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2011年12月の記事

2011年12月31日 (土)

何もなかったように過ぎていくゆく年@深大寺

穏やかな大みそかです。

深大寺本堂も幔幕が下げられて初詣の人を迎えるのを待つばかり。

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大つごもり。今じゃ借金取りも来ないからのんびりしたものです。

つごもり、年の終わりを感じさせる言葉です。

実感がありますね。

月籠る、がつづまった。

そうだよね。陰暦だと月がなくなっちゃう。

そして新しい年に月がわずかに光をのぞかせる。

2011年は、涙が出ちゃうのでまともにテレビを見られませんでした。

無数の悲しみ・・・。

そのひとつひとつが、たとえようもなく大切なもの。

誰が奪ったんだろう。

電力よりも大切なものが失われたというのに、電力が足りないとクニが滅びるかのように大声を出す人たちがいる。

クニなんてなくたっていいんです。

みんなが幸せならば。


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あしたは生まれ変わった月が、無垢の光をのぞかせる。

再生を象徴するように。

そうあってほしい。

それでも・・・。

♬ 忘れないわ

I'll never forget you  

(ペギー・マーチ)

2011年12月30日 (金)

辰年だから「開運!赤龍神の天井画」は縁起がいいかも@深大寺の深沙堂正月特別公開

正月用品買い出しの合間を縫って深大寺で息抜き休憩。

草もちを買いに門前茶屋の「あめや」に寄ると龍のわら細工が飾ってある。

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この店は「ゲゲゲの女房」にも出てきて、松下奈緒がわら人形の「赤駒」を買った店です。

フランス人のサビーヌさんが焼くそばクレープも人気です。

小腹がすくと、ここで草もちを買うのがクセになってしまいました。

お正月の用意はもう終えたのでしょうか。

かなりの人がお参りに来ている。

門前のそば屋では年越しそばを販売、次々に客が買い求めている。

2人前で1260円。つゆ付き。

あわただしくはないんだけど年の瀬なんて言葉が浮かびます。

実際に、あと2回寝るとお正月なんですけどね。


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勤めをリタイアすると、その辺の感覚が薄くなってきます。

ハレがないんです。

いつもケ(褻)ばかり。

来年はハレガマしいことを、つくるなり行動するなりしないと、日常に埋没してしまいます。

と、ちょっと年の瀬らしいことを考えたりも・・・。

卯年は跳ねる、なんていわれてたけど沈みました。

政治家は国民のことなんか何も考えてないということが良ーく分かりました。

辰年は昇り龍なんていってますが、どうでしょうか。

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そんなことを思いながら、ちょっと離れた深沙堂へ。

深沙大王が祀ってあります。

満功上人が、大王を祀ったのが深大寺の始まりです。

上人両親の深大寺恋物語により縁結びとしても有名です。

ここの天井画は「開運 赤龍神」。

正月には特別公開されます。

初詣には龍神さまに神頼みしよう。

放射能を心配しなくていい未来を、子どもたちが健康に成長することを。

2011年12月29日 (木)

チロリアンランプとカカオの花@神代植物公園の年間パスポート購入

神代植物公園も28日で仕事納め。人気のない園内を1周。

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チロリアンランプがまだ咲いてました。

秋の花を集めたコーナーにあるんですが、ハギが茂っていると見えないんです。

他の植物が枯れてしまったので目立ちます。

和名はウキツリボク。

連日の神代植物公園通いです。

実は年間パスポートを買っちゃったんです。

お買い得で2500円、シルバーは1250円。

5回でもとが取れる。

シルバーは65歳からですが、きっちりしたものではなくて、およそでいいようです。

堅いことはいわないそうです。

これで料金を気にしないでいつでも入れる。

新年は深大寺に初詣してから寄るつもりです。


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以前紹介したけど、よくわからない写真だったカカオの花を撮り直してきました。

枝にびっしりついてるでしょ。

これが受粉して実がここで大きくなります。

不思議なもんです。

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 fuji    fuji

植物公園の新年は2日からです。

温室の前で水をやっていた係員の女性にお辞儀をされてしまいました。

やばい!顔を覚えられちゃった。

ショクダイオオコンニャク開花のときに毎日、通ったからなあ。

「1日まで休めるんですか?」

「交代です。生き物なのでね」

そうだよね。ご苦労様。

来年も楽しませてね。


2011年12月28日 (水)

幻の黄色いツバキ・金花茶(キンカチャ)を見に行く@神代植物公園

黄色いツバキがあるってんで大騒ぎになったようです。

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ニュースでもやったんでしょうな。でも、全く気づきませんでした。

そのころは毎日、飲んだくれてて、頭がボーッとしてた。

訂正!仕事が忙しかったんです。

愛好家は大変だったんでしょう。江戸時代にはツバキブームがありましたからね。

幻の「黄色の花のツバキ」が中国に存在すると報道され、マニアを熱狂させたらしい。

そんなに昔のことじゃないんです。

昭和53年ごろというから1978年。ついこないだですよ。

改革開放で中国奥地の情報も流れてくるようになったんですね。

ま、ツバキといえば赤系が当たり前なので、黄色はビッグニュースだったんでしょう。

というか、どんなに品種改良しても黄色をつくりだすことは出来なかったので驚愕したんでしょうか。

bud 植物園の前を通りかかったら、金花茶が咲いてると案内があったので入ってみた。

ツバキのくせに温室です。

寒さに弱いようです。

チラホラと咲いてる。芳香がするというんですが、別に匂いませんでした。

名前が示す通り、どう見てもお茶ですな。

日本にもたらされたのはニュースから4年後の83年。

中国広西チワン族自治区が産地です。南の方だな。

分布域が狭く「植物のパンダ」ともいわれているらしい。

「ことしははつぼみが多い」そうなので、満開になったら見事だろう。

年明け、松が取れた頃ですかね。

黄色いツバキの話題は世界を駆け回った。

その後、ベトナムにもあることが判明、広西とはお隣だもんね。

こちらは八重の金花茶として日本に導入された。

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→ これもツバキですがベトナムツバキのハイドゥン。

ベトナムでは旧正月のテトを祝う花。

テトの頃に満開になりそうです。

南ベトナム民族解放戦線は、テト攻勢(1968)の勝利を、この花を飾って喜んだのだろうか。


clover 《おまけ》金沢に金花茶あめがあります。

HPで、幻の金色の椿『金花茶』は『長寿と財をもたらす幸福の花木』と伝承されています。

その黄色は最高に高貴な色とされ、強運を呼び幸せをもたらす不思議な力があると記されています、と紹介してます。

新年にこの花を見ると、いい年になるかもしれない。


2011年12月27日 (火)

