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2012年1月の記事

2012年1月31日 (火)

ウグイスはまだ踊らない@野川公園

小田原では梅まつりが始まったけど、残念ながらまだ咲いてません。

観光協会のHPは「昨年の今頃(1月初旬)には、早咲きの十郎の花が2分ほど咲いていましたが、今年はまだ開花しておりません。

昨年に比べ、今年は少し開花が遅れているようです。もちろん今後の天気次第ですが、暖かい日が続き、雨が降れば一気に開花は進みます」。

原因は寒さだけではなくて、昨秋の暖かさで花芽の分化が遅れたのが一因ーーと見ています。

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暖かいので冬の準備が遅れたということでしょうか。

難しいもんですねえ。

ウグイスカグラも昨年は、咲いてるのがあったんですがねえ。

つぼみが赤く色づいてますが、まだ、しっかり閉じてます。

ウグイスは、この実を食べるためにホバリングをする。

その姿が、お神楽を踊っているようだとして名づけられた、ともいう。

花が咲く頃にウグイスが鳴き始めるからだともいう。

6月ごろに出来る赤い実はおいしいですよ。

あちこちで例年通りに花をつけてるのもあります。


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野川の土手沿いを歩いていると、小さな花が、こんにちはしてます。

オオイヌノフグリ。

外来種は強いです。

可愛いからこいつは嫌われません。

在来種のイヌノフグリは、すっかり見かけなくなってしまいました。

自然観察園の中に、石で囲った保護区域があるんだけど、まだ花は確認してません。

掲示板には「開花」となってるんだけどなあ・・・。


2012年1月30日 (月)

咲きましたよセツブンソウが・・@野川公園

足早に通り過ぎると気づきません。

それで去年、セツブンソウが咲いてたあたりで立ち止まり、しゃがんでじっと目を凝らします。

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芽が出たばかりだと背丈は1㌢。

花がふくらんでも2㌢。

老眼だから焦点がなかなか合いません。

おっ、咲いてるじゃないか。

去年は上から見下ろしているだけだったので、見栄えがしないなとしか思わなかった。

地面すれすれに顔を近づける。

シベが青いじゃないか。

カメラを置いて適当にシャッターを切る。

花が下を向いてるから、少し土を掘ってカメラを置く。

小津(安二郎)さんだね。

小津さんの現場は知らないが、加藤泰監督も下からあおったローアングルが好みだった。

スタジオに入るとスタッフがスコップで一生懸命、穴を掘っている。

カメラをすえる穴だ。

カメラマンと助手も入るから、かなり大きい。

シーンが変わるたびに穴を掘る。

そんなことばかりやってましたね。

      camera     camera     camera

安物だからピントが合わない。

マシなのがこれです。

ピントは土ころにきてます。

土が大きく見えるでしょ。

それだけ小さいんです。

咲いてるのはこれだけ。

でも芽を出してるのはたくさんあります。

週末には楽しめるんじゃないかな。


2012年1月29日 (日)

やっぱり「大鹿村」が1位なんだ・映芸ベストテン

「映画芸術」のベストワンはどの作品になるのかな、とちょっと楽しみにしていた。

クセのある人たちが選者なので新藤兼人監督の「一枚のハガキ」にはならないので、やっぱり「大鹿村騒動記」にするのか、それとも園子温かな。

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「映芸」はワーストテンも選んで、その分をベストの得票からさっ引く独自の集計法。

小川徹編集長時代からの名物ベストテンだ。

2012年冬号が届いたので、さっそくベストテンをチェック。

「大鹿村」でしたね。

編集長で脚本の荒井晴彦は、これについてどう「弁明」してるのか、ゲスとしては隅っこをのぞいてみたくなる。

ところが、選者にも入ってないし、何も触れてませんでしたねえ。

喜べば、お手盛りと非難されるし、当事者なんだから他作品を評するのも憚られる。

そこをあえて、と望んだんですが、無理でしたね。

これで日本アカデミー賞をのぞいて各賞が出そろった。

キネマ旬報「一枚のハガキ」、毎日映画コンクール「一枚のハガキ」、ブルーリボン賞「冷たい熱帯魚」、報知映画賞「八日目の蝉」、日刊スポーツ映画賞「一枚のハガキ」。

アカデミーは、メジャー各社が組織票を持っているので「八日目の蝉」になるのかな。

それにしても映芸の選者は2、3をのぞいて知らない人ばかり。

これじゃ、あいつはどれを選んでるんだと品定めする楽しみがない。

キネ旬との重複者はのぞいたとしても、物書きで映画をきちんと見てる人がいないのかねえ。

「折からの出版不況もあり、幣誌の売上も決して好調とは言えない状況です。

ブログやツイッタ—などを使われておりましたら、好意的なものでなくてもかまいませんので、話題にしていただけましたら幸いです」。

こんな紙が挟み込んであったので、ご期待に応えて思いつくままの駄文をつづりました。

「映画芸術」って言ったって近ごろは誰も知らんもんね。

昔はキネ旬(古い人たちは「旬報」という)に飽き足らなくて、「映画芸術」と佐藤重臣さんの「映画評論」を毎号買っていたもんですがねえ。

大きな本屋さんにしか置いてありません。

つけ加えると栄えあるワーストワンは「ステキな金縛り」。

ついで「さや侍」、「恋の罪」、「プリンセス・トヨトミ」、「監督失格」。


2012年1月28日 (土)

地名考・「塩尻」は「富士山」なのだ

長野県に塩尻がある。中央本線だと諏訪と松本の間。

三浦綾子の「塩尻峠」で名前を覚えたんだろうか。

塩も作れないのに、どうして塩が地名になってるのか、少し不思議でした。

昔は日本海から塩売りがやってきたが、ちょうどこのへんで売り切れになったので塩尻と呼ばれるようになったという。

なるほど・・。

ここから富士が見えるのは、つい最近知りました。

毎日聴いてるNHKラジオ「ラジオビタミン」のコーナー「お天気あっちこっち」でリスナーから諏訪湖からの富士が紹介されHPに写真が出てました。

その先の塩尻峠からも富士が見えるんです。

びっくりしました。

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歌川広重が「富士三十六景」で描いてます。

地図を見ると南南東に富士があり、山脈にさえぎられてない。

塩尻峠の標高は約1000㍍なので富士が望めるんだ。

fuji ここまでで納得してたんですが、面白い事実にあたりました。

「平安朝時代には、富士山の形を『塩尻』と言っている」(「江戸の坂 東京の坂(全)」横関栄一、ちくま学芸文庫)

どうして?

