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2015年3月14日 (土)

多摩でもっとも大きい中里の富士塚に登った@清瀬市中里

産まれてこのかた多摩地区に住んでるのに清瀬市に来たのは初めて。

かつては清瀬といやあ結核療養所の町。

空気がきれいで緑が豊かなんで選ばれたんでしょう。

Img_2689

多摩で最大の富士塚があるってんで「富士山ミーハー倶楽部」の面々と出かけました。

中里4丁目のバス停で下車。

住宅街のくねった道を行くとそびえてました。

明治7年(1874)に約2㍍かさ上げして高さは約9㍍。

多摩でもっとも大きいとどこかに出てたな。

都内最大は品川神社で約15㍍。

造られたのは文化文政年間(1804〜1830)。

柳瀬川右岸の段丘を利用して築かれたようだ。

講の名称は丸嘉講武州田無組中里講社。

赤坂の丸嘉講から田無組を経て中里村の先達に「お伝え」が送られて成立したという。


Img_2693

講も健在で9月1日には「火の花祭り」が盛大に行われている。

富士吉田の日本三奇祭「吉田の火祭り」にちなんだものでしょう。

富士山のお山じまいですね。

富士塚には普通、富士山の溶岩が使われるが、ここは赤土。

「舟運に依存出来ない内陸地域の富士塚の、典型的な様式を示している」

と東京都教育委員会の説明板。

江古田や豊島長崎も川はないけど溶岩を使ってたけどな。

財力の問題でしょうか。


Img_2688

上から見るとこんな感じです。

けっこう高いでしょ。

でかい石碑があって裏に工事費用が刻まれてる。

3500万円くらいかかってる。

文化財を維持していくのは大変です。

丸嘉講は多摩のほかに埼玉県の所沢市や新座市にも及んでいた大きな組織。

武蔵境の富士塚を造ったのも丸嘉講です。

統括していたのは関前村(武蔵野市関前)の大先達、秋本安五郎。

5代目が落語家の故春風亭柳昇師匠ということは前に書きました。

柳昇師匠は先達にはならなかったが、「太々神楽」を北口本宮富士浅間神社に奉納するなど熱心な富士講徒だったそうだ。


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