寒波ニモマケズ・・もう咲いてるオオイヌノフグリ@野川公園

寒風ついて野川公園へ。落ち葉の季節も終わって、さすがに人は少ない。

自然観察園は、ほぼ独り占め。

野の花は、葉を放射状に伸ばして地面にしがみついてる。北風の直撃を避け、太陽をたくさん浴びようという知恵なんだろう。

この状態をロゼットというのは、ことし初めに植物観察会で教えてもらいました。

1月の観察会は、花が咲いてないので冬芽やロゼットの説明になります。

これがなかなか興味深い。小学校の理科です。来年も教えてもらいに通うぞ。

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咲いてる花なんかないだろうと一応ひと回り。

あれっ、ちっちゃい紫の花があちこち開いている。

早すぎるけどオオイヌノフグリだ。

2月ごろの花かと思ってたけど、もう咲いちゃうんですね。

学名は和名とは似ても似つかないベロニカだというのは、ことしの初めに書きました。

ゴルゴダの丘に引かれていくキリストに、汗を拭うように布を差し出した女性の名がベロニカ。

その後、布にキリストの顔があらわれたんですね。

オオイヌノフグリの花をよく見ると、キリストの顔が浮かび上がってくるというんですが、私には見えません。

きっと信心が足りないんですね。

英名はキャッツアイ。

オオイヌノフグリを英語にしてアメリカ人に教えるとびっくりするだろうね。

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ロウバイはまだ堅いつぼみのままですが、ソシンロウバイはチラホラと咲き始めました。

冬来たりなば・・・ですよ。


2011年12月26日 (月)

芝東照宮で八切止夫の「徳川家康は二人いた」を思い出す@芝公園

若い頃、八切止夫の本をむさぼり読んだなあ。芝東照宮でそんなことを思い出した。

今じゃ忘れられてるけど、結構ベストセラー作家だったんです。年に10冊も20冊も新刊本を出していた。

よくいえば大胆でユニークな発想、そこに惹かれたんですね。

上杉謙信は女だったという「戦国川中島」や、ジェロニモは日本人だったとする「サムライ無宿」なんてのもあった。

奇想天外もつづくと食傷してあきちゃいましたが・・。

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「徳川家康は二人いた」というのもありました。

実は家康は途中ですり替わってるというんです。

こんな発想はどこから来るのかと感心していたら、八切の全くの新説ではなくて元本があったことを最近知りました。

明治時代の地方官村岡素一郎が著した「史疑」。

「史疑」にも元本があって林羅山の「駿府政事録」に、そんな記述があるらしいが、幻なので確認のしようがないようです。


なるほど・・・。

隆慶一郎「影武者徳川家康」(新潮文庫)も、そうでしたね。

家康は武田忍びに暗殺され、影武者世良田二郎三郎が家康に仕立てられた・・・。

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群馬県太田市の世良田には、世良田東照宮がありますね。

家光が日光から奥社殿を移築したんです。

世良田は徳川家発祥の地といってます。

同宮によると「徳川家康公の先祖は、新田氏の始祖である義重から新田荘のうち、当地『世良田』 他5カ郷を譲り受けた子の義季である」となってます。

その後、南朝方として活躍したが、北朝方によりこの地を追われた親氏が三河の松平郷に身を寄せたとしています。

ホントかねえ・・と疑ってみると小説の題材になる。

史実では、徳川のルーツは、三河国の松平氏に婿養子に入った時宗の遊行僧・徳阿弥。

家光の代になって徳川政権も安定して、遊行僧が先祖ではカッコがつかないので、世良田の武家に仕立てた・・なんて発想も成り立つでしょう。

司馬遼太郎「街道をゆく43濃尾参州記」にこんなくだりがある。

「それ(大久保彦左衛門の「三河物語」)によると、徳川家の祖は、『徳』とよばれている流浪の法体の人だったという。時宗の僧だった。

当時、こういう漂白の人を時衆ともいった。・・・一カ寺をもつ正規の僧からは、はなはだ賤視されていた。・・・。

父とともに流浪していたというから、漂白が家業だったらしい」。

偉くなればなるほど、ルーツを飾りたくなるのは人のならい。

小高い場所にある芝東照宮から下ると東京タワーが青空に映えていた。

2011年12月25日 (日)

目通り幹囲6・5㍍の大イチョウ・家光の手植えだってさ@芝東照宮

そんな東照宮があったんだっけ?

芝丸山古墳の隣は芝東照宮。学校も会社もこのへんだったから何度も通ってるんだけど、気にもとめてませんでしたね。

だいいち時代小説にも登場してこない。芝の新明さま(芝大神宮)や増上寺は出てくるけどね。

そういえば会社のあった金杉も町内なので秋になると、いつまでも新明さまのお祭りをやっていた。

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たいがいの祭りは二日かせいぜい三日でしょ。

それが10日もつづくんです。なんか盛り上がらないなあと見てました。

人呼んでだらだら祭り。

いくらお祭り好きの江戸っ子だって、10日もやってればだらだらしますよね。

近所でやってた床屋のオヤジは、別の街に引っ越してもまだ血が騒いで、駆けつけてます。

会社と一緒に引っ越してきたんで、刈ってるときに祭りの話をしたことがあった。

ところで、なんでこんなに長くやるんでしょうか。今度調べてみましょう。

話は戻って芝東照宮。

江戸時代にはなかったんです。道理で小説にも落語にも出てこない。

江戸時代には増上寺の一部で安国殿と呼ばれていた。

神仏分離で増上寺から切り離されて東照宮となった。

3大東照宮の一つとか案内板に書いてあったが、眉につばをつけた方が良さそうだ。

日光と久能山は有名だけど、あとは数え方によるようだ。

各地の東照宮、以前は500社くらいあったそうだけど今では合祀されたりして130社くらいだそうだ。


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三代将軍家光お手植えと伝えられるイチョウ。

立派なもんです。

93年の調査では高さ21・5㍍、目通り幹囲6・5㍍、根元の周囲は8・3㍍。

それにしても都心のイチョウは落葉が遅いですね。

20日に行ったんだけどまだ、黄葉がびっしりとついてました。

郊外よりもあったかいんでしょうね。

「影武者徳川家康」(隆慶一郎)についても触れようと思ったけど、長くなったんで今度にします。

増上寺の徳川家墓所公開(1月末まで)を見たら、丸山古墳や東照宮に寄ってみるといいよ。

昔からの自然が気持ちを伸びやかにしてくれます。


2011年12月24日 (土)

岬の先端に作られた芝丸山古墳は、古代からの聖地@芝公園

古墳の上から周囲を見渡す。


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標高16㍍の台地の突端に作ってあるので、眺望はすばらしい。

すぐ下は波が打ち寄せていた。はるかな東京湾越しに房総半島や三浦半島が望める。

日比谷入江をはさんで目の前は江戸前島。

気分だけ昔に戻ってみる。

ここが岬の突端だったことがよく理解できる。

海沿いに旅をしてきた古代人は、いきなり大きな塚があるのでびっくりしたことだろう。

芝増上寺の隣、芝公園にある芝丸山古墳の上に立っている。

全長約106㍍の大きな前方後円墳だ。

前方後円墳を作るということは、すでにヤマトの影響下にあったということ。

都内最大級の古墳です。

5世紀代の築造と考えられているが、最近の研究ではもっと古いともいわれている。

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田園調布の多摩川を臨む丘の上に作られた亀甲山(かめのこやま)古墳の築造が4世紀後半。

