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2012年11月 6日 (火)

大福、白金、鈴木の長者たちがいた江戸@白金長者御殿あとで考える

目黒の自然教育園、ここには白金長者の御殿があった。

恵比寿寄りには長者丸駐在所があります。

長者丸白金なんて名前をつけているマンションもあります。

住所は東京都港区白金。

しろがねと濁りません、しろかねです。

Dsc06156_2

白金長者の全盛期は室町時代のようです。

14世紀末ごろに白金地区を開墾した柳下上総介ともいわれますが定かではありません。

土塁が残ってます。

相当な財力をたくわえたんでしょう。

奥州に分け入って銀を採掘してたんでしょうか。

太田道灌が江戸城を築いたころの江戸は草深い田舎だったと教わった。

ちょっと違うのかもしれない。

品川湊には鈴木道胤(みちたね)・光純親子がいた。

回船業や土倉を営む大商人。

紀州熊野の出身のようだ。

道灌とも親交があり、1459年には南品川の妙国寺七塔伽藍を完成させている。

中野には中野長者がいた。

熊野から来た鈴木九郎で、品川の鈴木親子の縁者かもしれない。

新宿から杉並一帯を開発、新宿の熊野神社(十二社・じゅうにそう)を建立といわれる。

Dsc06136


頼朝の江戸入りに立ちふさがったのが「八カ国の大福長者」。

江戸太郎重長。

江戸の水運を握って富を蓄積したらしい。

このように江戸には長者がいた。

水運や商業を握り財を成している。

彼らは武蔵や奥州の産物を西国に運んで巨利を得ていたのか。

道灌時代の江戸も案外に開けていたのかもしれない。

ちなみに江戸氏の子孫は六郷、渋谷、中野、阿佐谷、桜田、芝崎、金杉、蒲田などの名字を名乗っていく。

徳川になって本家は江戸の名字をはばかり世田谷区の喜多見に移る。

てなことを思って園内を散策。

センニンソウです。

この実の先につくヒゲから仙人を連想したんです。


Dsc06145

コウヤボウキ。

きれいに咲いてます。

また早春に訪ねよう。

ユキワリイチゲの群生が見られるらしい。

春の妖精の群生が見られるなんて・・。

「かたつむりさん」情報です。

ありがとう。


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