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2015年9月の記事

2015年9月30日 (水)

おばちゃんとミゾソバ談義&蝶の求愛@野川公園

野川公園は秋の花盛り。

ツリフネソウ、キツリフネ、ハナタデが特に見ごろ。からっとしてるから歩みも軽い。

花がとってもきれいだから遠回りじゃなくて、もう一周したくなります。

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乙女たちが輪になって手を広げたみたい。

ミゾソバってこんなにういういしいんだったっけ。

よく似たアキノウナギツカミはまだつぼみ。

「きのう狭山湖の近くでソバナを見てきたんだけど、ちょっと違うでしょ」

おばちゃんがスマホの画像を見せてくれました。

こちらの方が花弁の先が長細い。狭山湖は丸くてやや小さい。

「でしょ。オオミゾソバなんじゃないかしら」

私にゃ、よくわからんが、オオミゾソバはもっと紅が強いみたい。

変種も多いそうなので近ごろは区別しない傾向とか。

練馬に住んでる方で、どうして山で見る花の方が美しいのかーーなんて話をしました。

都会の花はどうしても色が薄くなってしまう。この夏高尾山で見たヌスビトハギの鮮やかさが忘れられないとか。

おばちゃんの分析では寒暖差。なるほどね。

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トネアザミやフジバカマにツマグロヒョウモンが集まってます。

羽の先が黒いメスが蜜を吸ってたらオスが寄ってきて求愛。

周りを飛び回って気を引いてます。

メスはいやがるでもなく同じ花に止まっても逃げません。

愛は成就したのかな。

メスが黒いので黒じゃありません。先の方、のことです。

30年前には関東では見られなかったので子供のころは見てません。

もともとは亜熱帯に生息。

タテハチョウ科ドクチョウ亜科ヒョウモンチョウ属。

毒蝶なの。いえいえ毒蝶のカバマダラに擬態してるのでドクチョウ亜科。

模様をマネされたカバマダラは基本的に南西諸島以南の分布。

マネした意味がないのに北へ北へと広がってます。


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ひと様の恋を見てたら青いレモンが恋しくなりました。

持ち歩いてるわけもなく葉っぱをこすって香りだけ。

まだ咲き初めのレモンエゴマです。

まさしくレモンの香り。粘膜が洗われてさわやかなころに一瞬、戻ります。

シソ、エゴマははるか昔に中国からもたらされたが、こちらはれっきとした在来種。

だって中国でも紫蘇だもんね。

紫の薬草で病人も蘇るので紫蘇。

エゴマは紫蘇の変種。古くは荏だけでエゴマをあらわしたようだ。

荏の付く地名は栽培地だとか。荏原もそうなのかな。


2015年9月29日 (火)

都内初の伊豆の長八展@武蔵野市立吉祥寺美術館

左官屋さんがこねた漆喰を器用に壁に塗っていくのを見るのが好きでした。

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左手に持った板に漆喰を乗せ、右手のコテで少しずつ取っては塗っていく。

最後にコテでならすと塗り跡も残らず白い壁が完成。

職人さんはえらいなと尊敬してました。

そのコテで絵を描き、塑像を造って芸術の域に達したのが伊豆の長八です。

最初に長八の名を知ったのは伊豆の松崎に海水浴に行ったとき。

もう何十年も前です。

そのときには多分、伊豆の長八美術館には行かなかった。

     pencil   pencil

長八は本名入江長八(1815〜1889)。

幕末から明治初めに江戸、東京で活躍した伊豆松崎出身の左官です。

漆喰壁にコテを使って浮彫と彩色を施した装飾は「鏝絵(こてえ)」と呼ばれ、長八はその第一人者です。

     run    run    run

開催中なのは知ってたんですがぐずぐずしてたら小平の☆さんから興奮冷めやらぬメール。

背中を押されていってきました。

「生誕200年記念 伊豆の長八ー幕末・明治の空前絶後の鏝絵師」

↓これをご覧ください。二見が浦です。


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沈む夕陽の左に富士山。

これは絵はがきを複写したものですのでコテ技法は分からないです。

寄せる波、松の細かな枝はしっかりと書き込まれてます。

びっくりしたのは人物。

海辺に砂粒みたいな点があるでしょ。

これが人物なんです。

実物では老若男女はもちろん、着物まで描き分けてるのが分かるんです。

ただただ感嘆しますよ。

会場の外に弟子が使ったコテが展示されてました。

私ゃ、壁塗りの20㌢くらいなのしか知りませんでしたが、1、2㌢のものまである。

入場料はなんと100円(65歳以上無料)。武蔵野市は太っ腹です。

買い物ついでに寄ってみる価値は大です。

私が気に入ったのは波だけを描いた「漣の屏風」。伝長八作の「清水次郎長肖像」は鏝絵とは思えない渋さ。

傑作といわれる「神農像」の細かい細工もすばらしい。


2015年9月28日 (月)

暦も少なくなったので十月桜@神代植物公園

物悲しいよね秋の桜は・・・。

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ポツン、ポツンとまばらに花がついてます。

大きな木だと気がつかない。

幸いなことに若い木が近くにあって、こちらの方が花数が多い。

花弁の先端に紅などあしらってういういしい。

冬桜はなんとなく華やぐ気にならない。

なぜでしょう。この先の厳しい季節を予感させるからでしょうか。

でも若い木はうら寂しさをやわらげてくれます。


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とぼとぼ歩いてたらオオモミジが部分的に紅葉してました。

ここだけ晩秋を感じ取って冬支度の指令が出された。

葉柄に離層を作り幹との交通を遮断せよ。

光合成でつくられた糖が葉にたまって赤い色素アントシアニンがつくられる。

やがて葉が落ちてゆく。

ムダなことはしないという冬のサインです。

近くの大イチョウも変に色づいてしまってます。

きっと8月の連続猛暑日が影響してるんでしょう。


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こんなに見事なオケラの花を見たのは初めてです。

たいがい、まばらに咲いてるので目にとまることも少ない。

ここは立派なつぼみを付けてたので楽しみにしてたんです。

根茎を乾燥させたものが白朮(びゃくじゅつ)。

健胃、利尿、鎮痛にもちいられ、焼いた煙を浴びると悪鬼を追い払い疫病をのぞいてくれます。

若芽を食べてもおいしくて嫁にはあげない。

「恋しけば 袖も振らむを 武蔵野の うけらが花の 色に出(づ)なゆめ」

こんな純情な頃もありましたなあ。


2015年9月27日 (日)

身近に咲いてたサガミラン(モドキ)@水生植物園(神代植物公園)