芝丸山古墳は、それよりも古い形式なので4世紀の前半にまでさかのぼるかもしれない。

卑弥呼が亡くなったのが3世紀半ば。

それから5、60年でヤマトの支配が東国にまで及んだのか。

恐るべき早さだ。

作らせたのは南武蔵の首長。

大規模な戦闘が行われた形跡はないから、先進文化を持ってきたヤマトに素直に従ったのか。

このあたりの経緯はまだ良く分かってません。

古墳の下には貝塚がある。

まだ正式に学術調査が行われていないので、詳細は不明だが、縄文後期のもののようだ。

いずれにせよ、古くから人が生活していたのは確か。

そしてここは、いにしえから聖なる地だったに違いない。

古墳の隣は芝東照宮、その北に増上寺。

聖なる地だからこそ徳川家の廟地としてここが選ばれたのだろう。

古墳に立って周囲を眺めると、なにやら厳かな気分になるのは気のせいか。

2011年12月23日 (金)

開館記念特別展「日比谷が熱く燃えた日」@日比谷図書文化館

展示の手伝いをした人から「面白いよ」と勧められたので、新装オープンンした日比谷図書文化館へ。

公園の中にある旧日比谷図書館です。

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11月4日にオープンして、それまでの都立から千代田区立になった。

開館記念の企画が「日比谷が熱く燃えた日 団塊の青春グラフィティ」。

60年代後半から70年代初めの流行や風俗を展示している。

これは横尾忠則描く「浅丘ルリ子裸体姿之圖」。

劇団状況劇場の「腰巻きお仙」のポスターもあります。

あのころは忙しかったなあ。映画に劇画、F6セブンも潮流ジャーナルも読んで、吉本隆明、谷川雁を古本屋で買いあさった。

理論武装をしないと、おちおち酒も飲めなかったしね。

日比谷にも何度も集まりました。野音です。

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入り口で出迎えるのは「平凡パンチ」の創刊号。

50円です。

アジ演説が流れている。

ドキュメント映画の「進撃の論理」を上映してるんです。

「蟹工船」「人間の条件」「切腹」などの名カメラマン宮島義勇さんが監督した作品。

横道にそれると、先頃公開された三池崇史監督の「一命」は小林正樹監督の「切腹」がオリジナル。

家族の反対でタイトルが使えなかったので、やむなく意味不明のタイトルになってしまった。


話は戻って、「進撃の論理」は、71年のデモを記録したものだ。

渋谷道玄坂が市街戦場と化した11月14日、松本楼が炎上した11月19日の闘争などをとらえている。

一緒に行った友人は丸の内に勤めていたので、松本楼炎上の報を聞いて、野次馬に加わったという。

1時間弱の上映、結局全部見ちゃいました。

知り合いがレイアウトをしたというVANのコーナーもある。

そういえば、知り合いは初めてあった頃、アイビーのファッションをしてたな。

今じゃころころしてみる影もないけど・・・。

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内藤陽子「白馬のルンナ」と、森山良子「この広い野原いっぱい」のレコードジャケットです。

「白馬のルンナ」で思い出すのはTBS「パックイン・ミュージック」の林義雄アナウンサー。

テーマソングみたいにしょっちゅうかけてた。

林さんを偲ぶ会には、VANのレイアウトをした知り合いも来ていて、「もうすぐ松任谷由実と石川セリが登場して、ここの立ち位置で歌うよ」と、私が教えたんだそうだ。

この子は売れる!と、ユーミンもプッシュしてた。

「八月の濡れた砂」は、林さんが熱く語った映画。

知り合いは特等席で2人の歌を堪能したと話していた。

森山良子はラジオ関東(今はラジオ日本)の番組を持ったんだよね。

夜の10時台で「昨日のつづき」の前だったかな。

和製ジョーン・バエズとかいって売り出したんだよね。

デビュー曲の「この広い野原いっぱい」を聴いて、高校生がこんな新鮮な歌を作るんだとびっくりした。

ぶらりと立ち寄って、しばし楽しめるよ。

ただし、もう終盤で28日までです。

2011年12月22日 (木)

「タンタンの冒険」は記録的な大コケらしい

映画にかかわっていたおじさんたちとの忘年会。口をついて出てくるのは「タンタンの冒険」の大コケ。

12月の初めに載った朝日新聞の映画評の担当は、意外にも山根貞男さん。ハリウッドの大作と山根さんの取り合わせにびっくりしながら読みはじめた。

これが冒頭から「スティーブン・スピルバーグが、また驚くべき映画的冒険を成し遂げた。しかも描かれるのが冒険活劇。まさに手に汗握る面白さである」と大絶賛。

結びも「スピルバーグの映画的冒険は、目を奪う面白さにおいて、世界中のだれもの映画観を刺激し、根底からぐらぐら揺さぶってくる。

だから、この映画を楽しむこと自体が冒険になる」。

ここまで褒められると見たくなるでしょ。

まあまあヒットしてるのかと思ってたら、ひどいもんらしい。

まず女性は主人公の男の子の顔がお気に召さないらしい。まあ日本人好みじゃない。

女性にそっぽを向かれたせいか、興収では10億円から15億円の見通しのようだ。

同時期に公開された「けいおん」は、予想外のヒットで間もなく興収10億をクリアするという。

「タンタン」のスクリーン数は895、「けいおん」は137。

誰かが、「動員数をスクリーン数で割ってみるとよくわかるよ」というので割り算をしてみる。

「けいおん」のこれまでの入場者数が70万人。

ほぼ同じとして計算すると、1スクリーンあたりの入場者は782。

これを上映日数を16として割ると48。

まあ大体1日50人。

上映時間が約90分短いから、5回の上映が可能だ。

ということは1回では10人。

こりゃひどい!ガラガラだ。もうすでにスクリーン数は減ってるけどね。

なんでも買い付けた値段は100億円。ケタが違います。

宣伝費もふんだんにかけたから、その分も取り戻せない。


「こんな大コケは初めてじゃないか」「いや、思い出せないけど、以前にもあった。なんだったかなあ」。

おじさんの記憶はおぼろですが、とにかく歴史的な惨敗は確かなようだ。

3Dアニメという不安要素はあるものの、まあスピルバーグ監督だし間違いはないだろうと大金を投じた気持ちは分かるけど、配給の東宝東和は大変だろう。

東宝がついてるからいいものの、普通の会社だったら傾いちゃうよね。


2011年12月21日 (水)

むかし、昔のバナナはあずき粒大のタネがいっぱいあったんだとさ

ガキの頃、バナナはぜいたく品で、めったに食べられなかった。

お客さんが手土産に持ってきてくれて、ようやくありつくことが出来たくらい。

それも年に何回か。

今じゃ、1房100円の安いのもあるので、有り難がらないが、昔ゃ、栄養たっぷりとか、ひとくさり聞かされるのが常だった。

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さすが舶来の果物、タネがない。

不思議にも思わなかったけど、よく考えれば謎です。

タネ無しのスイカとかも作られたけど、相変わらずスイカにはタネがある。

タネ無しの代表はぶどうでしょ。でも、中にはタネの痕跡が入ってることがある。

バナナにはパーフェクトにタネがない。

お目にかかったことがありません。


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昔のバナナにはタネがあったんです。

野生のバナナには、あずき粒大の硬い種子が詰まっていて、とても食べられたものではなかった。

現在の栽培バナナの先祖は、マレー半島あたりのムサ・アクミナータという種類。

味も香りも良かったがタネだらけ。

この中から、雌花が受粉しなくてもタネ無しの果実の出来る性質を持った変わりものを選び出していったんです。

これを保護していったのが人類最初の農業。

農業の始まりはイモでも小麦でも米でもなくて、バナナと考えてる学者もいるそうです。

それはいつごろか。


「バナナが栽培化された最初の年代はおそるべき古さであると推測される。

それを一万年以上に見積もる人もあれば、数千年と考える人もある。

直接の証明はないが、私は五〇〇〇年以上昔と推定している」

(「栽培植物と農耕の起源」中尾佐助、岩波新書)

