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2012年12月の記事

2012年12月31日 (月)

大みそかはBS-TBS「酒場放浪記」4時間スペシャルで年越しかな?

大掃除もしたし、買い物もあらかた終えた。

あとは深大寺そばを買ってくればいいかな。

ひまなんだよねえ、大みそかの夜。

NHKにチャンネルを合わせるのは「ゆく年くる年」の直前だし、そばをゆでるまでなにをしてよう。

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いい番組がありました。

「年またぎ酒場放浪記 古事記1300年 日本神話の酒を呑む!&樽酒鏡開き」

夜9時から午前1時まで4時間のスペシャル。

吉田類さんが瀬戸内から出雲へと日本神話の地を訪ねて地元の人たちと酒を酌み交わす。

吉備から出雲だね。

出雲は、まず「原出雲」が形成され、そこへ吉備の勢力が山を越えてやってきた。

その後に、ヤマト朝廷の先触れとして物部氏や蘇我系の日置氏が進出、ヤマトに組み込まれる。

その過程が国譲り神話。

いいとこで飲むねえ。

わたしゃ、消えた物部氏、出雲、吉備なんかがヤマトに従った過程に興味を持ってます。

    bottle   bottle   bottle

毎週月曜日9時から放送していて、たまに見てる。

おもに首都圏の居酒屋を訪ねて、おすすめを食べながらただ飲んでる。

常連客と交流もするけど、飲んでるだけの番組です。

太田和彦さんの「居酒屋放浪記」とは違って、名もないところを訪ねていくのが特徴。

似たタイトルだけど、あちらは求道的な匂いがする。

こちらは地元の人が集う、何の変哲もないお店。

「百名居酒屋」なんてランク付けとも無縁です。

だから特に名物があるでもなく普通のところ。

幻の酒なんか置いてありません。

それがいいんだよねえ。

土地々々の雰囲気が何となくにじみ出ている。

居酒屋文化ってのが、きっとあるんだね。

吉田類さんはイラストレーターで俳人です。


2012年12月30日 (日)

見せてくれました・ガンバのワンタッチ・パス交換@天皇杯準決勝

元日決勝は4年前と同じ顔合わせになりました。G大阪VS柏。

遠藤は「狙ってない」といってますが、たまたまじゃないですよ。

ショートコーナーからの折り返し。右隅を意識した蹴りかたですよ。

おなじみA大サッカー部OBのマチダさんも、華麗なワンタッチパスに舌を巻きました。

でも、そのあとは「フツーのチームに成り下がった」と辛口です。

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《G大阪1-0鹿島》立ち上がりから攻め立てたガンバのパスワークは、それは楽しいものでした。

鹿島が無理追いしなかったせいもあります。

でも狭いスペースでまるでミニゲームを楽しむかのようにワンタッチパスの交換。

見せてくれました。

両チームのサポーターも勝負を離れて喜んだことでしょう。

やればできるじゃない。

家長の1トップも効いていたし、降格するチームではありません。

あと2点はモノにできたはずです。

しかし華麗なるガンバの魔法も前半の2/3くらいまででした。

次第にフツーのチームになり下がってしまいました。

後半は失点ワースト2位の素顔?がチラホラ。

かろうじてかぼちゃの馬車がバレないで済んだといったところです。

どうも個の問題より、チームとしてのスタミナに欠けているようです。

タレントはそろっているのに。具体的に何が悪いかわからない時に用いる最も安易な「歯車の狂い」と表現するしかありません。

根本的にはフロントと現場のかい離でしょうけれど。


《柏1-0横浜》良くも悪くも俊輔次第のチームです。

他の選手が「あんたはいらない」とばかりにパスを飛ばすかしていかないと。

手詰まりになると「何とかしてくれそう」とボールを渡してしまいます。

そりゃあ、ここぞの場面ではそれなりの業をお願いするにしても、頼り過ぎ。

守る方は1人を注意していれば楽ですもの。

チーム戦略が明確になっていないうえに個人頼み。古い古い。

今望まれるのは、電気自動車のように次世代を睨んで冒険することではないでしょうか。

良いお年を。
                            マチダ

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マチダさんからの追伸です。

※NHKの時代劇「薄桜記」にしびれましたね。

五味康祐原作で脚本はジェームス三木、いい内容になる要素は十分。

武士の友情そして悲劇的な結末を、吉良の用心棒・丹下典膳を主役に堀部安兵衛との交わりを絡ませて描いています。

忠臣蔵外伝とでもいったところ。

無理やり泣かそうとしていないから余計心にしみましたね。

五味先生は天才です。「スポーツマン一刀齋」のアイデアなんか代打屋を先取りしていて素晴らしいもの。

もっと見直されていい作家ですよ。

2012年12月29日 (土)

ロゼットのお勉強とジャノヒゲの青い実@野川公園

キレイさっぱり何も咲いてません。

去年は暮れに見られたロウバイもオオイヌノフグリもまだです。

ウグイスカグラのつぼみも堅いです。

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ヒヨドリジョウゴの赤い実もあるんですが美的じゃない。

枯れてると、しがみついてる感じばかり。

ヒヨドリも食べ残してるんでしょうか。

好みじゃないんですよ。

いつもはちらっと見るだけなんですが、こうなると貴重です。

ジャノヒゲの青い実。

枯れ枝でちょっと持ち上げてみました。

葉の緑に調和してます。


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ロゼットもお勉強します。

これはメマツヨイグサ。

こうやって葉をいっぱいに広げて栄養を蓄える。

初夏には鮮やかな黄色の花が見られます。

「一時ロゼット種」に分類されてます。

冬にはロゼットで過ごし、他の草が生えてくると茎を伸ばす。

そうしないと光合成ができないからね。

花が咲く頃には根生葉は役目を終えて枯れてしまう。

花のころの葉とは違います。

似てるといえば似てるかな。


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ヒメジョオン。

これも一時ロゼット。

根生葉は、菊ですねえ。

茎が伸びてくると菊っぽくなくなる。

ボランティアさんたちは、このロゼットで種類を見分ける。

わたしなんか、番号を書いたクイが立ててあるので、ああそうかと思うだけ。

何年かかるんでしょうか。

野川公園の自然観察園は、きょう29日から正月休みです。

1月4日からだったかな。


2012年12月28日 (金)

ちょっとびっくり・冬の姿がこんなに違うメハジキ@野川公園

野草たちは厳しい寒さをしのぐために、いろんな工夫をしてます。

根生葉を地表に張りつくように広げるロゼットが代表的です。

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「これは分からないでしょう」

ボランティアさんが見慣れない葉を指差します。

見たことないなあ。

近ごろは花だけでなく、葉も一緒に覚えるようにしてるんですが・・。

降参です。

「メハジキなんです」

エーッ!

