマルバにニョイ・・・なんとすみれが7種類@神代植物公園

ボケッと歩いていても気づかないもんです。専門家についていくと、ここにもあそこにも咲いてるじゃありませんか。

すみれです。

まずはタチツボスミレの群落からご覧ください。

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いつの間に生えたんだろう。全く気付きませんでした。

なんでも園路沿いの笹を刈ったら一斉に芽を出したんだそうです。

参加者からは「わあ、きれい」など感嘆の声が上がってました。

バラ園奥の雑木林です。一見の価値大です。

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この日は日本すみれ研究会による「すみれに親しむ教室」。

すみれが咲いてる場所などを教えてもらいいざフィールドワーク。

ニョイスミレ(ツボスミレ)。

唇弁の細い筋が特徴です。

いつもキョロキョロ見てるところなんですがスルーしてました。

先生はいとも簡単に「はい、ここに」

目が違うんです。

山野草園ではエイザンスミレ、こスミレを見ました。

エイザンは既に紹介してますのでこちらで確認してください。


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すぐ近くに別のもありました。

ヒメスミレです。名前の通りに小さい。

多くの入園者は満開の桜を愛でて見上げてますが、われわれは目を皿にして地面を探してる。

先生の話を思い出しました。

「すみれは林の奥ではなくて林縁の斜めになったところで見つかる」

つまり日照がほどほどにあって水はけがいい。

なるほど斜面になったところで咲いてます。


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これは場所がわかってました。

去年も教室に参加して教わりましたから。

やっぱり日当たりのいい斜面です。

ほかの花はありませんので、ほとんど誰も入ってこない。

マルバスミレです。ふくよかな白い花。

葉が丸いでしょ。

あたりに目をこらすといっぱいあるじゃないですか。

まだ咲き始め。これからが盛期です。

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これは外国のビオラ プリセアナ。

誰かの靴の底にタネがくっついて運ばれたんでしょうか。

負けじと頑張ってる小さなブルーの花はフラサバソウ。

マルバスミレの近くにはコスミレの群落。これも、こんもりした場所に数十株。

少し入ってモミジバフウの根っこにはまたまたヒメスミレ。

こんなにいっぱい咲いてるなんて、自力じゃとても探せない。

教わるって大事なんです。しみじみ感じました。


2016年4月 3日 (日)

