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2014年12月16日 (火)

3度目でようやくご神体を遥拝・山宮浅間神社@またまた富士山行その2

全国にあまたある浅間神社発祥の地、ということになります。

まことに由緒正しいんです。なので、いにしえの信仰形態が残されている。

Img_0987

拝殿も神殿もなくて、遥拝所だけがもうけてある。

手前に石を積んだり組んだりしてあります。

ここが遥拝所。

拝むのはもちろん富士山。

山そのものがご神体なんです。

大神神社なんかもそうですね。

三輪山がご神体。

自然物を祀った原始の面影をとどめてるんです。

3度目ですよ、山宮浅間神社に参るのは。

ようやくご神体を拝めました。


Img_0995

ズームで寄ってみましょう。

思わず手を合わせたくなるでしょ。

たった3回で姿をあらわしていただけたご神体に深く感謝。

山頂に雲がかかってますが、奥ゆかしくベールをかぶっていらっしゃるのでしょう。

やがて時代を降ると山宮から麓に神様が下りてくる。

いろんな神社でも見られますね。

浅間神社も里に下りて湧玉池のそばに建物がつくられて鎮座する。

それが富士山本宮浅間大社。

もっとも、その逆で後世に山宮が置かれたのではという疑いも残ってます。


Img_0964

大頂寺下山仏の前に寄ったのが平等寺。

この三門は廃仏毀釈で廃寺となった富士市今泉の東泉院の中門を貰い受けたもの。

東泉院は下方五社と総称される有力神社(富知六所浅間神社、瀧川神社、今宮浅間神社、日吉浅間神社、入山瀬浅間神社)の総別当を勤めていたお寺。

今川氏の時代は村山修験と関係が深かったようだ。

廃寺にされたのはよっぽど目の敵にされるわけがあったんでしょう。

多分、勢威を誇っていたので集中砲火を浴びたんでしょう。

それにしても富士宮市に来ると、どこから見ても富士山が大きい。

もうそれだけで満足です。


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旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

日本の神社の多くは、古代の山岳信仰が起源となっているのでしょう。
今年、巡礼した秩父の札所もかつて山岳修験道の行場であったところや、
里から御神体の武甲山が良く見える場所にありました。
浅間神社の山宮も後世うんぬんは別にして、本来の「霊山を拝む場所」には
かわりありません。
機会があったら、私も行ってみます。

芙蓉酔人さん。

富士山を拝んでいると、すがすがしくピュアな気持ちになれます。
昔も今も日本人の心は変わらないんでしょうね。

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