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2014年12月22日 (月)

樋口一葉、佃島祖先33人のお墓・本願寺和田堀廟所@玉川上水を歩く会8回目の2

そろそろ京王線の下高井戸駅近く。

相変わらず四谷に向かって玉川上水公園を歩いてます。

Img_1082

左手に立派な建物が見えてきました。

広い駐車場の向こうは塀にさえぎられて屋根しか見えません。

門には大慈会教団と書いた札が下がってました。

霊友会から1953年に分派した新興宗教のようです。

詳しいことは分かりません。HPも開設してないようです。

霊友会からは立正佼成会なども分かれてます。

すぐ近くの地下鉄の方南町には立正佼成会があるな。

日蓮宗系のようです。


Img_1088

すぐに築地本願寺の和田堀廟所。

樋口一葉がここに眠ってます。

社務所を訪ねて「著名人のお墓の案内はありますか?」

「何人様でしょうか」「20人ですが」

「コピーして差し上げましょう」

「4、5枚で結構です」

なんと20枚コピーしていただきました。

ご親切にありがとうございます。

いただいた廟所案内図を見ると「直参墓地」「佃墓地」がある。

さすが本願寺。門徒に「直参」が多かったんですね。

上の写真は佃島に移住してきた33人の墓所。

「佃島祖先参拾三名之墓」と刻まれてます。

明暦の大火(1657)で焼失した築地本願寺(当時は浜町御坊)の再建に佃島の人々力をつくした。

それで佃島の人々の区画が設けられ、祖先の墓所も設けたんです。


Img_1090

なんで築地本願寺の墓地がこんな離れたところにあるんでしょう。

もともと江戸時代は幕府の煙硝蔵だった。

明治政府も陸軍省の火薬庫として使っていた。

昭和4年に本願寺と明治大学に払い下げられた。

本願寺は関東大震災で焼失、墓地の移転先を捜してたんです。

煙硝蔵は旧新選組を中心とした甲陽鎮撫隊を蹴散らした板垣退助率いる東征軍に発見されてしまった。

ここの火薬が上野に立てこもった彰義隊に使われたという。

なんたる皮肉。

一葉のお墓も築地から移転してきたんです。ちゃんとお花が供えられていました。

ほかにも著名人のお墓があります。

それは次回に。


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