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2012年12月11日 (火)

オッペケペーの川上音二郎と泉岳寺@地下鉄の地上を歩く会・都営浅草線その3

オッペケーペーと赤穂義士になんの関係があるんだろう

はてな。

みなさん知りません。

Dsc06681

ここは高輪泉岳寺。

前回はお寺に着いたら、鐘がゴーンと鳴って閉門時刻になったので、その続き。

月に1度の「地下鉄の地上を歩く会」。

都営浅草線は馬込から始まって、ようやく泉岳寺。

終点の押上を目指してますが、寄り道が多くて3回目にしてようやく泉岳寺です。

予定では3回目で歩き終えてスカイツリーから夜景を眺めてるはずだったんですけどね。

12月14日が近いので「義士祭」の赤い幟が目立ちます。

門前で先発隊と合流。

彼らは、前回行きそびれた東禅寺に寄ってきたんです。

幕末にイギリス公使館が置かれたところ。

水戸浪士に大使のオールコックが襲われた東禅寺事件でも知られてます。

なかなか趣きのあるお寺だったようです。

ひまなときに行ってみよう。


Dsc06683_2

皆が「?」てな顔をしたのが、首洗い井戸の前の石柱。

「川上音二郎建之」。

♬権利幸福きらいな人に

 自由湯をば飲ましたい

 オッペケペッポー ペッポッポー

どんなつながりかな。

14歳で上京して増上寺の小僧になった音二郎。

毎朝、散歩に来る福沢諭吉と知り合い、慶応義塾の用務員にしてもらった。

ある日、泉岳寺を訪れた音二郎は、義士の墓所が荒れているのを目にした。

三田と高輪は隣町です。

ずっと気にかけていたのだろう。

名をなした音二郎の支援により墓所の大改修が行われた。


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山門前のこれも気になります。

大石内蔵助良雄の像。

やけにいなせな格好だ。

はやりの元禄羽織に着流し風。羽織は丈が短いのかな。

手に持っているのは連判状。

江戸城の方角の東をにらんでいる。

この像は東じゃなくて南を向いてますがね。

つくったのは誰あろう浪曲師の桃中軒雲右衛門。

宮崎滔天や玄洋社の協力を得て「義士伝」をつくった。

なんで右翼の巨頭が出てくるんだ?

「武士道の鼓舞」が目的。なるほどね。

雲右衛門の発願でこしらえたはいいが、奉納先が決まらず大正10年にようやく泉岳寺に寄進された。

何かあったんでしょうね。

横やりでも入ったのか。

なかなか墓所にたどり着きません。


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