発端は植物多様性センターのガイドウォーク。

マヤランのところで参加者から「サガミランはないんですか?」

ええーっ、そんな花があるんだ。初耳です。

その人に訊くと井の頭公園の玉川上水沿いで見られるという。

そしたら職員さんが「水生植物園で咲いてますよ」


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行かざあなるまい。

詳しく場所を教えてもらって翌日に探索。

簡単に見つかりました。

10株ばかり花茎を伸ばしてるマヤランのそばに1株だけ。

なるほど・・。ごく淡い緑。

マヤランと違って花の中の斑点がありません。

花も小さいかな。苞葉も小型で子房が長いそうです。

確認したのは1株だけど、初夏には何株かがきれいに咲いてたそうです。

来年のお楽しみができました。

      pencil    pencil     pencil

相模で発見されたのでサガミラン。

初めはマヤランのアルビノ、あるいはシロバナ品種と思われてました。

そのうえマヤランにサガミランの別名があり、さらにシロバナ品種をサガミランと呼んでいたそうです。

しかし遺伝子解析の結果、別種と判明した。

名前をどうするか。

区別するためにサガミランモドキとしているみたいです。

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隣で見たマヤランです。

マヤは神戸の摩耶。

話は戻って、れっきとした別種なんだからモドキはないんじゃないか。

サガミランでいいんじゃないでしょうか。

もちろん絶滅危惧種ですよ。

多分、マヤランと同じようなところで見られると思いますので、マヤランの近くを捜してみてください。


鹿島の猛攻をはねのけた西川とポロリの曽ヶ端@マチダのJ

浦和GK西川が鹿島のシュートをことごとく防ぎました。

代表の正GKになってカンも冴え渡ってきたようです。

おなじみA大サッカー部OBのマチダさんは鹿島神宮でのお祓いを奨めています。

     shoe    shoe    shoe


鹿島1-2浦和  鹿島神宮は武神を祀っています。

アントラーズは安倍晴明を呼んで、ここでお祓いを受けなければなりません。

まあ、よくもあれだけゴールに嫌われたものです。

おそらくチーム史上最多の逸機を記録したのではないでしょうか。

立ち上がり3分で簡単に先制します。

浦和の左サイドを突破したカイオが中へ折り返します。

相手DFが引き寄せられた後ろから遠藤が走り込んでダイレクトシュート。

絵にかいたようなゴールでした。

ところが、その3分後に簡単に追いつかれます。

左サイドを宇賀神にえぐられ、高木に押し込まれました。

runrun

振り出しに戻されたものの、圧倒的に試合を支配し続けます。

速いプレスで浦和に前を向いて仕事をさせません。

特にDFのマークがきつく、浦和・興梠を完全に封じ込めました。

DFは1対1のマークも必要ですが、パスの出どころ出し場所を読むことも重要。

ある意味ヤマを張ってでも万が一に備える、

今流でいえば危機管理能力の高さが求められているポジションでもあります。

魔がさした一瞬以外、とにかく浦和の攻撃をつぶしまくりました。

wavewave

攻撃はまさに嵐のよう。

タラレバはないのは承知ですが、ダヴィ、金指、カイオ…普段なら5点くらいは決まっていたのではないでしょうか。

不運もありました。

しかし、浦和ゴール前には西川が立ちはだかっていました。

バー、ポスト直撃を除けばことごとくはじき出された印象です。

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9割方押し込んでいた試合。

結局、GK曽ケ端のミスで失ってしまいます。

後半27分、左からのセンタリングにDF昌子が飛びます。

しかしボールに届きません。

その後ろでキャッチをしようとした曽ケ端は前にポロリ。

昌子とかぶってしまい、目測を誤ったとか言いようのないポカです。

痛恨のボールは興梠の前で弾んでゴッツアンの一撃を食らいました。

現役日本代表GKと元との差だったかもしれません。

いいところなしの浦和、我慢の守りが勝利を呼び込みました。

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G大阪3-1柏 宇佐美のゴール、やはりシュートセンスは天才的です。

後半15分、右サイドから中へ。

パトリックがキープしてPE外で構えていた宇佐美へ、ハイどうぞ。

フリーの体勢から右足でゴール右へコロコロシュート。

GK菅野の横っ飛びも届かないポストすれすれに吸い込まれていきました。

唸るしかありません。アジアカップの広州戦でも魅せてくれるでしょうか。

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※試合開始が一番早い山形ー仙台を見ました。結果は1-1のドロー。

降格争いの山形は、3人目の動きが足りません。

もっと全体で走らないとJ1定着は難しい。

それでもサポーターは健気です。必死の応援を続けました。

ところがグラウンドは陸上競技場。思いを乗せた声は遠い。

専用だったらもっと選手を鼓舞できたはずです。

サポーターも選手の声、ボールを蹴る音、汗の粒粒を間近にできます。

一体感はそんな距離感から生まれてくるものでしょう。

Jもクラブもいつまでサポーターと選手の間を引き離しておくのでしょうか。

わけのわからない試合形式を導入するより、専用スタジアム問題を解決した方がファン離れを食い止められますよ。      
                       マチダ

2015年9月26日 (土)

ほんのりうす化粧のサクラタデ@野川公園

♬無邪気な春の語らいや はなやぐ夏のいたずらや 
 
笑いころげたあれこれ 思う秋の日  (岩崎宏美「思秋期」作詞阿久悠)

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足元に目をやると小さなかれんな花が語りかけてきます。

思い出はそっと胸の中に閉まっておきなさい、と。

秋の入り口へと導くこの花をずっと待ってました。

ボントク、イヌ、ヤナギ、ハナなどいろいろありますが、

タデの中では最も美しいといわれるサクラタデ。

桜よりも上品かもしれません。

きれいに撮れたので満足、満足。

雄花、雌花があって、これは雄しべが花弁(ガク)よりも突き出ているので雄花でしょう。


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こちらも待っていた花。

花がてんでの方向を向いて、やけにシベを出して虫さんいらっしゃい。

この奔放さが面白い。

美は乱調にあり、ですかね。

同方向にそろうナギナタコウジュも、それはそれでニヤッとするけどね。

カワミドリ。川緑、河碧などと書きますが名前の由来は不明。

シソ科でハッカのような芳香があります。


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オオハナワラビですかね。

葉の先が尖っているようなのでフユノハナワラビじゃないですよね。

全く自信なしでありんす。

お日さまがでてくれりゃ散歩の足取りも軽やか。

野川公園にはそれぞれの秋がいっぱい。

もう十月桜がちらほらなんて便りも耳にします。

空気もさわやかですのでお出かけください。


2015年9月25日 (金)

真空斬りだよ・お玉が池@地下鉄の地上を歩く会・日比谷線の5回目その4

神田にはお玉が池があるものとばかり思ってました。

やや長じて地図を見たけどそんな池は見当たらない。

創作だったんだと、それきり忘れていました。

白髪も目立つようになり江戸初期の河川図などを眺めていたら、ちゃんとあるじゃないですか。

かねがね訪ねたいと思ってたんですが幹事さんがコースに入れてくれました。

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人形町から神田に入りました。

もとは桜ヶ池と呼ばれていたが、恋のもつれからお玉さんが身を投げたので、お玉が池になったという。

オタマジャクシがたくさんいたのでともいうが、これでは身もふたもない。

江戸の初めには不忍池より大きかったが次第に埋め立てられて幕末には小さなものになっていた。

ガキが恋のもつれなどゆえんを知るよしもない。

そりゃあんた「赤胴鈴之助」ですよ。

少年たちはチャンバラごっこで「真空斬りだ」「稲妻返しだ」と技を競ってました。

鈴之助が剣術指南を受けていたのが神田お玉が池の千葉周作道場。

神田と唱えてパブロフみたいに条件反射ででてくるのは神保町じゃなくてお玉が池でしたよ。

周作が編み出した北辰一刀流がどんな剣法なのか追求欲もありました。

平安の昔から千葉氏が信仰していたのが北斗七星(妙見大菩薩)。

なのでその一刀流に「北辰」と名付けた。

周作の娘がさゆり。声は吉永小百合です。

さゆりはとってもかわいかったんだろうと今でも思ってます。


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このへんです。岩本町の2丁目あたり。

タモリのように腰をかがめて高低差を確かめたんですが分からなかった。

お玉稲荷の他に、あちこちに池跡の碑が立ってます。

千葉道場の碑もあったんですが今は工事現場になっていて確認出来ません。

幕末の風雲期。千葉道場に通う若者が増えた。

坂本龍馬(主に樋町の弟の千葉貞吉の道場)、新徴組の清河八郎、薩摩の有村次左衛門(桜田門外の変の参加)。

水戸徳川家に召し抱えられたので勤王の志を抱く者が集まったのだろう。

池のほとりには種痘所(東大医学部の前身)ももうけられるなど、文武の発展したところでもあった。

江戸在住の蘭方医82人が金を出し合って開設、種痘を行ったのだ。

種痘所焼失後に移った場所につくられたのが三井記念病院。

明治39年(1906)に設立、生活困窮者のみを無料で診察したという。

診察にあたったのは東京帝国大学医科大学。

三井家が100万円を寄付したという。

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秋葉原方面に向かいます。

いまでは「あきはばら」っていいますが、「し」と「ひ」の区別が難しい江戸っ子は「あきばはら」といいますね。

秋葉神社からつけられてるから「あきばはら」なんでしょうけど言いにくいからね。

てなこと考えてたら着いたのが柳森神社。

これで烏森、椙森と合わせて三森神社、完成です。

裏手を見ると神田川が流れてます。

土手に柳を植えたので柳森神社。

富士塚があったみたいです。溶岩や富士講の碑が置かれてますもん。

1960年に壊されたみたい。マンションになってるとこにあったんでしょう。

ここの富士浅間神社は駿河富士宮浅間神社から分祠してる。

富士講って山梨の吉田の方と関係が深かったんじゃないの?

富士講隆盛前に富士宮の修験者が広めたからなのかな。

     wine    wine    wine

秋葉原は素通りしてジュエリータウンの御徒町。サファイア通り、ガーネット通りなど路地には宝石の名がついてます。

通ったのはルビー通り。横目で見るだけね。

本日はお疲れさまでした。beerbottlefish


2015年9月24日 (木)

お告げの話・於竹さん、長谷川一夫夫人@地下鉄の地上を歩く会・日比谷線の5回目その3

べったら市って、なんとなく知ってるが行ったことはない。

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大根を麹で漬けたべったら漬けもあまり食べたことないな。

甘いのが好みじゃなかったからね。

その発祥がこの宝田恵比寿神社。

10月20日の恵比寿講に使う神像、打ち出の小槌などを売る市が立っていたが、ここで売られるべったら漬けが評判になり、「べったら市」の名が定着した。

宝田神社は宝田村にあったが江戸城拡張のためにて村ごと日本橋本町に移転した。

同じく平川河口にあった祝田、千代田村も移転して、大伝馬町、小伝馬町、南伝馬町となり村長は幕府の伝馬役を兼務した。

      bell   bell   bell

通り過ぎてわき目をしていたら「於竹大日如来縁起」の碑。

庄内から大伝馬町馬込家に奉公に来た於竹は、働き者で一粒の米も粗末にせず貧困者に施した。

ある日、羽黒山の行者が訪れ「夢に見た羽黒山のお告げによると於竹は大日如来の化身である」と告げた。

驚いた主人は勝手仕事を辞めさせ持仏堂を造って念仏の道に入ったという。

綱吉の母堂桂昌院の歌に「ありがたや 光とともに 行く末は 花のうてなに 於竹大日」。

ここには使った井戸の跡があるだけです。

馬込家というのが大伝馬町の名主で道中伝馬役も兼務。

宝田恵比寿神社の恵比寿像は馬込家が家康から拝領したと伝えられる。

それにしても菩薩や観音の生まれ変わりはよく聞くが大日如来とはでっかくでたものだ。


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伝馬町といやあ牢屋敷、跡地に着きました。

繁華街の隣なんですね。

お寺があったのでのぞいてみました。身延別院(日本橋小伝馬町2)