全然違うじゃない。

分かるわけないよ。


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これが夏の姿です。

長細い葉でしょ。

どうしてこんなに違うんでしょう。

冬越しの葉は、若葉のようです。

春になって茎が立ってくると本葉に変わるのか。

それにしても、これは若葉には見えない。

タネから芽を出して伸びてくるのが若葉だと思ってましたから。

これはもう一丁前の葉だよね。

花がないので、せっせとロゼットを観察。

まだ全く覚えてません。

メハジキだけはびっくりした分、記憶されたかな。

野川公園のロウバイは遅れてます。

去年は12月初旬に咲いてたのにね。

寒いからねえ。

2012年12月27日 (木)

高橋家の大ケヤキ@武蔵野市の天然記念物

武蔵境駅北口をぶらぶらしてたら「高橋家の大ケヤキ」の案内板がありました。

今じゃ畑もなくて立派な住宅地ですが、ケヤキが残されてるんだ。

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そこは小さな公園になっていて、ケヤキがそびえてます。

根元周囲は約5㍍、胸高幹囲約4㍍、樹高は約30㍍。

樹齢は300年以上。

住宅街の真ん中にあるから、なおさら大きく見えます。

向こうの2階家をはるかに見下ろしてます。

樹齢100年くらいのケヤキも残されていて屋敷林の面影が残されてます。

左奥は高橋さんの家。

前庭を市に寄付したんだ。

高橋さんが移り住んだときに植えたんでしょうね。

高橋家の先祖は檜原村(東京都)の出身。

玉川上水の工事に参加して、そのまま境村開拓に加わった。

上水の完成は1653年。

ケヤキの樹齢とも合ってます。

上水ができたので農業が可能になったのです。

上水までは北へ100㍍くらいです。

不毛の武蔵野台地のあちこちに用水がめぐらされた。

水田は無理だが、陸稲なら実る。

畑作が可能になった境村を開いたのは保谷(西東京市)や関前(武蔵野市)の人たちだが、一緒に開墾したんでしょう。

そういえば三鷹市の井口の人々も檜原村からの移住者だ。

島田、小林、大野などの農家の人たち。

市川家では、今でも檜原の市川さんと親戚付き合いをしてるという。

自由民権運動で知られる吉野泰三の吉野家(三鷹市野崎)も檜原村出身と言われてます。

ほかの市町村は調べてませんが、かなりの檜原村や奥多摩の出身者が武蔵野台地の新田開拓に参加してるんではないか。

山から下りて平野の農民になった。

玉川上水は偉大です。


2012年12月26日 (水)

まっ白!アマゾンユリ@神代植物公園

足がついつい温室に向かいます。

北風を避けるわけじゃありません。花を求めて・・。

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アマゾンユリが開いてるという。

去年は年明けの10日ごろで少し遅かった。

年内なら大丈夫だろう。

見ごろではあるんですが・・。

あっち向いてます。

それにしても見事な白です。

アンデス山脈に咲いてるんだって。

香りもいいらしい。

それでウエディング・ブーケなどに使われるらしい。

ということは女性にはおなじみですね。


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インド原産のベニヒモノキ。

これだけ下がってると目に留まります。

ヒモだよね。

ネコジャラシの代わりにもなるかな。

縁結びの神さま「月下老人」の赤いヒモだったりして・・。


2012年12月25日 (火)

黄色いツバキ金花茶が開いてます@神代植物公園

幻の黄色いツバキ、キンカチャが開いてます。

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中国広西省で発見されたのは1965年。

ベトナムに近い暖かい地方です。

幻の黄色いツバキと大騒ぎになったそうです。

国外への持ち出しが制限されていたため、

日本にもたらされたのは1979年。

まだ新しいんです。

ロウ細工みたいな花びらが特徴です。

その後、続々と黄色いツバキが見つけられて、

今では50種くらい確認されているそうです。

去年も書きましたね。

そういえば、まだ金沢の金花茶飴を食べてないな。


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これも黄色があるようだが、咲いてたのは白。

ちょっとだけ黄色いかな。

クエフォンエンシスと言います。

クエフォンはベトナムの村の名前。

中北部、ラオス国境に近い山の中だそうです。

発見されたのは2001年。

つい最近なんですね。

まだ新しいのが見つかるかも。

新聞で「新種発見」なんて記事を見るとときめきます。

動物でも植物でも。

冒険の匂いがするからでしょうね。

どちらもツバキというよりは、お茶に近い感じです。

茶もツバキ科ツバキ属ですもんね。


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お茶です。

もう咲いてませんよ。

中国やベトナムのツバキとそっくりです。

可愛い花です。

以前は、武蔵野では畑の囲いにお茶が植えられていた。

狭山茶の産地に近いですからね。

自家用にもしていたのかな。

子どものころチャドクガが異常発生して大騒ぎになった。

毛虫がうじゃうじゃ茶の葉についていたのを思い出す。

お茶の実は、中をくりぬいて笛にもしたなあ。

2012年12月23日 (日)

田道間守が持ち帰った不老不死の実@神代植物公園

夏みかん、みかん、ゆず、きんかんはよく見かけますが、東京じゃタチバナを見たことがない。

酸っぱくて食べられないようだし、温暖な地の分布ですからね。

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大昔には、常世の国まで命がけで採りにいった。

垂仁天皇が、田道間守(たじまもり)に「非時(ときじく)の香菓(かくのみ)を求めて来よ」と命じた。

田道間守が戻ってくると、すでに天皇は亡くなっていた。

このトキジクノカクノミは、いつでも香りの良い木の実のこと。

不老不死の実とも信じられていたんでしょう。

常世の国は済州島とも言われています。

日本書紀では「今橘と謂うは是なり」という。

タチバナだったら日本にもあるじゃないか。

そんなヤボなことを言ってはいけないようです。

ミカン類が貴重だったんでしょうね。

ただ、常陸風土記に「多く橘を蒔(う)ゑて、其の実味(うま)し」とあるから、違う種類を橘と言っていた可能性もある。

江戸時代になっても紀伊国屋文左衛門が、ミカン船で財を成している。

とにかく「橘は常世の国の木」なので貴族の館には必ず植えられた。

御所の紫宸殿の左近の桜、右近の橘も有名ですもんね。

でも、トキジクノカクノミって言うと、神秘性が増します。

言葉の響きって面白い。

これが10世紀の「竹取物語」になると金銀に変わります。

同じ木でも、かぐや姫が車持皇子に要求したのは「蓬莱の玉の枝(根が銀、茎が金、実が真珠の木の枝)」。

時代につれて意識も変化するもんです。

にわか勉強でした。


2012年12月22日 (土)

縁起物です1両10両100両1000両10000両@あちこち

大掃除もしなきゃいけない。おせちの買い物に街にも行かないと。

来週、ぼちぼちやるかな。

その前に、みなさまには福が訪れますように、一足先に赤い実の鈴なりを・・。

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下から順です。まずは一両。

だんだんよくなる法華の太鼓ですよ。

ホントの名前はアリドオシ。

蟻も刺す鋭いトゲが特徴。

一両だけあって、実の成りは少しです。

50〜60㌢くらいになるようだが、背の低いのしか見たことがありません。

這いつくばるように枝を伸ばしているので、見逃してしまいます。

植物園でもあんまり見ないです。

これはアカネ科。


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実の付きがいいでしょ。

うまい具合に連なってました。

たいがいはポチポチなのにね。

十両ざんす。

これなら15両くらいの価値はあるかな。

ヤブコウジ科ヤブコウジ属。

ヤブは分かるとしてコウジってなんだ?

「柑子」と書いて柑橘類の一種、または総称のようです。

ミカンより酸っぱいらしい。

でも、知らないな。

古名はヤマタチバナで、源氏や万葉集にも出てくるんだって。

「あしひきの 山橘の 色に出(い)でて わが恋ひなむを ひとめかたみすな」

もっともカラタチバナ、マンリョウも「ヤマタチバナ」に含めるという説もある。


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百両です。

カラタチバナ。

ヤブコウジ科ですが、葉が長細いです。

江戸時代からの古典園芸植物。

なんで唐橘なんでしょう。

日本にも自生してるが、もっぱら輸入に頼ったんでしょうか。

自生してるのは園芸種の逸出とも言われるから日本にはなかったのか。

江戸時代には非常に高価だったと言います。


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千両だけセンリョウ科です。

本州中部以南に分布。

関東では寒くて無理なのか、あんまり見ません。

マンリョウに対してセンリョウと名づけられた。

じゃ本当の名前は。

もともと仙寥花(センリョウカ)との説があります。

なんか、あとからつけたみたいな感じがするなあ。

年とると疑り深いんです。


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「センリョウよりも実付きがいいのでマンリョウ」

こんな説明もある。

じゃ、センリョウが先に名づけられたんじゃないか。

なんだかよくわかりません。

おめでたいんだから、小さなことにこだわっちゃいけないか。

とにかく、そんなわけで1両から万両までそろいました。

いい年が来ますように。

2012年12月21日 (金)

