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2014年11月の記事

2014年11月30日 (日)

でかいね玉虫厨子・雨の中70分待ち日本国宝展@上野・東京国立博物館

国宝の土偶5体がそろうのを待って満を持して国宝展。

縄文人が仰ぎ見ていたのを確かめたくて富士宮にも行ったしね。

千居(せんご)遺跡はあいにくの雨、大鹿窪遺跡では日も射してきたが富士は望めなかったけど。

まあ縄文づいてますので。

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雨なのですいてるだろう(26日)という目論みは打ち砕かれました。

チケットはすぐに買えたんですが平成館には長い列。

70分待ちでーす。

50人くらいを順番に入場させてるが、なんせ傘立てが空かない。

退場者が持って行くのを待ってるから余計に時間がかかってるみたい。

ようやく入っても二重三重の輪。

すぐに玉虫厨子があるんですが、押すな押すなで近づけやしない。

でもでっかいんですね。

高さ50㌢くらいと思ってた。

中高の修学旅行で法隆寺には行ってるんですが記憶というのは実にあいまい。

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なんと高さは233㌢もありました。

「玉虫の羽が何個所か残ってるのよ。とても化粧のうまい女の人に教わって見つけたわよ」

すでに2回も行ってる友達が自慢してます。

何がなんでも見つけるぞ。

バンザイして係の人に訪ねました。

「施身聞偈図」の面の左のひさしの下の根元。

ありました。でも白く見えただけで玉虫色は分からなかった。

(違う個所を見てたかも。これから行かれる方はユーチューブ「国宝 玉虫厨子」に動画がありますので確認した方がいいかも)

     eye   eye   eye

これに対して金印はとってもちっちゃい。

ずっと前に見て小さいのは認識してたつもりだけど幻だったか。

一辺が2.3㌢重さ108㌘。

印面を鏡に映して読めるようにしてるんですが20分待ちの行列。

あきらめて横から見ただけでした。


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もっとも感動(土偶は除いて)したのは勢至菩薩と観音菩薩の坐像。

死者を極楽浄土に導くために来迎する阿弥陀如来にしたがう2体の菩薩です。

ポスターではよくわかりませんが上体がやや前かがみになってるんです。

これが実にいい。

とってもやさしく迎えてくれてる。

「こんな菩薩さまがお迎えしてくれるんだったら、いつ逝ってもいいわ」

なんて2回も行った友達が漏らしてました。

本当にそんな気持ちにさせてくれます。

たっぷり3時間鑑賞しました。

それでも駆け足。もっとゆっくり見たいな。


2014年11月29日 (土)

ここで「復活清流」もおしまい杉並区久我山の浅間橋@玉川上を歩く会その7回目の4

ここで復活した「清流」は終わりです。

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葉の間からわずかに見えるのは中央高速。

高速の工事で、ここから先はふたをされ、流れも通せんぼされています。

立ち退きの必要もないから高速を造りやすかったんでしょう。

ここは杉並区久我山の浅間橋跡。

浅間神社は場所を移して前回紹介した第六天神社の境内末社になってます。

昔はこのあたりからも富士山がきれいに見えたんでしょう。

上水の手前(北側)は広いグラウンドになってます。

訊かれたんですが23区の地図は持ってこなかった。

ずっと多摩地区だったので。

調べたら富士見ヶ丘運動場。

NHKのグラウンドだったところを杉並区が借りてるんだって。

皆様の受信料で成り立ってるんだから独占してちゃあんばい悪いもんね。

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環八にぶつかって井の頭線高井戸駅まで北上。

駅の南に神田川が流れて鯉がゆうゆうと泳いでます。

すごい勢いで流れ込んでるのが玉川上水の「清流」。

かっこつきなのは処理水なので。

浅間橋からここまで地下の導管をたどってます。

    run   run

名残惜しい。

羽村から歩き始めてようやくたどり着きました。

草花丘陵の尾根を歩いたら雪が残っていたっけ。

ご自宅庭に造った多摩川でホタルを飼ってるご主人から話もうかがえた。

おしまいだと思うでしょ。いえいえまだまだ歩きますよ四谷大木戸まで。

高井戸からはほとんどが暗渠になっているが、ふたをされてないところもある。

ほとんどが緑道になってるから歩きやすいでしょう。


2014年11月28日 (金)

天神様じゃないよ・魔王を祀った第六天神社@玉川上水を歩く会その7回目の3

玉川上水がふたをされ、空も高速道路がふさいで緑が失われた杉並区高井戸あたり。

当初は手前で井の頭線富士見ヶ丘駅で解散の予定だった。

もうちょっと歩いてみようと環状八号にぶつかって高井戸駅を目指すことに変更。

高井戸なら大きな飲み屋もあるからね。

20人近くの大所帯なので小さな店では入れない。

なんてったってカンパーイ!がこたえられないもんね。

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予備知識なしに高速の横を歩いてたら思わぬ拾い物。

こんなところに第六天神社があった。

天神社と略して天神様と地元でも思ってるようだが区切り方が違います。

第六天を祀ってます。

なんじゃそれですよね。

「仏教で信奉されている魔王の一つで、欲界六天の第六、すなわち欲天界の最高所に宮殿を構える天魔」

(日本の神々 神社と聖地11関東「関東地方の民俗信仰」川口謙二)

なんだって。

そして「男女に対して自由に交淫・受胎させる力があり、(略)他化自在天と呼ぶ」

怪し気で面白いな。安産の神様になっていくみたいだな。

明治初頭の神仏分離で廃されたり、祭神を天神様に変えたりして堂々と名乗っている神社は少なくなってしまった。

江戸時代には武蔵に320余、相模に140余社もあったという。

杉並区教育委員会の立て札によると祭神は面足之命(おもたるのみこと)、惶根之命(かしこねのみこと)。

旧上高井戸村の鎮守で鎌倉時代の創建とされる。

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狛犬の台座に変わった物が。

かついでなくて、まさかりをもってるだけだけど金太郎。

またがってないけど熊もいます。

微笑ましいね。

話は戻ってどうして面足之命が祭神になっているのか。

簡単です。

神社に仏教の神がいてはまずいので日本神話から神を捜したんです。

日本書紀では神世7代の第6代にあたるのが面足と惶根の夫婦神。

古事記からとれば淤母陀琉神(おもだるのかみ)・阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)になる。

インドの魔王が仏教に取り入れられて神になるのはよくあること。

お稲荷さんも、もとは荼枳尼天(だきにてん)。

人肉を食べる女夜叉が前身です。


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左の狛犬には桃太郎かと思いましたが大ハズレ。

意表をついて牛若丸ですよ。

左は鞍馬の天狗。

何を考えて金太郎と牛若丸にしたんでしょうか。

暗くなってきました。

そろそろお店も開店するでしょう。

高井戸駅を目指します。


2014年11月27日 (木)

こんなところが目黒川の源なんだ・烏山寺町の高源院@玉川上水を歩く会その7回目の2

玉川上水も三鷹市から杉並区に入って、ちょっと寄り道。

右に折れ國學院久我山の横を抜けて寺町(寺院)通りに入ると、杉並ではなくて世田谷区烏山寺町。

狭い通りの両側に26ものお寺があります。

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湧水がつくった池に弁天様が祀ってあります。

中国の水墨画にも出てきそうな風景です。

別天地に迷い込んだみたいな世界が広がってます。

カモが飛来するので鴨池。

春はツツジ、夏はスイレン、秋には萩が楽しめるという。

ここはもっとも北側に位置する高源院。

初めは沢庵和尚を開祖とする東海寺の塔頭として北品川に建てられた。

なので臨済宗大徳寺派。

いろいろあって関東大震災後の1939年(昭和14)にここに再建。


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北品川では目黒川沿いにあったので、上流のこの地に決めたんだとか。

