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2014年11月27日 (木)

こんなところが目黒川の源なんだ・烏山寺町の高源院@玉川上水を歩く会その7回目の2

玉川上水も三鷹市から杉並区に入って、ちょっと寄り道。

右に折れ國學院久我山の横を抜けて寺町(寺院)通りに入ると、杉並ではなくて世田谷区烏山寺町。

狭い通りの両側に26ものお寺があります。

Img_0754

湧水がつくった池に弁天様が祀ってあります。

中国の水墨画にも出てきそうな風景です。

別天地に迷い込んだみたいな世界が広がってます。

カモが飛来するので鴨池。

春はツツジ、夏はスイレン、秋には萩が楽しめるという。

ここはもっとも北側に位置する高源院。

初めは沢庵和尚を開祖とする東海寺の塔頭として北品川に建てられた。

なので臨済宗大徳寺派。

いろいろあって関東大震災後の1939年(昭和14)にここに再建。


Img_0757_2

北品川では目黒川沿いにあったので、上流のこの地に決めたんだとか。

そう、鴨池こそ目黒川の源頭なんです。

いまでも、どこからか水が湧きだしてます。

池の奥の北北東から10㍍ばかり護岸された川が流れ出ています。

その先は蛇行した流れがあったんですが、暗渠になってふさがれてます。

道を間違えたおかげで暗渠になった道も歩きました。

正しくは目黒川じゃなくて烏山川。

世田谷区三宿で北沢川と合流して目黒川になる。

目黒川の源流のひとつが、こんなに身近なところにあったなんてびっくりです。

かつては三鷹市牟礼あたりから上水の分水などが流入していたようです。

牟礼田んぼがあったくらいだから小さな川があったかもしれない。

そのへんはよくわかりません。


Img_0760_3

ちょい南に専光寺。

なんでこんな辺鄙なところにといぶかしみます。

なんと浮世絵師喜多川歌麿の墓があるんです。

台座に北川とあります。

ガキの頃に浮世絵の記念切手なんぞを集めました。

どこに行っちゃったんでしょう。見当たりません。

1806年(文化3)に亡くなり専光寺に葬られた。

といっても浅草です。

お寺が1928年(昭和3)に移転したのでお墓も移されたというわけです。

烏山寺町は関東大震災で被災したり、区画整理でお寺が次々に移転してできた。

まだお寺は残ってるんですが暗くなってきたので上水に戻ります。


Img_0752_3

寺町を目指すために右折した兵庫橋の手前に「水難者慰霊碑」があります。

アイヌ語研究で有名な金田一京助博士が1952年(昭和27)に建てたものです。

嫁に行った娘さんが病気を苦に入水したんです。

このあたり上水の南側は新しい道路の予定地でフェンスでおおわれてます。

東八道路とつながるようです。

高井戸インターを下りて國學院久我山方面に直進する道は狭くて危ないからね。

この日の終点予定地の浅間橋はもうすぐです。


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