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2013年7月24日 (水)

関所番の家が連綿と続いてる小仏関跡@裏高尾町

高尾駅から歩いて小仏関所跡でひと休み。

小仏峠はまだ先ですが、江戸時代の関所は麓に下りている。


Dsc00583

もともとは北条氏が武田氏の侵攻に備えて築き、砦の役目もあった。

やがて武田氏が滅び、徳川の世が落ち着いたので人里恋しくなったんでしょう。

現在地に移ったのは元和2年(1616)というから江戸の初期だ。

北は山、南は小仏川。

関所にはふさわしい場所だ。

関所には鉄砲30、弓30の兵がおり、幕末の本によると「御定番」は、川村文助、小野崎松次郎、佐藤庄太夫、落合貞蔵の4人。

関所の南にあるのが佐藤家。

「小仏関庁」の黒印や古文書を多く蔵してるそうだ。

子孫が住んでるんですね。


Dsc00580

旧甲州街道をはさんだ向かいは川村家。

高尾駅からの途中、表札を見ながら歩いてきましたが、関所跡近くは川村姓が多かった。

土地の私有が認められたんでしょう。

大名や旗本の土地は私有ではなく徳川家の所有だった。

だから明治維新で全部、返還された。

御定番は例外だったのか。

落合直亮が勤王志士として活躍したのが関係したのか。

ちなみに直亮の養子が文学博士の落合直文。

♬青葉茂れる桜井の
 里のわたりの夕まぐれ

「桜井の訣別(わかれ)」の作詞者です。

楠木正成親子の別れですね。

えっ、知らないですって。

戦前の教科書には載ってたでしょ。

戦後は否定されましたがね。

メロディーを聴けば知ってますよ。


Dsc00591

蛇滝口はもうすぐです。

いつ通っても悲しくなります。

圏央道との因果関係は不明ですが、高尾山の湧き水が涸れたという記事が5月ごろにありました。

斜め読みしかしてなかったんですが、高尾の自然を調査してる人は知り合いだった。

つい最近、酒の席でそんな話が出た。

チクッと胸に刺さってます。

(小仏関跡については中西慶爾「甲州街道」を参照しました)


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