そう、鴨池こそ目黒川の源頭なんです。

いまでも、どこからか水が湧きだしてます。

池の奥の北北東から10㍍ばかり護岸された川が流れ出ています。

その先は蛇行した流れがあったんですが、暗渠になってふさがれてます。

道を間違えたおかげで暗渠になった道も歩きました。

正しくは目黒川じゃなくて烏山川。

世田谷区三宿で北沢川と合流して目黒川になる。

目黒川の源流のひとつが、こんなに身近なところにあったなんてびっくりです。

かつては三鷹市牟礼あたりから上水の分水などが流入していたようです。

牟礼田んぼがあったくらいだから小さな川があったかもしれない。

そのへんはよくわかりません。


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ちょい南に専光寺。

なんでこんな辺鄙なところにといぶかしみます。

なんと浮世絵師喜多川歌麿の墓があるんです。

台座に北川とあります。

ガキの頃に浮世絵の記念切手なんぞを集めました。

どこに行っちゃったんでしょう。見当たりません。

1806年(文化3)に亡くなり専光寺に葬られた。

といっても浅草です。

お寺が1928年(昭和3)に移転したのでお墓も移されたというわけです。

烏山寺町は関東大震災で被災したり、区画整理でお寺が次々に移転してできた。

まだお寺は残ってるんですが暗くなってきたので上水に戻ります。


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寺町を目指すために右折した兵庫橋の手前に「水難者慰霊碑」があります。

アイヌ語研究で有名な金田一京助博士が1952年(昭和27)に建てたものです。

嫁に行った娘さんが病気を苦に入水したんです。

このあたり上水の南側は新しい道路の予定地でフェンスでおおわれてます。

東八道路とつながるようです。

高井戸インターを下りて國學院久我山方面に直進する道は狭くて危ないからね。

この日の終点予定地の浅間橋はもうすぐです。


2014年11月26日 (水)

三鷹の戦国時代は小競り合い程度でかわいいもの・牟礼神明社@玉川上水を歩く会その7回目の1

多摩地方の合戦では鎌倉末期の分倍河原の戦いがもっとも有名でしょうか。

北条泰家率いる鎌倉幕府勢と新田義貞率いる反幕府勢との間で行われた合戦。

このあと♬七里ケ浜の 磯伝い 稲村ケ崎 名将の 剣投ぜし 古戦場・・・のシーンにつながります。

時は過ぎて戦国時代。鎌倉公方や関東管領・扇谷上杉、山内上杉なんぞが登場してくるとややこしくって訳が分からない。

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三鷹にも上杉が関係する遺跡があるんです。

「玉川上水を歩く会」前回はジブリ美術館などに入ったので今回は吉祥寺駅集合。

井の頭池を半周してから上水沿いに東進。

南に下る急な坂があらわれます。

下から見上げると小高い森。

階段も急です。

その昔は「高番山」(こうばんやま)と呼ばれていた。

今は牟礼神明社。

ここに小田原北條方の砦が築かれたんです。

河越に敗走した上杉が江戸城奪還を狙って深大寺城に進出。

対抗して江戸城主の北條綱種が高番山に陣を構えたというわけ。

その際に芝飯倉の神明宮の分霊を勧請したので神明社が残ってるわけです。

ここから深大寺までは4㌔くらい。

物見を出せば動きはつかめただろう。


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深大寺城と牟礼砦がにらみ合ってる間に北條の本隊は鎌倉街道を北上。

河越を落としてしまった。

ただ深大寺城の上杉は河越に取って返そうとして、牟礼の北條勢と小競り合いもあったという。

砦を築いた北條綱種は北條一門ではありません。

元来は高橋姓、猶子に準ぜられて姓をもらったんです。

小田原落城後は帰農して牟礼村を開いた。

なのでここらへんは高橋一族の大きな家が点在してます。

お転婆さんが木登りしてるのは牟礼の里公園。

三鷹市で一番高いところなんだって。

想像ですが、隣の高橋さんのお屋敷の一部を市が譲り受けたんでしょう。


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すぐ近くに井の頭弁財天の別当寺大盛寺の墓地があります。

高橋家の墓が目立ちます。

三鷹村の初代村長は高橋美種。

ちゃんと「種」がついてますね。

捜しませんでしたが、お墓はここにあるんでしょう。

ほかに板橋、岩崎なんて姓も。

いずれも北條の武将の苗字です。

高橋家にしたがって牟礼に土着したんです。

三鷹に長く住んだ三木露風の立派な墓碑もあります。

「姐やが嫁に行ったのは、姐やが十五か、それとも私?」

ってきいたら「姐やに決まってるでしょ」一笑に付されました。

それじゃこっちはどうだ。

♬夕焼け小焼けの 赤とんぼ 負われて見たのは いつの日か

おぶってくれたのは姐やかそれとも・・・。

「三木露風 赤とんぼの情景」(和田典子著)という本があるそうです。

その中で、露風は3歳ごろに母親と離別。

山の向こうに行ってしまった母親に会いたいといつもひとり山の畑にいたとあるそうだ。

さらに最初に発表された「赤蜻蛉」は、

赤蜻蛉 夕焼、小焼の、山の空 負われて見たのはまぼろしかーー。

母親かもしれませんね。


2014年11月25日 (火)

晩秋でもバラが・・まっ白な「富士」と「よろこび」@神代植物公園

原種のバラは必ず見回るようにしてます。晩秋でもまだまだ楽しめます。

いずれも返り咲きかな。

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まっ白なのが目に留まりました。

フラウ・カール・ドルシェキ。

アルプスのユングフラウは有名なので山の名かと思ったが大ハズレ。

カール・ドルシェキ夫人。

フラウは夫人だったんですね。

ユングは英語のヤングでしょう。

なのでユングフラウは乙女。

1901年にドイツでつくられた往年の名花。

いまじゃ名花から滑り落ちてしまったのね。かわいそう。

日本名は不二、あるいは富士。純白だとだれでも富士を思い浮かべるようだ。


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白と桃色が混じった「よろこび」

日本のノイバラを四季咲きに改良したもの。

1955年に鈴木省三氏が作出。

鈴木さんの名前はよく聞きます。

いろんな品種を作り出してる人です。


2014年11月24日 (月)

松に配するはメタセコイアとラクウショウの紅葉@神代植物公園

小春日和、英語でインディアンサマー。

上着なんかいらないぽかぽか陽気(23日)。

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駐車場も駐輪場も満杯。

みなさん紅葉を愛でながら秋の一日をゆったりと散策。

スイレン池をいろどるメタセコイヤ(手前)とラクウショウ。

太平洋と東シナ海を渡ってきたので、日本古来の風景じゃないんですが、2つの茶色を松が引き締めてます。

見分け方はメタセコイヤの葉は対生、ラクウショウは互生。


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かえで園も色づきはじめました。

黄色いのは何カエデだったか。

小さな木なんですが、一番に黄色くなって目立ちます。

ところで知らない間にカエデがカエデ科じゃなくなったんですね。

近ごろのAPG植物分類体系ではムクロジ科ーー。

DNAの解析ではそうなるようです。

なんかしっくり来ないけど・・・。


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ようやくはい上がってきたツタの子供。

いっぱしに紅葉してます。

若いうちは緑のままでいいのにね。

青春なんですから。

精いっぱい大人ぶってる様がいじらしいじゃありませんか。

おっさんにもそんな時期もありました。

2014年11月23日 (日)

ガンバ長谷川監督に勝負師の冷静さを見た@ガンバ、浦和の優勝を阻止

浦和は悪いサッカーではなかったんですが、いかんせん点が入りませんでした。

おなじみA大サッカー部OBのマチダさんはエース2人を交代した長谷川監督に冷静な采配が勝利を生んだと分析しています。

     shoe   shoe   shoe


浦和0-2G大坂 勝たなければならないガンバと勝ちたい浦和。

采配の妙が2分間の激勝ドラマを生みました。


どうしても点が取れないガンバ。

長谷川監督が手を打ちます。宇佐美とパトリックのの交代。

いつも通りの采配にも見えます。

しかし勝利が必須な戦いです。

チームのエース格を引っ込めるのは躊躇しても不思議ではありません。

そんな心情にフタをしたのは2人の消耗がいつもより激しいと見たからでしょう。

選手の状態を見極めて上での冷静な采配に勝負師の顔を見ました。

やるもんだ。“奇跡の後半戦”も頷けます。

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浦和はホームVを意識している以上モチベーションは高く、内容は悪くありません。

まずは守り。ガンバの得点源、パトリックをベタマークさせて封じます。

宇佐美がボールを持つと3人マークで潰しまくりました。

立ち上りから押し込まれても失点しなかったのは、この守備意識が徹底されていたからです。

この作戦は9分通り成功していました。

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攻めではサイドにボールを散らしてガンバゴールに迫りました。

