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2012年3月14日 (水)

梅がもたらされたのは弥生の前期なんだって・誰が運んだの?

神代植物公園の梅園も週末が見ごろになりそうです。

Dsc01648

ひと月遅れ。お待たせしました、ですね。

梅の原産地が中国というのは知ってました。

でも日本にもたらされたのは飛鳥か奈良時代と思ってました。

遣隋使、遣唐使が持ち帰ったんだろうと漠然と認識してた。

違うんです。

弥生の前期には入ってるんです。

なんでそんなことが分かるのか。

西日本各地の遺跡から種子や材が出土してるんです。

種子、というか実は薬用、食用。

中国でも薬用、食用に用いられていて殷代(BC14世紀〜12世紀)には鼎の中から種が見つかっている。

前漢(BC206〜8)には、観賞用の栽培が始まっている。

ところで、弥生時代の前期は大体紀元前300〜200年ごろ。

中国では戦国から秦、漢だな。

Dsc01643

誰が種を持って日本までやってきたんだろう。

どこから?

交易してたという記録はないですね。

卑弥呼はもっとあとです。

梅の種を持った人々が海を渡ってきたんです。

そう考えるしかない。

揚子江あたりから東シナ海を横切って、あるいは半島から対馬を経由して・・・。

彼らは梅ばかりでなく、イネも大事に持って海を渡ってきた。

弥生文化は海の向うからもたらされた。

文化を伝えた人たちも大勢やってきた。

大陸系の弥生人たちは、クニとしてまとまり倭国につながっていく。

倭国の支配層はやっぱり海の向うの人たちなんでしょうね。


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