狙ったところに正確キックで同点・さすが俊輔@マチダもうなる

やっぱり俊輔。わかっていてもGKは手が届きません。

A大サッカー部OBのマチダさんは俊輔のもう一つの美技「ささやき戦術」に注目してます。

名手遠藤のPK。蹴る前に俊輔がGKになにやらささやきました。左に蹴ったボールをGKが止めました。

なにをささやいたんでしょう。

       shoe    shoe     shoe


G大阪1−2横浜 俊輔は左足1本でも金が取れます。

1点を追う前半40分の同点FKは流石。

ゴールやや右、約25㍍。蹴る前に何度も右方向をチラ見していました。

このあたりはTV観戦の良さです。

狙うところはそこしかなく、コース取りを確認していたのでしょう。

強めにしかも見事にコントロールされたボールは、右上隅を捉えました。

GK・東口は思い切り飛びました。おそらく予想してはいたでしょう。

それでも届かないピンポイントの狙撃でした。

前半11分のFKでは大量に水を撒かれたピッチに足を滑らせてこけてしまい失敗。

ボールはゴルフのアプローチのようにポワーンと上がっただけ。

ミスを修正してきちんと取り戻すプロの業に唸りました。

このゴールで横浜は息を吹き返したのだから効果は絶大です。

sagittariussagittarius

もう一つ隠れた美技があったようです。

今度はマルティノスのゴールでリードして迎えたロスタイム。

大阪にPKを与えてしまいます。キツカーは遠藤。

ボールがセットされる際、俊輔はGK・飯倉の耳元で何やらゴニョゴニョ囁きます。

陽動作戦なのか。

遠藤だって百戦錬磨、そんなことで動揺するはずがないでしょう。

ところがなんと名手が失敗したのです。

板倉は蹴る寸前、フェイント気味に右へ1回ステップ。

すぐさま左へ身を投げ出します。ドンピシャリ!勝利のセーブでした。

あの耳打ちは何だったのか。流石にテレビでは聞こえてきません。

あくまで心理作戦だったのか、右への1歩をアドバイスしたのか。

ものすごく知りたい。

runrun

日本代表 アフガン戦の岡崎とシリア戦の香川。2人の得点はなるほど海外のプロ選手です。

高い技術を見せました。揉まれているせいでしょう。

岡崎は後ろ向きで受けたパスを反転して前を向きます。

と、同時にそのまま右足で相手DFの股を抜きます。

次には2人掛りのDFの間を抜け出てゴールを奪いました。

香川は本田からの浮き球を胸トラップ。体を右に反転させながら右足で2ステップ。

普通なら1ステップでシュートするところ。プラス1したのがセンスです。

体の向きがわずかに中へ入り、何よりGKのタイミングを狂わせました。

左足、しかもそれほど強烈ではなくてもゴールするのには十分でした。

cancercancer


2戦とも5−0の数字上は圧勝です。

しかしDFには問題が残りました。

特にシリア戦ではカウンターを再三食い2、3点献上してもおかしくない内容。

アフガン戦でも球際に脆い欠点を随所に見かけました。

自陣ゴール前の1対1で競り負けて足元はふらつき体もオタオタしています。

相手の技術がイマイチだったから助かったようなものです。

最終予選であのざまだったらと思うとぞっとしますよ。

コンビネーションの問題もあるでしょうが、まずは対面の仕掛けに対応できる受けのプレーを鍛えて欲しい。

9月までに間に合わせないと、…の悲劇になりかねません。

                                マチダ

ひとなみにお花見・船からだよ@お江戸深川さくらまつり

毎日花ばかり探してますが、お花見もします。

これまでは千鳥ヶ淵でしたが、幹事さんが気を利かして船から楽しもうじゃないかといざ門前仲町。

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出発地は駅近くの黒船橋。

ちょうど深川観光協会が「お江戸深川さくらまつり」を開催中。

この名前だけでも浮かれちゃう。

♬ツツンテトシャン・・・。

見頃だろうって予定を組んで3月29日に決めたんですが、まださっぱり。

1分にもいかない咲き始め。

水辺なので気温が低いんでしょう。

午後4時半出航の最終便。なんで遅いのかって?

そりゃあんた、川風に当てればあったかいものが恋しくなるでしょ。

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中には3、4分咲きの桜もあります。

観光協会曰く「桜並木を水彩都市・江東区らしく船の上や橋の上からも楽しんでいただきたいと計画いたしました」

趣旨を理解して満開のつもりです。

タクワンで玉子焼きのつもり。「長屋の花見」と大して違いませんから。

大横川を西に進んで水門に出ます。

門をくぐれば隅田川。

船頭は「遊覧船が通ると大波が来てしぶきがかかるかもしれません」

なんて脅かしてる。

でもやっぱり波は高い。

広々として気持ちいいなあ。

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川からのスカイツリーも乙なもんでゲス。

揺れるので斜めになってます。

観光協会が用意してるのは和船と動力船があって500円と500〜1500円。

われわれは日程の都合もあって遊覧船企業の船。

1人2100円とちと高い。ま、楽しみましたがね。

サラリーマン時代に勝手知ったる門前仲町。

富岡八幡近くの居酒屋「海の幸」で旧交を温め合いました。


2016年4月 2日 (土)