ただ気になったのは右の平川。

何度となくフリー状態でパスを受けます。

ところが1回も(多分)縦への勝負を仕掛けません。


近くの味方と短いパス交換をしたのち、ほとんどがその場からのクロスでした。

どんなに精度が高くても相手DFが待ち構えるところへ放り込むだけでは、簡単に得点とはなりません。

runrun

ホームVの期待に応えたいペトロヴィッチ監督は、平川に代えて関根を投入します。

守りを犠牲にしてでも打開を図ったのでしょう。

関根は果敢にドリブルで仕掛けました。

ガンバゴール前の陣形が変わり、得点の臭いがしてきたのですが、今度は決定力がありません。

気合の入っていた李もバテバテ状態でした。

“勝ちたい”熱い気持ちの勝負手は結果、裏目に。

43分、FKからのクリアボールを拾われてカウンターを食い失点。

張りつめていた糸は切れてしまいました。

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興梠の投入は無駄です。

興梠も心意気は買いますが、骨折しているのなら出るな。

プロならもっと自分の体をいたわるべきです。

結果ケガが長引いては何にもなりません。

スケートの羽生でも賛否がありました。

プレーする側も見ている側も、涙の感動ドラマに毒されています。

理想論とはいえ万全な状態で最高のプレーをするのが真のプロでしょう。

それが一番のファンサービスです。

                                 マチダ

裏磐梯でサルバドール・ダリの世界に浸った@諸橋近代美術館

まだ時間はたっぷり。磐梯山噴火記念館にでも寄ってみようかな。

シニアの美術学校に通ってるメンバーが「美術館はどう?」

田舎の美術館じゃ大したことあるまいが、噴火じゃ小学生みたいだし、ま、いいか。

外は寒いし、あったまればいいや、くらいの気持ちで「諸橋近代美術館」へ。


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ところがですよ。なんとダリのコレクションでは世界でも有数の規模。

彫刻はなんと37点、広い展示室にいっぱい。

生涯の名作「テトゥアンの大会戦」「ビキニの3つのスフィンクス」なども油彩絵画も充実ってんだからすごいやね。

てなこと言ってもダリについて詳しいわけでもなく「あっ、スター・ウォーズ」の乗り物。

「きっと、ジョージ・ルーカスはこれを見て映画に使ったんだ」

そう思うでしょ。タイトルは「宇宙象」。

1946年に「聖アントニウスの誘惑」をテーマにしたアメリカ映画製作のためのコンペがありダリも出品。

その時の油絵をもとにこれがつくられた。

やっぱり映画でしょ。


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これは「鳥人」。

ルネサンス彫刻のダヴィデをモデルに頭部がアオサギになっている。

頭のない、つまり精神のない人間は、芸術を生み出す力も鑑賞する能力もない鳥のような存在だと語りかけてるらしいです。

これもどこかのSF映画でみたような・・・。

隠れて撮ってるわけではありません。

彫刻は撮影OKなんです。


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こちらは「バラの頭の女」。

説明には「頭のバラは丸く単純化し、腹部を多面カット、足や腕をクラッチで支え、身体に絡みつく手を華奢にするなど完成度は高い」。

なるほどね。

マネしろと言われても難しいと学校に通ってるメンバーが話してました。

この日は開館15周年記念「EPISODE XV〜コレクションの軌跡〜展」を開催中。

ダリを初めピカソ、ローランサン、シャガール、ユトリロ、ゴッホなどの作品もあります。


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吸い寄せられたのはルノアールの「モーリス・ドゥニ夫人」。

頬の美しさったらなかった。

この写真は比べ物になりません。別物です。

こんなもんじゃなくて繊細でほてった肌。

赤ちゃんみたいなうぶな頬でした。

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収集にいくらかかったんでしょう。

創立者は諸橋廷蔵氏(1934〜2003)。

いわき市に紳士服小売業サンキョウ(現ゼビオ)を1962年に創業。

大型スポーツ店など100店舗以上を全国に展開。

子会社にゴルフパートナー、ヴィクトリアなど。

ゼビオは知らないがヴィクトリアなら知ってる。

冬の間(12月から4月19日)は雪に閉ざされるために休館です。


2014年11月22日 (土)

酸っぱい温泉「中の沢温泉」ともちもちの新そば「おおほり」@福島県猪苗代町

旅の疲れをほぐしたのは安達太良山の西にある中の沢温泉「万葉亭」。

女性に人気の宿だそうですが、おっさん4人がどやどや。

風紀を乱してます。

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客室は17室のこぢんまりした一軒宿です。

まずはひとっ風呂。

温泉で顔を洗うと、なんと酸っぱい。

こんなの初めて。火山性の強酸性の湯。

源泉湧出量は毎分1万3400㍑で日本一だとか。

効能は?とうさぎちゃん(古いねえ)みたいに調べるとpHが1.85と高め。

金属やプラスチックは長持ちしないので風呂場は木や石でつくられてる。

食事もけっこうでした。

料理長一押しは「秘伝小椋鍋」。豚肉の入ったキノコ鍋ですな。

網茸、ヒラタケ、ナラタケ、ムキタケや野菜が入ってる。

米は会津塩川町のコシヒカリをつかったシシ茸ご飯。


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翌朝は腹ごなしに達沢不動滝。

昼には新そばを食べるからね。

「戊辰の道」なんてのもありました。

「戊辰戦争のとき、西軍(新政府軍)が東軍(旧幕府軍)を追撃するため突破した道です」。

官軍とは言わないのね。気持ちはよくわかります。

近くの母成峠を破った西軍は山道を下って猪苗代を経て若松城下へと侵入。

    train   train

♬汽車の窓から ハンケチ振れば・・・

って歌を知ってますか。

高原列車はこのへんを走ってたようです。

猪苗代湖畔から沼尻温泉まで。

中の沢、沼尻の温泉客を運ぶために沼尻軽便鉄道が昭和44年まで通ってた。


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戻る途中に「達沢森の石窯パン」の店があったのでコーヒータイム。

山間の集落にぽつんと看板があるので目立ちます。

オーナーの奈良岡しのぶさんは歌手でハーブコーディネーター。

ハーブティーを頼べばよかったのかな。

昼前にうまいそばを食わせる「おおほり」に到着。

大根がいっぱい干してあります。

冬になったらうまい沢庵を食べさせてくれるんだろうな。


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廊下の外にも。

この中で新そばをいただくんです。

春に訪ねてうまさに感動、再チャレンジなんです。

裏を返さなくてはなじみになれないからね。

やっぱりうまいねえ。

コシがあるというか、弾むような食感があってもちもちしてる。

満足、満足。

「万葉亭」の仲居さんに訊いたら、猪苗代湖畔の喫茶店の名前を挙げた。

限定20食だかで出してるそう。

機会があったらそっちにも寄ってみるかな。

この後に五色沼を散歩したというわけです。


2014年11月21日 (金)

思わぬ積雪であえなく引き返す・五色沼自然探勝路@福島県北塩原村

五色沼ちゅうから、その五色を確かめてみんべえ。

福島に来てます。

特に目的もないので世に知られた五色沼へ。

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磐梯山は雪をかぶってます。

ここは毘沙門沼。

もっとも大きい沼です。

ここから望む磐梯山は裏磐梯を代表する景観のひとつ。

よくみると頂上の手前がへこんでます。

火口壁です。すごいもんです。

小磐梯が吹っ飛んだあとですね。

約1000年の間眠り続けた磐梯山は1888年(明治21)に突然大爆発。

これによって北側にあった小磐梯は瞬時になくなり岩や土石が本流となって流れ出した。

周辺の河川がせき止められ檜原湖や湖沼群がつくられた。

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毘沙門沼は青白色。

瑠璃沼の神秘的な瑠璃色、鉄さびに染まった赤沼の草木なんかも見たいね。

そういや30年くらい前に来たことがあるな。

会社の会議をしたんだ。

バブリーな時代でした。

会議はしましたとも。1時間くらいね。

そのあとは懇親会でへべれけ。

翌日、二日酔い冷ましに沼を一周したんだっけ。


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自然探勝路をたどると10数個の沼が観察できます。

一周すると約3.6㌔。

1時間ちょいなら時間つぶしにちょうどいい。

初めは踏み跡があって雪も少なかったんですが、だんだん深くなる。

融けた雪で道もびちゃびちゃ。

滑らないよう気をつけてはいたんですが、この通りスッテンコロリン。

このため毘沙門沼の途中で撤退を決意。

幸いに別の散策路があったので、そちらからあえなく引き返し。

時間がつぶれません。

どうすんべえ。


2014年11月20日 (木)

