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2014年10月31日 (金)

工藤祐経の墓、狩宿の下馬桜なども見てきたよ@富士山麓ぐるっと半周聖地めぐりNo.6

日本三大仇討ちは、曾我兄弟の仇討ち、荒木又右衛門 鍵屋ノ辻、赤穂浪士 吉良邸討ち入り。

昭和の30年代くらいまでは多くの映画が作られたりしましたが、近ごろはとんと聞きませんな。

われわれは一応、どの話も聞きかじっている世代なので、パスしないで訪ねてみます。

Img_0250

曽我兄弟に討たれた工藤祐経のお墓です。

時は建久4年(1193)5月28日。

源頼朝の巻狩りの夜、工藤祐経は酔って遊女とぐっすり寝込んでいた。

ひとたまりもなく兄弟に討ち果たされた。

この墓所は白糸の滝の近く。

祐経は滝の近くの茶屋を宿にしていたんでしょうか。

(この墓の近くに陣を構えたとされる)

白糸の滝は遊女もいる行楽地だったのかな。

すぐ近くには兄弟が作戦を練った「曽我の隠れ岩」もあります。

してみると仇討ちは白糸の滝をバックに行われたんですな。

東映の映画「曽我兄弟 富士の夜襲」などを見ると白糸の滝が出てくるかしらん。

兄は駆けつけた仁田四郎に切られ、弟はとらえられて翌日処刑された。

仁田四郎、人穴を探検した人ですね。

旧知の人にあったみたいで懐かしい。


Img_0263

またしても頼朝関連です。

巻狩りがよほど強烈な印象を残したんでしょうな。

ここは狩宿。大石寺と白糸の滝の中間くらい。

国人土豪の井出家に本陣を置いたんです。

立派な門は井出家の高麗門。

焼失して江戸後期の再建のようだ。

門の手前には国指定特別天然記念物の「狩宿の下馬桜」がある。

よくある話で頼朝が枝に馬をつないだんだってさ。

かつては目通り8・5㍍もあったが今は損傷してしまった。

駿府に蟄居した最後の将軍・徳川慶喜もここを訪れたようです。

「あはれその 駒のみならず見る人の 心をつなぐ山桜かな」

徳川家から心が離れてしまった時代を嘆いているんでしょうか。


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このあと大石寺に参って予定は終了。

さあ楽しい夕食だ。

和風料理の花月さんに予約してあります。

キクイモの味噌漬けにうなったあの店です。

またしてもうなりました。

ニジマスの刺身。

口に入れるとうま味がいっぱいに広がる。

噛めばじわーっと口を満たす。

こんなうまいニジマスは食べたことがありません。

研究を重ねた特別な生け簀で飼っているそうです。

これがまた日本酒「村山古道」にあうのなんのって。

ついついピッチが早くなってしまいました。

♬あとはおぼろ あとはおぼろ ああ 今宵またしのびよる

恍惚のブルースよ      (恍惚のブルース)

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