塩田で塩分濃度を濃くした砂を集めて盛り上げたものを塩尻というんだそうだ。

さらに濃い海水をかけると、真っ白い砂が積もって、まるで富士山の頂上に雪が積もっているように見える。

sign01 そうか。

富士山が見えるんで「塩尻峠」と呼ぶようになったんだ。

「時しらぬ やまはふじのね いつとてか かのこまだらに 雪のふるらん」と歌を掲げて「伊勢物語」が、こう説明してます。

「その山は、ここにたとえば、ひえのやまを はたちばかり かさねあげたらんほどして、なりはしおじりのようになん有ける」。

富士山のなりは塩尻のようだと言っている。

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岩波古語辞典は「しほじり」を「塩田で砂を円く高く塚のように積み上げたもの」として、やはり伊勢物語を引用してます。

どうでしょうか?この説は。

売り切れなんて切ない話じゃなくて、富士が見える感動の方が大きいんじゃないでしょうか。

付け足すと、「尻」は後ろの意味じゃなくて、「しろしめす」の「しり」。

つまり「統治する、支配する」ではないだろうか。

2012年1月27日 (金)

一番バッターは春の妖精セツブンソウ君@野川公園

先週から地面をじっと見てます。

立ってると分からないので、膝をついて目線を低くして焦点を地面に合わせます。

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落ち葉をかき分けて出てきてます。

セツブンソウです。

寒いの何のといったって、来週は節分だもん。

植物は日照時間で春の到来を知ってます。

セツブンソウはいの一番に咲きます。

出てきたのはつぼみです。

まだ5㌢くらいだけど、もう少しで花が開きます。

何てったって一番乗り。

オオイヌノフグリや西洋タンポポも花をつけてるけど外来種なので、この際は除外。

週明けには咲いちゃうんじゃないかな。

セツブンソウもスプリング・エフェメラルです。直訳すれば、春のはかない命かな。

エフェメラルは、はかない、つかの間。

意訳して春の妖精。

落葉樹の葉が茂る前に花が咲いて葉を伸ばして光合成を行う。

光が当たらなくなると姿を消してしまう。

フクジュソウやカタクリもそうです。

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セツブンソウは真っ先に咲くので乱獲されたり環境の変化で減少、準絶滅危惧種に指定されてます。

こっちはフキです。

うれしいです。

天ぷらによし、フキ味噌もご飯が進む。

まだフキノトウになる花芽(多分)は伸びてませんが、もうすぐでしょう。

あの苦さは、まさしく春です。

せせらぎに生えてるクレソンはときどき、ちょいと摘んで料理に添えてます。

春を食べると血液がきれいになったような気がしてさわやかになります。


2012年1月26日 (木)

梅に雪・ゲージツは難しい@降り積もったので神代植物公園へ

降雪の後は、それってんで神代植物公園にすっ飛んでいきました。

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ベトナムツバキのハイドゥンの開花を確かめてから、ひらめきました。

ロウバイが盛りだ。

花には雪が乗っている。

きっと絵になる。

いますねえ、同じ考えの人が・・・。

10人くらいが立派なカメラを持って「梅に雪」を狙ってます。

雪が余分な匂いを消し去ったのか、一面に梅の香がただよってます。

みんな真剣です。

東京じゃめったにないシャッターチャンス。

熱心にベストアングルをさがしてます。

こちとらは適当に2、3枚パチリ。

パソコンに取り込んで拡大してみると、やっぱり大したことないですね。

ロウバイに雪が乗ってるだけ。

狙いも構図もありきたりで、発見も意図も何もない。


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池があるツツジ園にも行ってみます。

こちらにもカメラマンが。

まあ雪景色にはなってますけど、それだけです。

ゲージツの才能がないことが、はっきりしました。

ハナから分かってましたけどね。

間違って、いい写真にならないかと願ったんですが、世の中甘くないです。

2012年1月25日 (水)

和菓子みたい!ようやく咲いたぞベトナムツバキのハイドゥン@神代植物公園

昨年末にはつぼみをつけていたので、今か今かと開花を待っていたベトナムのツバキ、ハイドゥンがようやく開きました。

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花弁は肉厚でぽっちゃり。

白い縁取りがあって、細工したみたい。

和菓子の材料で作った飾り物のようだ。

ハイドゥンは海棠(かいどう)のベトナム語読み。

ベトナムも漢字圏です。

日本で海棠というとリンゴの仲間になって少し違いますね。

テト(旧正月)の頃に咲くというので、頃合いだろうと温室をのぞいてみました。

23日が春節の始まりだったんでね。

22日はまだつぼみだったんですが、月曜の休園日に開いたんでしょうか。

とすればぴったり旧正月にあわせたことになる。

テトは節で多分、中国の春節と暦は同じだろう。

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ベトナムでは、お正月のお供えに使う。

お寺にはたくさん植えてあるそうだ。

南国のお正月らしい花ですね。

テトという言葉を初めて聞いたのは1968年。

南ベトナム民族解放戦線がテトを期して南ベトナム全土で総攻撃を行った。

テト攻勢だ。

20人ばかりの勇敢な兵士がサイゴンのアメリカ大使館を占拠、日本にもテレビのニュースで映像が紹介された。

ああ、アメリカは負けるなと思わせた。

ベトナム戦争が終結に向かう象徴的な出来事だった。

実際にはサイゴン陥落の1975年まで7年がかかった。

だからテトと聞くと反射的にベトナム戦争を思い浮かべるんです。

37年も前のことか・・・。

成長めざましいベトナムに行ってみたいな。


2012年1月24日 (火)

「しあわせ稲荷」がありました@赤坂

地下鉄の地上を歩く会、六本木の俳優座前を出発して最初に訪れたのが赤坂氷川神社。

目に飛び込んできたのが大イチョウ。

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でかいですねえ。

なにしろ目通り幹径(目の高さ)約2・4㍍、幹周約7・5㍍。

港区では善福寺の「逆さイチョウ」(国の特別天然記念物)に次ぐ大きさだ。

氷川神社がこの地に移される前から茂っていた。

もともとは赤坂でも別のところ、今はTBSがある赤坂一ツ木台地に鎮座していた。

八代将軍吉宗が現在地に社殿を造営、亨保15年(1730)に遷座した。

忠臣蔵のころは浅野式部の赤坂下屋敷だった。

それで内匠頭の内室瑶泉院がここに引き取られた。

その後に氷川神社になった。改易されたのか、移ったのか、調べてません。

遷宮時にすでに、この大イチョウは樹齢100年は越えていたという。

ということは樹齢400年は下らない。

氷川神社は武蔵の国に分布して、本社はいうまでもなく大宮の氷川神社。

分布域は、荒川の南側で北側の香取神社などとすみ分けてます。

分社は埼玉県162社、東京都68社・・・で、全国の分社、関連社は268社。

所沢の中氷川、奥多摩の奥氷川神社のラインがほぼ一直線で、荒川右岸を氷川神社を推戴する勢力が支配したことを示している。

氷川の名前は出雲肥川(斐伊川)に由来。

祭神はスサノオノミコト、クシイナダヒメ、オオナムチノミコト。

出雲の神様です。

出雲族が武蔵を支配したのか。信濃から南下したんだな。


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参道の階段を少し下ると四合稲荷神社がありました。

古呂故(ころこ)稲荷 赤坂一ツ木二番地、古呂故天神社境内に鎮座。

地頭(じぬし)稲荷 氷川神社遷座以前より拠の地に鎮座。

本(もと)氷川稲荷 本氷川神社隣接、別当盛徳寺の地内に鎮座。

玉川(たまがわ)稲荷 赤坂門外の御堀端、現弁慶橋のあたりに鎮座。

明治31年にこの4社を合祀したので四合稲荷。

勝海舟筆の「四合稲荷社」という扁額もあるという。

勝は幕末から赤坂に住んでいて、「四合稲荷」と命名して、「しあわせ稲荷」としたと言うんだけどねえ・・。

となりには西行稲荷神社もありました。

勝海舟の次は西行法師、さすが赤坂と感心した。

違いましたねえ。

赤坂に西行五兵衛という人がいて、狐の形をしたご神体を拾って祀っていたのを、氷川神社境内に移したんだそうだ。


2012年1月23日 (月)

次は鬼の栖・本郷菊富士ホテルにも行かなくちゃ@本郷菊坂界隈

樋口一葉ゆかりの地におもむいたあと、われわれが向かったのは「石川啄木ゆかりの蓋平館別荘跡」。

といってもついていっただけですが・・・。

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現本郷5丁目の赤心館の下宿代が滞って移ったのが本郷6丁目のここ。

