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2015年3月20日 (金)

フサザクラは古代植物なんです@高尾山の春・日影沢

ただいま高尾山で見られる花(高尾ビジターセンターの情報)。

ウメ、ヤマルリソウ、タチツボスミレ、フキ、ダンコウバイ、ウグイスカグラ、ハナネコノメ、ヤマネコノメ、ユリワサビ、コチャルメルソウ、ヨゴレネコノメ、ニリンソウ、アオイスミレ、フサザクラ。

Img_2918

ダンコウバイ、ヤマルリソウ以外は日影沢でみんな見たな。

にぎわいを避けて裏高尾の日影沢。

ハナネコノメを堪能したあとはほかのお花探し。

山地の谷沿いによく見られる日本固有種のフサザクラ。

サクラとついてますが桜じゃありません。

フサザクラ科フサザクラ属で1属3種しかありません。

花弁を持たないで雄しべがフサ状、幹が桜に似てるのでフサザクラ。

両性花なんですが虫媒花ではなくて風媒花。

系統上、孤立した原始的な植物みたいです。


Img_2882

ヤマに入ればよく見かけるが平地じゃ見ないユリワサビ。

「これなーに?」

とっさに名前が出ませんでしたが、1拍おいて出てきました。

1年ぶりに発する名前ですから。

でも記憶の底からたぐり寄せました。まだまだ大丈夫かな。

咲き初めのせいか白が汚れてない。

空気のせいかも。


Img_2917

花弁がふっくらして5枚だからニリンソウだよね。

まだニリンじゃなくてイチリンだけど。

どうもまた、あやふや病にかかったみたい。

脳ミソがぐちゃぐちゃ。

はなびらがかすかに赤味を帯びているのが分かりますか。

こんな微妙な色あいを作り出すなんて、なんともいえません。


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八王子市」カテゴリの記事

コメント

「ハナネコノメ」やら「ヤマネコノメ」
ねこが身近な存在なことがよくわかります。

東北の刺し子で「津軽こぎん刺し」というのがありますが
刺し子の文様(モドコ)の名前がかわいくて
「ハナコ」(花)や「テコナ」(蝶々)「ダンブリ」(とんぼ)。
そして、
「ネコのマナグ」(ねこの目)に「ネコのアシ」。
どれもほっこりあたたかい文様です。
先日「ネコのアシ」の刺し子の小銭入れをひとつ買いました。
篆刻の石を入れるのに使っています。

自然の中で手仕事をして暮らしていた良き時代の日本。

このごろ、手のぬくもりを感じるものが欲しくなって
手間ひまかけたものの大切さを感じます。
使い捨て、消費社会はそろそろ終わりにしなくては。
100均のお店はもう要らないな~…と思いますが、いかがでしょう。

やまけいさん。

初めて聞いたので「津軽こぎん刺し」をググってみました。

暖かみが伝わる品々ですね。野良着の古くなったのを再利用したのが始まりなんでしょうね。

昔はなんでもムダにはしなかった。大量消費社会というのはぬくもりを失うことなんでしょう。

そろそろ便利さとは別の方向に舵を切る必要があるとは漠然と考えてます。

「津軽こぎん刺し」は、先月、NHKのEテレ「美の壺」で再放送されていましたね。
民芸運動の父・柳宗悦の唱えた「手仕事」が改めて見直される時代になりつあります。
その柳宗悦は今、小平霊園に眠っています。
少し話題を膨らましてみました。

芙蓉酔人さん

私も「美の壺」、見ました。

実は「津軽こぎん刺し」を知ったのは、新潟の友達が去年から習い始めたと聞いたのがきっかけでした。
初耳だったので、私もその時「ググってみました。」(まねっこ)

日本のことも、知らないことばかりだな~とつくづく。

麻の布って、暑いところで作って着たのかと思っていたら、
北の方では綿が作れなかった(!)って、こんなことも知らず。(恥)
寒さに耐えて暮らす人たちの、少しでも家族に暖かい思いをさせたい…という願いが麻布に「刺し子」をする工夫をしたと知りました。
女たちの夜なべ仕事だったのでしょう。
ただ糸で補強するだけでなく、模様にかわいい名前をつけて
見た目にも工夫をしたのが、こころづくしでしょうか。
糸もゆったり緩めに刺してあって、これならやわらかく暖かかっただろうと思います。手仕事って、ほんとにいいです。

やまけいさん。こぎんって野良着なのに麻なんですか。寒かったでしょうね。

蛇足ですが綿を作るのには大量の肥料が必要です。それで北前船で鰊を大阪の和泉地方に運んだ。鰊粕が肥料だったんです。それ以前は鰯だったが鰊の方が安価で栄養価が高かったのかな(このへんいい加減)

綿が普及するのはそれからです。司馬遼太郎「菜の花の沖」で知ったのかな。高田屋嘉兵衛の話です。

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