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2011年12月24日 (土)

岬の先端に作られた芝丸山古墳は、古代からの聖地@芝公園

古墳の上から周囲を見渡す。


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標高16㍍の台地の突端に作ってあるので、眺望はすばらしい。

すぐ下は波が打ち寄せていた。はるかな東京湾越しに房総半島や三浦半島が望める。

日比谷入江をはさんで目の前は江戸前島。

気分だけ昔に戻ってみる。

ここが岬の突端だったことがよく理解できる。

海沿いに旅をしてきた古代人は、いきなり大きな塚があるのでびっくりしたことだろう。

芝増上寺の隣、芝公園にある芝丸山古墳の上に立っている。

全長約106㍍の大きな前方後円墳だ。

前方後円墳を作るということは、すでにヤマトの影響下にあったということ。

都内最大級の古墳です。

5世紀代の築造と考えられているが、最近の研究ではもっと古いともいわれている。

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田園調布の多摩川を臨む丘の上に作られた亀甲山(かめのこやま)古墳の築造が4世紀後半。

芝丸山古墳は、それよりも古い形式なので4世紀の前半にまでさかのぼるかもしれない。

卑弥呼が亡くなったのが3世紀半ば。

それから5、60年でヤマトの支配が東国にまで及んだのか。

恐るべき早さだ。

作らせたのは南武蔵の首長。

大規模な戦闘が行われた形跡はないから、先進文化を持ってきたヤマトに素直に従ったのか。

このあたりの経緯はまだ良く分かってません。

古墳の下には貝塚がある。

まだ正式に学術調査が行われていないので、詳細は不明だが、縄文後期のもののようだ。

いずれにせよ、古くから人が生活していたのは確か。

そしてここは、いにしえから聖なる地だったに違いない。

古墳の隣は芝東照宮、その北に増上寺。

聖なる地だからこそ徳川家の廟地としてここが選ばれたのだろう。

古墳に立って周囲を眺めると、なにやら厳かな気分になるのは気のせいか。

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