バイオじゃなくて自然の中から食べやすくておいしいものを捜して、それを育てていった祖先の営みに感謝。

(写真は神代植物公園の温室で)

2011年12月20日 (火)

ファレノプシス・ヴィオラケアなどランのお話@新宿御苑

おっ、これがファレノプシスか。

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別に探してたわけではありません。

ランで知ってるのは胡蝶蘭、シンビジウムとファレノプシスくらいのものです。

知ってるといってもファレノプシスは名前だけ。

そんな牝馬がいたので覚えてただけ。

実物にお目にかかるのは初めてです。

コチョウランの仲間ですが、品種改良されていない原種なので花は小さい。

星形の花の真ん中がすみれ色になるのが特徴で、ヴィオラケアの由来。

ファレノプシスは「蛾のような」だそうです。

きれいな蛾なんでしょうね。

芳香があるらしいが奥に置かれてたので嗅げなかったのは残念。


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エンキクリア・ラディアタ。メキシコ、ホンジュラスなど中南米の原産。→

ヨーロッパに熱帯のランがもたらされたのは1731年。

大国のイギリスが熱心で、上流階級にはラン栽培のブームが巻き起こった。

そして、プラントハンターたちが熱帯におもむき、膨大な数のランをヨーロッパに導入したんだそうです。

産業革命による富の蓄積が、好奇の目を世界各地に向けさせたんですね。

洋ランが日本に入ってきたのは明治時代のこと。

最初は華族などの間で栽培されていた。

お金持ちにしか栽培できなかったんでしょう。温室も作らないといけないからね。

一般に普及するのは高度成長期にはいる昭和30年(1955)ごろから。


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← ポティナラ・リー・チェング・スター。園芸品種です。

中国では1000年前にはランの栽培、鑑賞が広まっていたという。

日本に伝わったのは鎌倉時代。

僧侶が持ち帰って栽培したのが始まり。

江戸時代には、日本に自生する種も加えてシュンラン、フウラン、セッコクなどの栽培が盛んになったんだそうです。

以上は新宿御苑のエコハウスに展示されていたものです。


2011年12月19日 (月)

バルサ異次元のプレーにマチダもただ絶句・バルサ4−0サントス

バルサ、ボール支配率が71%ですよ。ネイマールも何も出来ませんでした。

サッカーは奥が深いです。

おなじみA大サッカー部OBのマチダさんも、出るのはため息ばかり。

それにしても・・と、怒りの矛先は日本テレビの田舎演出。芸能人を持ってくれば視聴率につながるとしか考えてない愚かさ。

そろそろ思考を変えないと、ますますテレビ離れが進んじゃうよ。

            shoe      shoe      shoe

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もう言葉がありません。

前評判の高かったサントスを軽くひねりつぶしてしまうなんて。バルササッカーは異次元です。

攻めも守りも相手との距離を詰めて動けるので、すれ違いざまのプレーが生きてきます。

要するに球際です。

ハードスケジュールにもかかわらずスタミナも凄い。よく走る。

3人目、4人目がどうのなんて超えていますね。

ブラジルの宝石・ネイマールを徹底マークで、ただの19歳のプレーヤーにしてしまったプジョル。

仕事も遊びも余裕綽々のオジサマ風で「サッカーって奥が深いだろ」なんて教えているようでした。

ヘアスタイルもサマになっていますしね。

格が違ったのは攻めだけではありませんでした。

圧倒的なキープ力で、ゆるゆるとボールを運び、一瞬の隙を突いて針の穴を通すパスと個人技でゴールする南米スタイルは、もうとっくに時代遅れになっていますね。


ブラジルでも近年は組織的でタイトなヨーロッパスタイルを取り入れているそうですが、まだまだなのでしょう。

           soccer    soccer    soccer

柏もいい場面が何度かありながら、念仏のように唱えられている決定力に泣きました。

バルサを見るとJとはまだまだ距離を感じてしまいます。

遠いーなー。目の保養になったし、サッカーの進化を楽しめたけれど、ため息も出ました。

それにしても中継した4chの田舎演出はひどい。

さんまを特別放送席に呼んで、試合後無理やりメッシにインタビューさせるなんて。

さんまもアドリブが効かず「老後はどうする」なんて、すべるどころか大こけもいいところ。

せっかくなでしこの澤もいたのだから、おめでとうくらい言わせてやればいいのに。

4chの澤、ひいては女子サッカー対する姿勢が垣間見えました。あの場面、世界一よりさんまですか?

さんま本人も困っていましたよ。

準決勝はビデオ観戦だったので、決勝は斎戒沐浴、正座してしかも素面で楽しみました。


             マチダ


2011年12月18日 (日)

深大寺恋物語の主人公・満功上人の子孫がいるんだ@調布・祇園寺

深大寺恋物語は、この地の豪族の娘と、よそ者の青年の一途な恋が成就する仏教説話です。

青年の名は福満、娘との間に設けた子どもが満功上人。(※ 詳しい話は下の方に入れときます)

深大寺を創建したえらいお坊さんです。

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同時に、この祇園寺も建てたんだそうです。

頃は天平年間というから729〜749。

奈良時代ですから古いですねえ。

でも、お寺は今もあるけど、深大寺恋物語なんて伝説だと思うでしょ。

どこを見渡したって、池なんかない。

浦島太郎みたいに亀が助けてくれるなんて、おとぎ話さと考えるのは当然です。

まあ、語り伝えられるうちに深沙大王(じんじゃだいおう)の霊力が強調されたんでしょう。

右の碑は祇園寺の山門右手の墓域にあります。

「当山 並 深大寺開山 満功上人子孫歴代墓地」と書いてあります。

ということは子孫が続いてるんだ。

すごいなあ。

1400年も家がつづいてるなんて、よほどのことだ。

これまで何度か訪ねたけど、歴代住職のお墓だけかと見過ごしていた。

ちょっと心がざわつきました。

深大寺恋物語が身近になりましたね。


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お墓には「温井家の墓」とあります。

周りをぐるりと古い墓石が囲んでますから、相当に年月を重ねていそうだ。

裏が歴代住職のお墓です。

住職よりもいい場所を占めている。

「井」があるから水に関係がある。

冬でも温かい湧き水が田んぼの畦を流れていたのかな。

実はこのへんには池があったんです。

崖を上がった深大寺の東側にあるのは青渭神社。

昔、神社の前には池の谷戸とよばれた湧水の大池があった。

向かいの都立農業高校神代農場の谷下が大きな池だったのでしょう。

いまでもこんこんと湧き水が出ています。


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祇園寺北側の畑。

中腹がお屋敷で、傾斜の緩やかな下の方を畑にしています。

この上には池ノ上神社があります。

やっぱり池があったんですね。

青渭神社の池とつながっていたのかもしれない。

そうなると大池だ。

伝説は全くの創作ではなくて、目の前の風景があって、想像がふくらんでいったんですかね。

思わぬものを見つけてきょうは得した気分!