てかてかの大黒様があったので説明を読むと長谷川一夫が登場してました。

長谷川一夫出身の京都伏見には「油かけ町」があり、油売りが石像に間違って油をかけてしまったが、それ以来商売が繁盛したという伝説があった。

しげ夫人が戦後間もなく油かけ天神を夢に見て、東京に祀れとのお告げを得た。

それで別院の住職と相談してここに祀ったという。

於竹さんも拝まなかったし、油もかけてきませんでした。


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牢屋敷のあとは十思公園になってます。

学がないと意味が分からない名前です。

十思と書いて「じっし」と読む。隣の小学校名からとったもの。

中国の歴史書「資治通鑑」に天子がわきまえる10の心得として「十思之疏」ってのがあるんだそうです。

明治の小学校は格調高かったんです。

時の鐘などが移築されており、植え込みの中に「松陰先生終焉の地」の碑。

「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」の辞世の碑も。

近くに杵屋勝三郎歴代記念碑も。

二代目が近所の馬喰町に住んでいた縁だそうだ。

長唄三味線の家名で勝新太郎の父杵屋勝東治もこの流派。

勝も若い頃、二代目杵屋勝丸の名で三味線を弾いている。

もうお分かりでしょう。芸名は勝東治の師匠杵屋勝太郎から取っています。


2015年9月23日 (水)

滑り込みセーフで入れてもらった辻村寿三郎人形館@地下鉄の地上を歩く会・日比谷線の5回目その2

人形町あたりをぶらついてます。

「いやさお富、久しぶりだなあ」の台詞で知られる玄冶店跡の石碑がありました。

幕府医師の岡本玄冶(1587〜1645)の拝領屋敷があったことから玄冶店。

「与話情浮名横櫛」(初演1853)の「源氏店(玄冶店)」の一幕お富と切られ与三郎の場面で広く知られるようになった。

私なんぞは♬粋な黒塀 見越しの松に・・の「お富さん」を意味も分からずにがなってただけ。

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「閉まってるかもしれないよ」と幹事さん。

やっぱり閉館の張り紙がしてありました。

1日違いで9月12日がラストでした。

辻村寿三郎人形館です。人形町ですからね。

入り口で残念がっているとドアが開いて「どうぞ」

妖しの人形たちがまとめて置かれていて、異次元の世界に迷い込んだよう。

命がありそうなので、長くは見つめていられません。

耽美的な衣装から放たれるオーラに身がすくむ思いでした。

人形館は故郷の広島県三次市に移って開館してます。


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京都から江戸に下ってきた猿若勘三郎が猿若座(のちの中村座)を開いたのが江戸歌舞伎の始まり。

京橋あたりから堺町に移転(1651)、葺屋町には村山座(市村座)が開場。

今の人形町3丁目と堀留町近辺です。

周辺には人形浄瑠璃、説教芝居、見世物小屋などが立ち並んで歓楽街を形成していた。

しかし遊郭とともに浅草辺に移されていきます。

お城に近かったせいです。

江戸時代には人形町の町名はなく、人形町通りにその名があった。

この通りに面していた大坂町、堺町などをまとめてに人形町になったのは1933年(昭和8)のこと。

人形浄瑠璃の人形遣いや頭作りの職人が住み着いていたから自然と名付けられたのだろう。

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椙森(すぎのもり)神社に残る富塚の碑。

江戸城下の三森(烏森、柳森、椙森)のひとつ。すでに新橋駅前の烏森は訪ねました。

この日は柳森もお参りする予定になってます。

富くじは財政困難を理由に八代将軍吉宗が幕府の援助を打ち切ったことに端を発する。

新たな資金獲得の手段として考え出され、江戸の三富(谷中感応寺、湯島天神、目黒不動)を初めとして寺社がこぞって売り出した。

椙森は江戸きっての繁華街だけに売り上げも大きかったでしょう。

碑は1919年(大正8)に富興行をしのんで建てられたもの。(1953年再建)

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長くなったので続きは次回。


2015年9月22日 (火)

お急ぎを野川公園のヒガンバナ@自然観察園

まずは写真をご覧ください。

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テレビじゃ盛んに埼玉県日高市の巾着田を紹介してますが、野川公園でも十分に楽しめます。

あちらは駐車場は満杯だし、この時期は入場料も発生(300円)。

こちらはもちろん無料でゆっくり楽しめます。

巾着田のホームページにこんな注意書きが出てました。

コスプレの撮影について
曼珠沙華群生地内でのコスプレ撮影について、個人的で営利を目的としない撮影は原則自由ですが、他のお客様の迷惑となる行為は禁止といたします。苦情が入り次第中止とさせていただきます」。

コスプレ目的が流行ってるんだ。どんな格好が似合うのかな。人を見に行きたい気もします。

観察園は秋の花が続々と咲き始めてます。


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名前に似つかないかわいい花です。

ママコノシリヌグイ。継子の尻拭い。

いつごろ誰がつけた名前なんでしょうか。

継子は平安時代にはあった言葉です。

「わが継子の、式部丞にて蔵人なる」と源氏にも出てきます。

「継子かしづき」は継子を大事にすること、「継子づめ(抓)り」は継親が継子をひどくつねること。

母親の里で子どもを育て母系制社会の名残りがあった平安時代でも継母問題があったんですね。


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イヌショウマでしょうね。

まだサラシナショウマとの区別がはっきりしてません。

アカショウマやトリアシショウマはとっくに花が終わってるので違うでしょう。

何年植物を観察してても、この程度。

自分じゃあきらめてますがね。

他にも咲いてますがおいおいに紹介します。


2015年9月21日 (月)

人気スポットみたい小網神社@地下鉄の地上を歩く会・日比谷線の5回目その1

夏はお休みしていた「地下鉄の地上を歩く会」、秋風とともに再開です。

日比谷線の八丁堀駅に集合、与力同心組屋敷跡の案内板などからスタート。

東州斎写楽や伊能忠敬が晩年に住んでいたとかいうんですが、なんせ「跡」ばかりで偲ぶよすがが残されてません。

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なのですっ飛ばしまして一気に日本橋人形町。

八丁堀ー茅場町ー人形町ですから2駅。すぐです。

路地に入ったら小さな神社がにぎわってました。

若い人が絶えません。

小網神社、小網町という地名は知ってるが神社は知らない。

お稲荷さんです。

みなさんは、この福禄寿を熱心に拝んでました。

江戸時代は浅草新寺町にあった寺院の境内社だったが明治2年に現在地に遷座。

町名から名付けたようです。神社名から町名がつけられたと言われてるが逆のようです。


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あらま親子丼の玉ひでじゃないですか。

相変わらず行列です。

11時半の開店前にこの並び。すでに店の中まで客が入って待ってます。

日曜(13日)なので、これでも少ないらしいです。

店の人に訊いてきてくれた人がいて、1時間待ち。

20分くらいだったら並んだのにな。残念。

小グループに分かれてそれぞれ昼食。

男どもは回転寿司屋で海鮮丼。


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細い通りに末広神社。遊郭吉原の守り神だった神社です。

関東大震災前は近くの浪花町にあったようだ。

江戸開府の初期、甚内という男が京都から遊女を連れてきて、ここに遊郭を開いた。

それまで各地にあった遊郭が吉原一個所にまとめられた。

それが明暦の大火(1657年)で焼失、浅草日本堤に移転した。

吉原の成立については隆慶一郎の小説「吉原御免状」が面白い。

網野善彦史学を下敷きにしながら、漂泊の人々(無縁の徒)と権力の相克が展開していきます。

彼らに徳川家康が与えた吉原営業の特権。

そこには幕府のとんでもない秘密が隠されていたーーという内容。

直木賞は逃したが一大センセーションを巻き起こしました。

隆慶一郎の作家生活は短いが、「にあんちゃん」「陽の当たる坂道」などを手がけた脚本家池田一朗のペンネームです。

2015年9月20日 (日)

毎度おなじみタヌキマメ@神代植物公園

9月初めだったかな、タヌキマメの花を見にきたおばちゃんがいました。

「まだなの」残念そうに帰っていきました。

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おばちゃーん、咲きましたよ!