よく見てね10枚じゃないよ5枚だよウシハコベ@植物多様性センター

のべつ咲いてるように思えるハコベの白い花。

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これは大型なのでウシハコベ。

大小なんて相対的なもんだから、それだけ区別がつかないって?。

虫眼鏡を用意してください。

花の真ん中をのぞき込むと雌しべがあります。

普通のハコベは3裂してますが、こちらは5裂。

気がついたらルーペでのぞき込んで見てください。

だから属もナデシコ科ウシハコベ属で別になってる。

ついでに花弁を見てください。

10個に思えるでしょ。

でもよーく見ると下の方に切れ目があります。

つまり1枚が2枚に見える。だから5枚。

いつか教わったのを思い出しました。


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イソギクが菊の香りをまき散らしてます。

もう落葉が始まって寂しくなってるのに、ここだけお花畑。

海岸の崖などで見られるので背丈は低い。

地下茎で増えるのでどこでもまとまって咲いている。

    wave    wave

11月も下旬です。

喪中ハガキが届いてます。

幼なじみも、年下の友人も。

あの笑顔をまぶたに浮かべてます。


2014年11月19日 (水)

何やってんだ吉田と森重・日本2−1豪州@マチダが怒る

きのうは気持ちよく酔っぱらって、中継は見ませんでした。 

おなじみA大サッカー部OBのマチダさんがDFのチョンボに怒りをあらわにしてます。

    shoe   shoe    shoe

健さんが亡くなっていた。「昭和残侠伝」カッコよかった。

「冬の華」「夜叉」での目つきはホンモノ、ぞくっとするほど怖かった。


 「アベノミス解散」何も年末にねえ。

大ニュースの中で日本代表が豪州に2-1勝利。

でも素直には喜べません。というより怒りが先です。


何やってんでしょう、DFの真ん中2人。

後半28分、豪州は負傷しているカーヒルを敢えて投入してきました。

0点で終わりたくないからです。

逆に日本は今後の為に完封して勝負づけをしておかなければならなかった。

ロスタイム、カーヒルさえ注意しておけば失点はまずない局面です。

なのにゴール前でフリーにしてしまうなんて、脳ミソを鍛え直せよ!です。

footfoot

右サイドを突かれ豪州にボールを運ばれます。

DF陣はやや油断したのでしょうか、寄せが緩すぎました。

突破が怖い吉田がつられたようにカバーに回ろうとカーヒルから目を離していまいます。

一瞬振り返りましたが、もう手遅れです。

ゴール前にはポッカリと空地。

森重はカーヒルの背後からの動きにつけず、前を取られ野放し状態にしてしまいました。

どうぞ点を取ってくださいとばかりのゴール前にピンポイントのクロス。

練習でも見られないほどのノーマークヘディングを決められました。

体を密着させていればあそこまで楽々とできなかったでしょう。

ベタマークでよかったはずです。

なぜ、あの時間帯で中途半端な守りをしたのか疑問です。

runrun

立ち上がりから豪州の積極的プレスに押し込まれ、いいところがありません。

もしカーヒルがいたらと考えるとぞっとします。

前半もかなり過ぎてからシステムを変更して、どうにかパスが回るようになりました。

4・3・3はやはり難しいのですかね。

特に香川の動きが詰まってしまうようです。

森重の股抜きドリブル→岡崎が跨ぎシュートは南米ふうで気持ちがよかった。

だからこそ、あのみっともない1点で怒りに火がつきました。

本番ではないのですから、勝ったからいいとはいかないでしょう。

                                マチダ

2014年11月18日 (火)

ホントに鯛がうじゃうじゃ鯛の浦@千葉県鴨川市小湊

たまにゃ親孝行でもと鴨川市小湊の温泉宿へ。

あたしゃ例によってついていくだけ。列車や宿の手配はみんな娘任せ。

妹の家族も一緒で、温泉につかってうまい魚を食べるのが唯一の目的。

たらふく食べた翌日、特にすることもない。

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遊覧船にでも乗るか。

特別天然記念物の鯛が見られるんです。

鯛は深海性の回遊魚なので群れをなさないのが普通。

それが群れをなして水深10〜20㍍に定住してるんです。

出発してから10分ほどで鯛の生息地。

エサをまくとバシャバシャと水面に浮かんできます。

網ですくったら大漁でしょうが、土地の人々は聖地としてずっと守ってきました。

獲ったりしません。

大事に守ってきたから、こうして観光に一役も買っている。

引退した漁師さんの仕事もつくってる。

鯛があまりに素早いのでシャッターチャンスを逃しました。

なので船に乗った証拠に弁天島。


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宿の目の前は誕生寺。

誰が生まれたのかっていうと日蓮さん。

ことしは日蓮づいてるなあ。

富士宮では大石寺にも行ったし。

岡山にも誕生寺があって、こちらは法然上人。

さて日蓮誕生の際に3つの奇跡が起こった。

そのひとつが鯛。大鯛小鯛が海面に群れ集った。

鯛だからまことにめでたい。

お寺は最初はもっと海沿いに建てられたが地震、津波被害で現在地に。

写真は江戸前期の宝永3年(1706)に再建された仁王門。


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12歳で清澄寺に修行に入った日蓮の像。

賢そうな顔をしてます。

もうあとは見るところもない。

両親は車いすなので行動範囲も限られてしまう。

隣はJR外房線の行川アイランド駅。

フラミンゴのショーなどで有名だったレジャー施設が閉園になっても駅名は残ってます。

鴨川シーワールドに行くのも大変そう。

ゆっくりお昼を食べて安房小湊駅で暇つぶし。

まあ両親には喜んでもらえたのでよかったかな。


2014年11月17日 (月)

ヒエーっ1鉢1000万円だって・寒蘭@神代植物公園

かつては静岡県以西、四国、九州、沖縄などで見られたカンラン。

今じゃ自生を見つけるのは極めて困難。

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ぶらりと「寒蘭展」に入ってみた。

高知出身の牧野富太郎博士によって、

シンビディウム・カンラン(Cymbidium kanran Makino)と学名がつけられた。

かつては高知ではよく見られたようです。

「牧野植物園便り」によると、

「ましてや自生地での開花に出会うことは夢の話」なんだそう。

さらにですよ。

「豊雪」という種類は20〜30年前には1鉢1000万円以上もした。

近ごろは数も増えて価格は数百分の一に下落したという。

展示会に豊雪があったかどうかは不明。そこまでは見てきませんでした。

江戸時代にもそんな話がありました。

朝顔だったかな。何十両の高値を呼んだのがあったという。

ブームが去ってただの朝顔に戻ったのは言うまでもありません。

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サザンカもそろそろ終盤。

やっぱり乙女はいいですね。

これは乙女椿。

サザンカじゃなくて寒椿かも。

でも乙女椿の開花は3〜5月となってる。

よくわかりません。

すみません。


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これはサザンカでしょう。

「不二の雪」だそうです。

白いのはなんでもフジです。

そりゃあ気持ちは分かりますよ。

苦労して作り上げた作者は、優美な名をつけてあげたい。

どこまでまっ白に作れるのか、さまざまな努力があったんことでしょう。

戻りがてらにかえで園。

紅葉はまだ先です。

イチョウはずいぶんと黄色くなってきました。


2014年11月16日 (日)

宇宙人が見つめてるみたいマルバノキ@植物多様性センター

真ん中が目みたいでしょ。じっとこちらを見てるようでもあります。

こんなふうな宇宙人が漫画で描かれてた。

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火星人はタコみたいだったから何星人だったのか。

「宇宙人東京に現わる」(1956、大映)なんて映画がありました。

主演はあの「そーなんですよ川崎さん」の川崎敬三。

ここに出てきたのがヒトデ型の宇宙人パイラ人。

見てませんが、ポスターは覚えてます。

子供心に宇宙人襲来の恐怖心があったのかな。

パイラ人のデザインはかの岡本太郎。

そういえばなんとなく万博の太陽の塔を思わせます。


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マルバノキの花です。

ご推察の通りにマンサク科です。

マンサクは早春に花をつけるが、マルバノキは秋。

葉がハート型で丸いのでマルバノキ。

別名ベニマンサク。

紅葉と花と実が一緒に楽しめる珍しい木です。

長野、滋賀、岡山、高知だけに分布。

マルバノキ属は世界的に見ても極めて珍しい。

ほかには中国に1亜種が知られているだけなんだって。

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小さな白い花が咲いてました。

ナワシログミ。

春になって苗代の頃に実が赤く熟すのでナワシログミ。

来年のためにしっかり花をつけてるんです。

そういえばビワももうすぐ花をつけますよね。

競争相手のいない晩秋の方が虫たちが集まってくれるんでしょうね。

過度の競争を避けて棲み分けを図ってる。

植物はエライ。

それに比べて人間のあさましいこと・・・。


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ありゃリンドウが咲いてる。

確か去年は見なかった。

いつ植えたの?

