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2015年7月 9日 (木)

えらい!無一文で夫の遺稿を出版・・「黒島を忘れない」・その2

「広司くんの黒島の遺稿を本にしたいんだけど伝手はないもんでしょうか」

ちえみちゃんから電話をもらったのは何年前だったか。

もごもご口ごもって全くお役には立てなかったが、あれはどうなったろうか、少しだけ気になっていた。

ここまでのいきさつについては「その1」をご覧ください。

そして出版の知らせを聞いたのは昨年秋だった。

どうしたのかと尋ねたらクラウドファンディングで基金を募ったという。

そう簡単にお金が集まるはずはない。なみたいていの努力じゃなかったんだろうと頭が下がった。

Photo_2

ちえみちゃんとは従業員5、6人の小さな会社で一緒に働いてました。

インターネットが普及する前、パソコン通信なるものがありました。

有料で情報を提供するシステムです。大手はニフティ・サーブとかNEC系のPC-VAN、アスキー。

これらのホストにプロ野球、サッカー、競馬などの情報を送ってたんです。

1コンテンツ10円から高いのは50円以上。

けっこうもうかりました。

ネットの普及ですたれましたが、情報イズ・マネーだったんです。

    pencil    pencil

監督の小林広司さんが残した黒島についての未完の遺構が動き始めたのは2009年秋だった。

広司さんが亡くなってから10カ月が過ぎていた。

フジテレビのドキュメント「黒島を忘れない」が再放送されてから1月後のことだった。

気持ちに区切りのついたちえみちゃんは、夫の通夜にも参列してくれた元特別攻撃隊・江名武彦さんに遺稿をもらっていただこうと決めた。

9月に世田谷山観音寺で行われた特攻平和観音年次式典で江名さんに手渡した。

遺稿を読んだ江名さんから翌早朝、「完成させて出版しましょう」との電話をもらい「未完の遺構」が完成に向けて動き出したのだ。

     clip      clip     clip

ちえみちゃんは何度も江名さんにお会いして執筆のアドバイスを受け、再取材もし事実確認も行い、少しずつ完成に近づけていった。

だが出版のあてなどない。

Img_5013_2

友人に出版社を紹介してもらったりしたが色よい返事はなかった。

ましてやお金があるわけはない。夫に先立たれ母子3人の生活で精いっぱいだ。

だが、どうしても出版にこぎつけたいと自費出版で出すことにした。

100万近くの費用がかかる。

とてもじゃないが、逆立ちしたって出せっこない。

介護施設に勤めながらの作業が続いているとき、ネットで基金を募るクラウド・ファンディングのアイデアを授けてくれた友人がいた。

広司さんのかつての仲間がファンディング用の映像もつくってくれた。

反響は大きく目標額の70万円を越えて150万円が集まり「黒島を忘れない」500部が出来上がった。

昨秋には出資者向けの出版パーティーを開くことができた。

出版した世論社への問い合わせも大きかったのだろう、増刷して一般向けに発売することになった。

自費出版で増刷など滅多にあることではない。

私の手もとにあるのはその2刷。ネットで販売するようです。

まだ映画化までたどり着いてません。続きます。

(写真は江名さんが2004年に黒島に建立した特攻平和観音像とちえみちゃん。映画の宣伝担当㈱ピー・ツーにお世話になりました)


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コメント

スピーディーな連載、驚きとありがたい気持ちでいっぱいです。

無一文になってしまったことが、「えらい!」と誉められ
こんなかたちで、ブログに掲載される日がくるなんて・・・
思いもしませんでした。

貧乏暮らしは、今に始まったことではないにせよ
黒島のカラ芋を食べ続けた日々は、かなりの恐怖にも
似た思いでした。

今となっては、それも良し!ですが\(~o~)/

しかしながら、再び味わうことのないよう心しております。

負けてたまるか精神で、前進いたします~!

どうもありがとうございます。

ちえみちゃん。
無一文になったことがえらいんじゃなくて、お金がなくても前向きに奮闘したことをえらいと書いたんです。

から芋ばかりというのはのども通らなくなってしまうでしょう。私だったら耐えられそうにない。

無事に映画が完成して本も売れますように。

城戸久枝さんの本も楽しみに待ってます。

心情を正確に申しあげますと、前向きに奮闘したというよりも、
『一刻も早く、1945年の物語から抜け出したい』
そんな感じでした。

ですので、終わった、とペンを置いたときは
深い海の底から息も絶えだえで海面に顔を出せたような気がしたものです。

生き返った!って思ったのもつかの間、今度は
現実の生活が‥。

ひっじょう〜〜に、キビシィー‼️
(財津一郎さん風)

そんなこんなですが、奇跡のように色々な人に
助けられて、今があります。

わたしのこれからは、鶴の恩返し(^-^)/
そう思っています。

ちえみちゃん。
奇跡みたいなことが続いているのは、ちえみちゃんのひたむきさでしょう。

そして広司さんが見守っているのだと思います。

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