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2014年3月 1日 (土)

鈴が森の磔台と火炙台@旧東海道品川宿を歩く

品川寺の江戸六地蔵、新撰組御用達の旅籠釜屋跡なども見学しつつ勝島運河沿いをぶらぶら。

京浜急行でいえば青物横丁、鮫洲、立会川と歩いてきました。

Dsc03713

立会川にかかるのが浜川橋。

別名なみだ橋。

罪人は裸馬に乗せられ府内から刑場へと護送された。

親族はひそかに見送りにきて、この橋で涙ながらに別れをかわした。

立会川駅には何度か乗降してますが橋の存在は知りませんでした。

もっとも、その時の行く先は大井競馬場。

目先の利に目がくらんでましたから、そんな余裕はなかった。

はやりのしながわ水族館もこの近くにあるんですね。


Dsc03714

6、7分で鈴が森刑場跡。

やたら慰霊碑が建ってます。

あまり感じない方なんですが、長居したくなるところじゃありません。

高輪大木戸にあったのが慶安4年(1651)にここに移転。

江戸の人口が爆発的に増えたのでへんぴなところに移したんでしょう。

大名屋敷が立ち並ぶところでは、いくらなんでもあんばいが悪かんべえ。

間口は40間(72㍍)、奥行き9間(16.2㍍)。

処刑の様子は丸見えでしょう。


Dsc03721

こんなのが残されてました。

左は磔(はりつけ)台、右は火炙(ひあぶり)台。

磔は、真ん中の穴に3㍍くらいの角柱を立てて縛り付けて刺殺した。

火あぶりは穴の鉄柱を立てて縛り付け、足元に積んだ薪に火をつけた。

執行中に東海道を通りかかったら、たまったもんじゃないでしょう。

なんでも220年の間に10万〜20万人が露と消えた。

はっきりした記録がないそうです。

少なくとも年間400から500。

長谷川平蔵にやっかいになった火付けと盗賊は、ここへ送られたんだろう。

では処刑の規準はどうなっていたのか。

江戸の刑法をひもといてみるかな。


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