タヌキマメがお目当てですからね。

同好の士がいたんでうれしくなっちゃいました。

私だけじゃなかったんですもん。

毛むくじゃらのガクと青紫のすっきりした色あい。

違和感がとってもユニーク。

花はマメ科なんですが、葉は長細く尖っててマメ科らしくありません。

なので属はタヌキマメ属。

なんだか株が増えて広がってます。


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そばではびこっていたのがこれ。

おばちゃんと「何でしょう」

首をかしげてたんですが花が咲いて分かりました。

タヌキの隣はカラスです。カラスノゴマ。

毎年見てるんですが、1年経てばすっかり忘れてる。

ゴマみたいなタネができるが役に立たないのでカラス。

イヌゴマに先を越されたので次善の策か。

カラスっていつごろから嫌われてるのかな。

八咫烏なんかもいるのにね。


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動物シリーズで揃えようと思ったんですが山野草園には見当たらない。

お隣の植物多様性センターに行けばイヌコウジュ、スズメノエンドウなんかが見られるんですがね。

もうカツラの落ち葉がキャラメルの匂いをまき散らす季節になってきました。

なのでアキチョウジ。

どちらかというと西日本に多い。

東はセキヤノアキチョウジだけど、まだ花の気配はうかがえません。

シソ科だから葉に匂いがあるのかな。まだ嗅いだことがありません。


お見事!浦和武藤のシュートは年間ベスト10@マチダのJ

私は横浜ー東京を見てました。俊輔の絶妙なアシストとはいえデビューを決勝点で飾った富樫敬真(けいまん)、五輪世代に秘密兵器の登場です。

両親が新婚旅行でケイマン諸島へ。それで「けいまん」なんだって。

おなじみA大サッカー部OBのマチダさんは武藤の自信満々のシュートを絶賛です。

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清水1-4浦和 浦和3点目、武藤のシュートは見事でした。

年間ベスト10に入ります。

後半21分、左サイドの森脇が大きく右へ振ります。

駆け込んでいた武藤はボールをコントロールすると迷うことなくゴール左サイドめがけ右足を振りぬきました。

わずかにスライスするような弾道はゴール左上隅へ。

おそらくあのノイアーでも取れなかったでしょう。

自信満々のシュートでした。でなければあれほど思い切って狙えません。

負けられない清水が前がかりになっているとはいえ、自陣からたった3本のパスでのカウンター。

浦和の走りとロングパスの精度が良さを物語っていました。

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降格危険地域にいる清水。必死でしょう。

しかし気持ちに動きがついていっていません。

第一次攻撃にもなる前線プレスが甘い。

2人、3人と状況に応じて人数を増やす浦和に比べて、たいていが1人。

時たま2人いたとしても、相手との距離が離れすぎていたボールを奪えません。

中盤の選手もマイボールを簡単に奪われるなど、いいところなしです。

かつてパスサッカーの代名詞にもなった清水の面影はどこへです。

得意技に溺れてパスゲームをしているうちに長い距離を走らなくなり得点感覚まで忘れてしまったようです。

歌を忘れたカナリヤは悲し過ぎます。

過去の栄光?を忘れ、新しいサッカースタイルを探すしか復活の道はありません。

sagittariussagittarius

横浜1-0FC東京 俊輔ならではのアシストです。

横浜の特別指定選手の富樫ケイマンが途中出場でJ1デビューを果たすと同時に初ゴールも決めました。

後半43分、左サイドのスローインから俊輔にボールが渡ります。軽くフェイントを入れると、左足で、斜めクロス。

軽くカーブを描くとゴール前に走り込んでいた富樫の頭にピッタリ。

見えているんですね。

ルーキーに自信を持たせるアシストにもなりました。

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※ラグビーがやりましたね。

W杯初戦、世界ランク3位の南アを34-32で撃破しました。

過去わずか1勝、2勝目がとんでもない快挙になりました。

サッカーに例えるならドイツに勝ったようなものです。

南アはフルメンバーに近い陣容。でも明らかにナメていました。

ジャパンの勝利は自国でW杯を開催するということの意義が見事にあらわされています。

次はスコットランド。この勢いで狙ってほしい。

新国立競技場建設問題などでミソをつけた格好の森さん、ふんぞり返っているだろうなー。                
                         マチダ

2015年9月19日 (土)

古墳を利用して建てられた喜多院@川越でうなぎ

「川越でうなぎが食べたいな」

提案したら川越在住の幼なじみがうまい店を調べてくれました。

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昼過ぎに西武線の本川越駅に集まって歩いて20分ほど。

途中にたいそう有名なうなぎ屋が見えます。

「最初はあそこにしようかと思ったら、最近味が落ちたらしいんだ」。

観光バスで大量に客が来るのであしらいもぞんざいになっているらしい。

菓子屋横丁方面には行かずに喜多院目指して右折。

子供のころから川越といえばうなぎと刷り込まれてます。

母方が隣の狭山市なんで大人の話を聞いてたのかな。

いいねえ、この古さ。明治初年開業の「東屋」

ギシギシ音を立てる廊下を通って庭に面した座敷に案内された。

待つこと30分、匂いがたまりません。おいしゅうございました。

後日、川越に住んでる友人に評判を聞いたら「オレも時々行く」


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腹ごなしに隣の喜多院にお参り。

家光誕生の間、春日局の座敷がある客殿も見学。

江戸城から移築してのは確かだが、座敷を春日局が使っていたかはあやしいようです。

奥が谷になっている遠州流の紅葉山庭園を眺めながら「古墳じゃないか」。ふと思った。

「喜多院の境内とその付近には慈眼堂古墳(前方後円墳)、多宝塔古墳、三変稲荷神社古墳があって仙波古墳群を形成しています」

壁に張り紙があった。やっぱりね。

本堂(慈恵堂)に向かって左手の慈眼堂が古墳の上に建てられているんです。

伝承にいう。昔、このへんは海だった。

仙芳仙人が龍神の助けを得て海を干上がらせ、喜多院の前身の無量寿寺をつくった。

縄文時代は川越まで海が迫っていた。そのころの記憶が伝説になったのだろう。

同時に海に望む高台は縄文のころから聖なる土地だった。

現代に至るまで聖地が保たれているわけです。

悼む・日本サッカーの父クラマーさん

クラマーさんは日本のサッカーを大きく変えてくれました。

ちょうど高校時代です。キャプテンだけ集められて直接、指導を受けたそうです。

そのキャプテンは今でも草サッカーを続けてます。

A大サッカー部OBのマチダさんもクラマーさんによって日本サッカーが大きく変わるのを体験したひとりです。

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デットマール・クラマーさんが亡くなられました。90歳。

近代日本サッカーの父、大恩人。

前の東京五輪に備えて60年にドイツから招かれます。

指導法は大革命でした。

それ以前の日本はキック・アンド・ラッシュしかないやみくもサッカー。

それで組織的パスサッカーを徹底的に叩き込みました。

代表だけでなく中高生にまで浸透させていきます。

インサイドキックはもちろん、ヘディングも空中でエビぞって、おでこでミートさせるスタイルまで驚きの連続でした。

当時、ドイツは組織立だったサッカーで世界のトップを争っていました。

個の力のない日本が海外のチームには2人、3人がかりで対抗しないと通用しません。

そうなると犠牲的精神にあふれた組織プレーしかなかったわけで、それがまた日本にぴったりはまりました。

古い畑に撒いた種が今Jの実となっています。

協会はレリーフを作って飾るとか銅像を建てるとかしても罰は当たりません。

もう建っている?
                マチダ                          

2015年9月18日 (金)

開いてみたら・・ショクダイオオコンニャク@神代植物公園

屋外での展示は終了したが、「開き」が見られます。

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うわあ、なんとも形容しがたい色をしてます。

気持ちのいいものじゃありません。

すでに悪臭は出してないんですが、なんとも嫌な臭いがポワーンと漂ってます。

しみ込んでいたのが少しずつ発散されてるんでしょう。

長方形の穴は附属体の内部が見えるように植物園が開けた窓。

これ実はショクダイオオコンニャクの仏炎苞。

屋外展示が終わって植物会館に展示されてるんです。

まあ「開き」ですな。

魚は開いて干すとうま味が増すけど、食べる勇気はありません。


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立っていた時はきれいな薄黄緑。

レタスというかフレアスカートみたいに附属体を包んでいた。

中をのぞいてみたら、こんな毒々しい色だったんです。

国民の平和を守るって言っても、それはお題目だけ。

中身をひんむけば戦争への道を開いてる安保法案みたい。

こんなふうにたとえたらショクダイオオコンニャクに怒られるかな。

来年の参院選挙までしっかり覚えておきましょう。


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真ん中の棒はどうなってるのか。

これは2つに割ってます。

別に骨は取ってないけど二枚下ろし?

赤紫から黒く変色してます。

下(右の方)の白いところが雄しべ。

その下の赤みがかった部分は雌しべ。

自家受粉しないようになっているのでタネはできない。

それで花序を取り去って、こうして展示してるんです。


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山野草園に行ったらおばちゃんがヒザをついて撮影してました。

キノコ専門みたいです。

親切に教えてくれたけど忘れちゃった。

アカなんとかと言ってたので、アカヤマタケかな?

