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2014年12月 4日 (木)

楷書の語源になったカイノキ(楷樹)@乃木神社

サントリー美術館「高野山の秘宝」展のあとは近くの乃木神社。

Img_0820

「あっカイノキ!楷書の楷はこの木から出てるの」

初耳です。

黄葉が傾いた日を浴びて輝いてます。

どれどれ説明を見ましょう。

「楷とは樹姿端正で一点一画が整っていることから書法の楷書の語源になってます」

そういわれれば姿がありがたく見えるような・・。

中国山東省の孔子廟から種子を持ち帰った由緒正しいもの。

しかも神田の湯島聖堂、岡山の閑谷学校と同系統。

木にも由緒があるんだ。


Img_0829

拝殿から本殿が見通せて実にすがすがしい。

障子など目をさえぎるものはすべて取り払って、さわやかな空気が四方を抜けていきます。

こんなに気持ちのいい造りは初めてです。

本殿の扉もどうぞご覧くださいと開けられてます。

乏しい知識しかないのですが、乃木大将らしい、と言っていいのかどうか。

宝物殿には遺品や殉死の際の刀などが展示されている。

全滅につぐ全滅、旅順戦における乃木さんの胸中はいかばかりか。

Img_0830

「乃木の手もとには、その無能を痛罵し、自決をすすめる手紙が二千四百通も届けられた」(「日本の百年4明治の栄光」橋川文三編著、ちくま学芸文庫)

これが旅順開城で転換する。

「独り息子と泣いてはすまぬ 二人なくした方もある」

(万朝報がのせた俚謡)

乃木大将はこの戦いで長男、次男を失っている。

旧乃木邸と厩が残されてます。

回廊がもうけられていて外から内部が見えたんですが地震のため今は立ち入り禁止。

質素な木造家屋ですが、厩はれんが造り。

軍馬を肥やすのは武人のたしなみなんです。

水師栄の会見でステッセル将軍から贈られた壽(ス)号もここですごした。


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