窮地を救ったのは金田一京助だという。

3階の3畳半の部屋に入った啄木は「富士が見える、富士が見える」と喜んだという。

小石川が底で、大分上がってますからね。

見晴らしがよかったんでしょう。

蓋平館は昭和10年ごろに太栄館と名を変えたが建物は昭和29年に焼失した。

「セイコさんは高校時代に啄木を読破したのよね」と誰かが思い出す。

「日記まで全部読んだ」とセイコさん。

「オレなんか“風太郎忍法帖"シリーズを図書室で借りてた」と胸を張った。

「あら、啄木全集も図書室にあったわよ」

失礼しました。そっちには目がいきませんでした。

啄木はその後、東京朝日新聞社の校正係の職を得て、本郷2丁目の喜の床に移っていった。

「父のごと 秋はいかめし

 母のごと 秋はなつかし

 家持たぬ児に」

蓋平館時代の明治41年の作だ。


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このあたりに菊富士ホテルがあったんだろうが、今回のコースには入ってません。

菊富士ホテルにはあこがれを持ってます。

学生時代に時々、雑誌「文芸」を買っていた。

ポケット判だったような気がする。

瀬戸内晴美「鬼の栖」の連載があった。

内容は全然覚えてないけど、菊富士ホテルが舞台で、文士たちの愛憎渦巻く葛藤が泥絵のように描かれていた気がする。

このホテル滞在者は、石川淳、宇野千代、尾崎士郎、坂口安吾、谷崎潤一郎、竹久夢二らそうそうたる顔ぶれ。

葉山の日陰茶屋で神近市子に刺された大杉栄が伊藤野枝としばらく隠れていたのもここ。

まさに鬼の栖。

ね、のぞいてみたいでしょ。

再訪して菊坂界隈をゆっくり散策しよう。

なんのかんのとめぐって、東大の構内へ。

夕闇が迫ってます。

三四郎池を回って本日はお開き。

2万5000歩はゆうに越えてる。

翌日は筋肉痛が出ました。


2012年1月22日 (日)

樋口一葉が通った伊勢屋質店@本郷菊坂界隈

格調高く本郷菊坂あたりを歩いている。

樋口一葉「にごりえ」にも出てくる「こんにゃく閻魔」にお参りしてから一葉終えんの地へ。

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白山通りの西片交差点そばに「樋口夏子碑」が建ってます。

刻まれているのは明治27年4月28日と5月1日の一葉の日記。

一葉の筆跡を写したもので、そのほかの文字は平塚らいてう。

旧町名は本郷・円山福山町。

近代文学史上に残る傑作がここで書かれた。

「大つごもり」「にごりえ」「たけくらべ」・・・。

「にごりえ」の舞台になる新開地もすぐ近くにあった。

えらそうに書いてますが、受け売りです。

これじゃいけないというので図書館に走って借りてきました。

「あゝ今日は盆の十六日だ、お閻魔様へのお参りに連れ立って通る子供達の奇麗な着物きて・・・」

ついで東京メトロ南北線が地下を通っている菊坂界隈を本郷に向けて上がっていく。


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リーダーが下調べをしてくれているので、古い町並みの残る坂を上がって一葉の旧居へ。

下町が残っていて懐かしい街並みです。

たとえば洋服屋の名前は「ズボン屋」。つけたときはハイカラなネーミングだったんでしょう。

下谷竜泉寺町に移る前の生活困窮期に住んだところだ。

生涯困窮してるけどね。

路地をはいると井戸があった。

一葉も使った井戸だ。

おばさんグループも入ってくる。

リーダーによると以前は、案内板があったが外されているという。

きっと住人に迷惑なんで外したんだね。

白壁の土蔵は一葉がかよった質屋さん。

外壁を塗り直したが、内部は当時のままだという。

「此月も伊せ屋がもとにはしらねば事たらず、小袖四つ、羽織二つ、一風呂敷につゝみて・・・」と明治26年5月2日の日記に出てくる。

「衣替えで入れたのかしら?旧暦、新暦?」

ここでセイコさんが、小袖および明治の着物事情について教えてくれる。

父親が事業に失敗する前に持っていた着物を入れたり出したりしながら生活していたんだろう。

下谷竜泉寺町の頃に訪ねた怪しげな相場師、久佐賀義孝からは、妾になれといわれたりしてるからね。

一葉が24歳で亡くなったとき、伊勢屋の主人は香典を持って弔ったという。

地下鉄の地上を歩く会で、今回は南北線の上を歩いてます。

メンバーは高校の同級生です。


2012年1月21日 (土)

バニラも花が咲くんだ&コエビソウ@神代植物公園

寒いときは温室に避難。室温は20度を越えているので冷えた体を温めるのにちょうどいい。

湿度が高くて眼鏡もレンズも曇っちゃうけどね。

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ベトナムツバキ「ハイドゥン」の写真を撮っていたら係のおばちゃんが「あそこにバニラが咲いてるわよ」と教えてくれた。

丈が低いので言われないと気づかない。

バニラが植物だということは、うすうす気づいてはいるが見たことはない。

花の存在も頭から失せてます。

サヤを香料に使うんだから花があるのは当然なんだけどね。

バニラビーンズって言うから豆科かな。

大はずれです。

なんとラン科です。

そういわれりゃランみたいだ。

「まだ開いてないね」

おばちゃんに訊くと「一日花だから難しいよ」

案の定、2、3日して行ったら散ってました。


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コエビソウ。

花屋さんではよく見かけるそうです。

仏花くらいしか買わないから花屋事情の知識はゼロ。

お初だったので、なるほどねえとうなずいてしまいました。

ピンクになってるところは苞。

その先のとんがってるのが花です。

キツネノマゴ科っていわれるとグッと身近に感じます。


2012年1月20日 (金)

ベトナムの黄色いツバキ@神代植物公園

学名はクエフォンエンシスだが、名前はまだない。

ツバキ科ツバキ属である。

原産地ベトナム。

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花は黄色で一重の小輪。

説明書きにはこうなっている。

その上に手書きでカメリアと加えてあった。

なんじゃいな。

学名はあるけど日本名がないのか。

12月に「幻の黄色いツバキ・金花茶(キンカチャ)を見に行く」として、金花茶が発見されたときの大騒ぎについて書きました。

ベトナムにも黄色いツバキがあるんです。

金花茶自生地の広西チワン族自治区とは、お隣ですから分布していても不思議はない。

種類は違いますけどね。

こちらはクエフォン村の山地で発見された。

ベチナム中北部とラオスの国境付近の村。

なんと2001年のこと。

学名には東京農工大箱田教授とハノイ大ニン教授の名もついてます。


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ツバキは赤いと思ってるから黄色いツバキに目の色を変えるんだろうけど、お茶だとすれば珍しくも何ともない。

クエフォンエンシスなんて、葉も花もお茶ですよ。

中国で山茶といえばツバキ類一般を指す。

日本ではこれが山茶花、サザンカになった。

サザンカって英語でもCamellia sasanquaなんですね。

ガキの頃、畑にはお茶を植えて囲いにしていた。

花は愛でなかったが、実を採って笛をこしらえて遊んだ。

穴をあけて中の果実を取り出して作る。

ツバキの実と同じです。

チャドクガが大量発生して近づかなくなったけどね。

お茶の花も黄色で、ツバキ科ツバキ属。

この赤いつぼみはベトナムのテト(旧正月)に飾られるハイドゥン。

ベトナムツバキ。

なかなか咲きません。

白い縁取りがあって、かわいらしそうなので待ってるんですけど・・・。

ベトナム戦争のテト攻勢は1月の末だったから、もう少しかな。

テトは漢字「節」のベトナム読み。

春節を特に節というんでしょうかね。


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これが金花茶。

クエフォンエンシスと比べてください。

私なんか、名前が書いてなければ分かりませんけどね。

まだ当分は楽しめそうです。

芳香があるそうなんだけど、何度顔を近づけても匂いません。

係の人に訊いてみたけど、私の鼻が悪いんじゃなくて、この木は匂わないみたいです。

2012年1月19日 (木)

