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2014年11月 4日 (火)

かつては富士登山の表口・村山浅間神社(興法寺)@富士山麓ぐるっと半周聖地めぐりNo.9

富士登山には吉田、須走、御殿場、富士宮の4ルートがある。

富士宮ルートは大宮(富士宮浅間大社)から村山浅間神社(興法寺)を通っていた。

これが表口。いまじゃすっかりすたれてしまいました。

なんか惹かれます。 盛者必衰のことわりを見に行きましょ。

Img_0325

村山浅間神社です。

向かって右の大日堂は修復中でシートで覆われてます。

かつての栄華は偲べません。

衰退の1つは富士講の隆盛。

吉田口の方が江戸から便利。

富士宮も村山浅間を通らない新ルートになった。

これで息の根を断たれたんです。


Img_0332

この絵は「絹本着色富士曼荼羅図」。

室町時代に描かれた村山の様子です。

入り口にあったのを写しました。

真ん中に描かれているのは村山浅間、じゃなくて興法寺。

左上に小さい社が描かれているんですがカットされてます。

意図を感じます。

浅間神社でしょうか。7社あったといいます。

右側の拝殿では巫女が舞ってます。

道者たちは下の滝で水垢離をして身を清め、

白装束に着替えて富士を目指した。

完全な神仏習合の姿です。

そうここは八つ橋の名にもついている京都の聖護院を本寺とする修験の拠点だったんです。

それが神仏分離で興法寺が廃されて今の村山浅間神社になった。

分離前の形は想像しにくいですが、お寺が中心だったと思っていいようです。


Img_0337_2

こちらは廃仏毀釈の嵐を免れた仏様。

下山仏といいます。

どこにあるのかというと、なんと酒造メーカーの中2階。

なので浅間大社に近い富士高砂酒造の蔵見学。

予約すれば案内してくれます。

富士山の仏像破壊は徹底していた。

役人、神官らが登って「富士山中仏像悉皆(しっかい)取り除き」。

みんな壊しちゃえ。

ただ村人たちはその前にこっそりと仏像を持ち出してた。村人の方が健全です。

高砂酒造にあるのは薬師如来5体と鉄鋳地蔵菩薩3体。

どうしてここにあるのかは不明。当時の当主がもらい受けたという。

こんな話も伝わっている。仏をおろした村人たちに酒が振る舞われた。

ただその費用が捻出できずに、飲み代のかたに酒屋に引き取られた。


     fuji    fuji   fuji

ちょうど時間となりました。「富士山麓ぐるっと半周聖地めぐり」もこれにて閉幕。

長い間、おつきあいいただきましてありがとうございました。

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コメント

散歩人さん、大作「富士山麓ぐるっと半周聖地めぐり」お疲れ様でした。
江戸時代に賑わった「富士講」も時代の変遷にはかなわない様ですね。
私の方は、秩父三十四番観音霊場の巡礼も無事2日に結願しました。
散歩人さん達のがんばって歩いている姿に刺激されて思い立ったのが、
きっかけでした。
ありがとうございます。
6回に分けて、日帰りの徒歩での巡礼は、深く心に残る旅となりました。
秩父の「巡礼道」も同様に、江戸時代の古道は消滅寸前で、わずかに、
山中に当時の姿を留めています。
地図とGPSを駆使して、できるだけ「江戸巡礼道」を歩きながら、
自由民権運動下で起きた「秩父事件」に縁のある土地も訪ねる旅でした。

芙蓉酔人さん。
長らくおつきあいいただききましてありがとうございます。

秩父巡礼お疲れさまでした。古道をたどられたんですね。私も歩いてみたいですが、秩父はちと交通の便が良くない。

秩父事件ですか、本で読んだきりですね。明治の自由民権運動は興味があるんですが、まだ訪ねてません。いつか・・と思ってます。

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