フォト
無料ブログはココログ

« 当たり年だね・密集ナンバンギセル@調布野草園 | トップページ | 墳丘上まで登れるよ野毛大塚古墳@地下鉄の地上を歩く会の番外編その4 »

2014年8月24日 (日)

等々力渓谷にも“古墳”はあります@地下鉄の地上を歩く会の番外編その3

田園調布古墳群の見物後は等々力渓谷を目指します。

途中にも観音塚古墳、浅間様古墳、狐塚古墳などがありますが、炎天下でもあるし先を急ぎます。

Dsc07245_2

等々力不動尊の山門から見えるのは御岳山古墳。

直径57㍍の帆立貝型前方後円墳。

なじみのない型ですが、前方部分が帆立貝みたいになってる。

「5世紀中ごろに多摩川流域を統治した首長の墳墓であることは動きません」(「前方後円墳の世界」広瀬和雄、岩波新書)

北武蔵との関係がありそうなので、「武蔵国造の乱」で南武蔵の勢力が敗れた後の築造かもしれない。

「東京など南武蔵の勢力は、四〜五世紀末まで優勢であったが、六世紀になると“さきたま古墳群”の地域を中心とする、北武蔵の勢力に取って代わられたと見ることができる」(「東京の古墳を歩く」監修大塚初重、祥伝社新書)


Dsc07260

渓谷内の横穴墓もチェックします。

この後に訪ねる野毛大塚、御岳山、狐塚などの後、古墳時代末から奈良時代(7〜8世紀)にかけて造られたものです。

墳丘がないので厳密には古墳とはいえません。

崖に穴を掘ったもので、近づくとライトが点灯して中をのぞけます。

   pencil   pencil

7世紀ころの多摩川流域の古墳には3ランクの埋葬施設が存在します。

Dsc07264

最上位は三鷹市の天文台構内古墳と府中の熊野神社古墳

この2つは全国でも珍しい上円下方墳。

中位が小型円墳。

下位が岩盤に穴を掘っただけの横穴墓。

ですから説明には「野毛地域の有力な農民の墓」となってます。

農民と断定するのは早計でしょうが、首長クラスに準じる人とはいえそうです。

   cancer   cancer

渓谷内を散策します。

Dsc07268

涼しいけどみなさんお疲れ気味。

ランチタイムはあったが3時間は歩いてる。

どうせならと等々力駅そばのゴルフ橋まで行きます。

矢沢川が淀んでいるあたりはどぶ川の匂いも。

まだ生活排水が流れ込んでいるのでしょう。

清流はよみがえらないんでしょうね。

« 当たり年だね・密集ナンバンギセル@調布野草園 | トップページ | 墳丘上まで登れるよ野毛大塚古墳@地下鉄の地上を歩く会の番外編その4 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 当たり年だね・密集ナンバンギセル@調布野草園 | トップページ | 墳丘上まで登れるよ野毛大塚古墳@地下鉄の地上を歩く会の番外編その4 »

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31