フォト
無料ブログはココログ

« 名古屋の永井がいい仕事してる@一皮むけたとマチダが評価 | トップページ | 蒔絵萩、いい名前でしょ@植物多様性センター »

2015年7月26日 (日)

「祖国よ、オレは生きて帰ったぞ」城戸幹さんの叫び

城戸幹さん(73)と娘の城戸久枝さん(39)の講演会があるというので四谷まで出かけた。

主催は上智大学総合グローバル学部・蘭(あららぎ)研究室。

戦後70周年特別講演会「満州引き揚げ、中国残留を問い直す」で、決死の覚悟で満州を脱出、在満日本人の惨状を訴えた丸山邦雄さんの三男ポール丸山さん(73)の話も聞ける。

なあに、城戸久枝さんの取材を受けてる「黒島」のちえみちゃんから誘いを受けたので出かけたんです。

Img_5139

まずは丸山さんから。

全く知らなかった。満州引き揚げの戦後秘話。

敗戦直前に侵攻してきたソ連は満州を封鎖。

情報は全く閉ざされてしまった。

惨状を訴えようと3人の無名の日本人が決死の覚悟で満州を脱出。

日本政府に訴えるが首を横に振るばかり。

そこでGHQに直訴してマッカーサーから「DO MY BEST」の答えをもらう。

そして1946年4月17日、NHKラジオで状況を国民に訴え、これが満州の日本人にも伝わった。

翌日、GHQが引き揚げ開始の命令を出したんだそうです。

詳しくはポール丸山さんの著書「 ESCAPE FROM MANCHURIA」(邦訳「満州奇跡の脱出」柏艪舎)をご覧ください。


Img_5131

「幸福な家庭はいずれも似たものであるが、不幸な家庭は、それぞれに不幸なものである」

いきなりトルストイ「アンナ・カレーニナ」の一節を引いた城戸幹さん。

「不幸の者の一人です」と語り始めた。

日本に帰ってから45年経つのに、まだ背負った不幸は消し去れないのかと重く響く。

混乱の中、中国人の養父母に育てられた幹さん。

日本人である故に大学に進学出来ず、日本赤十字などに手紙を出すが両親が分からない。

判明するまでに8年、そして文化大革命で3年の足止め。

「ムダに過ごした11年」と失われた大事な青年期を振り返る。

城戸幹さんについては著書「瞼の媽媽 自力で帰国した残留孤児の手記」(文春文庫、「孫玉福39年目の真実」改題)を。

「文革の恐怖と戦った日本人・『孫玉福』39年目の真実」で紹介してます


城戸久枝さんは、幹さんの半生を通して「満州国」「あの戦争」について考えさせらざるを得ない。

中国に留学してたどった父親の半生、まだ幼い自分の息子に「あの戦争」をどのように伝えて行くのかなどについて語った。

詳しくは、大宅壮一ノンフィクション賞などを受賞した「あの戦争から遠く離れて」(文春文庫)をどうぞ。

ドラマ化したNHK「遥かなる絆」の感想はこちら

« 名古屋の永井がいい仕事してる@一皮むけたとマチダが評価 | トップページ | 蒔絵萩、いい名前でしょ@植物多様性センター »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

早速アマゾンで注文して買い求めました。

中国を後にするとき、養母が泣いてすがって言った言葉が「行け、行け。」だったと読んで、思わず涙しました。
産みの母であれ、育ての母であれ、子の幸せを願うのは同じ。
「自分を置いて行かないで」ではなく、日本に行け(帰れ)と言った中国の母の気持ちは、いかばかりだったでしょう。
こんな思いをたくさんの親子にさせた「戦争」を、もう二度としてはならないと強く思います。
テレビで見た「大地の子」も思い出しました。
戦争を知らない世代が増える中、もっともっと話し伝えてもらいたいです。
散歩人さんのおかげで、また心にのこる本に出合えました。
ありがとうございます。

やまけいさん。

養母との別れのシーンは涙なしでは読めませんね。文化大革命の恐怖、なしのつぶての親族捜し。城戸さんの苦労が痛いほど伝わってきます。

レンタルビデオ屋にドラマがあったら借りて見てください。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 名古屋の永井がいい仕事してる@一皮むけたとマチダが評価 | トップページ | 蒔絵萩、いい名前でしょ@植物多様性センター »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31