フォト
無料ブログはココログ

« 富士山の溶岩流を風よけに利用した縄文住居・大鹿窪遺跡@富士山ぐるっと半周聖地めぐりNo.7 | トップページ | 若武者パワー全開だFC東京・武藤@マチダも感心 »

2014年11月 2日 (日)

富士山拝めないなあ・・山宮浅間神社@富士山麓ぐるっと半周聖地めぐりNo.8

大鹿窪遺跡では薄日もさしたのに、次の雨雲がやってきたようです。

8月に続いてまたもや山宮浅間神社。

Img_0301

ここには拝殿や本殿がなく富士山を遥拝する祭壇が設けられているだけです。

富士山は雲に隠れて拝めません。

8月のブログに掲示板から拝借した写真があるので、興味のある方はこちら

駅近くの浅間大社(本宮)に対して山宮。

初めこの地に祀られた富士神が浅間大社に遷されたので山宮となった。

つまりもっとも古い浅間神社ということになる。

でも最近、ハクをつけるために後の世に山宮を造営したという説が出ているらしい。

大社が現在地に遷座したのは806年。

神社としたら、それほど古くないもんね。

山宮があったことにすれば歴史は一挙にさかのぼれる。

ありそうな話ではある。歴史はこっそり作られる。


Img_0307

明治6年(1873)までは大社の祭神が山宮を訪れる「山宮御神幸」が行われていた。

休憩時に鉾を置く鉾立石が両方に残ってます。

ボランティアのガイドさんが「こんなに丸い火山弾は珍しいんですよ」。

でも近くの紅葉天神にはもっと立派なのが2個もありました。

村山の法印(この後訪ねる村山浅間神社=興法寺の修験者)が隠居した地のようだ。

こんな火山弾が飛んできたら大変です。

どうやら溶岩の先端がこんな形になったもののようです。


Img_0489


雨中を歩きますよ。

山宮から村山浅間神社までは1時間くらい。

パンフレットに載ってた略図を載せましょうね。

どこをどう歩いてるのか見当もつかないでしょうから。

私だってつい最近、位置関係が把握できたばかりですから。

前日に訪ねたのが人穴から白糸の滝。

この日は身延線の左の方、芝川にある大鹿窪から山宮浅間神社。

略図では近そうですが徒歩では村山までけっこうあります。

途中の富士山環境交流プラザの屋上テラスで昼食。

昔は村山から登るのが富士登山の表口。

山梨県の吉田に対抗して山宮の横を通る道を作ったので村山口はさびれてしまった。


Img_0314_4

山辻の石畳とあります。

石畳がしいてあります。

馬が足を取られないように敷いたようです。

ちょっと入ってみましたが、倒木が重なっていて難儀しそう。

狭い2車線の国道に戻りました。

村山の人たちの生活道だったようです。

下に「旧表口登山道」の標識が置いてあります。

いまや表口の面影も失われている。

富士根北中生徒会が村山古道の整備のために標識を立てたんです。

道者(登山者)たちは修験者に導かれて村山浅間に向かった。

村山浅間はもうすぐです。


« 富士山の溶岩流を風よけに利用した縄文住居・大鹿窪遺跡@富士山ぐるっと半周聖地めぐりNo.7 | トップページ | 若武者パワー全開だFC東京・武藤@マチダも感心 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 富士山の溶岩流を風よけに利用した縄文住居・大鹿窪遺跡@富士山ぐるっと半周聖地めぐりNo.7 | トップページ | 若武者パワー全開だFC東京・武藤@マチダも感心 »

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31