フォト
無料ブログはココログ

« 田園調布に古墳を見に行く・浅間神社古墳@地下鉄の地上を歩く会の番外編その1 | トップページ | 当たり年だね・密集ナンバンギセル@調布野草園 »

2014年8月22日 (金)

でかいよ全長107㍍亀甲山古墳@地下鉄の地上を歩く会の番外編その2

手前は東京都の水生植物園。

向こうが亀甲山古墳(かめのこやま)。

住所は大田区田園調布1丁目。超高級住宅地です。

Dsc07232

後円部が一部削られてますが、大きな前方後円墳です。

といってもただ歩いていても古墳とは思わない。

横も通りましたが丘の上に木が繁ってるだけ。

フェンスが張られて立ち入ることはできません。

築造年代は不明だが、4世紀後半から5世紀初頭。

円筒埴輪や葺き石などがないことから4世紀後半と時期を狭める学者もいます。

列島の前方後円(方)墳は約5200基。

そのうち墳長100㍍以上の大型は320基。

畿内に140基が集中しているから、よほど力を持った豪族がつくらせたのでしょう。


Dsc07234

眼下には多摩川。

景観は最高です。

多摩川を利用する人や近在の人々にも巨大な古墳が意識されたことでしょう。

古墳によって強大な権力を誇示していたんです。

前方後円墳は倭独自と思われてたんですが韓国でも発見されています。

1991年、南西部の全羅南道で発見され、これまでに13基が確認されている。

築造年代は5世紀後半から6世紀前半。

在地豪族、移住した倭人など埋葬者については諸説がある。

Dsc07238_5

左に多摩川、右に古墳群を眺めながら西に歩きます。

この間、1号墳から8号墳まで古墳が続いている。

こんもりしてるので、それらしいと分かります。

ちょっと歩いて宝莱山古墳。

全長97㍍の前方後円墳です。

築造年代は4世紀前半。

まず宝莱山がつくられ次いで亀甲山、浅間神社の順につくられた。

で宝莱山古墳は都内で現存する最古の古墳ということになる。

中国の史書に倭が登場しないナゾの4世紀。

初期ヤマト政権はすでに東国にも大きな影響を及ぼしていたことになる。


« 田園調布に古墳を見に行く・浅間神社古墳@地下鉄の地上を歩く会の番外編その1 | トップページ | 当たり年だね・密集ナンバンギセル@調布野草園 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 田園調布に古墳を見に行く・浅間神社古墳@地下鉄の地上を歩く会の番外編その1 | トップページ | 当たり年だね・密集ナンバンギセル@調布野草園 »

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30