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2014年10月 1日 (水)

いらかの波から明治の深川をしのぶ@地下鉄の地上を歩く会・東西線の5回目その1

真夏はお休みした地下鉄の地上を歩く会、再開です。前回のブログを捜したが見つからない。

よーく記憶を辿ったら欠席してました。

竹橋あたりから門前仲町まで進んだようです。

で、集合は門前仲町、勝手知ったる深川不動参拝からスタートです。

Dsc07827_6

勤め人の時の初詣ではお不動さんと八幡様でしたからね。

本当は護摩焚きに参加したかったが時間が合わずに断念。

前に大江戸線のときにはちょうど最中で、その迫力に圧倒されました。

もう一度、煩悩を払ってもらおうとしたんです。

なので内仏殿めぐり。

4階の天井画(日本最大級の「大日如来蓮池図」)を見上げて首が痛くなる。

廊下に出ると灯りが・・。

窓が覆ってなくて、いらか越しに深川の町並みを写してみました。


Dsc07831

江戸時代までは永代寺がありました。

神仏分離であっさりと廃寺。

もとの塔頭があった場所にひっそりと再建されてます。

坊さんはどうなったかというと、ちゃっかり富岡八幡の神職に収まりました。

よくいえば融通無碍、神様でも仏様でもどちらでもいいんですね。

この漆喰画は明治末年当時の深川不動と公園の様子を描いたもの。

界隈は江戸時代、遊行の地としてにぎわった。

明治6年(1873)には太政官布達で日本最初の公園と定められました。

ほかは上野、浅草、飛鳥山、芝です。

上の川は油堀川、水を引き入れて池も作られてます。

右側の奥へ行くと富岡八幡。

絵の作者は伊豆松崎の漆喰細工の名工、左官山本堪一。

松崎生まれの伊豆の長八(入江長八)が深川で暮らした縁で堪一に依頼した。

松崎はなまこ壁で有名。

海水浴に行ったときに長八の名前も知ったんです。

長八美術館にも行った気がするんだけど定かではありません。


Dsc07833

もうひとり深川に住んでいた人を紹介。

富岡八幡の鳥居をくぐると左手に伊能忠敬の銅像が建ってます。

忠敬は50歳で暦学を学ぶために江戸に出て黒江町(現在の門前仲町1丁目)に隠宅を構えた。

そして寛政12年(1800)早朝、富岡八幡に参拝してから蝦夷地測量の旅へと出立した。

忠敬は測量の旅に出かける前、八幡にお参りして無事を祈念したという(10回のうち8回)。


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