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2015年2月23日 (月)

ヒマラヤ杉とみかどパン@谷根千じゃなくて千→根→谷と逆回り散歩

懐かしい景色に出合いました。知ってる人は知ってるヒマラヤ杉とみかどパン。

Img_2189_4

ワシらは戦争を知らない昭和っ子。

ガキのころ、こんな間口1間のお店に出入りしてたもんです。

鼻水たらして袖で拭き、テカテカにしてたころが浮かんできます。

谷根千散歩の人気スポットになってるのもうなずけます。

私も気に入りました。

こんな景観を残してもらいたいと思うのは人情でしょう。

ところが一帯の150坪が売却。

そのため町会などが「ヒマラヤ杉と寺町谷中暮しと文化、町並みを守る会」を結成。

買い主の工務店にヒマラヤ杉と建築物を生かした形での開発をお願いしてる。

   pencil    pencil    pencil

谷根千なんて言い方を知ったのは「明治東京畸人伝」(新潮文庫)を読んでからかな。

著者の森まゆみさんの名と地域雑誌「谷・根・千」(谷根千工房)の存在も。

森さんの名は最近「神宮外苑と国立競技場を未来へ手渡す会」の共同代表として目にした。

なんか同級生の建築家もシンポジウムなどに参加してるってメールが回ってきたな。

     run    run    run

谷根千と逆に回ってるわけです。人任せなので家に帰って地図を見て判明しました。

根津神社の前に通ったのが、もとの「猫の家」

前にも紹介しました。

Img_2177

夏目漱石の旧居跡。

ここから「吾輩は猫である」「倫敦塔」「坊っちゃん」などを発表した。

住所は千駄木と道路1つ隔てた向丘。

今は日本医科大学の同窓会館です。

ヒマラヤ杉の手前には大名時計博物館があります。

中には入りませんでしたがすごい建物ですよ。

昭和レトロどころじゃない。入り口もどこだか分からないし、人の気配もない。

壮絶なので写真を撮るのも憚られました。

どこを目指してるんでしょうか。ついてくだけです。


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