黄褐色から橙まで色の変化があるようです。

笠の真ん中が尖っているのが見分け方みたい。


2015年9月17日 (木)

米沢城跡の狭さに上杉景勝、直江兼続の苦労をしのぶ@山形県米沢

旅の終点は米沢市。米沢牛を食べる前に米沢城跡に行きましょう。


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堀があるので中に入ってみると上杉神社などしかない。

奥には城館なども残っていず、木が茂っているばかり。

まさかこれが城跡ではあるまい。

城といえば江戸城は別格にしても熊本城とか松本城など豪壮なものしか思い浮かばないからね。

堀の外に出て周囲を歩いてみるが見当たらない。

散歩中のおばちゃんに訊くと、堀の内が城跡だと言う。

こんなに狭いの。

豊臣期以来の城は「安土城以来の流行で華麗豪奢になり、石垣を築き上げ、天守閣をつくったりした」(司馬遼太郎「街道をゆく10羽州街道・佐渡の道、朝日文庫)

そんな気配は全くない。

城塁は当時流行の石垣でなく土塁だ。

城も平城で本丸・二の丸・三の丸などがあったが明治になってすべて壊され、本丸跡に上杉神社が建てられたのだ。


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越後で強大な勢力を持った上杉氏が豊臣期に会津に移されても120万石という大封。

関ケ原の敗戦で30万石に減らされ米沢に移った。

家老の直江兼続が領していた土地だ。

会津の上杉というが、米沢も領地だったんです。

その後、相続の失敗で15万石に減らされたときでも5000人以上の家臣を抱えていた。

家臣の禄も単純にいって4分の1になった。

上杉景勝はじめ上杉家は耐えに耐えた。

跡継ぎのいなかった直江兼続は養子をとらずに絶家を選択した。

「絶家とは石高を返上して家名を消すことをいう・・・大名級の高禄取りである直江家が絶家になれば、微禄した上杉家はそのぶんだけたすかるのである」(前掲書)

だが、江戸期を通じて上杉家は景勝に冷たかった。徳川氏を憚ってのことだ。

この「天地人」の主従の像はまだ新しかった。除幕式が行われたのは2011年。

大河ドラマが放送されてようやく徳川の呪縛から解かれたものと思われる。

上杉神社も明治になってつくられたものです。

城内に謙信の廟所(不識庵)はあったが祭祀は真言密教の僧が行っていた。

廟所が神式に改められ、明治9年に神殿が完成した。


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米沢の駅前は米沢牛の店ばかりです。

手軽そうな居酒屋も見当たりません。

チェーン店の「笑笑」はあるけど、そんな選択はないよね。

財布と相談して生ホルモンの店「成ル」へ。

上杉鷹山の「成せば成る・・」からつけた店名です。

この格言は江戸期を通じての米沢藩の窮乏の中から発せられたものなんです。

小さなお城を見た後は、なんとなく分かる気がします。

ホルモンのすき焼きが美味でしたよ。


2015年9月16日 (水)

いらっしゃい、見ごろですヒガンバナ@野川公園自然観察園

6割くらいが咲いたでしょうか。15日午後。

これなら連休まで十分に楽しめますね。

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まだまだつぼみもたくさんあります。次々に開いて週末がちょうど真っ盛りになりそう。

先に咲いてた一画の花はもう色があせてきましたから早めのお越しがいいでしょう。

他にも秋の花が楽しめますよ。

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面白い花の形がお気に入り。

アズキの原種といわれるヤブツルアズキ。

数珠玉にからまって黄色い花が目立ちます。

外側が旗弁、その内側が翼弁、黄色が薄くて翼弁を支えてるようなのが竜骨弁。

それぞれ役目があるんでしょうが、調べてません。

これでもお汁粉が作れるみたいですよ。

ヤブツルアズキを改良したアズキは縄文時代に中国から伝わって広まった。

というよりアズキや稲をもって列島に渡ってきたんでしょう。

ヒガンバナもね。稲作民はいろんな植物のタネや球根をもってはるばる海を越えて来たみたいです。

やがて弥生時代が始まる。


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ヤマジノホトトギス。

隣にはヤマホトトギスが咲いてますので比べて違いを観察出来ます。

ヤマジは花が平らです。ヤマは下に反り返ってます。

このヤマジは斑点が少ないタイプですね。

ホトトギスじゃないみたい。

2015年9月15日 (火)

秘境にそばを食べにいく@山形県小国町

新潟県関川村の豪農邸宅の規模に感嘆してからひたすら走って山形県小国町。

秘境のそばを味わいます。

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「とにかく山の中、迷わないか心配」

助手席のナビ役は自信なさそう。

国道113号を米沢に向かい「道の駅白い森おぐに」を過ぎたらJR米坂線駅手前を左折。

ここから山道に入っていきます。

なるほど、こんなところに店があるんかいなというくらい。

店があると知らなければ絶対に踏み入れない道です。

対向車ともすれ違いません。

1台だけ下ってくる車がありました。狭い2車線ですからすれ違えません。

親切に路肩で停まってくれました。集落の人でしょうね。


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地図は観光協会のHPからお借りしました。

山の中でしょ。

店の名刺には「道のどん詰まりにあります。途中であきらめずにお越しください」と書いてありました。

どれだけうまいそばを食べさせてくれるのか期待が高まります。

ようやく到着。30分も走ったでしょうか。

これが古民家風の「金目そばの館」。「きんめ」ではなく「かなめ」。

小国町の金目地区。


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「ありゃあ、もう来ないかと思って、天ぷらを揚げる人を帰しちゃったよ」

そりゃそうだ。雨の月曜日、時間も午後1時半。

営業は午前11時から午後2時まで。電話しとけば良かった。

里山の天ぷら(350円)食べたかったなあ。

後部座席の2人は、運転手を気遣わずにビール。

突き出しが出てきました。

なんだと思います?

ミョウガの甘酢漬けとごんぼアザミ(モリアザミ)を煮たもの。

これがすこぶるうまい。ミョウガはシャキシャキ、アザミは食感と味付けが抜群。


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そばもゆで上がりました。

大盛り(1000円)を頼んだら量が多い。2人前半くらいある。

普通(700円)で良かったな。

写真は4分の1くらい食べてから、あわてて撮ったものです。

ここは町が建物をつくり地元住民が運営。

地元のそばを使った10割そばです。

なるほど周囲にはそば畑、花が一面に咲いてました。

お盆に種を播いたたので収穫は10月初めかな。

「深大寺じゃ初夏と夏に播く2期作してるよ」

「初夏は山菜で忙しいからそばをつくってられない」

なるほど。

週末は遠来の客で賑わっているそうです。雪深いので冬はお休みです。


パトリックの献身で宇佐美が生きてる@マチダのJ

1日遅れでA大サッカー部OBマチダさんからメールが到着しました。

パトリックの献身。代表でもひとつ宇佐美が輝けない理由がマチダさんの指摘でよくわかりました。

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鹿島1-2G大阪 パトリックの献身。

彼は風貌に似合わず、とってもスマートな(頭のいい)選手だとつくづく思います。

宇佐美という才能の持ち主を生かすことを常に心がけているのではないでしょうか。

自分で持ち込んでゴールする力は十分あります。

全力でボールを奪い、ぎりぎりの状態からでも抜け出しシュート体勢に持ち込む。

宇佐美が合流するまでは一人かぶりの状態でした。

ところがいい相棒が見つかり、無理をしなくても済むようになりました。

だからお膳立てまでは、これまで以上のプレーができるようになるから任せなさい、あとは彼奴だよ。

そんな感じでプレーしています。

自分が、が当たり前の外国人FWには珍しいタイプといえるでしょう。

ホントにいい助っ人。

まあ、チャンスメークすることだけに力を注げばいいわけで、負担が減る分楽です。

自陣ゴール前から2人だけで攻め込みゴールを奪うことも可能。

相手にとって危険な関係は、Jの中では突出しているでしょう。

前半29分、39分と宇佐美の連続得点はいずれもパトリックがらみ。

もう切っても切れない仲、夫婦善哉ですよ。

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チクリと言わせてもらいますが、代表に入るとねえ。

パトリック役がいない。というか宇佐美がエースになり得ていないのです。

泥臭い岡崎、視野の香川、自尊心の本田。独特のリズム感とシュートタイミングを持つ宇佐美は、いつ彼らに割って入るのでしょうか。
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2015年9月14日 (月)

さすが米どころ豪農の屋敷は規模が違う@新潟県関川村

庄屋の家なんかはあちこちで見てますよ。

でも、その広さにびっくりしたのは初めて。信じられない広さなんです。

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道の駅関川近くの旧米沢街道沿いに渡邉邸の門がずっと向こうまで続いている。

こりゃでかいぞ、とは思いましたが家の中がこれほどとは思ってもみませんでした。

国指定の重要文化財です。

敷地は3000坪、建物は500坪。

なんてことは後からパンフレットをみてから知りました。

500坪というとわが家の1階を20個くらい並べた広さかな。

数字じゃ実感出来ないでしょ。ご案内します。


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道の駅で割引券をもらったので500円を払って入館。

広い土間が屋敷を貫いて、その長さにまずはびっくり。

桁行約35㍍というのはこの長さなんでしょうか。

野球の塁間は約27㍍。それより長い。

ボール投げなんてしてないから多分届かない。

それにしても写真が下手でイヤになっちゃう。

流し場からみたみて奥が玄関なんですが奥行きが表現出来てません。


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間取り図の助けを借りましょう。

右手が通り土間。

流し、台所、中茶の間、茶の間、勘定の間が土間に沿って並んでいる。

パンフレットによると、母屋は桁行35.1㍍、梁間17.8㍍の切り妻造り。

幾度かの火災の後、文化17年(1817)に再建。

部屋数は約40、便所7カ所、浴室4カ所。

使用人の部屋は土間の右手の屋根裏部屋。

全盛期には75人がいたという。


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大座敷から勘定の間を望んだショット。

まるでお城ですな。

初代は村上藩の郡奉行だったが隠居して寛文7年(1667)この地に転居。

二代が回船業を営み酒造業もはじめる。

三代は、財政難に苦しんでいた米沢藩に融資、幕末までに総額10万両以上を用立てたとか。

1000㌶(約1000町歩)の山林と700㌶(約700町歩)の水田を所有、約1万俵の小作米を収納してたんだって。

日本一の豪農酒田の本間家は3000町歩。それには及ばないが関東の豪農とはケタが違います。

庭は京から遠州流の庭師を招いた国指定の名勝。蔵も現在は6棟だが幕末には12棟。

いやあ、びっくりしました。

米どころの豪農はすごいもんです.