しゃれてるね。場外馬券売り場の隣に屋上庭園@後楽園

後楽園の場外馬券売り場で一攫千金を夢見たことは何度かあるけど、こんなところがあるとは知りませんでした。

トヨタの東京本社と馬券売り場にはさまれた後楽森ビル。


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裏手は小石川後楽園。

そっちに回ってみると屋上庭園へ上がれるようになっている。

後楽園が見渡せるかな。

木々が繁っていて中は見えませんでしたが東京ドームが目の前です。

ちゃんと写ってないけど、ビルの横に縦の線がうっすらと見えるでしょ。

それがドームです。

ベンチも置いてある。

コーヒーを買ってきて、景色を眺めてボーッとしてると頭が休まりそうだ。

路地には小石川後楽園の案内板や資料展示室も設けてある。無料です。

こういうのいいねえ。

ということで後楽園のお勉強。

寛永6年(1629)に水戸徳川家の祖・頼房が、中屋敷(後に上屋敷)の庭として造ったもので、二代光圀の代に完成した。

光圀は作庭に際し、明の儒学者・朱舜水の意見を取り入れた。園内には中国の風景が各所に配されている。

光圀と朱舜水、学校で習ったような・・・。

すっかり忘れてます。


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このあと、こんにゃく閻魔、樋口一葉ゆかりの地を訪ねて、この日の最終目的地の東大農学部を散策します。

農学部に入ってすぐ、朱舜水終えんの地の碑が建ってました。

パチンとはじけました。

明の遺臣で儒学者の朱舜水は、明の再興を図るが果たせずに亡命。

朱舜水に傾倒した光圀は中屋敷に住まわせ、後楽園の作庭についても、あれこれと訊いた。

赤門の方は加賀前田家ですが、農学部は水戸徳川なんですね。

これで光圀、朱舜水、後楽園がすっきりとつながりました。

ドーム内にある野球博物館にも寄りました。

プロの投手の速さを体験できるマシーンがありました。

女性陣も果敢にチャレンジ。

かすりもしません。当然ですね。

イシカワ君は何度か打席に立ち、意地でヒットを打ちました。

みんなで拍手。

地下鉄の地上を歩く会で、南北線の上を歩いてます。

発見だらけで面白い。

2012年1月18日 (水)

「うどん居酒屋なかにし」でうどんすきをたらふく食べた@表参道

表参道なんて何年ぶりだろう。もともと、あまり縁もなかったけど、知らないビルやお店ばかり。

ファッション最先端の店が並んでるのでしょうね。

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目指す居酒屋「なかにし」は見つけにくいとのことで、スパイラルビルで待ち合わせ。

路地に入ってビルの裏手に木造の古くさい建物がある。

「ここだよ」というが、とてもお店には見えない。

「えっ、ここなの?」と思わず声をあげちゃいました。

狙いなんでしょうが、むき出しの柱、廃材を拾ってきたようなドアなど。

看板も出てません。

おっさんたちの新年会。

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「うどんすきがうまいんだ」

「そりゃいいね」。

とりあえずのビールは、中ジョッキが210円。

とにかく安い。

アジのたたきは380円だったかな。

小ぶりだけど、骨と頭は揚げてあって骨せんべい。

気がきいてるね。


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店は驚くほど広い。

100人は楽に入れる。

2階もあって、団体席になっているようだ。

若者たちのグループが上がっていく。

気のいい店の娘は、ハイポーズ。

テーブルは7割方埋まっていたが、週末には満席になるそうだ。

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さんざん飲んで食べてシメが名物のうどんすき。

「2人前でいいか」

「いや、3人前。張り切って食べる」

元気なおじさんがいて3人前を注文。

完食です。

うどんはコシがあってうまかった。

具は追加でトッピングできるようだ。

満腹です。


2012年1月17日 (火)

小石川「こんにゃく閻魔」で食べ損なったけんちん汁@地下鉄の地上を歩く会

NHKラジオ「ラジオビタミン」で「こんにゃく閻魔」から中継していた(16日)。

あれっ、きのう行ったばかりだ。

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なになに、近くの商店の人たちがけんちん汁をこしらえてるって。

しかも、参拝者にふるまってくれるそうだ。

材料のこんにゃくは、お参りした人がお供えしたもの。

15、16日は例大祭で、きのうもふるまったらしい。

われわれがお参りしたときには、ガスコンロが片付けてあるだけだった。

そうか!ガスコンロは火渡りのためじゃなくてけんちん汁だったのか。

惜しいことをした。

お日様が出なくて寒い日だったので食べたかったなあ。

あったまったろうに・・・。

小石川の源覚寺。通称こんにゃく閻魔。

「宝暦年代のころ(1751年~1764年)、眼病を患った老婆が閻魔大王に21日間の祈願を行ったところ、夢の中に大王が現れ「願掛けの満願成就の暁には、私の両目の内、ひとつを貴方に差し上げよう」と言われたそうです。

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満願の日に、老婆の目は治りました。


以来、大王の右目は盲目となりました。
老婆は感謝のしるしとして好物の「こんにゃく」を断ち、それを供えつづけたということです。


このことから、源覚寺の閻魔さまは「こんにゃく閻魔」と呼ばれるようになり、眼病治癒の閻魔さまとして人々の信仰を集めている」。

夏目漱石「こころ」や樋口一葉「にごりえ」にも、こんにゃく閻魔は出てくるそうだ。

お参りのあとは、一葉の終えんの地などゆかりの場所をたずねる予定だ。

つながってくるんですねえ。

六本木の俳優座前に午前10時に集合、寄り道をしながら地下鉄南北線の地上を歩いている。

すでにみんなは丸ノ内線、銀座線などを踏破、目黒から六本木はすでに歩いて南北線は2回目。

高校の同級生です。

リーダーが沿線の見どころなどをチェックして興味津々なコース設定をしてくれているので、ついていけばいい。

リーダーには感謝です。

あちこち訪ねましたので、追々に紹介していきます。


2012年1月16日 (月)

見つけた!フクジュソウの芽がニョキ@神代植物公園

下ばかり見てます。お金じゃなくて、何かの芽が出てないかなと思って。

お金は百円くらいしか拾ったことないです。

縁はないけど、メシさえ食べられればそれでいい。

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土をかき分けてニョキッと芽を出してきたのがフクジュソウです。

そんなこと、なんでお前が識別できるんだ、と突っ込むのも当然です。

だって、ここは福寿草園。

この時期に芽吹くのは福寿草しかないじゃないですか。

それに地ならしをして肥料を与えていた係の人に確認しました。

だから間違いないでしょう。

ニョッキ、ニョッキとあちこちに出てます。

日が伸びたのを察知したんでしょうか。

寒中でも、もう芽を出さないと花の時期に遅れてしまうと一斉に行動し始めたんでしょう。


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ずいぶん昔、2月か3月に北国に行った。

雪はなかったが東京とは寒さが違う。

ふと庭に目をやると、鮮やかな黄色い花が。

感動しましたね。

いい大人になって初めて福寿草を見たんです。

他の植物が眠っているときに、まばゆい光を放ってる。

頂いてきて自宅の庭に植えたんですが、根付きませんでした。

ちょうど植物会館で福寿草展をやってたので、ことしお初の花を愛でてきました。

神代植物公園の福寿草園には、いろんな種類が植えてあるようだ。

黄色ばかりじゃなくて赤いのもあるそうですね。

2月の中旬には咲くのかな。


2012年1月15日 (日)