《深大寺恋物語》

昔、この地に住んでいた郷長の右近の長者という豪族とその妻の虎女の間に、ひとりの美しい娘が産まれました。 

娘が年頃になったころ、福満童子という若者が現れ、二人は相思相愛の仲になりました。

しかし、両親はどこの馬の骨ともわからない若者と一緒にさせるわけにはいかないと、娘を池の中の小島に閉じ込めてしまいました。


困った福満が水神・深沙大王(じんじゃだいおう)に祈ったところ、池から大きな霊亀が現れ、彼を背中に乗せて娘の住む小島へ渡してくれました。

この奇跡に、両親はふたりの結婚を許し、ふたりは男の子を授かりました。

この子は満功(まんく)と名付けられ、成長すると両親の教えにより深く仏教に帰依し、唐に渡りました。

そして法相の教えを学び、この地に戻りこの島のあとに祇園寺を建てたということです。


         (祇園寺のホームページより) 



2011年12月17日 (土)

デンドロビウム・デアレイなどのランなどをどうぞ@新宿御苑

新宿御苑の温室は工事中で、来年の春に完成予定です。

そのごく一部がエコハウスで展示中です。

ランの知識はゼロですので、特に何かを書くことが出来ません。

珍しいランを愛でてください。

           ↓ デンドロビウム・デアレイ。

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デジカメを濡らしておシャカにしたので、間に合わせで安いのを買ったけど、やっぱりダメですね。

画素が足りないんですかね。色が全然出ません。やになっちゃう。

           ↓ ブラシアダ・オレンジ・デライト。


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園芸品種です。

1989年登録と書いてあります。ま、最近なんですね。

どんどん、どんどん、変わった品種を作り続けてるんですね。

           ↓ パフィオペディルム・モーディアエ

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これも園芸品種。登録は1900年。

19世紀の人がせっせとこしらえたんだ。

さっきのより原種に近い感じがする。

こうして比べると、美的感覚というか、価値観が移り変わってるのが分かるような気がする。

2011年12月16日 (金)

板垣退助が植えた自由の松は大きく育ったが・・・@調布の祇園寺

有名ではありませんが歴史的に重要なお寺です。

深大寺から坂を下り、少し東に入ったところに建ってます。

深大寺と同じ満功上人の開祖、天平年間(729〜749)のことだそうです。そして上人が幼少期を過ごした地なんです。

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ということは、あの深大寺の恋物語は、この地が舞台なんです。

それで深大寺は縁結びでも知られるようになった。

満功上人のことは後回しにして、本堂の右脇に松が育ってます。

「板垣退助伯手植 自由の松」。

明治41年(1908)9月12日、自由民権政治の確立のために活躍した先輩諸氏の菩提を弔うために、当時の住職中西悟玄が慰霊の法要を催した。

集まったのは一千人余。三多摩の幹部党員初め自由党総裁の板垣退助ら領袖も参加したという。

その折りに板垣が記念のために植樹したのがこの松だ。

もう100年、経ってるんですね。

いうまでもなく三多摩は自由民権運動の火が燃え盛った地だ。

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「板垣退助伯」となってますね。

伯爵です。政府を攻撃していたので固辞したが、三度目に受けたという。

すでに大隈内閣にも加わり、隈板内閣とも呼ばれた。

評価としてはいろいろある。

松を手植えした頃はすでに政界を引退していた。

松の前の説明文に「板垣死すとも自由の松はすくすくとのびている」とあった。

そうありたいね。

松も自由もすくすくのびてほしい。

flairflair 待てよ。

住職の名は中西悟玄。

どこかで聞いた名前だ。

やっぱりそうだ。中西悟堂(1895-1984)の義父だ。

大正ー昭和時代の野鳥研究家、詩人、歌人。日本野鳥の会の創立者。

野鳥や探鳥は悟堂の造語なんです。

会創立の1934年(昭和9)には富士裾野の須走で初めての野鳥観察会を開催。

また、水原秋桜子や柳田国男ら多くの文学者、文化人を高尾山にも案内、高尾山が野鳥の宝庫であることを世に知らしめた。

山頂に歌碑が建っているそうです。

今はやってないけど、紅白歌合戦で最後に出てきて会場の票数を数えていたのが日本野鳥の会。

悟堂は、生後間もなく両親が亡くなったため伯父の悟玄に引き取られて養子となった。

それが祇園寺で、深大寺で僧籍にもついている。

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全く知りませんでした。当時は農家が点在するだけの里山だったんだろうな。

こんなのも売ってます。

松ぼっくり型のろうそく。

「自由の松ぼっくりキャンドル」。

なんか不安定な感じだけど大丈夫なのかなあ・・・。

場所は調布野草園のほぼ真南。

里山風の景色が残っていてぶらつくと気分がいいですよ。


2011年12月15日 (木)

敗れはしたけれど・・マチダも柏の健闘に拍手・柏1−3サントス

うなるしかありませんでした。ぽかんと口を開けてましたよ。

ネイマールの左足、3人に囲まれながらのボルジェスの右足ミドルシュート、ダニーロのFK。芸術ですよ芸術。

さすがのGK菅野も動けませんでした。

しかし、柏も臆することなく全力を出してた戦い抜きました。

おなじみA大サッカー部のマチダさんも、よくやったと拍手です。

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おそらく柏クラブ史上最高の試合だったでしょう。

負けはしたけれど、臆することなく、しかも圧倒的な運動量でサントスと渡り合い、持ち味が120%出ていました。

PK戦で興奮したモンテレイ戦より、試合自体は見応えがありました。


細かいところでの技術、得点感覚に差があるのは致し方のないところ。

しかし、それをカバーしたのが激しい前への動きです。

CKから絵にかいたような酒井のヘディングはサントスも参ったといったところでしょう。

後半は明らかにペースを握っていました。

惜しむらくは、相手を追い詰める追加点が挙げられませんでした。

再三チャンスを迎えたにもかかわらず決めきれないもどかしさ。あと一息!の場面も何度か。

実はその先に大きな差が潜んでいることを同時に思い知らされました。

ここ1番で決める力は、やはり日本の永遠の課題です。

サントスの2点目を見るとなおさらの感です。3人に囲まれ、ボール1個あるかないかの隙間を強引に突いて決めたシュート力にはうなるしかありません。

DF陣はいきなりミスをしました。

先制されたのはゴール前でネイマールをドフリーにした結果です。

ペレの再来ともいわれる選手を見失っては、いいようにされてしまいます。

モンテレイ戦でもDF陣は、隠れたミスから失点しています。

相手のカウンターを勝手にオフサイドと自己判定してアピール。

その一瞬が命取りで、ボールを持ったSBとの間合いを詰めるのが1歩遅れてしまいました。

もう半歩でも体を寄せていれば、あれほどのピンポイントクロスはなかったでしょう。

うまくすれば足に引っかかったかもしれません。悪くてもクロスがずれていた可能性があります。


ミスのない試合はありません。ただ傷口が広がるとどうしても言いたくなるんですよ。

勝負にタラレバはないといいますが、歳を取ったせいでしょうか。

しかし、1-3のスコアほど悔しさはなく、むしろ気分爽快です。

垣間見えたミスを埋めるほど内容が良かったせいです。間違いなく。
                                                        マチダ