↓文字が小さいので大きく掲載します。大正14年の下越方面金持ち番付です。

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渡邉家は西の前頭8枚目。

上には上があるもんです。米どころ越後の実力をまざまざと見せつけられました。


2015年9月13日 (日)

その後のショクダイオオコンニャク@神代植物公園

開花から6日目の12日午前11時30分、役目を終えて附属体が力尽きました。

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朝はちゃんと立ってたんですが、へなへなと折れてしまいました。

附属体が倒れると中に閉じ込められていた虫がようやく脱出します。

シデ虫の仲間と言ってたかな。

附属体はつるつる滑るので棒がある間は出られないんだそうです。

外に展示を始めたのは8月の22日。

月末には咲くとみられていたが、長雨の寒さもあって開かずに気をもむばかり。

咲いてからも長く附属体が頑張ってくれました。

裏側に覗き窓が切り取ってあるのでのぞいてみます。


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上の白い粒々が雄花、下の紫が雌花です。

仏炎苞が開いて匂いを発散すると虫がおびき寄せられます。

最初は雌花が咲きます。

他の個体で花粉を体につけてきた虫によって受粉します。

ついで雄花の出番です。

花粉が虫の体にこびりつきます。

こうして準備が整ったら附属体が折れ、虫たちを開放してやります。

雌しべと雄しべの時期をずらして自家受粉しない仕組みになってます。

なので他の個体がないと受粉できずに実はできません。

実をみたかったんだけどなあ。国内で実ができた例はありません。

インドネシアに行かないと望みはかなえられません。

ショクダイオオコンニャクの展示はきょう13日まで。

次は何年後に咲いてくれるのかな。

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芝生広場から空をみたら黄色に彩られてました。

オオモクゲンジの花です。


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モクゲンジより大きいのでオオ。

中国原産です。

花が落ち出すと地面が黄色におおわれる。イチョウの黄葉と同じように黄金の世界になります。


巧いんだけどシュートが下手・浦和の興梠@マチダが惜しむ

浦和が年間で首位に立ちました。

おなじみA大サッカー部OBのマチダさんはシュートを決められない興梠に奮起をうながしてます。

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浦和1-0柏 浦和・興梠は巧い。

ボールの引き出し方、収め方、ゴール前の飛び出し。

どれを取っても80点の評価はできます。

ただし、シュートは平均点以下。正直過ぎるのが難点です。

彼なら現時点で2桁得点は挙げていないと。

まだ8ゴール。

それだけシュートまでの素晴らしい動きを無駄にしていることにもなります。

前半、フリーの状態で2本外しました。

柏のGK・菅野が当たっていたとはいえ、どちらかを決めなくてはトップに位置している意味がありません。

本人が一番感じているでしょうけれど、決定力さえ上がれば代表の常連になれます。

感覚的な問題でしょうけれど、なんとも惜しい。

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高木が移籍初ゴール。それも決勝点。

PE左に切れ込み、軽く左右にステップ。

特にアウトでのボールコントロールが絶妙。すぐさま右足を振り抜きます。

ボールはセーブしたGKの直前でバウンドし、右隅を捉えました。

浮いていたらおそらく弾かれたでしょう。

力みもなく落ち着いたシュートでした。

当初は期待されていました。

ところが武藤ブレークのあおりを受けて控えの回ることが多くなっていきます。

本人が一番悔しい思いをしていたはずです。

GK・西川までが駆け寄って祝福していたのは、高木の心情を理解していたからにほかなりません。

腐らず与えられたわずかな時間でやっとものにした1点。

きっと自信回復につながります。

李とスーパーサブの二枚看板ですか。
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2015年9月12日 (土)

ヒガンバナ見ごろは来週半ばから@野川公園自然観察園

1万本近くあるという野川公園のヒガンバナ。

やっと大雨から開放された11日に開花状況を偵察。

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つぼみも多いが半分くらいは咲いてる。

でも広い群生地のこの一画だけです。あわてないでゆっくり見にきてください。


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大部分はこんな感じですよ。

花茎はニョキニョキ背を伸ばしてますが、赤い花はちらほら。

日当りのせいでしょうか。

それとも球茎で増えたクローンごとに同時期に開くのかな。

この分だと来週の半ばくらいが見ごろ。

4連休の初めの方も大丈夫でしょう。

ただ花は若い方が色も鮮やかですので、あまり遅くない方がいいでしょう。

巾着田に行かなくても十分に楽しめますよ。


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シロバナヒガンバナは半分くらいが咲いたかな。

ショウキズイセンとの交雑種です。

ヒガンバナ群生地からは離れた東の方です。

両方見たいんだったら早めのお出かけをお勧めします。

ほかにはフジカンゾウ、ヤマホトトギス、オミナエシ、オトコエシ、ミソハギなんかが見ごろです。


2015年9月11日 (金)

大人気の猫ちぐらは予約6年待ち@道の駅関川(新潟県岩船郡関川村)

村上市で吊るしてある塩引き鮭を見たのでさあ出発。

国道を南東方向にひた走ります。田んぼの中の一本道。信号がないので気持ちいい。

ところでどこへ行くんかい。

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計画立案すべてお任せなので何も知りません。

車の後部座席で景色を眺めているだけ。

30分以上走ったでしょうか。道の駅関川に到着。

でっかい日帰り入浴施設やレストラン、多目的運動施設などがある大きな駅だ。

地元の物産を扱っている店に入ってみる。

ニンニクなんて袋に5個くらい入って350円。安いねえ。

野菜の味噌漬けなどをおかずのたしにと求める。

主夫ですからね。


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おばちゃんが何か編んでます。

聞いたら「猫ちぐら」。

あっそうか。赤ん坊をいれておく籠だ。

昔、映画かなんかで見た覚えがある。

農作業をしている間、赤ん坊をいれて田んぼの畦に置いてあった。

それの猫用バージョンで大正時代にはあったそうです。

農家はねずみ対策で猫を飼っていたので猫のためのちぐらをつくったんだそうです。


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犬用もあります。どこが違うのか分からないけど・・。

「どのくらいかかるの」「だいたい1週間」

わらでつくられているので夏涼しく冬暖かいんだって。

それで猫も喜んで入る。

なんと予約してから6年待ちで届くんだって。大変な人気です。

値段は中が2万1000円、大が2万3000円。

赤ちゃん用は6万円とか。


2015年9月10日 (木)

越後村上(新潟県)の鮭はなぜうまいか@温泉浸かって鮭見学

店に足を踏み入れると鮭の匂いが充満してます。

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鮭の切り身や、塩引き、酒びたし、生ハムなど陳列してある商品には目もくれず、干してあるのはどこかな。

「味匠喜っ川」(正式には七を三つ書いた喜の略字)の奥に進むと何百匹もの鮭が天井から吊るされてます。

CMで見たのかテレビの旅番組で知ったのか、この光景が見たかったんです。

近くを流れる三面川を上がってきた鮭を3週間くらいじっくりと干して熟成させてます。

じいさんがいましたのでちょっと質問。

「三面川の鮭もアラスカから来るんですか」

「アラスカで成長して宗谷海峡を回って日本海に入ってきます」

「どうして村上の鮭はうまいんでしょう」

「海流には暖流と寒流があって太平洋は親潮が南に。日本海は対馬海流が北上してます。つまり流れに逆らって南下するので身がしまってきます」

なるほど。波の荒い豊後水道の関サバ、関アジがうまいのと同じだ。

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話し好きのじいさんです。

「私は俳優さんは全く知らなくてね」

誰のことかと思ったら吉永小百合。

店内にもJR東日本のポスターが貼ってあります。

小百合を知らないとは大したものだ。若いときによほど一生懸命に働いたんでしょう。

塩引き鮭づくりの名人として大人の休日倶楽部のCMでも共演したんだって。

じいさん、喜っ川の会長吉川哲鮏(てっしょう)さんでした。

「鮏」は鮭の変形文字だそうだ。昭和10年生まれというから79か80歳。

村上の鮭料理にほれ込んで、ふるさとの味を初めて商品化したんだそうです。

CMは小百合を知らないから緊張して上がることなく一発でオーケー。

うれしそうに話してくれました。

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喜っ川のお店がJR東日本のポスターになってます。

村上は越後村上藩の城下町。城跡もありますが雨のためパス。

町人町には昔ながらの町家が残されており、内部を一般公開してます。

隣の益甚酒店さんも見学させてもらいました。

いやな顔をしないで「どうぞどうぞ」

酒どころだけに知らない地酒が並んでいる。

時おり横殴りに雨がザーッと来るのでほかの店はパス。

天気のいい日に訪ね歩いてみたいものです。お城もね。


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おっさん4人組、前夜は村上市の海沿いにある瀬波温泉に宿泊。

