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2015年7月18日 (土)

次郎長一家の関東綱五郎は高尾山麓の生まれだった@八王子市落合

イワタバコも見てふもとで生ビールごっくん。八王子の地酒桑の都などでほろ酔い気分。

日もあるし、ちょいと散歩してきますと一人でぶらぶら。

Img_5111

目指すは合併する前の旧浅川村落合。

甲州街道を高尾山口駅からJR高尾駅に向かって歩いて10分くらい。

お目当てはこれです。「俠客 関東綱五郎住宅跡」の石碑。

それ誰?桶谷の鬼吉に続いて清水次郎長の2番目の子分になったやくざ。

映画「次郎長三国志 次郎長売り出す」ではそうなってます。

私だって詳しくはない。

有名な石松代参の「三十石船」の「鮨 食いネエ」の場面でも名前が出てくるのか。

大政、小政、桶谷の鬼吉、法印大五郎・・・。

次郎長の子分は東海道沿いの出身者と思い込んでいたので八王子というのが意外。

石碑の上には墓地があって、そこにも「墓跡」の碑が。

それによると綱五郎は文政5年(1822)生まれ。

浅川村落合に大きな屋敷を持つ千人同心の家に生まれたが、親戚とのいざこざが原因で旅のわらじを履く稼業に。

次郎長一家に喧嘩口上を述べにきたが、タタッ斬らずに帰した次郎長にほれ込んで客分に。

「かつて江戸に在り妓楼に遊ぶ。妓馴まぬため手銃にて狙撃し、去って長五郎の子分となる」

と「清水次郎長の明治維新」(平岡正明、光文社)。

明治維新後に帰郷、当時の住居を菩提寺の大光寺の庫裡に納めて隠居。

明治19年没。墓は昭和52年に大光寺に移転。

普通やくざは出身地の名前を取って名乗るのだが、綱五郎は関東と大きく出た。

Img_5115

戻って高尾山口駅前広場のベンチで夕涼み。

4月末にリニューアルされた駅舎を見ながら休んでいたおばちゃんとおしゃべり。

高尾に移り住んで持病の喘息が治ったとか。

駅舎は建築家の隈研吾さんのデザイン。

屋根は高尾山薬王院をイメージしたんだとか。

内外装には杉を使って、高尾山の多様な魅力を表現してるんだそうです。

秋には駅前温泉施設も完成するよ。


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コメント

田子の浦から村山浅間神社までの村山みちの途中の大淵には清水次郎長が開拓した村があり、そこの白髭神社には清水次郎長の写真が飾られています。そのような訳で清水次郎長にはちょっとだけ興味あり。
散歩人さん同様、高尾に次郎長の子分がいるとは・・・!黒駒の勝三の子分なら判るけど・・・。

ちょっとの間に高尾山口駅が変わっていたのでビックリ!隈研吾氏の作品だったのですかぁ!
泥に汚れた靴を洗うための水道とブラシが沢山置かれていたのが嬉しかったです。

ムラヤマフジコちゃん。
関東綱五郎は開拓には加わらずに高尾に帰ったようです。
江戸近辺にいられない事情があったんでしょうね。

千人同心の家ですから庄屋さんみたいな家柄だったと思います。

おばちゃんと話しながら高尾駅をしばらく眺めてました。

秋には温泉もオープンします。混むんだろうなあ。

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