「去年移植したんですよ」

いつの間にか増やしてるので見回りが欠かせない。

ことしもカシワバハグマとかを植えてたな。

「センブリを植えてよ」ってお願いしときました。


2014年11月15日 (土)

うまそうです・薬効もあるよシロネの根@野川公園

どなたかが抜いたのが木道に落ちてました。

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なんでしょうか。

「これがシロネの根」

なるほど白い。初めて見ました。

太くて食べられそうです。

味噌煮、天ぷら、辛子マヨネーズなんかでいけるようだ。

ここ野川公園は条件が合うのかはびこってます。

漢方では沢蘭といって婦人科の常備薬。

産前産後によくて、内出血や腰痛にも効くみたい。

強心作用もあるんだって。


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「ラクウショウの紅葉が見事なの」

レンジャーのおねえさんが教えてくれました。

西に傾いた日を浴びて茶色のグラデーションを作ってます。

黄から赤茶の色模様。

見飽きないです。

向かいはイチョウの黄葉。

一本は落葉が始まってますが、全体的には黄緑。

金色のじゅうたんまでもう少しです。


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日だまりでツマグロヒョウモンが子づくりに懸命。

落ち葉の中に卵を産むのかな。

羽を広げてる方がオスです。


2014年11月14日 (金)

金色のじゅうたんまでもう少し@野川公園紅葉情報

昭和記念公園は晩秋の気配らしいが、こっちはまだ。

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やわらかな秋の日射しを浴びて輝いてるのもあるんですが・・。

その奥はまだ黄緑。

陽当たりの良くないところは黄葉の気配すらない。

なのでじゅうたんもまばら。

でも3色が混在していて、つい歌謡曲なんぞが浮かんでしまいます。

やっぱりこれかな。

♬街は色づくのに 会いたい人はこない

人のやさしさ 人のぬくもり ああ通り過ぎてわかるものね 

♬愛のかけら 抱きしめながら  誰もみんな 女になる気がするの

さよならは その日のしるしね       (南沙織「色づく街」)


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2種類の赤い実がそばにあった。

カラスウリとサネカズラ。

もちろんこんなふうに並んじゃいません。

寄せて持ち上げて・・・。

サネカズラをカラスウリのツタにからませました。

まあ、やらせです。

葉が裏をみせてるのでバレバレですけど。


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まさにたわわ。

おいしそうにイイギリの赤い実が垂れ下がってます。

ここのは毎年、実付きがいい。

葉が落ちても残ってたりします。

悪食のヒヨドリも群がってません。

きっとおいしくないんでしょう。

でも、ある日いっせいになくなる。

ほか食べる物がなくなると背に腹はかえられずに食べにくるんでしょうか。

それとも一冬越しておいしくなるのか。

種が多いので人が食べるという話は聞きません。


2014年11月13日 (木)

「紅の豚」の模型飛行機92万円!ジブリ美術館@玉川上水を歩 く会・6回目の2

山本有三記念館のあとは、お決まりのコース三鷹の森ジブリ美術館。

近くに住んでいてもなかなか行く機会がない。チケットは近隣市民枠で購入してあります。

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館内は撮影できないのでテラスから入り口を。

緑豊かな井の頭の地に完全に溶け込んでます。

次々にお客さんが入っていきます。

ウイークデイなのにそこそこのににぎわい。

ミュージアム・ショップのレジでは廊下にまで列ができてました。

さすがに人気です。

あとでのぞくことにして館内一周。


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屋上から井の頭公園が一望できると思ったんですが見えません。

木や草が繁ってるんです。

高いところから眺めたかったのになあ。

ロボット兵との記念撮影スポットになってました。

「飛行機が92万円なんだって」

そりゃいかん、見逃してる。

タケムラ君情報を確認しにミュージアム・ショップへ。

「紅の豚」の模型です。

92万円と70万円だかの値札がついてます。

「買った人いるんですか?」

「お一人だけいます。外国の映画監督の方」

神戸の模型専門会社の手づくり品。

荷物では運べないので、完成したら直接受け取りにきてもらうのが条件。

精密な物なので、ヒザに抱えてないと壊れる恐れがあるんだって。

ゆっくりと3時間ほどすごしました。

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井の頭弁財天の参道入り口に建つ黒門にご案内。

弁財天に詣でるのは、こちらが表参道。

江戸町民は甲州街道から高井戸、久我山を通って弁財天を目指した。

道しるべの道標には「神田御上水源・井の頭弁財天」

「是より社まで一丁半」と刻まれてます。

芸能の神でもあるので芝居小屋や役者の名も彫られてます。

この後は当然、弁財天にお参り。

ピアノを模した「ちいさい秋」の記念歌碑の前ではみんなで合唱。

この日は井の頭公園内で解散と相成りました。

(もちろん近くで打ち上げ会)。

2014年11月12日 (水)

上水土手にたたずむ太宰治@玉川上水を歩く会・その6回目の1

羽村から歩き始めて三鷹、武蔵野をウロチョロしてます。

駅近くの太宰治文学サロンを訪ねたあと上水沿いの「風の散歩道」をぶらぶら。

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入水地点と思われるところにレリーフがあります。

上水土手の太宰。

当時は柵もなくて自由に入れた。

だから子供は近づいちゃダメと厳しく注意されていた。

水量をみてください。

岸の近くまで流れてる。

場所によって違いますがもっとも深いところで6・8㍍。

少し上流の桜橋で4㍍。

ゴーゴーと音を立てて流れて子供心にもおそろしかった。

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はるばる見学に行って確かめましたからね。

落ちたら助からないことは理解できました。

文章は「乞食学生」の一節。

向かいには青森県金木町の玉鹿石が置いてあります。

鉱物に詳しい仲間によると木が化石化して石になったもの。

裏に回ってみます。

なるほど木です。

いろんな仲間がいるので思わぬことまで教えてもらえます。

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ちょっと歩けば山本有三記念館。

庭はのぞいてますがケチなので入場料を払って建物に入るのは初めて。

20人いたので団体扱いで300円が200円。

すごく得した気分。

山本有三編集の国語教科書が展示してありました。

1951年(昭和26)から使われた。

そのあとに小学校に入ったから使ってるのかなあ。

企画展「山本有三と国語」(11月3日までなので終了)に興味があった。

ふりがな廃止論や当用漢字、現代かなづかいの制定にかかわったのが山本。

「漢字に関する主査委員会委員名簿」が掲げてありました。

当用漢字などを決めた委員会です。

委員長が山本なんです。

「(委員長)帝国芸術院会員 山本勇造」。

賛否いろいろありますが、誰でもが理解できる日本語という意味では功績があったんじゃないですか。

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庭側からの記念館。

戦後は進駐軍に接収され、やむなく転居した。

高級将校が住んだらしい。

占領軍に命令されればいやもおうもなかった。

51年(昭和26)の接収解除後も山本が住むことはなかった。

あちこち派手派手しいペンキで塗られていたという。

分かりますねえ。

かつての福生の米軍ハウスを想像すればいいんでしょうか。

アメちゃんはなんでペンキで塗ったくるのが好きなんでしょうか。

母方の実家がジョンソン基地(入間基地)の近く。

アメリカ兵のことは、アメちゃん、アメちゃんって言ってましたね。

2014年11月11日 (火)