Xマスにはこんな映画を・フランク・キャプラ「群衆」@イブの夜の絶望と希望

街に「聖夜」などが流れると、クリスマスが大きな意味を持つ映画が見たくなる。

だって、しあわせをプレゼントしてくれるんだもん。

去年は「めぐり逢い」、おととしは「三十四丁目の奇跡」だった。

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ことしは「群衆」(1941年)ね。

フランク・キャプラ監督、ゲイリー・クーパー、バーバラ・スタンウィック共演。

新聞のコラムで1通の投書が紹介された。

職を失った男がイブの夜12時に市庁舎から飛び降りて自殺する、と。

大反響を呼ぶが女性記者アン(スタンウィック)のねつ造だった。

新聞社は、これを利用して1人の男を投書の主ジョン・ドゥーに仕立てる。

(原題Meet John Doe)

ジョンになった男(クーパー)は元野球選手。

肩を壊してホーボーとなってあちこちを旅してる。

(列車に無賃乗車しながら各地を訪ね職を得る労働者。ウディ・ガスリーの歌「ホーボーズ・ララバイ」が有名ですね。映画じゃ「北国の帝王」)

果たしてジョンは人気者になり、彼の説く「隣人愛」は全米を熱狂のウズに巻き込んでいく。

やがて迎えるクリスマス・イブ。

雪がしんしんと降っている。

市庁舎は厳重な警戒が敷かれている。

群衆によってヒーローに祭り上げられたジョンは、同じ群衆に絶望の淵に落とされていた。

果たしてジョンは飛び降りるのか・・。


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キャプラ監督、やっぱりうまいです。

雪がつつむ静寂。

なんとかしてジョンを救いたいと願う観客を、さらに突き落とします。

この無音の緊張感、非情に時計だけが時を刻む。

映画を見る醍醐味です。

導入部のテンポの良さも舌を巻く。

ガラス戸に文字を描いてるペインターを使って、経営者が変わった新聞社の混乱ぶりを見事に表現してる。

アカデミー11部門ノミネートの「スミス都へ行く」にテーマが似てるかな。

それであまり評価されてないようだが、クリスマスにあったかい心になります。

そして古き良きアメリカン・デモクラシーに力を与えられます。

戦後民主主義教育で育ったからね。


2012年12月20日 (木)

こんな本を読んだ「オオカミの護符」@おイヌさま信仰を訪ねて

著者の小倉美惠子さんは昭和38年(1963)、神奈川県川崎市宮前区土橋(つちはし)に生まれた。

生家は15代続く農家。江戸時代より前?すごいです。

土蔵の扉には「一枚の護符」が貼られている。

祖父母は親しみを込めて「おイヌさま」と呼んでいた。

この護符が幼い日の記憶をよみがえらせ、旧い暮らしの価値を見直して、伝えて行きたいとの思いに駆られる。

こうして護符探求の旅が始まる。


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小倉さんは地元の小学校の特別授業で、こんな話をします。

小学生の小倉さんは、農家に生まれたことが恥ずかしくて、皆に知られないようにしていた。

男の子から「ぼろい家」といわれたのがきっかけだった。

友達の前で、百姓姿のおじいちゃんに声を掛けられると他人のフリをしていた。

他人の目を気にしているうちに、大切なおじいちゃんも、茅葺き屋根の家も、土橋の風景も消えてしまった。

大人になって、これらがとても大切なことなんだと気づきます。

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こうして土橋を歩き、お年寄りに話を聞き、伝統行事などをビデオカメラに収め始めた。

護符は、旧家が入っている「御嶽講」によってもたらされたものだった。

講中一行を追って青梅の御岳山に向かい、御師(おし)の宿坊で身を清めてから山頂を目指す作法も知る。


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何度も通ううちに、現在も「太占」が行われていることも知る。

「ふとまに」、古文か日本史で習いましたね。獣の骨を焼いて吉凶をみる占いです。

御嶽神社の太占は、農作物の作況を占うものだった。

御嶽講は、お百姓の生活と密接に結びついたものだったんです。

でもまだ、護符に書かれた黒い獣と「大口真神」(おおくちまがみ)が気になっていた。

御嶽神社より一段高い場所に「大口真神社」がある。

おイヌさまはニホンオオカミだった。

イノシシやシカなど農作物を荒らす動物を捕食してくれる、お百姓の神様なのだ。

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狛犬には「獅子型」と「ヤマイヌ型」があり、オオカミ神社のものは「ヤマイヌ型」なのだ。

オオカミ信仰は奥多摩・秩父を中心に天竜川沿いに分布していることも知る。

小倉さんは、こうして秩父の宝登山(ほどさん)神社、三峰神社をたずねていく。

オオカミ信仰を守ってきた人たちは。自然と向き合い、恐れ、敬いながら神としてあがめてきたことに気づかされる。

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小倉さんの「護符」をめぐる旅は2008年に「オオカミの護符」としてドキュメント映画になった。

その過程をまとめたのが本書だ。

小倉さんが生まれ育った土橋は、50戸の村から7000世帯のベッドタウンに変貌した。

だが、小倉さんは置き忘れられている「大切なもの」と向き合う地道な作業をこれからも続けていく。

最初の小学生への話でもう、ウルッとしちゃいました。

ついつい便利さばかりを求めている自分たち、田んぼの畦道でもあるいて、ゆっくり考えたいね。

2012年12月19日 (水)

サンタさんにくっついて冬の公園ウォーク@野川公園

集合場所に行ったらサンタさんとトナカイのルドルフが。

若いサンタさんも大歓迎です。


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16日は野川公園のパークレンジャーさんが案内してくれる「冬の公園ガイドウォーク」。

雑木林の落ち葉を踏みながら出発。

まずはクヌギとコナラの見分けかた。

木肌を触ってみると、クヌギはややとがってる。

なるほどね。

こういうことは教えてもらうのが一番。

エゴノキの下にはタネがいっぱい落ちてます。

しかも割れてる。

ヤマガラが割って中の実を食べてるんです。

それだけじゃない。

なかには虫(名前は忘れた)が卵を産んで幼虫が潜んでるんです。

それも食べる。貴重なタンパク源。

うまい具合にヤマガラが飛んできてタネを食べてる。

コンコンコンとくちばしでタネを割る音が聞こえます。


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よーく見てください。

真ん中に蛾がいるでしょ。

冬になって雑木林を歩くと、蛾がやたら飛んでます。

なんだろなと思ってました。

クロスジフユエダシャクという冬の蛾です。

黒筋 冬 枝 尺。

飛んでるのは全部、オスです。

メスの羽は退化してるので飛べない。

交尾するためだけに成虫になる。

オスも飛びながらメスを捜し、口がないから何も食べない。

セミよりもはかないかな。


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アオギリの実です。

このタネが重しになって、枝からひらひらと舞い下りてくる。

葉にくっついてると思うでしょ。

葉じゃなくてサヤなんです。

木の上ではサヤは閉じてる。

開くと風に乗って、くるくる、ひらひらと遠くに飛ぶ。

いろんな工夫があるもんです。

リギダマツも教わりました。

細いトゲのような葉が3本。普通は2つでしょ。

やたら松ぼっくりも着いてる。

北アメリカ産の松です。

モグラと競争して、有志がスコップで穴を掘ったりもしました。

モグラは1分間で30㌢、大人でも20㌢がせいぜい。

童心にも戻って楽しい一日でした。


2012年12月18日 (火)