ミズバショウの芽も・・・もうすぐ春ですね@野川公園

春を先取りしたくて野川公園を歩いてます。

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ハケから水がじわじわ湧いてきて湿地になってるところがあります。

ここにはミズバショウがあったはず。

小さな芽が顔を出している。

「早春賦」ですね。

♬ 氷解け去り 葦は角(つの)ぐむ 

  
さては時ぞと思う


「角ぐむ」は葦などが角のような芽を出すこと。

それで、春だなと思った。

♬ あやにく今日もきのうも 雪の空  


今日もきのうも 雪の空

安曇野の遅い春を歌ったものです。

ここは信州じゃないからミズバショウが角ぐんできたら春近しでしょう。


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「古事記」で、天地が出来上がるときに「葦牙(あしかび)のように萌え上がるもの」から産まれた神に「角杙神」(つのぐいのかみ)がいる。

「角」(つの)はススキや葦、真菰などの芽立ち、「角ぐむ」はその動詞形。

「ぐむ」は涙ぐむなどと同じで、きざしが見えることをいう。

西郷信綱「古事記注釈」より。

「古事記」のお勉強でした。

話は戻って、赤いのはムサシアブミの実。

ミズバショウと同じサトイモ科です。

花というか仏炎苞の写真はこちらです。

落ち葉に埋まってたのが顔を出してました。

茎はすっかり枯れてます。

もっと落ち葉をかき分けると芽が出てるのかもしれない。


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毎度おなじみソシンロウバイは、まさに見ごろ。

香りをいっぱい吸い込んで何度も深呼吸してしまいました。


2012年1月14日 (土)

春をさがしてクレソン摘み・ハンバーグに彩り@野川公園

春の気配はないものか。

冬至から二十日も過ぎれば野の草たちも、日が長いのを感じてるはず。

季節を先取りしてるせっかちさんを見つけに野川公園へ。

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人が立ち入らないように大事に囲った区画がある。

ここはセツブンソウの縄張り。

もう芽を出してるかなと落ち葉をめくってみたが、見当たりません。

残念。

記憶をたぐる。

そうだsign03 あそこへ行ってみよう。

去年は2月中旬にオニノゲシが咲いてた。

地下水はあったかいから、春が来たと思ってるかもしれない。

せせらぎをのぞき込むと、やっぱりあるじゃありませんか。

目の覚めるような緑です。

清い流れに若い葉の生き生きとしたグリーン。

これぞ春。輝いてる。

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もうずいぶんと勢力範囲を広げてます。

クレソンです。

明治の初めに外国人がもってきて各地で野生化したんです。

その最初は上野の精養軒だと言われてます。

キッチンで洗ったときに、根が不忍池に流れ込んで繁殖したんだそうだ。

いかにもありそうですね。

野川公園のはICU(国際基督教大学)の関係者が持ち込んだのが根付いたのか。

そういえば隣接する調布飛行場を接収して占領軍がつくったのが水耕農場。

新鮮な野菜が欲しかったんですね。

写真を撮っていてひらめいた。

夕飯はハンバーグ。

クレソンをちょっと添えてやるとおいしそうに見えるな。

ということで少しだけ摘ませてもらいました。

手づくりのハンバーグに、ちょい緑をあしらって「野川公園で摘んできたんだ」とテーブルへ。

形は不格好なハンバーグが、ちょっとだけおいしく見えました。

2012年1月13日 (金)

「暗黒の30年」を繰り返すな!澤穂希のFIFA最優秀選手賞にマチダが訴える

おなじみA大サッカー部OBのマチダさんからひさしぶりのメールです。

天皇杯も高校サッカーもメールが来なかったので、どうしたのかと思ってました。

新年の第一弾は、澤穂希のFIFA最優秀選手賞受賞に寄せて「スポーツと企業」についての提言です。

      shoe     shoe    shoe

寒中お見舞い申し上げます。

昨年10月末より愛猫・トラが不調を極め、リンパ腫であと2か月と命を区切られました。

おかげで天皇杯、高校選手権とも気もそぞろ。観戦にも身が入らずじまいで新年のご挨拶もご無礼いたしました。

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さて、2012年は、澤穂稀からスタートです。

W杯でシュルシュルと夜空に上がった大尺玉の勢いはとどまるところを知らず、冬空に大きな花を描きました。

五輪の目標はあるものの、行き着くところへ一気にの感です。

澤の言葉にあるように、先人を含め無名有名を問わずサッカー好きの女子がいたからこその快挙でしょう。

歴史的にも協会が強化に乗り出したのは、ほんの数年前に過ぎません。

正直ここまでの道は、恵まれない選手たちがリードしてきたわけで、協会は従でした。

女子サッカーはもう十二分に認知されました。

ただ心配なのは再三言うように、この人気が一過性で終わらないようにすることです。これからは協会の仕事です。

当然さまざまなアイデアが練られているとは思います。

何より女子リーグを賑やかにすることが望まれます。

J自体が頭打ち状態で、スポンサー獲得も厳しい状況で果たしてどんな手を打つのか。

かつて日本リーグをブームだけに終わらせ、暗黒の30年を招いたことを知る世代としては気になるところです。

当時と今とでは状況は違うかもしれません。しかしスポーツに対する認識が大きく変わったとは思えないことも多々あります。

依然スポーツは “遊び”“道楽”の延長で、育まれた文化とはみなされていません。

特に企業は宣伝媒体としか見ていませんからなおさらです。

スポーツは儲け主義だけでは発展しませんよ。

一定の評価を得たら今度は事業として成り立つようにしていくのが本当のスポンサードでしょう。

昔の旦那衆は画家でも音楽家でも一人前になるまで黙って金を出したというじゃないですか。

展覧会や人の付き合いまで教えて独立させていった。

スポーツも同様。特にヨーロッパはパトロンの考え方が徹底されています。懐の深さの違いですかね。


話が硬くなりました。

ところでその澤ですが、見事にまでクールです。

喜びを表すのですが、どこか俯瞰して見ている感があります。

浮かれた様子はありません。

プレーでも同様。なぜあんなところにいるのかと舌を巻くことがしばしばあります。

これもゲームを俯瞰できているからなのでしょう。

彼女の不思議パワーは、これまでの壮絶な人生から身についたものなのかもしれません。

研ぎ澄まされた凄味があります。

傑女です。
                                                                        マチダ

2012年1月12日 (木)