真っ盛りアワコガネギク、リュウノウギク、コンギク@野川公園

冷え込んでくるとアワコガネギクの黄色に温かさを覚えてホッとします。

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野川公園では普通に咲いてるけど準絶滅危惧種なんですね。

聞かされるとありがたみが出てくる。

アワは安房でも粟、阿波でもなくて泡。

人間なんて勝手ですよ。

自分で減らしておいて少なくなると、とたんに保護を叫ぶ。

最初から自然を守ってればいいのにね。

でも、発展と自然保護は二律背反。

そろそろ発展一辺倒の考え方を改めるべきだと愚考しちょります。

原発しかり。


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リュウノウギク、割りと好きです。

見るからに菊だから分かりやすい。

特異な匂いでも見分けられる。

この樟脳より強い匂いを嗅ぐと落ち着くんです。

体がすーっとする感じ。

タンスにもムシューダなんて入れません。

効いてる気がしないんです。

それに満員電車に乗るでなし。

ほっつき歩いているうちにナフタリンの臭いも消えてしまいます。

いい加減なヤツです。


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コンギク。

園芸種ですがボランティアさんの判断で残してあります。

この時期花の種類が少ないからあってもいいでしょう。

ノコンギクの色が鮮やかなのを選抜していったもの。

これはキク科キク属じゃなくてシオン属。

葉のギザギザが少ないでしょ。


2014年11月10日 (月)

陸の孤島だったので昭和の面影が残る浦安@地下鉄の地上を歩く会 ・東西線の6回目その3

浦安に住んでいた「青べか物語」の作者山本周五郎は、8年後の再訪で江東区深川の高橋(たかばし)から船に乗った。

昭和の10年かそこいら。

仕立てたんじゃないよ。定期船が通ってたんです。

旧江戸川に橋が架かってないのでバスもなし。もちろん電車も。

高橋は門前仲町の北、徒歩5分ほど。水路の小名木川が流れてる。

ここから乗船して竪川に入り、ぐるっと回って旧江戸川を下って浦安に入ったみたい。

片道1時間半。

川ひとつ越えれば東京なのに、まさに陸の孤島。

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こんな旧家が残ってます。

旧宇多川家住宅。明治2年の建築。

ガイドさんがいて丁寧に説明してくれます。

秘密の脱出口が2階にありました。

扉を開けると1階に下りられる仕掛け。

匿った彰義隊の残党が官軍から逃れるため。

これはガイドさんの当て推量ですが、あながち作り話とも思えません。

近藤勇も流山で捕まってるし、四方八方に逃げたんでしょう。

宇多川家は扇谷上杉家を継いだ上杉定正の末孫という。

上杉は北條に滅ぼされたので、こんなへんぴなところに隠れ住んだのか。


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清瀧神社本殿の彫刻。

ケヤキの大木1本で作った本殿なんだって。

建築物の価値にはとんとうといので、分かりやすい彫刻を。

左の方、亀に乗ってます。

浦島太郎です。竜宮城もあるそうですが、よくわかりません。

祭神は大綿津見。

海の神様です。

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富士塚が稲荷神社、清瀧神社、そしてここ豊受神社の3カ所に残ってました。

都内じゃ開発などでかなりの塚が壊されてしまった。

開発は埋立地に向かったから旧市街は免れたのでしょう。

東京都葛西と結ぶ浦安橋ができたのは昭和10年。

さらに17年になって東京市営バスが浦安橋西詰(江戸川区西葛西)まで延長。

橋を渡れば東京に行けるようになった。

鉄道の恩恵にあずかるのは、それから長い年月を要する。

昭和44年(1969)の東西線の全線開通だ。都心までわずか20分ほど。

高橋から蒸気船で1時間半もかかってたのに・・・。

2014年11月 9日 (日)

泣いちっちの宇佐美・決定率あがれば代表入り@マチダも堪能

またまた旅行に行ってまして、ナビスコ杯の結果は新聞で知りました。

いいゲームだったようです。

おなじみA大サッカー部OBのマチダさんも手に汗握って観戦したようです。

    shoe    shoe    shoe


G大坂3-2広島 久しぶりに短い90分。

スピード感があっていい内容でした。

立ち上りから広島がガンガン攻め込みます。

前線のプレスも効いて大阪を押し込め佐藤が2得点。

いいペースかと思われました。

しかし魔の2-0展開に見舞われます。

リードされた大阪はイクしかありません。

傑出した攻撃力をフル活動です。

2点目を奪われたわずか3分後の38分に遠藤→パトリックで反攻にスイッチが入りました。

一方広島は2点リードしながら大阪の反撃の勢いにやや受けに回ったようです。

何が悪かったというわけではありません。

受けなければならなくなるほど大阪の攻めが強く激しかったが本当のところでしよう。

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後半はもうガンバの試合です。

9分、宇佐美→パトリックで同点。

26分大森がとどめを刺しました。


パトリックはやはり凄い。

肉体的な強さもさることながら早さもあります。

2本のクロスを頭で(2点目は肩?)決めたプレーは、いずれも相手DFの前に体を入れてのものでした。

高さではなく読みとスピード。

しかもいずれもゴールマウスを的確にとらえていました。

体の中に得点磁石を備えているかのようです。

ストライカーたる最大の要素でしょう。


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泣いちっちの宇佐美。

やはり狭い地域でスピードを落とさずプレーできる技術は抜群。

日本選手の中でも傑出しています。

決定率が上がれば文句なく代表でしょう。

ポジションは微妙ですが。

大坂・遠藤、広島・佐藤。共に味を出していました。

2人のプレーにうなずきながらお茶の間観戦していました。

                            マチダ

浦安といやあランドじゃなくて「青べか物語」@地下鉄の地上を歩く会・東西線の6回目その2

90年(平成2)に京葉線が全線開通するまでディズニーランドへは浦安からバスだった。

いまじゃ浦安といえばランドだけど昔は条件反射で「青べか物語」が浮かんだもんだ。

※注「べか舟」については末尾に。

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旧江戸川に架かる浦安橋を渡ります。

旧江戸川が正式名称らしい。

昔の江戸川の水路です。

東京湾に注ぐ川の名称は何度も変わっててややこしい。

江戸の初めは利根川が流入してたしね。

今の江戸川はもっと船橋よりを流れてます。

右が浦安、左は江戸川区。

向こうに走っているのは東西線。

釣り船がもやってます。

なんとなく漁師町の面影がただよってます。


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橋の途中にあった都県境。

右が千葉県、左が東京都。

ことがあったら境目が開きそう。

なんでこんなにくっきりと境を作ってるんでしょう。

道路だと標識でそれと分かるだけだけどね。

橋には別の取り決めがあるんでしょうか。


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川べりに船宿が何軒か並んでます。

吉野家には「山本周五郎著『青べか物語』の船宿千本」と大きく書いてあります。

「釣船宿の『千本』の三男の長(ちょう)から、私は老人のことを聞いた。・・おたまも長も小学校の三年生であった」

などと長はよく出てくるし、千本もいくつかのエピソードの舞台になる。

「浦粕町は根戸川のもっとも下流にある漁師町で、貝と海苔と釣場とで知られていた。

・・魚釣りにくる客のための釣舟屋と、ごったくやといわれる小料理屋の多いのが、他の町とは違った性格をみせていた」

むかし「沖の百万坪」と呼ばれた荒れ地にディズニーランドができてます。

森繁久彌主演で「青べか物語」が映画化された。

地元の人たちは文芸作品を期待したが、出来上がったのは艶笑喜劇。

住民が怒って浦安ではわずか4日で打ち切られたとか。

脚本が新藤兼人、監督は川島雄三。漁師町の素朴な人情なんて描きませんよ。

庶民の開けっぴろげな性や哀歓に興味のある人たちですから。

※べか舟 一人乗りの海苔採取用の木造船。かつて東京湾全域で見られた。もっとも小型で軽量。主人公が買ったべか舟は形が不格好で青いペンキが塗られたので「青べか」と子どもたちにもからかわれた。

2014年11月 8日 (土)

鉄ちゃんじゃないけど地下鉄博物館@地下鉄の地上を歩く会・東西線の6回目その1

前回は西葛西で打ち上げをしましたので、西葛西駅改札集合。

いよいよ旧江戸川を越えて千葉県に入ります。

その前に隣の葛西駅ホーム下にある地下鉄博物館を見学。

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日曜(10月26日)だったのでちびっ子でいっぱい。

左の赤いのは丸ノ内線。

昭和29年(1954)池袋ーお茶の水間を走った300型の1号車。

当時のニューヨーク地下鉄の最新型車両をモデルにした。

右は銀座線の第1号車。

昭和2年(1927)浅草ー上野間を走った東洋初の地下鉄。

40年間も使われたというから1967年まで使用。

乗ったことありますよ。駅に近づくと一瞬照明が消えた。

電気系統を切り替えるためでしょうか。

両方とも色が鮮やかですね。もっとくすんでる印象だったけど。


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旧かな表記は一回、「うへの」と読んでから、ああ「うえの」なのかって切り替えないと頭に入らない。