斜めに下がってる畑・立川断層を見に行く@国立市矢川あたり

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左側の茶の木(?)が植えられている部分が断層です。

畑はそこから傾斜して下がっている。

ならしたが、平らにはできなかったんですね。

武蔵野の崖は国分寺崖線が有名です。

いわゆるハケ。

ここも崖、つまり河岸段丘ではないのか。

違うんです。

武蔵野の崖は多摩川と並行してる。

つまり多摩川が削ったから、かつての流れに沿って形成されている。

この立川断層は多摩川に対して東南に切れ込んでる。

川の力じゃないんです。

傾斜の下は、かつて川が流れていたとおぼしき痕跡が。


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梢さんが季刊誌「多摩のあゆみ」147号に「立川断層が造った小川 残堀川と矢川」を寄稿したことで実現した講演と実地見学の会。

上の紫の線が立川段丘。

図(©梢さん)には出てきませんが多摩川と並行してます。

その下側を南武線が通って矢川駅があります。

茶色の線が立川断層。

前回、紹介した場所は南武線と断層が重なっているあたり。

今回の畑は、ちょうど真ん中「緩い斜面」と記入されているところ。

このへんは宅地化されていないので断層がはっきり見えます。

このあと南東に続き、南養寺を抜け、国立市の郷土文化館まで続いている。

その端っこに民家があり、崖のヘリに建っている様子が一目瞭然でしたが、しのびなくてとても掲載できません。

このあと断層は多摩川を越えて多摩丘陵まで続いてます。

1200から1300年くらい前にも動いたというから活断層です。


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立川断層と青柳段丘の上にあるのが「谷保の城山(じょうやま)」。

「三田城」「三田氏館」とも呼びます。

ここは中世の豪族三田氏の館跡と伝えられてます。

ここからは三田君の出番です。

なんてったって三田氏の末裔ですからね。

分家ですが国立に住んでます。

この城山には三田氏の直系の子孫が住んでます。

青梅一帯を支配していた三田氏との関係はどうなんでしょうか。

三田君は「こっちから青梅に行った」といってますがね。

敷地のかなりの部分を寄付したので、自然公園になってます。

キツネノカミソリの名所があるようです。

左は土塁のあとでしょう。


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夢中になっていると時の経つのは早い。

日が暮れてきた。

甲州街道にかかる陸橋から見た富士山。

日が沈んだところです。

この日の勉強会はみんな興味津々。

どうせなら立川断層の始まりを見ようということになりました。

青梅の「岩蔵の大岩」がそこです。

岩蔵温泉の近くね。

峠を越えたら飯能。東京と埼玉の境です。

年が明けたら行ってきます。

2012年12月17日 (月)

「味のある試合」マチダもたんのうしたクラブW杯

おなじみA大サッカー部OBマチダさん、開票速報もちらちら見ながらの観戦だったのかな?

緊迫したゲームを楽しんだようです。

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コリンチャンズ1−0チェルシーは守り勝ちの結果です。

全員ディフェンスの徹底度合の差でしょう。

このチームは、かつてのブラジルのように、ある地域までボールを持たせておいてくれるほど悠長ではありません。

30過ぎが多いのに常に前線からプレスをかけ続けます。

何とか邪魔をしてやろうとの執念深さが見えました。

スポニチの記事にあったように、泥臭くてもいいから勝つことだけを前提に闘い抜いたといえます。

ハラハラドキドキも随所に見られ、最少得点試合でも緊迫感十分。

華麗ではないけれど味のある試合が楽しめました。
                              マチダ


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私は選挙が気になってサッカーはちらっと見ただけ。

韓国ドラマ「王女の男」の最終回も見たしね。

録画システムを持ってないんです。

で、後半は見ずじまい。

前半、ボールを支配してたのはチェルシーだったが、コリンチャンスのカウンターのスピードに感心してました。

Jでも活躍したエメルソン、うまいのは分かってたけど、あんなに速かったかな。

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「王女の男」は厳格な儒教社会ではあり得ない話。

娘が王である父親に逆らって、政敵の息子と恋仲になるんです。

しかも、王の命を狙ってる。

韓国では熱狂的に受け入れられたようです。

非現実的な設定が逆に新鮮に映ったんでしょうか。

大甘のラスト、よく使う手だけど、けっこう好きです。

人間が甘くできてるからね。

2012年12月16日 (日)

敗れたけど横河武蔵野に拍手@天皇杯柏1−0横河武蔵野

FC東京に続いての下克上はなりませんでした。

おなじみA大サッカー部OBのマチダさんも横河の健闘に拍手です。

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「天皇杯4回戦」柏vs横河武蔵野を流し気味に見ていました。

そのうち横河の健闘ぶりにマジ観戦モードに。

結果は0-1で敗れました。

しかし、よく走るし決定的チャンスは柏より多いくらいでした。

前身は1939年創立の横河電気。JFL所属、関東の老舗です。

ジュニア、ジュニアユース、ユースの育成部門も持って、地域に根差したチームを理念に活動しています。


よく走るしJ1相手に怯むことなく攻めていました。

FC東京を下しただけのことはあります。

JFL10位が互角以上の試合をするのですから自然と声援も出てしまいます。

惜しむらくはシュート力が足りませんでした。

完全なプロ集団ではなくても勝ってこそナンボは変わらないでしょう。

でも、見ている側はいい気持ちになりました。

真の意味の「よくやった」です。

柏は両外国人がいないと、ただのチームです。

フィニッシュに持っていくまでのパス精度が悪すぎます。

細かいミスが目立ちました。

ホームなんですからピッチ状態のせいではないでしょう。

控え選手の力不足が気になります。

外国人に頼り過ぎている悪弊かもしれません。

いい手本になるのですから技術を盗んで、そこそこ穴埋めきるようにならないと先細りになりますよ。

                                 マチダ

2012年12月15日 (土)

なにかと心配な立川断層を見に行く@国立(くにたち)の矢川あたり

線路に盛り土がしてあって電車が走ってる。

なんの変哲もない光景です。

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だけどこれは、盛り土じゃなくて自然の傾斜。

ブロッコリーの畑側にさらに下がってます。

立川断層なんです。

断層の高低差は1㍍くらいかな。

立川駅を始発とするJR南武線は、断層のヘリを使って線路を敷いている。

断層がずれたら南武線はぐちゃぐちゃでしょう。

ここは矢川駅の西側、国立第六小の北です。

身近にある断層を見たのは初めてです。

言われなければ気づきません。

掘ってみれば地層のズレで判明するが、見た目ではただの傾斜。

一人で見に行ったわけじゃありません。

こんなことがきっかけでした。


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今夏発行の「多摩のあゆみ」147号(たましん地域文化財団)が「多摩の小川」を特集しました。

梢さんは「立川断層が造った小川 残堀川と矢川」を執筆。

1万2000年前に立川断層が形成されたために水路も大きく変化した。

それまで東方に流れていた流れが断層で食い止められ東南に向きを変えた。

飯能の方に流れていた多摩川もいまの方向になった。

立川断層のヘリ下を流れるようになったのが残堀川と矢川。

とっても興味深い内容。

これを読んだ何人かが企画しました。

「梢さんに講演をお願いし、現地の案内もしてもらおう」

こうして国立商業協同組合の会議室を借りて、まずは講演。

立川断層の始まりは青梅市小曽木の「岩蔵の大岩」。

ここのズレは6㍍もあるという。(記憶違いかも。あやふや)

さらに箱根ケ崎、武蔵村山、立川、国立の矢川駅近くまで走っているという。

この崖下を流れていたのが残堀川と矢川。

それも旧水路は人為的に変更されてきた。

梢さんは、旧水路も復元しようと試みている。

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フィールドワークの写真をプロジェクターで映しながらの説明。