こんな歌を聴いていた@ビートルズ前夜の青春1962年

たまに「河の娘パッチェス」が聴きたくなる。

♬川のほとりの炭住街に住む、貧しいが美しい少女。みんなはパッチェスと呼んでいた。つぎはぎ。

結婚しようと申し込むが家族は反対、パッチェスも消えてしまった。

ある日、川に浮かんでいるパッチェスを見たという人がいた。

パッチェス、今から君のもとに行くよーー。

1962年のディッキー・リーのヒット曲だ。

全米ナンバー1なんだけど、知ってる人は少ないだろうな。

日本じゃヒットしなかった。


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こんな暗い内容のアメリカンポップスは知りません。

変な歌が好きだなと同級生のアマノにあきれられてました。

この年のキューバ危機が影響してるんでしょうか。

見知らぬ建物になって思い出は心の中だけになってしまったけど、ここの高校1年生になったのが1962年。

はるかな昔です。

FEN(米極東放送)ばかり聴いていたポップス少年だった。

おじさんだからといって演歌が好きとは限りません。

正月に見たテレビで関根勤が言ってました。

「今の60代はビートルズを聴いて育ったんですよね」。

そうですよ。

アメリカン・ポップスの全盛期と青春が重なるんです。

この年のビルボードヒットをあげると・・・。

「ツイストNo.1」         チャビー・チェッカー

「すてきな16才」          ニール・セダカ

「好きにならずにいられない」   エルビス・プレスリー

「モスコーの夜は更けて」     ケニー・ボールとヒズジャズメン

「ツイストで踊り明かそう」    サム・クック

「ジョニー・エンジェル」     シェリー・フェブレー

「ヤング・ワールド」       リッキー・ネルソン

「愛さずにはいられない」     レイ・チャールズ

「リバティ・バランスを射った男」 ジーン・ピットニー

「涙の紅バラ」          ボビー・ヴィントン

「涙の口づけ」          ブライアン・ハイランド

「内気なジョニー」        ジョニー・ソマーズ

「悲しき慕情」          ニール・セダカ

「ロコモーション」        リトル・エヴァ

「初恋の並木道」         ボビー・ダーリン

「ドクター・キルデア」      リチャード・チェンバレン

「シェリー」           フォー・シーズンズ

「ランブリング・ローズ」     ナット・キング・コール

「ティーンエイジ・アイドル」   リック・ネルソン

「ユー・ビロング・トゥ・ミー」  デュプリーズ

「レッツ・ダンス」        クリス・モンテス

「天使のハンマー」        ピーター・ポール&マリー

「テルスター」          トルネイドズ

「ボビーに首ったけ」       マーシー・ブレーン

「オール・アローン・アム・アイ」 ブレンダ・リー

今も好きな曲ばかり。

きりがないです。

今、ユーチューブで片っ端から聴いてます。

便利な世の中になったもんだ。

 

 


2012年1月11日 (水)

なんて素敵な名前なんだろうアマゾンリリー@神代植物公園

名前を聞いた瞬間から「見たい!」と脳が指令を発した。

うっとりする名前。アマゾン源流のジャングルにひっそりと咲いているのか。

アマゾンリリー。

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清楚なんだけど、危険性もはらんでいそうで近寄りがたい。

花だから近づいちゃいますけどね。

一度は通り過ぎて係員さんに場所を訊いてしまいました。

丈は30㌢ほど。視線を落とさないと気づかない。

なんて白さ!

気品があって、それでいてなまめかしい。

花弁の曲線が怪しげですよね。

人を誘っている。

ちょっと時期が過ぎてるかな。

隣につぼみがあるので、それが開く頃にまた来てみよう。

神代植物公園に入ってから頭に浮かんできたのがブラウンズの「谷間に三つの鐘が鳴る」。

ジミー・ブラウンの生涯をつづった内容で、誕生、結婚、死の三回、チャペルの鐘が鳴ります。

エディット・ピアフのヒット曲をウエスタン調にアレンジして兄妹3人(姉、弟、妹)のグループがヒットさせた。

1959年のビルボードチャートに上げって来て、美しいハーモニーに聞き惚れた。

アメリカンポップスに目覚めた頃です。(ついでに思い出したジョニーとハリケーンズの「レッド・リバー・ロック」(同じ年のヒット曲)はインストだったので歌詞はなし。元歌にもユリはなかった)。

谷間にはユリが咲いてると思い込んでいたんだけどなあ。

歌詞をチェックしてみたけどユリは出てきませんでした。

バルザックの「谷間の百合」と混同してるんですね。

お恥ずかしい。赤面。

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隣に咲いていたのがマユハケオモト。

いまさらですが、温室は不思議な花で満ちている。


2012年1月10日 (火)

またの名を「ダーウィンのラン」@神代植物公園

なんか理科の時間に習ったような、それとも何かの本で読んだのか。

脳みその隅っこにかすかに残ってます。ランと蛾の関係が・・。

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ベツレヘムの星ラン、英語だとスター・オブ・ベツレヘム・オーキッド。

「ベン・ハー」でキリスト生誕前に、こんな星が瞬いてたんだったっけ。

前にも書いたけど「ベン・ハー」のサブタイトルは「キリストの物語」

直訳の日本語名は落ち着かないですね。

または星型ラン。うーん、いかさない。

英語ではコメット・オーキッド。

誰か福沢諭吉みたいに日本語になじむ訳を考えた方が良さそうだ。

正式の名前はアングレクム・セスキペダーレ。

そして、またの名をダーウィンのラン。

きのうはロゼット、きょうは進化論のお勉強です。

この花を見てダーウィンは予測したんです。

長い距(きょ)に合う口吻(ストロー)を持つ蛾がいるに違いない。

花の後ろの長細い袋状のものが距です。

この奥に蜜がある。

長ストローの蛾がいないと、長い距が意味をなさない。まだ発見されていないが、そんな蛾がいるはずだという。

みんな笑いましたね。そんなバカなと。

常識というのは愚かなものです。

ダーウィン死後21年、長い距をもつスズメガ(キサントパンスズメガ)が発見されたんです。

スズメガはこのランの蜜を独占、ランは確実に花粉を別のランに運んでもらえる。

ウィンウィンの関係です。

ランと昆虫のお互いが有利に進化する。こういうのを共進という。

   down

〔「ベン・ハー」についてはこちらで書いてます。お暇がありましたら・・・〕

「ベン・ハー」ラモン・ノヴァロ版・キリストの物語 2010.03.04

「ベン・ハー」ラモン・ノヴァロ版・キリストの物語 続き 2010.03.05

「ベン・ハー」ラモン・ノヴァロ版・キリストの物語 続続 2010.03.06

2012年1月 9日 (月)

ことしも植物の冬越しのお勉強@野川公園の植物観察会

去年の1月から参加した野川公園の植物観察会。

この時期に咲いているのはロウバイ、ソシンロウバイ、オオイヌノフグリ、スイセンくらいのものなのでテーマは植物の冬越し。

とはいっても、やっぱり花の方がいいですね。ロゼットや冬芽の観察は地味ですもん。

ロウバイとソシンロウバイは見ごろで並んで咲いてます。

花の中が赤いのがロウバイね。

「こっちの方が澄んでる」

両方の香を嗅ぐと微妙に違います。

おばさんたちにつづいて、鼻を近づけてみるとロウバイの方がすっきりした感じ。

ロウバイが原種です。

それで混じりっけがなくて本来の香りなのかな。

オオイヌノフグリはびっしり咲いてます。小さいけどいとおしい。

紫の花が星みたい。

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冬越しに戻ってロゼットのお勉強。

カントウタンポポは真性ロゼット。

生涯ロゼットで過ごします。

葉は放射状に広がって地面にへばりついたままです。

こうして太陽の光をいっぱいに浴びて根茎に養分をたくわえます。

広がったさまをバラに見立てたのでロゼット。

暖かくなると茎が伸びてきますが葉はつけません。

そういわれりゃそうですね。

タンポポの茎には葉っぱは着いてない。

気が早いヤツで、もう花をつけてます。


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これはメマツヨイグサ。

一時ロゼット種。

冬の間はロゼットで過ごすが、他の植物が茎を伸ばして葉を繁らせると、自分も茎を伸ばして高さ競争に負けまいとする。

背が高くなって花が咲くころには根生葉(こんせいよう、こんしゅつよう=根元から出ている葉)は役目を終え枯れてなくなってしまう。

あの黄色い花の姿とは、まるで違います。

花の写真がないかと捜してみたんですが、撮ってないですね。

検索して、どこかで見てください。

すんまへん。

季節ロゼット種というのもあります。

花期になっても根生葉が残り、なおかつ伸びた茎にも葉をつける。

オニタビラコ、ノハラアザミ、ハルジオンなどがあるが、写真を撮ってません。

回っているときには分類別なんて考えてませんでした。

いつもながら浅はかです。


2012年1月 8日 (日)

「三枝」はなんで「さえぐさ」なんだろう?