おっさんですが戦後生まれですから。

コネタをひとつ。

営団地下鉄の銀座と新橋間のカーブが不自然だと思いませんか。

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銀座8丁目あたりから急に曲がって新橋、虎ノ門に向かう。

直通運転をめぐる「地下鉄騒動」があったんです。

主導権争いですかね。五島慶太が登場するみたい。

昭和14年(1939)当時の新橋ー浅草は東京地下鉄道。

渋谷ー新橋は東京高速鉄道。

それぞれが別ルートで延伸を考えていた。

それを無理やりに直通にしたので急カーブの線路になったというわけ。

地下鉄の謎だったか不思議だったかーーとかいう本で読んだけど詳細は忘れた。

昭和3年の大相撲春場所のポスター↑。

15日じゃなくて11日間なんです。15日になったのは戦後ですか。

わたしら子供のころは名古屋と九州は本場所じゃなくて「準本場所」だったなあ。

テレビ中継もNHKだけじゃなくて民放も同じ時間に放送してた。


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銀座線の車内。

間接照明なんですね。

木の枠もぬくもりがあります。

車内には「おことわり」が掲示してあります。

一 たばこをのむこと

一 たん、つばをはくこと

一 かほやてをまどからだすこと

今とそんなに変わらないですね。


2014年11月 7日 (金)

皇帝ダリアが咲き出したよ@小金井公園

7日は立冬だからもう咲き始めたでしょうーーと久しぶりに小金井公園。

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「なんじゃこりゃ」って皇帝ダリアを初めて見たのがここでした。

草丈も毎年高くなってるようで5㍍近くもある。

といっても冬には枯れて春に芽を出してくる。

正面事務所前の2カ所、江戸東京たてもの園の前で見られます。

つぼみがいっぱいついてます。

見ごろはこれからですね。


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花がついてるのはずっと先っぽ。

高いでしょ。

たてもの園の方が草丈が低いので間近で見られます。

メキシコ原産なので霜が降りたら一発でアウト。

小金井は都心より最低温度が3〜5度は低い。

中旬過ぎには初霜も観測される。

15、16日くらいがベストでしょうか。

保障しませんが・・。

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全国陶器市が開催中でした(10日まで)。

買う気はありません。モノを増やさない主義ですから。

押し入れの奥には多分、何十年も前にいただいた引き出物の茶碗などが眠ってるはず。

90歳になろうという母親がしまい込んでそのままにしてる。

茶碗やコップは割れるまでが賞味期限。

割れなきゃいつまでも使ってる。

モダンでおしゃれな生活とは無縁ですごしてます。


2014年11月 6日 (木)

リンドウが咲いてるよ@野川公園の植物観察会

月に1度の野川公園自然観察園の植物観察会(2日)。

総勢40数人が7、8人のグループに分かれて園内を1周します。

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この時期はこれですね。

りんりん、りんどうですよ。

紫が薄いですけどね。

「竜胆」が日本語化して「りんどう」になった。

熊の胆(くまのい)より苦いので竜の胆。

どれほど苦いのか根をかじってみたい気もします。


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センボンヤリの閉鎖花と綿毛。

スミレも閉鎖花を作ります。

センボンヤリは春に白い花をつけます。

まっ白で小さい。

秋には閉鎖花で自家受粉。

遺伝的にはよくないが背に腹はかえられない。

とにかく子孫を残すのを優先して閉鎖花でも増やすんです。

生き残るのは大変なんです。


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なんとなく惹かれるコウヤボウキ。

こんな咲き方をする菊があります。

キク科ですからね。

高野山でいえばコウヤマキってのもあります。

かつては世界中に分布していたが滅亡。

日本と済州島だけに残った。

特に高野山に多いのでコウヤマキ。

細長くて輪生する葉に特徴がある。

先日、神代植物公園で見ました。


2014年11月 5日 (水)

ようやく咲いたよムラサキセンブリ@神代植物公園

ちょいと目を離すとこれだから油断はならない。

先週初めはつぼみだったのに、いっぱいに開いてお日さまを浴びてます。

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ムラサキセンブリがジャスト見ごろ。

山野草園を出たところなのでみなさん素通り。もったいない。

ほかにも株があり、まだつぼみなので当分楽しめるでしょう。

去年は高尾山に捜しにいったっけ。小仏城山でようやく見つけた時のうれしさ。

ことしはこれでがまんかな。

普通のセンブリより背丈も高く花も大きめです。

薬効はないみたい。


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バラが長持ちしてます。

傷んでるのもあるけど、まだいけそう。

いつもコメントをくれる「通りすがりのおばちゃん」のお気に入り。

「一番かわいかった」とほめてた「ひな祭り」。

ざっとしか見ないですましていた品種コンクールのところに咲いてました。

87年の入賞花。

なるほどかわいいですね。

おばちゃんの写真の方が華やかです。


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でも風が吹くと冷たい。

見上げれば木々も色づいてきた。

これは芝生広場西側の大榎。

こんなに黄色く染まってます。

いちょうの葉も黄みが増してきました。

かえではまだです。


2014年11月 4日 (火)

かつては富士登山の表口・村山浅間神社(興法寺)@富士山麓ぐるっと半周聖地めぐりNo.9

富士登山には吉田、須走、御殿場、富士宮の4ルートがある。

富士宮ルートは大宮(富士宮浅間大社)から村山浅間神社(興法寺)を通っていた。

これが表口。いまじゃすっかりすたれてしまいました。

なんか惹かれます。 盛者必衰のことわりを見に行きましょ。

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村山浅間神社です。

向かって右の大日堂は修復中でシートで覆われてます。

かつての栄華は偲べません。

衰退の1つは富士講の隆盛。

吉田口の方が江戸から便利。

富士宮も村山浅間を通らない新ルートになった。

これで息の根を断たれたんです。


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この絵は「絹本着色富士曼荼羅図」。

室町時代に描かれた村山の様子です。

入り口にあったのを写しました。

真ん中に描かれているのは村山浅間、じゃなくて興法寺。

左上に小さい社が描かれているんですがカットされてます。

意図を感じます。

浅間神社でしょうか。7社あったといいます。

右側の拝殿では巫女が舞ってます。

道者たちは下の滝で水垢離をして身を清め、

白装束に着替えて富士を目指した。

完全な神仏習合の姿です。

そうここは八つ橋の名にもついている京都の聖護院を本寺とする修験の拠点だったんです。

それが神仏分離で興法寺が廃されて今の村山浅間神社になった。

分離前の形は想像しにくいですが、お寺が中心だったと思っていいようです。


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こちらは廃仏毀釈の嵐を免れた仏様。

下山仏といいます。

どこにあるのかというと、なんと酒造メーカーの中2階。

なので浅間大社に近い富士高砂酒造の蔵見学。

予約すれば案内してくれます。

富士山の仏像破壊は徹底していた。

役人、神官らが登って「富士山中仏像悉皆(しっかい)取り除き」。

みんな壊しちゃえ。

ただ村人たちはその前にこっそりと仏像を持ち出してた。村人の方が健全です。

高砂酒造にあるのは薬師如来5体と鉄鋳地蔵菩薩3体。

どうしてここにあるのかは不明。当時の当主がもらい受けたという。

こんな話も伝わっている。仏をおろした村人たちに酒が振る舞われた。

ただその費用が捻出できずに、飲み代のかたに酒屋に引き取られた。


     fuji    fuji   fuji

ちょうど時間となりました。「富士山麓ぐるっと半周聖地めぐり」もこれにて閉幕。

長い間、おつきあいいただきましてありがとうございました。

関根の劇弾で浦和が優勝に王手@監督の勝負勘にもマチダがうなる

きのうはFC東京の武藤、きょうは浦和の新人関根がスポニチの1面です。

さあ次はガンバとの直接対決、Jリーグが盛り上がってます。

A大サッカー部OBのマチダさんもテレビにかじりついてます。

     shoe   shoe   shoe


浦和1-0横浜 ルーキー関根の劇的弾で2つの驚きです。

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新人ながら気後れしなかった心臓の持ち主は後半31分に投入されました。