みんな「ヘーっ」とか「はーっ」と驚きの連続。

感心しながら約2時間、熱心に聴き入りました。

学校の授業よりも数段、集中度は高かったね。

午後は矢川に行っての現地調査です。

そのまえに「ルミエール ドュ ソレイユ」というフランス料理屋でランチ。

梢さんが設定してくれたんだけど、うまかった。

富士見通りにあります。

写真の富士山は国立駅のホームから撮影。

現地では断層の真上に建ち、門から玄関まで坂になってる個人宅も見ました。

その様子は次回に。

     taurus   taurus   taurus

国立にある桐朋高校出身の作家赤川次郎さんの投書が14日の朝日新聞「声」欄に掲載されました。

「有力な政党のスローガンは「日本を取り戻す」

だそうだが、ならば福島の人々に元通りの

故郷を取り戻させるのが先決だろう」。 

2012年12月14日 (金)

眼下に芝離宮と魚河岸@地下鉄の地上を歩く会・都営浅草線その3

高いところはいいですね。

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右は浜離宮庭園、左のコロシアムみたいなカーブは築地市場。

隅田川向こうのビル群は晴海。

左手奥に勝どき橋がちらっと見えます。

房総半島もかすんでます。

ここはシオサイト、汐留の電通本社ビル。

レストランのある最上階の踊り場から東京湾を遠望してます。

夕日と富士山も見たかったんだけどレストランに入らないと見られない。

そりゃそうだよね。

タダじゃ景色も見せてくれません。

でもここは無料です。穴場ですね。

ワイワイいいながら楽しんじゃいました。

泉岳寺からスタートして、ようやく汐留です。


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12時半ではまだ三田です。

西郷、勝会見の地の碑を熱心に見入る。

薩摩藩江戸屋敷があったところ。

裏が海岸で国元からの米などを陸揚げしていた。

「西郷吉之助書」とあります。

まさか西郷さんじゃないよね。

吉之介、吉兵衛などのあと吉之助を名乗ってたけどね。

西郷さんの名を継いだ元法務大臣の筆らしい。

直系の孫です。

ここは落語「芝浜」の舞台でもあります。

このあと三田駅に到着。

2時間半かかってようやく1駅です。

お腹もすいたので駅前の中華屋でランチ。


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また寄り道して旧芝離宮庭園。

老中大久保忠朝の屋敷跡で、現存するもっとも古い大名庭園のひとつ。

藩地の小田原から庭師を呼んで作庭したので、大きな石などは小田原から運んでいる。

この後はひたすら歩く。

新橋に来たんだからと駅前ビルで年末ジャンボを購入。

小銭を出し合って10枚。

もっとも運の良さそうなカナイさんが代表で並んだ。

10万円が当たったら次の「歩く会」でおいしいものを食べます。


  bottle   bottle

「うん、そうだな、じゃあ、呑むとするか」

「よそう。また夢になるといけねぇ」

   bottle   bottle

「芝浜」のサゲでした。

おいしいものくらいの夢は見てもいいでしょう。

そんなこんなで、宝町駅までたどり着きました。

ここから先は次回です。


マチダがうなるチェルシーの先制点@クラブW杯チェルシー3−1モンテレイ

おなじみA大サッカー部OBマチダさんも、絵に描いたようなチェルシーの攻撃には脱帽です。

    shoe    shoe     shoe

チェルシーの先制点には唸りました。

前半17分、きれいなヒールパスを受けたA・コールが左サイドを抜け出し、中をしっかり見て折り返します。

深くえぐることなく、ややマイナス気味のグラウンダーでした。

ゴール前に走っていた味方には目もくれずにです。

3人のDFがついていたからかもしれません。

Pエリア内にぽっかり穴にMF・マタがフリーで走り込んできていました。

楽々ワントラップすると狙いすました一撃。

絵に描いたような2列目の得点です。

決まり事と判断力と精度。

すべてががピタリと一致していて、まるで製図が引かれているようでした。

トップに入れるばかりが能じゃない。

このスタイルなら日本にだってできます。

高さが必要なわけでもないし新たな武器になるはずです。


後半1分の追加点は決めたトーレスよりアザールのスピードでしょう。

左サイドですれ違いざまにDFを抜き去った時点で勝負ありです。

なんだかんだ言われ、暫定監督であっても強い!チェルシーでした。

     foot     foot

コリンチャンズがアルアハリを下した際、広島は返す返すももったいないことをしたと感じました。


アルアハリに勝っていれば、コリンチャンズのタイトな守備を体験できたからです。

ボールを持った選手に対しての密着度がきわめて高い。

好きなようにコントロールさせないよう、特にFW陣がDF以上の守備をしていました。

よく見ていると単に足を出すのではなく、膝、脛を相手にぶつけ気味に押し付けていました。

相手の動きを止めながら足を振り上げているわけでもないので、ファウルを取られにくい。

前半アルアハリは相当苦しんでいました。

世界的なチームの前線守備を身をもって知るのは、Jで100試合経験すより実になります。

もう一度言います。ああもったいない。


1時間も流星観察をしていたせいで、眠いしくしゃみは出るしで連絡遅れました。

                                    マチダ

2012年12月13日 (木)

こんなところにも古墳が港区三田の亀塚@地下鉄の地上を歩く会・都営浅草線その3

わーい、古墳だ!古墳好きにはたまりません。

第一京浜沿いのこんなところにもあるんです。

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高輪の旧高松宮邸から魚籃坂、伊皿子坂を下って第一京浜に。

なにやら御田八幡神社の脇の階段を上がっていきます。

こんなところに高台への道があるんだ。

登りきると亀塚公園。

真ん中がこんもりと盛り上がってます。

古墳でしょう。

ここは地形的には岬の突端です。

武蔵野台地が海に落ち込むところ。

そう、江戸までは真下は海です。

芝公園の芝丸山古墳、田園調布の亀甲山古墳などと同じ立地です。

海や川の崖上で、はるか遠くから見えるところ。

豪族が勢威を示すためにつくったんです。

埋葬施設などが発見されていないため断定はできませんが間違いないでしょう。

「更級日記」に出てくる竹芝寺の伝説地だそうです。

京へ戻る菅原孝標一家が、この寺に泊まった。

寺には、こんな言い伝えがあった。

100年以上昔、この地の若者が都に出仕。

武蔵の地に興味を持たれた帝の姫を連れ帰ってしまう。

使いの者の説得にも耳を貸さなかった姫は、この地に住まわれ、若者は武蔵の国を任されたという。

みなさんの目的は隣の済海寺。ここも竹芝寺の範囲です。

幕末にはフランス公使館が置かれた。

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再び第一京浜に戻る。

ビルの脇の丘に「元和キリシタン遺跡」が。

ここでキリシタン50人が処刑された。

元和9年(1623)徳川家光はデアンゼルス神父、エロニモらの処刑を命じた。

寛永15年(1638)にもキリシタンらが処刑されている。

高輪大木戸の中ですが、初期には江戸の区域外だったかもしれない。

江戸の範囲が広がって、東海道では処刑地が鈴が森に移されたんですかね。

その昔にも、ここは処刑地だったらしい。

そのために長い間、空き地になっていた。

一空上人は、罪人の供養のため智福寺を開いたという。

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キリシタン遺跡から横を見ると、植え込みの中に四角い柱が。

