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2015年3月 4日 (水)

はるばる小仏峠の茶屋から預かった身禄像@江古田の富士塚

けっこう高いでしょ。鳥居と祠が富士山頂です。

Img_2400_8

8㍍というと3階建てよりも低いのに一息じゃ登れない。

ここは古墳を利用したからいいけど平らだったら大変です。

造ったのは丸祓講の人々。

お江戸八百八町にあった富士講のひとつ。

近在の下練馬村、中新井村などが範囲。

昭和の四十年代初めくらいまでかな。

母親たちは頼母子講をやっていた。いわゆる無尽です。

月に100円ずつくらい出し合ってたのかな。

月に1度集まって誰かが落札。その集まりでくっちゃべるのが娯楽だった。

高度経済成長前の貧しかった時代の庶民のささやかな楽しみ。


Img_2392

5合目にでっかい身禄尊祠碑。

身禄は富士講中興の祖。死後、富士講が爆発的に広まった。

「下に身禄像を収めた小さい祠があります」

小仏峠の茶屋にあったのを預かったんだそうです。

下山時に確認したら中は空っぽ。

石神井ふるさと文化館の展示で貸し出し中。

展示を見たときに見逃したかな。

丸祓講の面々が富士登山で通ったのは昔の甲州街道。

調布か府中に出て高尾まで。裏高尾から小仏峠を越えて小原宿に降りる。

茶屋を閉めるにあたって頼まれたんでしょうね。

縁というか、人のつながりがずっと保たれていることにうたれます。


Img_2408

次の富士山を目指します。歩いて40分くらい。

豊島区の豊島長崎富士。池袋の近くです。

江古田駅から3分ほどでモダンな建物が。

ここが日大芸術学部か、初めてです。

きっと、おんぼろ校舎を建て替えたんでしょうね。

失礼ながらそんなイメージを持っていた。

昔々のその昔、芸闘委の元行動隊長から飲み屋でキュウリのタタキを教わったな。

キュウリをビール瓶で叩いて、塩をふって下ろしニンニクをたっぷり。

ごま油をかけたら醤油をちょっとたらして食べるとこれがうまい。

金物を入れないと味が全然違うんです。今でもたまに作ります。

ささ、先を急ぎましょ。


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