全室オーシャンビューです。

日本海の波も穏やか。遠くには粟島が浮かんでます。

近くに見えるけど、高速船で55分だって。

島を眺めながら露天風呂でいい湯だな。

夕食は新鮮な海の幸。お米はコシヒカリの中でもおいしいといわれる岩船コシヒカリ。

もちろんおかわりしました。

宿泊料金は1泊2食でなんと9000円。安いでしょ。

シニア割引なんです。

のんびり過ごしてまずは村上市内観光に出かけたのでした。

2015年9月 9日 (水)

ひと皮むけた原口、香川も絶好調@「70点の出来」とマチダもニコニコ

酔眼で後半だけ見ました。ピッチを広く使ってのびのびとプレーしてました。

辛口のA大サッカー部OBのマチダさんは、ドリブルで切れ込んだ原口起用が当たったと評価してます。

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日本6-0アフガン アフガンは前の2チームよりほんの少しだけ戦う意識がありました。


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日本が6点取れた一因でしょう。

専守防衛の自衛隊相手ではスペースを狙う岡崎も、武藤も生きてきません。

その点アフガンはわずかに隙間がありました。

footfoot

原口がいい働き。

ドリブルで切り込んで崩して相手守備網に穴をあけました。

期待に応えたと言えます。

でもシュート数0はいただけません。

新参者の遠慮ですかね。それほどやわじゃないでしょう。

ドイツに渡って一皮むけた感があるのは確かで、空気に慣れて来たらもっと自分を出す意識を持つことです。

sagittariussagittarius

香川が絶好調です。迷いから抜け出たのではないでしょうか。

先制のミドル、ついこの間までならパスを選択していたに違いありません。

パス第一主義からシュート意識の高まりへ。

いい意味での我が芽生えたのでしょう。

原口にも短期間で次へのステップを踏んでもらいたいところです。

runrun

ゴール欠乏症にあえいでいた岡崎が2得点。

1点目はプレゼントゴール。

らしさを見せたのは2点目です。

ゴール前で本田のシュートが相手DFに当たって跳ねた瞬間に反応してボレーで叩き込みました。

少しはモヤモヤが晴れたかもしれません。

本田の執念は相変わらず。


cloud

山口も対人プレーの強さを発揮しました。ボールを奪う技術は一流です。

問題は攻撃、特にミドルの精度。下手だもの。

前のアフガン戦では何本も吹かしていました。

腰が落ちているのでつま先まで上を向いてしまいます。

厳しいシュートを打てるようになったら、海外も視野でしょう。

denimdenim

ハリル監督は余裕からか原口に右サイドでプレーさせる“遊び”采配まで見せました。

できなくはないでしょうし、選択肢を広げる意図もあったのでしょう。

しかし、右サイドは酒井高もこなせます。

慣らしが必要なのは、むしろ彼だったのではないでしょうか。


全体的に70点の出来。依然セットプレーの策がはまらないまま。

不満が残りました。

次戦、アウェーで対戦(10月8日)するシリアもアフガンからは6点奪っています。

世界ランクは低いものの手強い相手。

1位勝ち抜けを占う戦いでもあります。

完膚なきまでに叩きつぶすことで、次が見えてきます。
                                                                          マチダ

2015年9月 8日 (火)

目立ちますマルバルコウソウ@道ばた

ショクダイオオコンニャクは旅行中に開いてしまいました。残念。

きょう8日もちょいとお出かけなので書き貯めたのをアップします。

      bud    bud    bud


ルコウソウは園芸店で売られてるようですが、こちらは商品価値はなさそう。

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夏草がぼうぼうに繁ったキウイ畑の生け垣。

マルバルコウソウが何重にもしがみついてました。

ヒルガオ科ですが朱色がけっこうきついので遠目にも目立ちます。

江戸時代の末に観賞用に持ち込まれたのが野生化した。

どこでも見られるそうだけど見たことなかった。

ルコウソウは葉が細いので一目で分かります。

葉が細かいので縷(る、糸のこと)、花が赤いので紅。

合わせて縷紅草。

こちらは葉が丸いので丸葉。


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何でしょう、と言われても困りますね。

メリケンカルカヤ。

イネ科やスゲなど全く判別出来ないのを分かりたいなとずっと思ってます。

どれも同じように見えるけどやっぱり違う。

どうやって区別したらいいんだろう。

手始めに名前が気に入ったのでメリケンカルカヤ。

書いてるうちに徐々に分かってくるだろうとお気楽に構えてます。

ナキリスゲ(菜切り菅)もしげしげと観察しました。

写真を載せても面白みはないのでカット。


2015年9月 7日 (月)

ケンポナシがたわわ@神代植物公園

見上げるとケンポナシが豊作です。

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食べるのは緑色の丸い実じゃなくてアームのような茶色のところ。

花序の軸だそうです。

ホントに梨の味がします。

だけどいかんせん量が少ない。おやつにもいでも腹のたしにするのは大変。

乾燥させたのを煎じて飲むと二日酔いに効くそうな。

生でも体にはいいかも。

ケンポは手ん棒が変化したもの。

野口英世博士が子どものころ「手ん棒」とからかわれてましたね。

手ん棒についてはこちらで書いてますので参照してください。


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長雨でキノコがあちこちに出てます。

ほとんどは「きのこ」しか分かりませんが、これは知ってる。

エリマキツチグリ。

周りの部分を襟巻きに見立てたんでしょう。

真ん中のところを刺激すると煙のように胞子がシューッと出てきます。

面白いよ。

属名はgeo astrumで地上の星だって。

UFOみたいでもあるな。

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秋の花が低温で遅れてます。

山野草園ではアキチョウジが一輪だけ咲いてました。

芝生広場の北でニンジンボク。

薄むらさきの穂状の花が控えめに咲いてます。

中国原産のニンジンボク。

葉の形が朝鮮人参に似てるそうな。

クマツヅラ科ハマゴウ属。

そういや植物多様性センターで咲いてるハマゴウの花も薄むらさきで似ているな。


2015年9月 6日 (日)

赤い実がそそりますツリバナ@植物多様性センター

ツリバナの実が赤く熟してタネがこぼれそうです。

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この長い茎がなんともユニーク。

葉から離れりゃ鳥にも目立つ。

赤い鳥、青い鳥についばんでもらってタネを遠くに運ぶ。

鳥は大丈夫ですが人間は食べない方がよさそうです。

食べるところはないですけど。

ニシキギ属でマユミとよく似てますが、ツリバナは5弁花、マユミは4弁花。

なので(かどうか分かりませんが)タネは5個と4個。

いちいち数を数えなくても、この吊り下がり方で見分けてます。


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ハチジョウアザミのつぼみです。

花を守ってるトゲトゲが痛そう。

関東で普通に見られるトネアザミよりもトゲが鋭く大型におもえる。

告白すると実はしっかり区別出来てません。

名札があるから分かるだけ。

花期に根生葉がなく、下部に肉質の茎葉があるので見分ける。

いつもそこまでちゃんと確かめません。

伊豆諸島の固有種です。


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開くとこんな感じ。

花の下は痛そうだけど葉はトゲが少ないんです。

鹿などの食害がないためにトゲが退化した。

近ごろはキョンとかヤギがいるので食べられてるのかな。

何十年かたつとトゲが発達してるかもしれません。

落葉樹を沖縄で育てると常緑になるともいいますもんね。

植物は適応能力が高いんです。


2015年9月 5日 (土)