なんでしょうか。

行ってみましょう。

犬を連れた人が分かりますか。

そこに行くようです。

エレベーターでした。

もちろん、犬の散歩の人と一緒に乗りました。

なんと先ほどの済海寺の横に出ました。

上から上ったり下りたりするのは大変ですからね。

高台の住民が利用してるようです。

無料です。

ビルを建てる条件に入ってたんでしょうか。

    run     run     run

まだ泉岳寺と三田の間です。

昼を回ったのに、出発が泉岳寺ですから一駅も歩いてない。

2時間以上、高輪界隈をぶらぶらしてたんですね。

目指す押上駅はまだまだ先です。

Jの意地を見せた広島・マチダがアッパレ!@広島3−2蔚山

GKへのバックパスが、コロコロとゴールへ。

久しぶりに見ましたねえ。

高校時代、GKへのパスは、ゴールを外せとうるさくいわれたもんですがねえ。

オウンゴールはあったものの広島が勝ちきりました。

おなじみA大サッカー部OBのマチダさんも「小アッパレ」の評価です。

    soccer    soccer    soccer


広島が頑張りました。

蔚山が相手で心配しましたけれどJチャンプのプライドを見せてくれたので小アッパレでしょう。

ただ、起用された控え選手はもう一つ物足りません。

カウンターを仕掛けながら、ボールを簡単に奪われ逆カウンターされるケースがあったのは、課題です。

1本目との格差なくすことが、連覇、ACLへの課題になるでしょう。


返すがえすもアルハアリ戦がもったいなかった。

コリンチャンズと闘えたのですから。

地となり肉となる栄養素が違いますから。
                         マチダ

2012年12月12日 (水)

48人いる義士の墓所・泉岳寺@地下鉄の地上を歩く会・都営浅草線その3

四十七士の墓所には48の墓碑があります。

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ヤマザキ君が気をきかせて家から持参した線香を分けてもらってひとつずつ線香を手向けます。

墓所の図を見ていた誰かが気づきました。

「4藩にお預けになったのは46人なのに碑は48人分ある」

こういうことです。

寺坂吉右衛門は、討ち入り後に姿を消した。

諸説あるが、瑶泉院など関係者に報告するために離れたという。

自首したが許され83歳の天寿を全うした。

萱野三平は、討ち入り前に切腹。

芝居の、お軽勘平。

この2人の供養墓も一緒に建てられているというわけです。


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四十七士のうち大石内蔵助ら17人が預けられたのは肥後熊本藩細川家の下屋敷。

すぐ近くです。歩いて10分足らず。

路地を入った高松中学の南側。

門は閉まっていたが「大石良雄外十六人忠烈の跡」の案内板があります。

大石らは元禄16年(1703)2月4日、見事に切腹した。

訪ねたのは12月9日。

大石らもこの見事なイチョウの黄葉を眺めたんだろうか。

細川家下屋敷は明治維新後、皇室の御殿として使われた。

大正時代に、昭和天皇の東宮御所だったこともある。

昭和になって高松宮邸に。

終戦直後に敷地の約半分の1万1400平方㍍が国に物納され、残り9900平方㍍が高松宮さまの私有地になった。

納められたところに高松中学や都営高輪アパートが造られたんですね。

物納された理由は知りません。

まだまだ高輪御殿は縮小される。

高松宮さまが亡くなられた1987年はバブルの真っ最中。

土地の評価額が300億円超。

相続税のために土地の9割にあたる8100平方㍍を国に寄贈。

残されたのは1800平方㍍。

高松宮妃殿下の喜久子さまが相続した。

これも04年に喜久子さまが亡くなられて妹ら親族が相続。

課税対象の遺産総額は18億6000万円(土地分が8億6000万円)。

相続税は約7億8960万円。

こうして、また一部にマンションが建設された。

土地を切り刻む一方の相続税というのも、ちょっと考えるところがあります。

緑を保ってる農家や農地は残っていてほしいですものね。

高松宮邸の相続については(AERA:2006年3月6日号)によりました。

   cake    cake     cake

旧高松宮邸、いまは高輪皇族邸の正面となりにあるのが和菓子の松島屋。

東京3大豆大福の店なんだそうです。

東宮御所だった頃にお住まいだった昭和天皇もお気に入りだったという。

高松宮さまもぶらりと買われていったといいます。

食べざあなるまい。

残念でした。

日曜日のためかお休みでした。

押上駅目指してまだまだ歩きます。


2012年12月11日 (火)

オッペケペーの川上音二郎と泉岳寺@地下鉄の地上を歩く会・都営浅草線その3

オッペケーペーと赤穂義士になんの関係があるんだろう

はてな。

みなさん知りません。

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ここは高輪泉岳寺。

前回はお寺に着いたら、鐘がゴーンと鳴って閉門時刻になったので、その続き。

月に1度の「地下鉄の地上を歩く会」。

都営浅草線は馬込から始まって、ようやく泉岳寺。

終点の押上を目指してますが、寄り道が多くて3回目にしてようやく泉岳寺です。

予定では3回目で歩き終えてスカイツリーから夜景を眺めてるはずだったんですけどね。

12月14日が近いので「義士祭」の赤い幟が目立ちます。

門前で先発隊と合流。

彼らは、前回行きそびれた東禅寺に寄ってきたんです。

幕末にイギリス公使館が置かれたところ。

水戸浪士に大使のオールコックが襲われた東禅寺事件でも知られてます。

なかなか趣きのあるお寺だったようです。

ひまなときに行ってみよう。


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皆が「?」てな顔をしたのが、首洗い井戸の前の石柱。

「川上音二郎建之」。

♬権利幸福きらいな人に

 自由湯をば飲ましたい

 オッペケペッポー ペッポッポー

どんなつながりかな。

14歳で上京して増上寺の小僧になった音二郎。

毎朝、散歩に来る福沢諭吉と知り合い、慶応義塾の用務員にしてもらった。

ある日、泉岳寺を訪れた音二郎は、義士の墓所が荒れているのを目にした。

三田と高輪は隣町です。

ずっと気にかけていたのだろう。

名をなした音二郎の支援により墓所の大改修が行われた。


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山門前のこれも気になります。

大石内蔵助良雄の像。

やけにいなせな格好だ。

はやりの元禄羽織に着流し風。羽織は丈が短いのかな。

手に持っているのは連判状。

江戸城の方角の東をにらんでいる。

この像は東じゃなくて南を向いてますがね。

つくったのは誰あろう浪曲師の桃中軒雲右衛門。

宮崎滔天や玄洋社の協力を得て「義士伝」をつくった。

なんで右翼の巨頭が出てくるんだ?

「武士道の鼓舞」が目的。なるほどね。

雲右衛門の発願でこしらえたはいいが、奉納先が決まらず大正10年にようやく泉岳寺に寄進された。

何かあったんでしょうね。

横やりでも入ったのか。

なかなか墓所にたどり着きません。


2012年12月10日 (月)

頭が下がります沢田研二

沢田研二が山本太郎氏の応援演説を行うようだ。

検索してたら引っかかった。

街頭演説スケジュール

《12月14日》金曜

  7:00~8:30     荻窪駅北口(JR)
  12:00~13:00   高円寺駅北口(JR)
  17:00~20:00   荻窪駅北口(JR)
  18:00~      沢田研二が荻窪

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♬ 人は何故 繰り返すのか あやまち 当然

  BYE BYE A.P.P BYE BYE  原発

  (「F.A.P.P」作詞沢田研二、作曲柴山和彦)

歌詞の「当然」は「東電」と聞こえます。

F.A.P.Pはフクシマ・アトミック・パワー・プラント。

   typhoon   typhoon

マスコミの世論調査では自民党圧勝のようです。

災害は自分の身には降り掛からないと思いたいのだろう。

潜在的な核保有のために原発稼働なんて恐ろしいことを言っている人がいる。

核武装して隣国との戦争も辞さない。

いつから、こんな風潮になったんだろう。

二度と戦争は起こさないと誓ったはずなのに・・。


「勝ちを捨てた」とマチダが広島に喝!@広島1−2アルアハリ

おなじみA大サッカー部OBのマチダさん、アフリカ代表のアルアハリに敗れた広島の「勝負弱さ」を嘆きます。

いつも指摘されることなんですが、ゴールに対する消極性。

もっとどん欲だったら違った結果だったかも知れません。

お人好しな日本人のメンタリティーは変わらないんでしょうか。

    shoe    shoe    shoe


広島は勝ちを捨てたに等しい。

結局、決定力不足で片づけられてしまうのが惜しまれます。

前半の勝ち越しチャンスその1。

ミキッチからのセンタリングまではスクリーンイメージ練習かと思うほど見後な連動でした。

ところが走り込んだ高萩がジャストミートできず膝だかモモに当てただけです。

後ろからのプレッシャーがあったにせよ、得点を意識して走っているのですから決めなきゃぁ。

ミスるにしてももう少しましな形にしてほしいものです。


その2は青山です。

ゴール左へ抜け出しフリー。

GKと1対1、当然シュートの場面で右へのパスを選択して頭を抱えました。

なんと消極的な。

同じく頭を抱えるなら、思い切り狙って外した方が悔いの度合いが違いますよ。

勝つのではなく完全に勝ちきるにはどんな格好でもいい、

ミスキックでも、空振りしても相手ゴールにボールが入ればいいんでしょう?