2011年12月14日 (水)

♬青い海を見つめて・・エリカの花は咲くという@新宿御苑

エリカといえば、なんといってもこの歌が思い浮かびます。

「パッチギ!」の少女じゃなくて・・・。

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♪ エリカ エリカの花の咲く村に

  行けばもいちど 逢えるかと

西田佐知子の「エリカの花散るとき」。

別れた恋人の伊豆のふるさとを訪ねるんです。そこにはエリカの花が咲いているという。

山をいくつも越えて行きます

なんで、そんな山奥に植えたんでしょう。

「うすい紅色」というからジャノメエリカでしょうね。季節は冬。

1962年のヒット曲。

B面だったのに口コミで浸透して大ヒット、紅白でも歌われた。

しみじみ聴いてましたね。

♬ エリカ エリカの花が散るときは

  恋にわたしが 死ぬときよ

初めてお目にかかりました。見てたけど認識してなかったのかもしれません。

もっとロマンチックな花かと想像してたんですが、イメージと違う。

エリカは学名から、英語ではヒースですからね。

荒れ野、荒野を想起します。

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(御苑のイチョウ。見事です。先日の雨で散ってるかもしれません)。

南アフリカ原産。日本に伝わったのは大正の中ごろ。わりと新しい。

それなのに山深いところに植えられているのはどうしてでしょう。

その恋人が、移植したんでしょうかね。

同じ年、こんな曲もヒットしました。

♭♯ 冷たい雨が 降る朝に

一人でエリカは 死んでしまった

悲しい歌です。

♭♯ 大人達が エリカよ

わるいんだぜ エリカよ

dog 嘘をつきました。

橋幸夫の「江梨子」です。

まだまだ日本が成長段階のころの話です。


2011年12月13日 (火)

クリスマスにはラブロマンスの名作映画「めぐり逢い」・クライマックスは涙ボロボロ

去年は「三十四丁目の奇跡」を紹介したんだっけ?サンタさんがニューヨークにあらわれ裁判にかけられる。モーリン・オハラとナタリー・ウッドが母子役。

8歳のナタリーも可愛い。

最近、事故に疑惑が出てきたけど、当時から事故じゃないと思ってました。

ハリウッド映画はクリスマスが大好き。その日は何かが起こるんです。

「めぐり逢い」のラスト20分は涙が止まりません。1957年のケーリー・グラント、デボラー・カーのバージョン。レオ・マッケリー監督自身によるリメーク版。

オリジナルは1939年の「邂逅 めぐりあい」(シャルル・ボワイエ、アイリーン・ダン)。

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クリスマスの日、ニッキー(グラント)がテリー(カー)の家に訪ねてきます。

ようやく探し当てたんです。

2人は7月1日午後5時、エンパイア・ステートビルの展望台で再開の約束をしていたが会えなかった。テリーが現れず、ニッキーは夜中まで待ち続けた。

2人は結婚する予定だった・・・。

♯♯ニッキーは約束を違えたテリーを責めないで、こう語りだす。

「失礼を思い出してね。約束を破ったことがあっただろ」

「破った?」

「あのときは悪いことをしたので謝りたくて。それが当然のことだろ」

ニッキーは、それ以後、音沙汰のないテリーをやんわり非難します。

「その通り。ご免なさいくらいいうべきよ」

「待ちぼうけで怒ったろ」

「イエス。頭に来たわ」

テリーは、いまさら行けなかったとは打ち明けられません。

「どのくらい待った」

「ずいぶん」

「ミッドナイト」

「そうよ」

「雷雨だった」

「サンダーストーム?」

立場は逆転します。テリーは、ニッキーがずっと待ち続けたことを知ります。

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(こちらはオリジナルの「邂逅」のジャケット)→

♯♯しかしテリーはなにも語ってくれません。ニッキーは祖母の形見をクリスマスプレゼントとして渡し、別れを告げます。

ショールはテリーにも忘れられない品だった。

ソファに足を投げ出したままのテリー。立ってドアまで見送りにも来ません。

ニッキーは、あることに気づきます。

「そうそう、ぼくの絵が売れたんだ。画商がいうには、その人がとても気に入ってくれてね。“ぼくの心が見えるようだ”って。

絵はあげたよ。クリスマスだからね。その人は貧しくて、その上・・・・」

ニッキーはすべてを悟ります。

次の間のドアを開けると、そこにはニッキーの絵。ショールをまとった祖母とテリーの構図。

画面には映しませんが、車いすが置かれていたのでしょう。

エンパイア・ステートビルに向かう途中に交通事故にあったテリーは、歩けるようになるまでは、ニッキーには何も告げないと誓っていたのです。

すべてを了解したニッキーはテリーを抱きしめます。

雪のセントラルパークにかぶさってエンドマーク。

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世界的なプレーボーイのニッキーとテリーは、ヨーロッパからニューヨークへの船旅で知り合い恋に落ちます。

そしてピンクシャンパンの生活に別れを告げて、きちんと働けるようになると約束して別れます。

「荒海に乗り出すのね」

「2人の進路は変わった」

うまい台詞だ。

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ラブロマンスの名作です。

94年にはウォーレン・ベイティとアネット・ベニングの夫婦コンビの主演でリメイク。

トム・ハンクス、メグ・ライアンの「めぐり逢えたら」(93)、カトリーヌ・ドヌーブ「逢いたくて」(02)などもインスパイアされた作品。

もっとたくさんあるでしょう。

オリジナルの「邂逅」を見てから寝ます。

2011年12月12日 (月)

なでしこが乗り移った?柏PK勝ちで4強入り・辛口マチダも感嘆

オークランド戦(ニュージーランド)で好セーブを連発したGK菅野が、やってくれました。

モントレイの1本目キッカーはメキシコNo.1のプレースキッカーで主将のL・ペレス。

菅野は、左に跳んでドンピシャの読み勝ち。「試合中に癖を盗んだ」というから大したもんです。

4本目はなんとGKが出てきましたが、右ポスト直撃。

日本勢の4強進出は07年浦和、08年G大阪に続き3チーム目。おなじみA大サッカー部OBのマチダさんもご満悦です。

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勢いというか、持っているというか、運といおうか、柏には恐れ入ります。

