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2013年7月 4日 (木)

砲台跡にエゾカンゾウ・お前も空襲を見てたのか@函館山ハイク

急に視界が開けました。

函館湾と市街が見下ろせます。

絶景ポイントは軍事的に重要な地点でもあります。

Dsc00303

両側にコンクリ壁が建つここは薬師山砲台跡。

日清戦争後に日露開戦に備えて明治31年(1898)から4年を費やして大小5カ所の砲台がつくられた。

そのうちのひとつが頂上の御殿山のすぐ下にある薬師山。

夜景が美しいとか、牛が座ってるように見えるから別名臥牛山とかは知ってましたが、要塞だったことは知りませんでした。

バスやロープウェイでお手軽に登ってしまうと、大事なことも通り過ぎてしまいます。

歩いて自分の目で見ることの大切さを痛感しました。

日露戦争が終わっても、ここは要塞であり続けた。

仮想敵はアメリカだ。

Dsc00304_2


見晴らしがいいということは日当りもいい。

何か咲いてないかな。

崩れたコンクリの間にエゾカンゾウがしっかり根を張ってます。

強者どもが夢の跡・・とは、こんな光景でしょうか。

要塞は昭和2年(1927)に津軽要塞として再整備されたが、米軍機の空襲には全く役に立たなかった。

大砲や機銃で飛行機を狙っても射程外だったんでしょうか。

その方面はほとんど無知ですので分かりません。

砲兵たちは指をくわえて函館が焼け野原になっていくのを見てたんでしょう。


Dsc00312

こんなのも咲いてました。

ミヤコグサでしょうか。

昔、京の都に多かったのが名前の由来とか。

きっと違いますね。

海峡を隔てた函館の山の中にあるということは、どこでも見られる。

函館山には約600種の植物が生育し、その70%が本州北部と同種だそうです。

比較的に温かいので植物相もそれほど変わらない。

明治32年(1899)に要塞地帯法が制定され、敗戦翌年の昭和21年(1946)までの約47年間、一般人の立ち入りが禁止されていた。

そのせいもあって豊かな自然が保たれている。


Dsc00301

薬師山から見た市街と港です。

【函館要塞】日露開戦後、ロシア艦隊が津軽海峡で日本の船舶に損害を与えた。

だが射程外のため要塞からは一発の砲弾も発射されなかった。

それでも要塞があるためか函館港は攻撃されることはなかった。

その後、大砲は撤去されたが、米国を仮想敵国として函館と青森を守るために津軽要塞として再整備。

海空の攻撃から両港を守るのが目的だったが、実戦では役に立たなかった。

空襲なんて想定外だったんでしょう。

お上の考えなんてそんなものですよ。

函館要塞については函館市発行のパンフレット「自然の宝庫 函館山」を参照しました。


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