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2015年9月21日 (月)

人気スポットみたい小網神社@地下鉄の地上を歩く会・日比谷線の5回目その1

夏はお休みしていた「地下鉄の地上を歩く会」、秋風とともに再開です。

日比谷線の八丁堀駅に集合、与力同心組屋敷跡の案内板などからスタート。

東州斎写楽や伊能忠敬が晩年に住んでいたとかいうんですが、なんせ「跡」ばかりで偲ぶよすがが残されてません。

Img_6306

なのですっ飛ばしまして一気に日本橋人形町。

八丁堀ー茅場町ー人形町ですから2駅。すぐです。

路地に入ったら小さな神社がにぎわってました。

若い人が絶えません。

小網神社、小網町という地名は知ってるが神社は知らない。

お稲荷さんです。

みなさんは、この福禄寿を熱心に拝んでました。

江戸時代は浅草新寺町にあった寺院の境内社だったが明治2年に現在地に遷座。

町名から名付けたようです。神社名から町名がつけられたと言われてるが逆のようです。


Img_6307

あらま親子丼の玉ひでじゃないですか。

相変わらず行列です。

11時半の開店前にこの並び。すでに店の中まで客が入って待ってます。

日曜(13日)なので、これでも少ないらしいです。

店の人に訊いてきてくれた人がいて、1時間待ち。

20分くらいだったら並んだのにな。残念。

小グループに分かれてそれぞれ昼食。

男どもは回転寿司屋で海鮮丼。


Img_6310

細い通りに末広神社。遊郭吉原の守り神だった神社です。

関東大震災前は近くの浪花町にあったようだ。

江戸開府の初期、甚内という男が京都から遊女を連れてきて、ここに遊郭を開いた。

それまで各地にあった遊郭が吉原一個所にまとめられた。

それが明暦の大火(1657年)で焼失、浅草日本堤に移転した。

吉原の成立については隆慶一郎の小説「吉原御免状」が面白い。

網野善彦史学を下敷きにしながら、漂泊の人々(無縁の徒)と権力の相克が展開していきます。

彼らに徳川家康が与えた吉原営業の特権。

そこには幕府のとんでもない秘密が隠されていたーーという内容。

直木賞は逃したが一大センセーションを巻き起こしました。

隆慶一郎の作家生活は短いが、「にあんちゃん」「陽の当たる坂道」などを手がけた脚本家池田一朗のペンネームです。

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