菅野大明神に向かって柏手を打って拝みましょう。


前半はメキシコが圧倒していました。

ボールのコントロール範囲が10㌢以内に収まっているかように正確。

だから柏選手が詰めても、するりとかわせるし、すれ違いざまに置き去りにしたと自在でした。

競り合っても球際の強さを見せつけて、めったにボールを失いません。

しかし、なぜか後半、相手との間合いが広くなりました。

なめたのですかね。楽に行こうとしたのかもしれません。

俄然柏の動きが目立ちだしました。

8日間で3試合目にもかかわらず、イケイケルンルンが手に取るようでした。

先制―失点―PK戦―菅野サマサマ。

感嘆のひと時でした。テレビ解説の城氏もやたら「アーッ」を連発、仕事より試合に夢中になっていましたよね。


FW工藤はよく動くし、献身的にプレーをします。

でも、フィニッシュがいささか雑なのが気に入りません。

惜しいっ!あわや!がなく、あーあで終わってばかりでした。

酒井からのピンポイントクロスは決めなきゃ。

若いし有望株らしいのですが、大化けするためにはもっと危険を纏った選手になることが望まれます。

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試合は、後半8分、FW田中の右クロスにMFレアンドロ・ドミンゲスがダイレクトで右足を振り抜き、ゴール左隅に。

その5分後に同点に追いつかれたが、延長でも決着がつかず1−1のまま。PK戦に持ち込まれた。


2011年12月11日 (日)

ビワの花って今頃咲くんだ・ヒボケも真っ赤@新宿御苑

知りませんでした。ビワが冬に咲くということを。

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実が6月くらいに成るのは知ってます。

ビワは好物です。かじったときに広がるみずみずしさ、甘過ぎない果肉。

皮が簡単にむけるのも好都合。

子供のころは本家の庭にあった大きなビワの木に登って、心行くまでもいで食べてた。

お菓子なんかめったに食べずに、サツマイモの甘さが極上のころだから実にうまかった。

年末には餅つきで本家に行くんだけど、花が咲いてるのには気づかなかった。

搗きたてのモチに集中してたんですね。

それにしても、ずいぶんと早い。

梅なんて3月ごろに咲いて6月には実をつけてる。

あのでかいタネを十分に育てるためなんですかね。


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ヒボケです。

ボケには春に咲くのと冬のがあります。

寒の時期に咲くのはカンボケといいます。

平安時代に中国から伝わったそうです。

ボケを木瓜と書くのは実がウリに似ているから。

西から伝わったのは西瓜(スイカ)。

どちらも中国音が日本語化したものです。

純粋なヤマト言葉しか使わないというのは難しそうだ。

本居宣長はどうするんだろう。


2011年12月10日 (土)

一両もあるんだ・万両、千両、百両、十両そろい踏み@神代植物公園

赤い実が好きなのは鳥たちばかりではありません。

人間も大好きです。お正月には赤い実のついた鉢を置きたくなります。

縁起物で福を招きます。

↓ これは万両。

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                ↓ 千両です。


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万両は葉の下に実がついてます。千両は上です。このため万両の方が鳥に食べられにくく、後々まで残ります。

千両はすぐに食べられてしまうので、なくなってしまう。

                ↓ 百両。


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カラタチバナともいいます。

実のつきかたが少ないので値段が下がった。

                ↓ 十両。


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ヤブコウジです。万葉集にはヤマタチバナと詠まれているそうです。

                ↓ 一両。

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鋭い刺があります。蟻も刺すというのでアリドオシ。

「千両、万両、有り通し」といいいます。お金がいつもあるように一緒に植えたりするそうです。

万両、百両、十両はヤブコウジ科で、千両はセンリョウ科。一両はアカネ科。

神代植物公園の植物会館に勢揃いしてます。


2011年12月 9日 (金)

晩酌が心地よい柏の勝利・マチダも酔眼で田中のシュートに拍手

後半ひやっとする場面がありましたが、まずは順当の柏の勝利。

おなじみA大サッカー部OBのマチダさんもグラス片手に、いい心持ちの時間を過ごしたようです。

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遅くなりました。

酒を飲みつつテレビを眺めていたので、終了とほぼ同時くらいに轟沈。

前半の柏は完全にゲームを支配していました。

田中のゴールなんぞ、あれを入れたの?というくらいの驚きがありました。

後半はGK菅野の見せ場に手を叩いて叫んでいました。

超反射神経が、1㍍80に満たない身長のハンデを十分に補っています。

Jでも再三味あわせてくれた、見ていて気持ちがいいプレー。

これもプロの要素でしょう。


NZや豪州は元来筋肉おたくの国民で、スポーツをパワー第1主義ととらえているところがあります。

輸入選手がいたとしても、精度に欠ける面があると踏んでいました。

案の定、詰めが甘く2点差は重かったでしょう。

それに南半球は夏模様。気候も影響したかもしれません。

断片的な情報からでしか判断できない気楽さと、前半の様子で緊迫感が薄れたのも眠くなった原因の一つです。

柏の勝機は十分とみていたので、順当な結果ではないでしょうか。次戦がお楽しみです。
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開始から30分くらいはちんたらムードでしたが、田中順也のシュートは、目を見張りました。

2−0になって安心して見ていられましたね。次は北中米カリブ海代表のモンテレイ(メキシコ)、どこまでやれるのか。

オークランド戦が、いいウオーミングアップになったんじゃないでしょうか。今度はチャレンジャー、見応えがありそうだ。

2011年12月 8日 (木)

ヒオウギだってつぼみをつけてる@野川公園の狂い咲き

ヒオウギはピントが合ってないので、こっちから。

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ドングリで作った顔。帽子はへたです。

野川公園の自然観察センターに飾ってありました。

近ごろじゃこんなふうにするんですね。えっ、ずっと昔から?

すんません。無粋なもんで知りませんでした。ガキのころはコマにしたくらいですかね。いっぱい集めたけど、なにに使うでもなかった。

クリエイティブな刺激がゼロ。結果、貧困たる美意識しか育ってない。嘆いてももう遅いけどね。


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ピントあさってに行っちゃってるヒオウギです。

ホントは盛夏だよね。

こんな時期に堂々とつぼみを膨らませちゃって、どうする気なんだろう。

霜が降りたら枯れちゃうのかな。

狂い咲きって言葉は好きではありません。

花にしてみれば季節を間違えただけ。

みんなと別だっていいじゃないですか。

こいつだけ勇敢なのかもしれない。

やがて何世代も経って寒さに適応してしまうかもしれない。

そして冬のヒオウギが当たり前になったら、この花は英雄だよね。

多分、そうはならないんだろうけど、この花に先駆者の称号を与えよう。

しばらく見守りたいと思います。

関係ないけど、「狂い咲きサンダーロード」で鮮烈にデビューした石井聰亙監督が改名したって記事をどこかで読んだな。

岳龍にしたらしい。

「狂い咲き」は日大芸術学部の卒業制作。製作をしてた秋田光彦の名前も最近、どこかで見たな。震災関連だったような。お坊さんをやってるんだっけ。

ついでに石井監督の「爆裂都市BURST CITY」のスタッフを見てたらすごいんだね。

美術・阪本順治、監督助手・松岡錠司、助監督・緒方明、編集・山川直人、阪本順治。

今の中堅が結集してる。

脱線はここまで。

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真ん中にちっちゃな花があるでしょ。

紫色です。

名前は知りません。

だから時期外れかどうかも分かりません。

今度、ボランティアさんがいたら訊いてみよう。


2011年12月 7日 (水)

