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2014年8月13日 (水)

あっ首なし地蔵4体・吹き荒れた廃仏毀釈の嵐@富士山村山古道を行くvol4

岩屋不動分岐から10分も登れば笹垢離(ささごり)跡(標高1860㍍)。

もう少し登ると富士山が正面に見えてきます。

水のかわりに笹で体を清めたところでしょうか。

Dsc07037

平らになっているのでここでお弁当。

でもその前に首を切られたお地蔵さんたちにご挨拶。

横にまっぷたつに切断された不動明王。

ひどいことをするもんです。

時は1774年(明治7)7月26日。

「静岡県の役人や宮司、神官、常雇いの土木作業員ら総勢18人が村山古道を登っていった」(「富士山 村山古道を歩く」畠堀操八、風濤社)。

彼らの目的は富士山中の仏像をことごとく取り除くこと。

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これは捨てられた首の代わりに丸い石が置かれてます。

仏像破壊の号令を発したのは薩摩出身の宍野半(なかば)。

駿河大宮浅間神社(浅間大社)などの宮司として着任。

「木像は破損、金銅仏などはひきずりおろし、仏具などは、沢にすてるように命じ」(「富士山表口『村山』の歴史」(遠藤秀男、エース出版)

薩摩といえば廃仏のもっとも激しかったところ。

慶応のはじめに1616あった寺院が明治元年から4年にかけてすべてなくなった。

全部ですよ。信じられますか。

島津家の菩提寺、福昌寺さえも破壊され、3000人弱いた寺院関係者も兵士などにかわった。

宍野はその後、富士講の結集を図って扶桑教を設立、初代管長になった人です。

今でも富士山頂には頭部を破壊された石仏がまとめられているところがある。

さらに地名までもが変えられた。

文殊岳が三島岳、薬師岳が久須志岳、経岳は成就岳、大日堂も浅間宮。

Dsc07050

笹垢離では先着した畠堀操八さんたちのグループがお昼をとってました。

みなさんのお弁当は富士宮の和風料理「花月」のお手製。

キクイモの味噌漬けを出してくれたところです。

ひとつ余分にあるというのでありがたくいただきました。

少しいただきましたが、やっぱりうまさが違う。

「おかずも美味しかったけれど、おむすびがとっても美味しかったんですよ。見事でした!」

と笑顔の主。

さあて、この上は大倒木帯でヒヨドリバナの群生地。

アサギマダラと戯れるぞ!

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富士山シリーズのバックナンバーはこちらです。

「村山古道でアサギマダラとたわむれよう@富士山vol1」

「富士山麓に花が咲く・フジオトギリ、マルバダケブキほか@富士山vol2」

「冒険者気分だね・最古の登山道をたどる@富士山村山古道vol3」

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