つまり理想的な得点型にこだわる前に、実を取ることを頭の隅に置いておかないと、国際試合では結果を出せないということです。


0-1から同点にした佐藤のシュートは右足アウトで技ありでした。

ところが再びリードされた後半36分、GKと正対しながら外すなんて。

しかもフェントをかけておきながらですよ。

J得点王が泣くじゃあないですか。

反省はサルでもできる。

自分たちのサッカーがやれるとわかった、なんて言い訳。勝たなきゃダメなんです。


アルアハリの勝ち越し点なんて、たった1本のハイボールをいとも簡単に決めています。

なんなんでしょうねこの差は。

過程じゃなく結果に対する考え方の差なのでしょうか。

試合そのものは共にゴールへ迫るスピードがあって面白い内容でした。

だからこそ広島は結果を出さなくてはいけなかった。

J1王者のサッカーを証明しなければならなかった。

決していい試合だったと慰めたくありません。負け惜しみに聞こえます。

                                 マチダ

2012年12月 9日 (日)

よく見るけど名前は知らない草のお勉強@植物多様性センター

ここは、いわゆる「雑草」を大事にしてます。

武蔵野に生える草は、みんな残しておこうという方針のようです。

何てったって「植物多様性センター」。

多様性があって、それで植生が形成されてる。

きれいな花の花壇もいいけど、こんな形もあっていいよね。

神代植物公園の北側です。


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だから「雑草」にもちゃんと名札がついてる。

助かります。

イネ科なんて、いっぱいあって図鑑で見ても区別がつかない。

実物で見れば少しは覚えるだろう。

←子供のころからよく見てる。

遊び道具にもならないから気にも留めなかった。

アシボソです。

足が細いから。

そのまんまのネーミング。


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オオイヌタデです。

1㍍以上になって目立つからすぐに分かります。

イヌタデよりはるかに大きい。

道ばたじゃ見かけなくなりました。

育つ前に引っこ抜いちゃうからね。

植物園なんかでもまず見ない。

好きなようにさせてるのは、知ってる限りここだけ。

サナエタデというのもあって見分けるのがむずかしいらしい。

そのうち何とかなるでしょう。

気長にあせらずネ。


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オオクサキビ。

調べるとヌカキビに似てると書いてある。

そうだねえ。

こっちの方が大きい。

それにヌカキビは、もっとなよなよした感じ。

一応、この夏にヌカキビを覚えたんです。

だから比較できる。

アメリカ大陸からの渡来植物です。

ヌカキビの方がかわいらしいな。

「雑草」のお勉強でした。


2012年12月 8日 (土)

キツネナス、英語じゃフォックスフェイスだってさ@神代植物公園

ひと抱えもあるカボチャや、でかいひょうたんが植物会館に展示してあります。

ふと目に留まったのがオレンジ色した奇妙なもの。

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キツネナスだそうです。

ブラジルなど南アメリカ原産のナス科植物。

なんでこんな面白い形を作るんでしょう。

花材に使われるようだ。

ということは花屋さんで売ってる。

花を贈ったことなんてないですからねえ。

店の中でじっくりと捜したことなんてありません。

そんなわけで知りませんでした。

花屋は通りがかりにちらと眺めるだけです。

ただ店内を見回す勇気はありません。


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アリドオシの実がようやく色付きました。

これが赤くならないと「千両、万両、有り通し」・・にならない。

そんなにたくさんはいらないけど、心配しないくらいは欲しいよね。

アカネ科の常緑低木。

蟻通しの名の通りに鋭いトゲがある。

刺したことがあるけど、けっこう痛いよ。

接写で近づきすぎたんです。バカだねえ。

別名一両。

ご覧のみなさんも「有り通し」でありますように・・。


2012年12月 7日 (金)

筏(いかだ)道を歩いて本願寺へ@府中市白糸台

東郷平八郎連合艦隊司令長官が開基の東郷寺(府中市清水が丘)の山門としだれ桜見物のあとは、寄り道して本願寺へ。

駅で言うと京王線の多磨霊園から武蔵野台の一駅。

多摩川がつくった段丘を開いたくねくね道。

昔の品川街道。筏道とも言われる。

いまは崖の上に移され、府中から品川まで続いている。

そういえば大国魂神社のくらやみ祭も4月30日の品川海上禊(みそぎ)払式から始まる。

海で身を清めて海水を樽に詰めて持ち帰る。

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写真右の細い道です。

奥多摩の筏乗りたちが帰路にこの道を使った。

筏乗りという職業が生まれたのは明暦大火(振袖火事、1657)後のこと。

八百屋お七で知られる天和2年(1682)の大火では、材木問屋が、こぞって青梅に駆けつけた。

筏乗りは御岳や鳩の巣で切り出された松や杉を多摩川河口の六郷まで運んだ。

明治、大正のころで筏乗りの1回の手当ては15円。

米1俵(60㌔)が6円だから大金だ。

六郷で大金を懐にした筏乗りたち。

すっかり気前がよくなって品川のお茶屋で飲めや歌えの大騒ぎ。

お手当はすっからかん。

青い顔をして筏道を青梅目指してとぼとぼと歩いたんだってさ。

大きな木は左がケヤキ、右がサイカチ。

本願寺の門前です。

ケヤキの高さは22㍍、幹周3・8㍍。

サイカチは12・5㍍、2・3㍍と案内板にあります。


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こちらは境内のサルスベリ。

ケヤキ、サイカチとともに府中市の名木100選に指定されてます。

源頼朝の奥州藤原氏との戦いのあと本願寺が建立されたという。

藤原秀衡の持仏薬師如来を鎌倉に移送中、畠山重忠がこの地で野営。

お告げで草庵を結んだのが始まり。

お寺は別の場所だったが、戦国時代にこの地に移転している。

車返(くるまがえし)という地名も、この故事による。

さあ、筏道を戻るとするか。

もっぱら徒歩だったころの面影を残した貴重な道です。

※筏乗りの話は「武蔵野むかしむかし」(朝日新聞社)にお世話になりました。


2012年12月 6日 (木)

「羅生門」がモデルにした東郷寺の門@府中市清水が丘

この寺の開基は誰あろう、連合艦隊司令長官東郷平八郎元帥です。

原宿にある東郷神社(渋谷区神宮前)は有名ですが、お寺は知りませんでした。

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京王線の多磨霊園駅からすぐですが、西武多摩川線白糸台駅から歩きました。

