フォト
無料ブログはココログ

« 変わってます落葉とともに花が咲くマルバノキ@植物多様性センター | トップページ | 嵯峨菊と肥後菊に惹かれた@新宿御苑の菊花壇展 »

2015年11月 6日 (金)

ふーん、三菱鉛筆は三菱グループじゃないんだ@外苑西通り散歩

千駄ヶ谷駅に降り立って新宿御苑に向かうはずが気が変わった。

御苑の東側を歩いてみよう。御苑には大木戸門から入ればいい。

Img_7430

ぷらぷら進むと川の跡があって「沖田総司逝去の地」の案内板。

2、3年前にも歩いてるけど気がつかなかった。

日付を見ると平成26年3月。新しいんだ。

先月末に浅草を歩いて今戸神社で沖田総司終焉の地の碑を見たばかり。

あしたは龍源寺(三鷹市大沢)に行って近藤勇のお墓に報告しないといけないかな。

「総司(1844〜1868)が晩年に療養し、亡くなったとされる植木屋平五郎(柴田平五郎)の屋敷はこのあたりにありました」と新宿区の説明。

かつてはここを玉川上水の余水吐(よすいばき)が流れ、内藤家からの湧き水も合わせて渋谷川と呼ばれていた。

橋の名は池尻橋。内藤家の池のはしっこだったんでしょう。

ここから渋谷駅方向に流れてたんです。

Img_7436

大通りから中に入って多武峯(とうのみね)内藤神社にお参り。

内藤家の屋敷内にあったのが現在地に移されたもの。

駿馬塚があって白馬が大事に祀られてます。

内藤清成の駿馬の伝説は聞いたことがあるでしょう。

家康に「馬で一息に回れるだけの土地を与える」といわれた清成。

またがった駿馬は今の御苑一帯を走ったあと疲れ果てて死んでしまったという。

神社の横の公園に「鉛筆の碑」。佐賀藩出身の眞崎仁六が明治20年(1887)に眞崎鉛筆製造所を興し、鉛筆の製造をはじめた創業の地なんです。

渋谷川に水車をつくって、その動力を利用した。

現在の三菱鉛筆です。あたしゃトンボ鉛筆の方が多かった。

高級なユニなんてとても買ってもらえませんでした。

三菱鉛筆って大財閥の三菱とは関係ないんです。岩崎弥太郎が文房具製造に手を出すなんてどうもそぐわないと感じてました。

三菱マークと三菱という商標は、眞崎家の家紋「三鱗」を図案化して明治36年(1903)に眞崎鉛筆が商標登録したものなんです。

三菱財閥の登録に先立つこと10年前です。

業種が異なるので双方に認められたんでしょうか。詳しいことは分かりません。

特許庁に勤めてた同級生がいるから会ったら訊いてみよう。


Img_7440

大木戸門から新宿御苑。

中国人の団体(服装からして台湾じゃなくて大陸みたい)がバスから降りてきてました。

皇帝ダリアがちらほら咲き始めてます。

つぼみがいっぱい。

後ろはイチョウの大木。まだ黄緑です。

小金井公園の皇帝ダリアもそろそろかな。

武蔵野界隈じゃ小金井公園のが一番数が多くて見事です。

« 変わってます落葉とともに花が咲くマルバノキ@植物多様性センター | トップページ | 嵯峨菊と肥後菊に惹かれた@新宿御苑の菊花壇展 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 変わってます落葉とともに花が咲くマルバノキ@植物多様性センター | トップページ | 嵯峨菊と肥後菊に惹かれた@新宿御苑の菊花壇展 »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31