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2014年6月 8日 (日)

宅地化され面影をとどめないハケの始まり@国分寺崖線探索会・中央線の北側

ハケ(国分寺崖線)には毎日お世話になってます。

野川公園、深大寺、調布市野草園、いずれもハケ沿いに立地。

豊かな自然を楽しませてもらってます。

ハケの始まりはどこからなんだべ(三多摩弁です)。

武蔵村山市あたりのようですが、立川市幸町説もあるので、そこから始めてみましょうか。

Dsc05927

中央線北側でハケ伝いで歩いたことのあるのは国分寺の姿見の池、日立中央研究所くらい。

その先はどうなっているのか。

ずっと気になってました。

立川市立けやき台小の西側がはじめの一歩。

おおっ、もう崖が始まってます。

ハケの始まりを見ただけですが、念願を叶えた喜びがあふれてきます。

でも緑に覆われたハケではありません。

農地も切り売りされて景観はとどめてません。


Dsc05931

崖下の道は国分寺市が北側に突き出ていて国分寺市西町。

もとは中藤新田村だったようだ。

このあと偶然に中藤新田の庄屋さんだった家にお邪魔します。

坂を登ってみます。

高低差は10㍍はあるでしょうか。

電動アシストでないと自転車では大変です。

ところどころに旧家は残ってますが、ほとんどが宅地化されている。

国分寺の南側から調布までは緑が残されてるのは、傾斜がさらにきつく開発できなかったのが幸いしたのか。

国立駅の北口まで歩きます。

だいたいこのへんです。↓


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国分寺市」カテゴリの記事

コメント

玉川上水を歩く旅に加え、ハケの始まりを見る旅ですか。
毎回、本当に面白い(タモリ的)企画に感心いたします。
昨年2月に小金井のハケ近くに引っ越し、毎日、ハケの森の恩恵に感謝しています。
戦前に開発されたハケの宅地も、相続を機会に?元の姿に戻され、少しづつ緑の帯が伸び、
そんなハケを行き来する「坂」を巡っています。
小金井辺りでは標高差が20m以上あり、今でも「坂上」「坂下」との呼び名が残り、
江戸時代以前の集落は主に「坂下」にあったようです。

芙蓉酔人さん。
仲間が次々に考えてくれるので楽しんでます。
国立駅の北口は初めて行きましたが、急坂ばかりでびっくり。
昔は確か北口なんてなかったし、家も少なかったので友人を訪ねることもありませんでした。

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