その3分後、右サイドをドリブルで駆け上がります。

PE近くでグラウンダーのクロス。

阿部の強烈なシュートはGKに弾かれて右方向に弾みます。

そこへ走り込んできたのが関根。

躊躇ない右足のダイレクトシュートはゴール左に突き刺さりました。

残り15分もない時間帯でピッチに立って結果を出すあたりは、持っているのでしょう。

sagittariussagittarius

ペドロヴィッチ監督の決断も大したものです。

引き分けでも、まあ仕方がない展開。

しかし最後に19歳の新人で勝負に出ました。

日本人監督だとベテランを、がほとんどでしょう。

起用の回路が違うとしか言いようがありません。

唸るような勝負勘にアッパレ!。

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横浜は俊輔の負傷退場が痛い。

にもまして、今季はストライカー不在に泣きました。

2ケタ得点の選手がいないなんて、いくらレジェンド中澤が統率するDF陣を擁しても限界があります。

マルキーニョスが抜けた穴を埋められないまま低迷しました。

親会社の事情から高額外国人に頼るのは難しい。

ならばユースに目を向けて発掘してもいいじゃあないですか。

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この試合で中澤そっくりな髪型の選手がとにかく走って走ってで目立っていました。

MF・佐藤優平です。

中澤を尊敬尊敬してやまない24歳。

172㌢、62㌔と細身ですが、何処にでも顔を出していました。

彼もマリノスユース育ち。

国士舘大へ進んだ後トップチームに戻ってきました。

今年からほぼレギュラーを獲得。

派手ではないにしても下部に才能は埋まっています。

来季どのように建て直してくるか、見ものであり楽しみでもあります。

コストカッターの刃がここまで及んでなければいいのですが。


                               マチダ

2014年11月 3日 (月)

若武者パワー全開だFC東京・武藤@マチダも感心

スポニチ、日刊の1面を飾りました。これでFC東京が勝ってれば、もっとよかったんだけどね。

おなじみA大サッカー部OBのマチダさんも拍手パチパチ。

     shoe   shoe   shoe


名古屋2-2FC東京 武藤の同点ゴール、大したもんです。

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1-2で迎えた後半31分、若武者のパワーが爆発します。

東京は前線プレスをかけバイタルE右でルーズ状態を作ります。


武藤は中央でボールを奪うと左にドリブルで仕掛けました。

切れというより、ブルドーザーのような馬力の突進です。

そのままGE角付近まで運ぶと左足を振り抜きました。

脇目もふらず、ただゴールを狙った力強いシュートは逆サイドを抉りました。

点を取る意欲があふれる一撃です。

日本人には珍しい、巧いより強い選手に違いありません。


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footfoot

G大坂1-1仙台 何ともガンバ痛い。

攻め続けて結果は1点のみ。

後半1分、大森が先制弾。

その後も宇佐美が立て続けに惜しいシュートを放ちます。

5分、中盤右からスルーパス。

そのまま持ち込んで狙ったもののポスト直撃。

11分には右からの折り返しをダイレクトで合わせましたが、バーに弾かれてしまいます。

宇佐美らしい振幅の少ないシュートで技術的には文句のつけようはありません。

運なのでしょうかね。

えてしてこんな時は、と思っていたら案の定です。

runrun

仙台は後半28分に投入した柳沢が大仕事をします。

48分、ガンバゴール前に放り込まれたボールのこぼれを体で拾うと、左へ抜け出し左足を一閃。

貴重な引き分けゴールを決めました。

起用に応えたベテランの味でしょう。

ガンバの逆転Vはそれでも十分可能です。

なんせ対戦相手に恵まれています。

残り3試合。次は浦和と直接対決で神戸、徳島と続きます。

対して浦和はG大阪の後も鳥栖、名古屋と厳しい。

C大阪はアキマヘンナ。

蛍を大けがで欠いたのは確かに響きました。

しかし、チーム作りに意図が見えなかったのが最大の要因でしょう。
                                   マチダ
                                   


2014年11月 2日 (日)

富士山拝めないなあ・・山宮浅間神社@富士山麓ぐるっと半周聖地めぐりNo.8

大鹿窪遺跡では薄日もさしたのに、次の雨雲がやってきたようです。

8月に続いてまたもや山宮浅間神社。

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ここには拝殿や本殿がなく富士山を遥拝する祭壇が設けられているだけです。

富士山は雲に隠れて拝めません。

8月のブログに掲示板から拝借した写真があるので、興味のある方はこちら

駅近くの浅間大社(本宮)に対して山宮。

初めこの地に祀られた富士神が浅間大社に遷されたので山宮となった。

つまりもっとも古い浅間神社ということになる。

でも最近、ハクをつけるために後の世に山宮を造営したという説が出ているらしい。

大社が現在地に遷座したのは806年。

神社としたら、それほど古くないもんね。

山宮があったことにすれば歴史は一挙にさかのぼれる。

ありそうな話ではある。歴史はこっそり作られる。


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明治6年(1873)までは大社の祭神が山宮を訪れる「山宮御神幸」が行われていた。

休憩時に鉾を置く鉾立石が両方に残ってます。

ボランティアのガイドさんが「こんなに丸い火山弾は珍しいんですよ」。

でも近くの紅葉天神にはもっと立派なのが2個もありました。

村山の法印(この後訪ねる村山浅間神社=興法寺の修験者)が隠居した地のようだ。

こんな火山弾が飛んできたら大変です。

どうやら溶岩の先端がこんな形になったもののようです。


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雨中を歩きますよ。

山宮から村山浅間神社までは1時間くらい。

パンフレットに載ってた略図を載せましょうね。

どこをどう歩いてるのか見当もつかないでしょうから。

私だってつい最近、位置関係が把握できたばかりですから。

前日に訪ねたのが人穴から白糸の滝。

この日は身延線の左の方、芝川にある大鹿窪から山宮浅間神社。

略図では近そうですが徒歩では村山までけっこうあります。

途中の富士山環境交流プラザの屋上テラスで昼食。

昔は村山から登るのが富士登山の表口。

山梨県の吉田に対抗して山宮の横を通る道を作ったので村山口はさびれてしまった。


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山辻の石畳とあります。

石畳がしいてあります。

馬が足を取られないように敷いたようです。

ちょっと入ってみましたが、倒木が重なっていて難儀しそう。

狭い2車線の国道に戻りました。

村山の人たちの生活道だったようです。

下に「旧表口登山道」の標識が置いてあります。

いまや表口の面影も失われている。

富士根北中生徒会が村山古道の整備のために標識を立てたんです。

道者(登山者)たちは修験者に導かれて村山浅間に向かった。

村山浅間はもうすぐです。


2014年11月 1日 (土)

富士山の溶岩流を風よけに利用した縄文住居・大鹿窪遺跡@富士山ぐるっと半周聖地めぐりNo.7

日本最古級の定住集落跡だよ。およそ1万1000年〜1万3000年前。

縄文時代でも早期の遺跡が富士山の裾野にあります。

Img_0289

こんな景色が見たかったんですよ。

旅行2日目もあいにくの雨。

写真は遺跡に建てられた説明パネルから拝借したものです。

縄文人たちは噴火の恐怖におびえながらも朝な夕なに富士山を仰いでいたんです。

遺跡の南側は丘になっていて、ここまで溶岩流が迫っていたんです。

この溶岩流を利用して住居が作られた。

それまでの洞窟や岩陰から野原に住居を移してきたんです。

何か技術を獲得したんでしょうね。

溶岩流は住居やたき火の風よけになったものと考えらています。

また、動物を待ち伏せる時に身を隠すのにも役立った。

溶岩は穴が多いのでドングリをすりつぶすのにも適してるんだって。


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現在、遺跡は埋め戻されて、ただの野っ原です。

富士宮市では155カ所の縄文遺跡が発見されている。

これって多くないですか。

富士の裾野は昔から食べ物も豊かで比較的温暖。

縄文人にも住みやすかったんでしょう。

今と比べて年平均気温が低かった縄文時代早期(約9000年前)には標高100〜200㍍にまとまっている。

気温が高くなった縄文時代中期後半(約4500年前)標高900㍍にまで広がった。

富士山をあがめていたと見られる帯状配石が残る千居(せんご)遺跡は中期のもの。

ぐっと富士山に近づいてますもんね。


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遺跡近くに鎮座している福石神社。

右の高くなっているところが溶岩流の堆積でしょうか。

遺跡はこの後ろに広がってます。

鳥居に注目してください。

本体を支える形で稚児柱があります。

両部鳥居といい、神仏混淆の名残りです。

厳島神社が有名です。

祭神は、国常立尊、大日霊尊、木花開耶姫。


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