小学校のときに三枝さんが転校してきた。「さえぐさ」というんだと担任の浅川先生が黒板に書いていた。

どうして「さえぐさ」なのか不思議だったが、深くは考えずに過ごしてきた。

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神代植物公園でミツマタが、もうつぼみをつけているのに気づいた。

和紙の原料として有名ですね。

黄色い花を咲かせるようだ。

春を待ちかねて、ほかの花に先駆けて咲くのでサキクサともいうらしい。

枝が三つに分かれているので三枝と書いてサキクサと読んだ。

それがSAKIKUSAからKが脱落してSAIKUSA、発音しにくいのでSAEGUSAになったという。

万葉の頃から使われている古い言葉です。

「春されば まづ三枝(さきくさ)の 幸(さき)くあらば 後にも会はむ な恋ひそ我妹(わぎも)」と柿本人麻呂が詠んでます。

春が来ればサキクサが咲くように会えるので、思い悩まないでくださいーー。

「サキクサの」は幸にかかる枕詞。

これが、早春に咲くのでミツマタだという。

ジンチョウゲ、ミツバセリ、はてはきのこ説もあるが、賀茂真淵のヤマユリ説に惹かれます。

賀茂真淵は多分、大神神社の摂社率川神社の三枝祭を重視したんだろう。

率川は、いざがわ、祭りはさいくさと読みます。

三輪山の麓でとれた笹ゆりの花を酒樽に飾ってお祭りする。

こんないわれがあります。

大物主の娘のヒメタタライスケヨリヒメが娘たちと野に遊んでいたところを神武天皇が見初めて妃にしたという。

イスケヨリヒメの家は狭井(さい、さゐ)河のほとりにあった。

古くはヤマユリをさゐといった。

三枝祭は6月なので「春されば・・」の歌とは時期がずれますけどね。

と、あれこれ考えてきたが、三枝、さえぐさの源はたずねてもたずねても、迷い込むばかり。

古い日本語に由来することだけが分かりました。

お粗末。


2012年1月 7日 (土)

背が届かないので赤い実は採れなかったイチゴノキ@神代植物公園

年間パスポートを買ったので、もと以上を取り返そうとせっせと神代植物公園へ。

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すずらんみたい。

イチゴノキの花が木枯らしに負けずに輝いてます。

ここだけ春らんまん。

でも真冬には似つかわしくないです。

なんか違和感ありますよね。

フランスやアイルランドでよく見られ南ヨーロッパ原産。

それでこんな季節に咲くんですね。

ちょっと前までは真っ赤な実が着いてたんだけど・・・。

表面がつぶつぶでイチゴみたいなヤツが。

目を凝らすとありました。

もう黒くなってる。

ひとつ食べてみようと捜したんだけど、手が届くところにはなってません。


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お先に摘まれてしまったんでしょうか。

わたしゃ背が低いんで、こういうときは不利です。

負け惜しみじゃないですが、そんなにおいしくはないそうです。

学名はArbutus unedo。ツツジ科。unedoは、"I eat one"の意味。

つまり一回食べれば十分。

英名はstrawberry tree。

カリフォルニアでは好んで植えられてるそうです。

こっちの花は、赤くないですね。

赤いのが開花とともに薄くなるんでしょうか。

そこんところは分かりません。

2012年1月 6日 (金)

朝の光に輝いてキラキラ!綿菓子みたいなシモバシラ@神代植物公園

多摩は寒いんです。八王子は都心より5度は低いという。

調布だって気象庁がある大手町よりもグンと冷え込みます。

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5日の東京(大手町)の最低気温は1・9度。

天気晴朗、北風弱し。

しめた!絶好のシモバシラ日和だ。

都心の最低気温はなかなかマイナスにならないが、調布は間違いなくマイナス。

開園の午前9時半を待ちかねて神代植物公園へ。

目指すは山野草コーナー。

先客が体を低くして立派なカメラのレンズを植え込みの中に向けている。

おおっ、シモバシラが20数個、まとまっている。

ちょうど朝の光が注いでいる。

先客によると、今朝の調布はマイナス4度まで下がったという。

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不思議ですねえ。

理屈は分かるんですよ。

枯れた茎に水分が伝わり、それが冷やされて氷になる。

でも、どうして茎からはみ出て横に広がったりするんだろうか。

それぞれが独自の造形をしてる。

氷の結晶が光をすかしてキラキラ。

綿菓子みたいに丸まったのもあって、ちょっとかじってみたいですね。

枯れた茎が地上に残ってる植物なら、何でもこの現象が起きそうなものですが、そうは問屋がおろしません。

この植物の名はシモバシラ。

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10月ごろにはこんな花を咲かせます。

花よりも冬の氷のほうが特徴的なんでネーミングされたんだな。

同じシソ科のテンニンソウも同じ現象が起こるそうです。

植物園にはもう1ケ所、シモバシラがあります。

バラ園北側の林の中です。

野川公園にもあります。

高尾山は名所のようですね。

しばらく眺めていたら次々にカメラを持った人がやってくる。

みんな、この冬の花目当てです。

花の命は短いが、シモバシラは暖かくなると消えてしまいます。

もってもせいぜい午前中いっぱい。

寒に入ってしばらく寒い日が続きそうなので、当分は見ごろでしょう。


2012年1月 5日 (木)

ソシンロウバイが見ごろです、ロウバイもチラホラ@梅の香ただよう野川公園

ロウバイは梅じゃないですが、許してください。蝋梅と梅の字もついてますし香りも同じです。

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梅の香っていいですね。

どこからともなく、ほんのりとかすかに風に乗ってくる匂いは、遠くにいる春を感じさせます。

年末年始の休園を挟んで1週間ぶりに野川公園自然観察園へ。

年末にチラホラ咲いていたソシンロウバイが見ごろを迎えている。

北風は肌を刺すようで、マフラーをしてても首周りは寒風が入ってくるのに、人間と違って、寒さなんかには負けてません。

神代植物公園の梅・ツバキ園にもあります。

きっと盛りでしょう。

ソシンは、中国で花全体が同じ色のものを指す。

ロウバイの変種で、花全体がひとつの色のものを、中国語でソシン(素心)という。

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こっちがロウバイです。

まだ早いかなと思ってたけど、チラホラ咲いてました。

中が赤紫でしょ。

ロウバイが日本に来たのは江戸の初め。

ソシンロウバイは明治になってから。

この時差の理由は知りません。

子どものころ同級生の家の庭に大きなロウバイがあったのを思い出した。

何人かが集まって三角ベースをよくやった。

広い庭だったんです。

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→ 《黄色い花だけでは寂しいので、おまけのヒヨドリジョウゴの実。もうしおれてるのもあります》

お兄さんが牧師(神父?)さんで、日曜教会には出席していた。

カトリックだったのかプロテスタントだったのかも知りません。

讃美歌、クリスマスソングはここで覚えた。

小学校の入学前は無教会派の教会に預けられていた。

それなのに、グノーシスだの薔薇十字などの異端に興味があるんですから、真っすぐには育たなかったんですかね。

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〔PS〕5日、神代植物公園のロウバイを確認してきました。

こちらではロウバイが盛りでした。

ロウバイ、ソシンロウバイが30本以上あるので、もう少しすると、あたり一面に梅の香がただよいます。

お出かけの節は、ぜひうめ園へ。


2012年1月 4日 (水)