カタクリが見頃です@調布市野草園&都立農業高校神代農場

3月31日は都立農業高校の神代農場、4月1日は調布市野草園で見てきました。

ご覧ください、この通りです。


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一面のカタクリが咲きそろってます。この写真は野草園。

近所のおばちゃんが連れ立ってやってきました。

「すごいわねえ。以前はこんなじゃなかったのに増えてるわね」

左右は宅地ですが、この斜面だけ開発を免れてます。

ノートパソコンだと画面が小さくて見えないですかね。寄ってみましょう。


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地続きの神代農場もカタクリだらけです。

こちらは高校生がガイドしてくれます。

米をつくったり、わさび栽培で府中の校舎から実習に来てるんです。

ニジマスも養殖してて、燻製なんかこしらえてるようです。いい学校だなあ。

帰りには竹炭をお土産にいただきました。

早速、ご飯を炊くときに入れてみました。なんだか、おいしくなったような気がしました。

谷戸(やと)の自然を楽しませてもらってお土産まで。恐縮しちゃいました。

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東京都では絶滅になってるけどカタクリに混ざってワダソウも見られます。

八王子の小宮公園でも見られるそうです。

花弁の先端がへこんでるのがワダソウ。これがワチガイソウとの見分け方。

最上部の葉が輪生してるように見えるのも特徴です。

ともにナデシコ科ワチガイソウ属。

えらそうに書いてますがワチガイソウは見たことがありません。

高尾山でも見られるようです。探さなくっちゃ。

2016年4月 1日 (金)

巡礼古道を通って眺めのいい衣張山@鎌倉ハイキング・その5

すでに六国見山、天園の2つのハイキングコースを踏破。

竹林で知られる報国寺にさしかかりました。

ここから鶴岡八幡宮を目ざして小町通りで反省会、かと思ってジョッキの泡などを思い浮かべたんですが甘かった。

もう1つ残ってました。そういえば行程表に衣張山とあったような・・・。

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報国寺の横の広い道を進んで住宅の脇から急坂を登ります。

まっすぐ行くと旧華頂宮邸があるみたい。

巡礼古道をたどるようです。

坂東観音霊場の札所33カ所の第1位杉本寺から逗子にある2位の岩殿寺に通じる古道です。

犬の散歩のおじさんと出会いました。

衣張山から鎌倉駅まで歩くと伝えたら「この時間から?」とびっくりした顔をしてました。

横須賀ハイキングクラブの会長さんだとか。

金沢街道へ降りる途中だったようですが「犬がこっちが好きなんだ」とついてきてくれました。

脚は大丈夫か、少し心配して様子を見てくれたんでしょう。

巡礼道らしく磨崖仏の金剛地蔵さんが出迎えてくれました。

巡礼古道は宅地開発のために途切れてしまってます。


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住宅地の公園に出たら近所の人が憩っていてなんだか拍子抜け。

左へ行くと名越の切通ですが、そちらは後日になりそうです。

「しばらく鎌倉にはまってみる」ってリーダーが言ってましたから。

ここからは平成巡礼道の名がついていて衣張山へ。

標高は121㍍ですが鎌倉が一望できます。

稲村ガ崎の向こうには江ノ島も見えました。

晴れてればその先に富士山。

影が長いでしょ。そんな時間なんです。


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下りる途中に石切場跡がありました。

鎌倉に石切場があるなんて思ってもみなかったので貴重な体験。

鎌倉石を切り出していたんです。

海中にできた砂岩。貴重な石ですが現在は採掘禁止。

やわらかくて細工がしやすい。摩耗しやすくて年月を経ると独特の風合いが生まれるので寺社に好まれた。

水を吸いやすいので石塔などを作るとコケが生えやすい。

禅宗のお寺のワビ・サビを演出してくれるんです。

コケがびっしりと覆った杉本寺の石段も鎌倉石です。

       foot     foot     foot

よく歩きました。鶴岡八幡の境内を抜けて小町通りから1本入った路地の店に落ち着いたのは6時過ぎ。

9時過ぎから歩いたから約9時間。

鎌倉ハイキングもいいもんです。


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