多摩川に向かってなだらかな坂を下っていった崖の中腹にあります。

目に飛び込んでくるのが、簡素だが力強い山門。

急勾配の石段の上にそびえるように建っている。

段丘を利用して建てたために、こんなに急になったんです。

足の弱い人は、左手になだらかな道があります。

三間三尺の八脚門で、総ひのきづくり。

この雄大な門に黒澤明監督もほれ込みました。


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映画「羅生門」のモデルにしたんです。

映画は2階建てになってますが、下部の構造はそっくりです。

大映の撮影所からは近いからね。

美術スタッフが「こんな門がある」と推薦したんでしょう。

もともとは東郷家の別荘があったところ。

眼下に多摩川が流れ、その向こうには多摩丘陵。

右手には富士山。

当時は農家が点在するだけで、すばらしい眺めだったでしょう。

東郷元帥没後の昭和14年(1939)、旧日本海軍関係者が中心になって建立したんです。


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山門とともに府中市の名勝とされているのが、しだれ桜。

総本山の身延山久遠寺境内の苗を分けてもらったもの。

4本だったかな。

石段の急なのが分かるでしょ。

手すりもないから危ない。

下りは怖いので自動車用のなだらかな方を使いました。

境内には入れないので時間が余った。

近くに筏(いかだ)道がある。

奥多摩の筏士が帰途に使った道。

好きな散歩道です。

回り道をして帰ろう。

2012年12月 5日 (水)

もうすぐ散っちゃうよ・かえでのグラデーション@神代植物公園

午後から晴れ予報だったので神代植物公園のもみじ・かえで園へ。

紅葉が映えるぞと期待したんですが、黒い雲が太陽をさえぎってる。

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それでも紅葉はグッドタイミング。すごい赤。

ちょっと向こうは黄葉が散って自然のグラデーション。

今朝の雨(4日)で落ちたんでしょうか。

雨音で目がさめたくらいですから土砂降り。

冬には珍しいよね。

これで晴れてたら、もっと美しいんだけどなあ。

ほかの花はおしまいなので、けっこう人が出てました。

週末まで保つんでしょうか。


Dsc06613

中に入ると黄葉。

色づいたトンネルをくぐります。

何本植えてあるんでしょうか。

いろんな種類があります。

江戸時代につくられたのなんかもあるんですが、

見分けかたは分かりません。

覚える気がありません。

ま、総じてかえででいいと思ってます。


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名前が面白いので撮ってみました。

サルココッカ。

サルには関係なくギリシャ語らしいです。

中国のヒマラヤとか四川省あたりの原産。

中国名は野扇花(やせんか)。

庭木として植えられてるそうだ。

気づかないだけなのか。

早春に花をつける。

芳香があるらしい。

嗅ぎにきてみよう。


2012年12月 4日 (火)

ヤマブキの実だよ@神代植物公園

ヤマブキには実がつくというので早速、見てきました。

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なるほど。黒くなった実があります。

ずいぶんとひからびていますが確かに実です。

でも、どうして「みのひとつだに なきぞ悲しき」が、常識になったんでしょう。

太田道灌ばかりでなく万葉集にもあります。

「花咲きて 実はならねども 長き日に 思ほゆるかも 山吹の花」

八重には実がつきません。

これは突然変異なので納得できます。

でも、一重もひっくるめて実がならないと思わせた原因はどこにあるんでしょう。

不思議です。

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ノイバラとスズメウリの実です。

赤と白のコントラストに興をそそられました。


2012年12月 3日 (月)

シロヤマブキには黒い実ができる@植物多様性センター

ヤマブキには実がならないと思ってました。

だって太田道灌の歌にあるじゃない。

これが浅はかの始まり。

国語の知識で植物を判断すると誤る。

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シロヤマブキに黒い実がついてるのを見て、

鬼の首を取ったように喜んじゃいました。

ヤマブキにも実ができる、と。

とんちんかんな反応です。

ヤマブキも実がつくんです。

実がならないのは八重咲きのヤマブキ。

八重は突然変異、あるいは園芸種。

変異したときに実を結ばないようになってしまったんです。

今度、ヤマブキを見たときには、

「みのひとつだに なきぞ悲しき」なんだけど実はつくよと説明しよう。

ちなみに同じバラ科だけど、シロヤマブキとヤマブキは属が異なります。


 


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つぼみが上を向いているのでヒメジョオンでしょう。

季節外れじゃなくて秋咲き。

春の花々が咲き乱れている時期には見向きもしません。

だけど競争相手が少ない初冬に開くと目が向く。

勝手なもんです。


2012年12月 2日 (日)

西の名門ガンバ大阪がJ2陥落・「フロントの責任大」とマチダ

後半8分に同点にし、望みをつないだものの41分に倉田に決められ万事休す。

おなじみA大サッカー部OBのマチダさんは、フロントの責任があると指摘します。

    down    down      down

ガンバ陥落。

パナソニック凋落と軌を一にするようで象徴的でした。

西野退任、外国人監督解任、付け焼刃的な松波登用と、まずはフロントの責任が問われます。


親の不振で金銭的にも制限があったろうことは想像できます。

でも、もっと苦しい条件で状態で闘っているチームもあるのですから言い訳にはなりません。

J2が現実となるまで選手にもどこか「まさか」の気持ちが残っていたのではないでしょうか。

この際、新しいガンバを築くために選手を含めて膿を出し切った方がいいでしょう。

     shoe    shoe     shoe

リーグ最多得点で最多失点。

最終戦を見た限りDF陣とGKのコンビネーションが良くないと感じました。

いきなりの失点なんかいい例です。

大して威力もないセンタリングをBKがクリアミス。

GKに任せておけば防げていました。

GKが声を出さないのか、声掛けをしてもBKが言うことを聞かないのか。

失点以外でもBKがクリアにもたつく場面が何度か見られました。

妙な自信が災いをもたらしたのかも。

家長の流れを止めるようなプレーが目立ちました。

テクニシャンは大事に行こうとする意識が強すぎたのでしょう。

ボールを止めてから何かを仕掛けようとしていました。

すでに走り出していた選手は、やむなく止まらなくてはなりませんでした。

これでは、せっかくの動きも無駄でスムーズなパス回しの妨げになります。

誰もが何とかしたい気持ちだったでしょう。

しかし意思統一されないまま個が勝ってしまったようです。

どこかチグハグでした。

大人のチームだったはずなのにここまで歯車が狂うとは。

成熟は衰退の始まりですね。

寒くて寂しい最終戦でした。

                               マチダ

2012年12月 1日 (土)

パーフェクトな赤!こんなの初めてムサシアブミの実@植物多様性センター

完璧、です。

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ムサシアブミの実は野川公園でも見られますが、

こんなに粒と色のそろったのは初めてです。

普通は虫食いがあったり、熟しすぎた粒があったりするんですが、

全部が均一に赤く染まってる。

あっ、植物多様性センターと言っても分かりませんね。

神代植物公園の分園です。

無料です。

各ゾーンの中は、保護のために先日までは入れなかった。

植生も落ち着いて通れるようになったんです。

冬の曇り空だし、野の花も終わってる。

期待しないでひと回り。

でも、こんな収穫があった。

あきらめないで歩いてみるもんです。

ただし名札は「種類不明」となっていた。

果実だけで葉がないので即断はできない。

植物公園だから慎重です。

サトイモ科テンナンショウ属の別の植物なんでしょうか。

マムシグサも同じような赤い実をつけるからね。

春になって違ってたら訂正します。


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イソギクだよ。溶岩があって少しだけ伊豆大島気分。

どんよりした冬空に黄色が映えてます。

近くで落ち葉を片付けていたおねえさんは見覚えがある。

質問がてら声をかけよう。

「あれはハルジオン?」

「秋咲きのヒメジョオンです」

燈台みたいな形のキノコ、キツネノタイマツを一緒に見たアルバイトさんだ。

何となく深山含笑花(ミヤマガンショウカ)の名前がいいという話になりまして。

彼女、ここにあるのを知らなかった。

それでは、ご案内。

工事中で2年間、見られなかったんです。

来春の花を楽しみに待ってます。

いい匂いがするらしい。

鼻も鍛えておこう。


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