寒風切り裂く和太鼓ライブ@神代植物公園

和太鼓っていいねえ。いにしえの感情が呼び起こされるんでしょうか。

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力の限りたたき続けたのは、和太鼓ユニットの「風神」。

でんと置かれたのは4尺の大太鼓。

でかいよ。

牛1頭からは8尺の太鼓もつくれる。

でも、昔の牛の方が音がいいそうです。

育ちかたでしょうか、栄養の加減でしょうか。

こんなところにも科学文明のひ弱さがあらわれてます。

不思議なもんです。

ユニットのリーダーは、一目見て判別できました。

上半身の筋肉のつきかたが違う。

数種類の太鼓を使っての演奏。

まるでジャズです。

それもフリージャズ。オーネット・コールマンのアルト・サックスがフューチャーされても良さそうだ。

すこぶる新鮮。太鼓のリズムと自分が一体化していく。

和太鼓の認識を新たにしました。


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4尺の大太鼓はさすがに体全体に響きます。

叩き続けるリーダーの筋肉の美しさ。

ひたすらに打つ。

まるで自然と格闘しているよう。

崇高だった。


        thunder   thunder

深大寺初詣の帰りに神代植物公園を通ったんです。

2日のことです。

中を抜けてく方が近道なものなので。

いつものことですが、そば屋はどこも混んでましたね。

サビンヌさんも忙しげにクレープを焼いてました。

“あれ”がなければいいお正月です。


2012年1月 3日 (火)

天井画の赤龍神とベーブ・ルース@深大寺深沙堂

秘仏の深沙大王像を祀っている深沙堂が、お正月なので公開されている。

深大寺の起源となったお堂だ。深大寺の名がこれに由来していることは言うまでもない。

お堂に上がると、お坊さんが「どうぞご自由に写真を撮ってください」というではないか。

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珍しいですよね。

お許しを得て天井画の赤龍神をパチリ。

辰年ですからね。

青い玉をしっかりと握って力強い。

お坊さんが「ベーブ・ルースが・・」云々と何やら説明をはじめた。

なんじゃいな。

天井画を描いたのは広瀬貫川(かんせん)という日本画家。

野球界では有名な人らしいです。

時は昭和9年(1934)。伝説の日米野球が行われた。

しかし絶大な人気を誇る4番打者のベーブ・ルースが来日を渋った。

交渉に当たっていたのは鈴木惣太郎。

アポ無しで床屋にいたルースの元を訪れて、日米野球のポスターを見せ「日本のファンがあなたを待っている」と説得した。

このポスターが気に入ったルースは破顔一笑来日を承諾したという。

お分かりですね。

ポスターを描いたのが広瀬貫川。読売新聞社主・正力松太郎の意を受けて描いたそうです。

日本の雑誌デザインの先駆けといわれてる人です。

今なら人気イラストレーターかな。

プロ野球の歴史をひもとくと必ず目にするポスターですよね。

私も見たことがあります。実物じゃなくて本ですけど。

野球体育博物館に展示してあるようです。

      thunder       typhoon

秘仏は正月でも公開されません。厨子の中にある箱に大事に収められて、門外不出です。

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高さ57㌢、どくろの胸飾りをつけ、象皮の袴をはいて憤怒の形相すさまじいという。

そのかわりに壇の前で深沙大王がにらみを利かせてます。

秘仏を模したんでしょうか。

大王は、玄奘三蔵が天竺に赴く途中、砂漠での難を救ったという。

西遊記でいえば沙悟浄ですかね。

深沙堂は、明治の廃仏毀釈で壊されて、昭和43年(1968)に再建された。

そのときに秘仏も元三大師堂から元の場所に移された。

「武蔵野観光開発寄贈」とあるので、天井画も再建時に贈られたんでしょう。

2012年1月 2日 (月)

祝!初優勝FC東京・なんだけど今野が・・サポーター浮かぬ顔

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若さの京都は激しいプレスと、持ち前のパスサッカーでゲームを盛り上げました。

先制は京都。ルーズボールに駆け込んだ中山が冷静に決めて、さあどうする東京。

しかしJ2の厳しい戦いを制した東京がさすがでした。2分後です。

ショートコーナーを石川が絶妙のところにセンタリング、走り込んだ今野がドンピシャのヘッド。

そして前半36分の森重のフリーキックが、豪快にネットを揺らしてほぼ決まり。

試合中にでかい声を張り上げていた大熊監督は、これがラストゲーム。

あふれてくるものを抑えられず、ハンカチで目を拭ってましたね。


     shoe    shoe     shoe


ホームの味の素スタジアムに戻って行われた祝勝会。

国立のチケットを取れなかった息子もいそいそと出かけていきました。

帰ってきて「盛り上がった?」と訊いたらうかない顔。

どうも大黒柱の今野の去就が怪しいようです。

年末に、ガンバ入りなんて話が出てました。

今野も「誰と一緒にプレーしたいか」には、「遠藤」って答えてました。

2人は仲がいいみたいです。

祝勝会でも「契約があるので・・」とか口を濁していたようです。

どうも今野自身は移籍を決意したと、その場のサポーターは受け取った。

優勝の喜びもそれで吹っ飛んでしまったみたいです。

ザックが使い続ける男がいなくなると東京には痛手です。

心配です。

2012年1月 1日 (日)

新年は、松ならぬ“春の七草門松”がお出迎え@神代植物公園

紅白が終わるころから鐘の音がゴ〜ンと聞こえてきます。

近所のお寺なんだろうか、それとも深大寺か。

年越しはこれで済ませてしまう。

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寒いので出かけません。

勤め人の頃は、紅白を横目に10時過ぎから冷や酒。

年越しそばの出前も来たな。

会社持ちです。

新年を迎える時分にはいい具合で、そのまま近所の居酒屋になだれ込み。

ご帰還は初日の出を眺めながら。

2日には、同じ顔と挨拶してた。

だから初詣でも出勤前にちょこっと行くだけだったし、親戚や上司への新年のご挨拶なんて無縁でした。

リタイアしても過ごし方が定まらなくて、大みそかも紅白を見ないでラジオから流れてたのはNHK第2。

受験生のお悩み相談とかいうのをやってた。

京大を出たとかいうお笑い芸人たちがゲストで、悩みに答えてるのを聞き流していた。

     sun      snow

こたつで丸くなっていてもしょうがないので、2日には深大寺にお参りするつもり。

そのあとは神代植物公園へ。

年末に行ったら、門松が準備してありました。

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竹と松じゃなくて、竹に植えてあるのは春の七草。

大根もこうやって植えてみると、ありがたい感じがします。

こんなのを食べたら春の息吹をいっぱいに体に取り込めそう。

元日は丸くなってるのか?、ですか。

丸くなってます。

午前中は女子サッカーの決勝戦。

国立での晴れ姿を見てやらなければ・・。

そのうちに皇后杯になるんだろうか。

午後は天皇杯。FC東京ー京都のJ2対決。

若い京都の戦いぶりが楽しみ。

準決勝の京都は横浜マリノスよりも、はるかに運動量でまさって、はつらつとしたチームになっていた。

大木監督のサッカーが浸透して、ことしはJ1昇格が期待できる。

マリノスは俊輔頼みから脱却できてないのが敗因。

でも応援するのはFC東京。

なんてたって地元ですから。

息子も行きたがってたけどチケットが手に入らなかったので断念。

サポーター仲間と一緒にどこかでテレビ観戦するようです。

そういえば平山がなかなか、出場しないな。

ことしはマリノスから渡辺千真が加入して国見コンビの復活だそうだ。

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正門で出迎えるのはミニ庭園。

松に竹、千両万両に葉牡丹。

 bud   bud


 bud   bud

ということで、たびたびのぞいてくださってるみなさまに縁起のいい(多分)七草門松をお届けして新年のご挨拶。

ことしも時々見に来てください。


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