まだ生長してるショクダイオオコンニャク@神代植物公園

きょう(5日)は植物園に行ってません。

開花なら夜にすっ飛んでいくつもりでしたが、出動せずじまい。

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写真がないと寂しいのでカクトラノオ(ハナトラノオ)を。

ショクダイオオコンニャクですがまだ伸びてます。

止まりそうで止まらない。まだかまだかと待ってるのをじらしてます。

5日の朝で134㌢。前日より1㌢だけ伸長。

もうおしまいかと普通は思いますよね。

ですが夕方測ると2㌢伸びて136㌢。植物園でもいつ止まるのか分からないみたいです。

        bullettrain    bullettrain    bullettrain

小生、6日朝から旅に出るのでコンニャク情報はお休みです。

7日夜に戻りますが8日もお出かけ。

9日までは待ってはくれないでしょう。仕方ないですね。


9月7日(月)も臨時開園・気になるショクダイオオコンニャク@神代植物公園

カウントダウン開始は間違いないんですが、いくつまで数えたら開き始めるのか。

とりあえず4日夕までの情報を。

Img_6110

仏炎苞のフレアの紫色が濃くなって、主観的な観測ではすぐに開きそうです。

4日朝には生長が鈍化して前日比プラス1.5㌢で133㌢。

これで止まったように思えたんですが夕方にはさらに1㌢附属体が伸びてました。

うーん、すぐに開花と期待してたんですが・・。

さらに気になることが「園長の採れたて情報」でつぶやかれてました。

7月の時は、仏炎苞下部から液が出始めてから6日後の開花だった。

今回、液が確認されたのは3日。

前例からすると9日になっちゃう。

Img_6107

植物園でも気をもんでるみたいです。

最初の開花予想が8月31日。ずいぶんと遅れてます。

日本での開花例が11例と少ないので分かってないことも多いんです。

「いつ咲くの?」

聞いても「どうなんでしょう。近いんですが」と濁します。

「明日とか、2日後」とか日取りをはっきり答えた人がいて苦情が多く舞い込んでるんだとか。

それであいまいにするように統一したみたいです。

はっきりしないので月曜日の7日も臨時開園です。

ただし水生植物園は閉園、ばら園、芝生広場、しゃくやく園、ダリア園は管理作業のため入れません。

2015年9月 4日 (金)

速報!今日か明日かカウントダウン開始@神代植物公園のショクダイオオコンニャク

いよいよです。附属体の伸長が鈍化しました。

Img_6101

これが止まると開き始めます。

4日朝の園長さんの「採れたて情報」から引用。

「伸長が前日比+1.5㎝と伸びが鈍くなりはじめた感があります。昨日午後から仏炎苞下部から液が出始め、仏炎苞先端部に若干の熱も帯び始めたようです」

2日に126㌢(前日比4.5㌢)、3日131.5㌢(同5.5㌢)と成長を続けてきましたが4日は133㌢。

伸びは1.5㌢にとどまりました。

開花は成長が止まってからのようですが、どうなんでしょう。

今晩、咲き始めるのか。

写真は3日午後のものです。胴回りがはち切れそうです。

午後に偵察に行ってきます。


3−0なんだけど攻撃が馬鹿の一つ覚えで単調@マチダも見捨てかけてます

前半の攻めなんて同じことの繰り返し。

本田の無回転ミドルに救われたけど、カンボジアにしてみれば全然怖くありません。

A大サッカー部OBのマチダさんじゃないけど、アジアの二次予選でこのざま、マジメに見てるこっちが損した気持ちになりました。

下手するとW杯に行けないかもなんて考えも頭をかすめました。

        shoe    shoe    shoe


日本3-0カンボジア カンボジアの大健闘。

日本に関しては論ずるに足らずの気分です。

負けるわけはない。何点取るかが見どころでした。

少なくとも6、7点は入れていなければ。

立ち上がりからシャカリキになって攻めます。

相手の陣形に関係なく、馬鹿の一つ覚えのように速い攻めに固執していました。

案の定引いた相手に手を焼きました。

sagittariussagittarius

やっと本田が無回転ミドルを決めて一息つきます。

格段に力の差がある相手にはゆったりと構えて、小細工せず力ずくで点を奪った方が結果が出ますよ。

まさにホンダがそれでした。

後半早々、吉田が決めたミドル。

力任せにあの辺に打つのではなく、振り幅を小さくして、ゴール左隅に狙いを定めた地を這う一撃は見事でした。

downdown

一番問題なのがセットプレー。

いまだに1点も取っていないんですから。

前の試合から何本のCKを蹴ったことでしょう。工夫がみられません。

カンボジアの選手はそれほど背は高くないのに何故なんでしょう。

footfoot

岡崎が体調不良で途中交代。心配の種です。

長友のパフォーマンスが落ちてきているようです。

相手が前に行かないのをいいことに上がりっぱなし。

ボールを受けるのもその場で立ったままのケースが目立ちました。

彼のいいところは長い距離を走って相手を置き去りにするプレーのはずです。

クロスも正確ではありません。

瞬発力に陰りが出てきたのかもしれません。

インテルが見切りをつけつつあるのもわかります。


なんか真剣にイライラするのが馬鹿らしくなる1戦でした。
                                                                        マチダ

2015年9月 3日 (木)

そんな季節になりました曼珠沙華@深大寺参道

ショクダイオオコンニャクは生長を続けていて2日段階で126㌢。前日より4.5㌢伸びてます。

ということはまだ開花しないので水生植物園へ。

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深大寺の境内を通り抜けて参道へ。

小川沿いにヒガンバナが赤く燃えてました。

1株だけですが近くには花茎が何本か顔を出してる。

暑いの涼しいのとお天道様に文句を言ってるうちに、もうそんな季節です。

夏が終わったなあ・・。

海も山も縁がなく、ひと夏の経験、真夏の出来事にときめくこともなく、のんべんだらりでした。

ショクダイオオコンニャクが咲き終わったら群生地がある野川公園にいってみましょう。


Img_6082

8月の中旬からずっと咲いてたんですが名前が判明しませんでした。

オグルマです。

湿地を好むのでハナショウブ畑のすみっこを借りてます。

花がわりと規則正しく放射状に咲いてる。

車輪に見立てて御車。

サワオグルマは春に咲きますが、こちらは夏の終わり。

どちらもキク科ですがオグルマ属とキオン属で異なってます。


Img_6079

ニラが咲いてました。

これも古い時代に大陸から伝わってきたものです。

神代植物公園がオープンしたのは1961年。

谷戸の地形を利用した水生植物園はもとは田んぼだったのでしょう。

そのときに畦に植えたのが生き残ってるようだ。

大した生命力です。

坂を上がった深大寺城跡では、小学生たちがそばの種まきをしてたようです。

収穫は10月中旬。


2015年9月 2日 (水)

植物園じゃ週末開花を予想ショクダイオオコンニャク@神代植物公園

見逃しちゃいけないとそわしわしっぱなし。

兆候はあらわれてないのか1日もえっちらおっちら。

Img_6073

連日同じような写真なので胴回りのアップ。

ここに兆しがでてるんですよ。

フレアスカートを逆さにしたみたいな仏炎苞の先がめくれてます。

肉色になってるでしょ。

着々と準備が進んでるんです。

見にきてたおばちゃんが「なんともいえない色をしててきれいねえ。レタスみたい」

見惚れてました。

そういわれればおいしそうな色です。

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植物園の人が放射温度計で計測してました。

先日測った時は18度。何度あるでしょう。

なんと24度。開花前は熱を帯びるといいます。兆候か?

「外気温も違うのでなんともいえません」つれないお返事。

でも温度が上がってるのは事実。もうすぐですよ。

世の中いい方に解釈しないとね。

高さは前日より4・5㌢伸びて121・5㌢。


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こちらは展示初日の8月22日。テントもなく完全屋外です。

比べると附属体がぐんぐん伸びてるのが分かるでしょ。

色も茶色から紫に変わってます。

この時の高さは70㌢くらい。50㌢も生長してるんです。

毎日見てると分からないけど比較すると一目瞭然です。

園の人に訊いたら開花は「今週末じゃないでしょうか」

語尾に含みをもたせてます。

私の見立てでは2日か3日。そんな気がしてます。

「臭い匂いを確かめたいので閉園時間を延長してください」お願いしたら前向きな答えでした。

楽しみが増してきたぞ。

       snail    snail     snail

2日もまだ附属体が伸びてますので、この日の開花はなさそうです。


2015年9月 1日 (火)

予定日過ぎてもまだ・・ショクダイオオコンニャク@神代植物公園

31日は月曜日だというのに入園者が途切れません。

園側でもこの日が開花日と予測して臨時開園。朝日新聞の武蔵野版に載ったこともあって、駆けつけた人が多かったんでしょうか。

ほとんどがシニアですけど。

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みなさん、まずはオオコンニャクが展示されてる植物会館前に向かいます。

得体の知れない奇妙な花をしげしげと観察。

「いつ咲くのかしら」興味津々です。

附属体はさらに伸びて31日午前で117㌢。

前日より5㌢アップです。

この生長が止まらないと開花しないんです。

外側の鞘状葉も大分はげ落ちました。附属体や、包んでいる仏炎苞の先が茶色く変色してくれば準備オーケーのサインです。

もう少しかかりそうです。

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マヤランがまた咲き始めました。

深大寺門近くの雑木林を捜してみてください。

寄生植物でキノコから栄養をもらってるのに2度も咲く。

ちゃっかりしてます。

2度というより梅雨の終わりごろに咲いた株は枯れて、新しいのが花芽を出すんです。

だいたい梅雨末期と秋雨前線の頃。

クヌギやコナラの根に寄生するキノコが飯のタネ。

だから両方が存在しないと生きられません。


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