フォト
無料ブログはココログ

« でっかいよ黒田長政のお墓・広尾の祥雲寺@地下鉄の地上を歩く会・日比谷線の2回目その3 | トップページ | 得点王狙えるぞFC東京武藤@マチダのJリーグ »

2015年3月23日 (月)

唐人お吉とヒュースケンの墓・光林寺@地下鉄の地上を歩く会・日比谷線の2回目その4

日比谷線から離れて明治通りを天現寺方面へ。

天現寺を越えると港区南麻布。明治通りは渋谷川に沿ってるんですね。新発見。

港区に入ると古川と名前を変えます。

目指すは光林寺。

Img_2789

ここにヒュースケンのお墓があるんです。

アメリカ初代公使ハリスの通訳です。

アムステルダム出身のヒュースケンはオランダ語、フランス語、英語、ドイツ語を話し、各国公使の力にもなっていた。

当時、日本人が知っている外国語はオランダ語だけでしたから。

万延元年12月5日(1861)、ヒュースケンは麻布中の橋で攘夷派によって暗殺。

光林寺のすぐそばです。

こんなことがありました。

ハリスが吐血したためヒュースケンは看護の女性を要請した。

「係の役人は、この要求を、情事の相手としての女がほしいというふうに理解した」

(司馬遼太郎「街道をゆく39 ニューヨーク散歩」朝日文庫)

懐柔策として意図的に曲解したのかもしれない。

「役人はきちに二十五両の支度金を与え、ハリスのもとへゆかせた。ハリスは、驚いたらしい。
かれは身辺にきちを近づけず、三日目に解雇した」(同)

「ハリス」という本を書いた坂田精一氏は、おきちがハリスの妾であったことがない旨を精密に論証している。

唐人お吉という通説が広まるのは作家十一谷義三郎が昭和3年に連載した小説かららしい。

日中戦争に突き進む日本とアメリカに緊張関係が高まった時代。強国アメリカに踏みにじられるという悲劇の主人公に仕立て上げられていったのだ。

「こっちも通訳の墓のようだぞ」墓石の英文を読んでいた人が声をあげました。

あとで調べたらイギリス公使オールコック付きの日本人通訳ボーイ伝吉のものでした。

伝吉も攘夷派に斬殺されています。

Img_2793

この建物の色づかいと模様が好きだなあ。

アルジェリア大使の公邸です。

光林寺の横と崖上は大使館だらけです。

なんてたって南麻布。われらが武蔵野とは別空間。

フランスでしょ、ドイツでしょ。

パキスタン、フィンランド、ちょい離れてスイス、ノルウェーなど。

東京ローンテニスクラブもありますよ。天皇陛下が皇太子時代にテニスを楽しまれた名門です。

聖心女子大もすぐ近くです。

町が立派すぎて落ち着かない感じでそわそわ。すっかりお上りさんです。

« でっかいよ黒田長政のお墓・広尾の祥雲寺@地下鉄の地上を歩く会・日比谷線の2回目その3 | トップページ | 得点王狙えるぞFC東京武藤@マチダのJリーグ »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« でっかいよ黒田長政のお墓・広尾の祥雲寺@地下鉄の地上を歩く会・日比谷線の2回目その3 | トップページ | 得点王狙えるぞFC東京武藤@マチダのJリーグ »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31