ソシンロウバイがほころんでる@野川公園

野川公園自然観察園の植物観察会。もう花はわずかしか咲いてないので、木の実と紅葉が主な目的です。

1月から参加したので、これで丸一年。いろんなことを教わった。野の花の名前や特徴を覚えていくと、散歩が楽しくなる。

雑草で片付けていた草が、生き生きとして見えるようになった。

教えてはもらったけど大半は忘れてしまっているので、来年も引き続いて参加するつもりです。

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春の花というか冬の花なんて見られないんだろうと、ボランティアの方の後ろから歩いていたんですが、

季節を先取りしてる気の早いのがあるんです。

ソシンロウバイがほころんでます。

顔を近づけるといい匂い。

本格的な冬も来てないのに春をかいじゃいました。

来週くらいには咲き始めそうです。

つぼみがいっぱいついてる。

ソシン(素心)は、花弁、花芯まで同じ色の花のこと。

蝋梅は、蝋細工のような光沢などが梅に似ていることによる。


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せっかちなのがこっちにもありました。

ボランティアさんに訊きます。

オオジシバリです。

野草図鑑で見ると開花期は4、5月です。

まだお正月にもなってないんだよ。

一輪だけじゃないんです。

群落を作っていて、あちこちで黄色い花を開かせてます。

時々、ぽかぽか陽気があるので集団で間違えたんですね。

地面を縛るように茎が這っていくので地縛り。

キク科です。


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これは一輪だけ咲いてました。

この花だけあわてん坊のようです。

コスミレです。

3月くらいに咲き始めるのでオオジシバリよりはまともです。

もっとも季節を間違えていることには変わりありませんが・・・。

コスミレだけど葉は大きい。

スミレって、すみれと平仮名で書く方が気分が出ます。

カタカナの直線が似合わないんです。

種類がたくさんあってキク科も難しいんですが、すみれもまだ分かりません。

来年はスミレを覚えてみよう。

2011年12月 6日 (火)

♬きみ可愛いね・マツカゼソウだって@神代植物公園

ショクダイオオコンニャクばかりが目的ではありません。神代植物公園の山野草コーナーもしっかりとチェック。

野川公園や調布野草園とは別の野の草が植えてあるんです。

さすがにもうキク科以外は咲いてないだろうと思っていたら小さな花がありました。

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マツカゼソウです。

ちっちゃくて見えないので写真を目いっぱい大きくしました。

見えますかね。

名前もぴったりです。さわやかでかれん。

「きみ可愛いね」はRCサクセションじゃなくて、ひまわり娘・伊藤咲子。

RC(君かわいいね)だとお人形さんになるけど、伊藤咲子のは、そういってほしいと願ってる女の子。

阿久悠さんの詞です。

10月ごろに咲くみたいだけど、どうしたかげんで今頃なのか。

びっくりしたことにミカン科です。

そういえばミカン類の花ですね。葉を揉むと柑橘系の香りがするそうです。

今度行ったら揉んで見よう。


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温室にあったカカオです。

枝から直接、実がなってます。

よく見えませんが幹や枝についてる白いのはゴミではありません。

花なんです。

前にも掲載しましたが、何度見ても面白いので再登場。

この中にタネが詰まってます。

それがカカオ豆。

ホットココアが飲みたくなった。

受験勉強中の娘によくつくってあげたなあ。

あったまるんだよね。


2011年12月 5日 (月)

ぶどうみたいに垂れ下がったイイギリの実@新宿御苑

最近は赤い実を探して上を見ながら歩いてます。エサを求める鳥です。

けっこう残ってるんだよな、まずいのか。

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このへんにあるはずなんだけどなあ。

新宿御苑の内藤家の庭園「玉川園」あたり。

脇道に入ったところにありました。

なるほど、房状に下がってる。

大きな木なので、遠くてはっきりは分かりませんけど、ぶどうみたいではある。

昔はこの葉でご飯を包んだので名づけられたという。

とはいうが葉を取ろうにも枝に届かない。

ほんとかなあ。年をとると疑り深くなります。

素直じゃなくて、すみません。


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前にも紹介しましたがウメモドキ。

すっかり葉が落ちてます。

すごい赤ですね。

新宿門をはいるとすぐですから目立ちます。

紅葉を撮りにきたカメラ愛好家が群がってました。

これも鳥に食べられてないですね。

鳥が少ないのか好物ではないのか。

鳥が食べないとなると、何のために目立つ色にしてるんだろう。

分からないことだらけです。


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温室(ただいま工事中)前のイチョウ。

毎年、どこかでみるけど、あきないですね。

厳しい冬の訪れを前に生命の燃焼を感じさせるからでしょうか。

たっぷり2時間、歩き回りました。

入場料は200円。安いよね。

11月24日、病院帰りに寄ったときのものです。


2011年12月 4日 (日)

浦和のゴールに気まぐれな勝利の女神が・・マチダも柏を祝福

おなじみマチダさんの分析、メール到着が日付が変わってたので、遅れてアップします。

いつもは夜10時ころには寝ちゃうのに、眠い目をこすって書いたんですね。

私ゃ、12時過ぎにはもうお休み中です。

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浦和ゴール前に12人目の選手がいましたね。

後半1点を返され、いつ同点にされてもおかしくない状態だった柏にとって、ラッキーというより神がいたと思えたでしょう。

前半は完ぺきな内容でした。

セカンドボールに対するダッシュがとにかく鋭い。

浦和より1歩も2歩も早く拾って、ブラジル人コンビにつないでいました。

2人はフル回転。的確な判断のパスで速攻を仕掛け、さらには間髪を入れないシュートでゴールを脅かしていました。

この2人に刺激を受けているせいか、他の選手のシュートに対する意識が徹底されているのに驚きました。

無駄な“いいパス”より隙間があったらシュートです。

極端なことを言えばハーフラインを超せばシュートレンジ、コースがなくても打て!くらいの心構えに見えました。

ところがです。

後半守りに入ったのかな。勝負をすればいいのに安全第一になった途端、猛反撃を食らう始末。

優勝プレッシヤーに押しつぶされる寸前でした。気まぐれな女神がいなければどうなっていたかわかりません。

思いもよらぬ形の決着だったとはいえ、産みの苦しみの45分に耐えて掴んだ快挙は、さすがネルシーニョの手腕です。

テレビ解説者の言を借りると「結果を出さないと容赦なく外される」厳しいチーム内競争が柏の原動力になっているのでしょう。

勝つために冷徹を押し通す采配は、この日も変わりませんでした。

ロスタイムになっても、控えにいた北嶋に見向きもしません。

功労者を栄光のピッチに送り出す情は、ついぞ見せずじまい。

交代枠が1つ残っていてもです。安っぽいおナミダ劇は彼の辞書にはないのでしょう。

善意に解釈すれば徹底した勝負師、だから昇格即Vも可能だったといえます。

個人的心情としては1秒でもいいからピッチに立ってほしかったのですが。本当のところは興奮して忘
れていたのではないのかなあ。

        soccer    soccer    soccer
Dsc00694

鳥栖の昇格、よかったですねえ。

存続が危ぶまれたほどのチームだったのに。他の地域への励みになるでしょう。

4年ぶりの札幌もしかり。

逆に徳島は残念でした。折れることなく来年を目指してほしいものです。

J1とJ2の差。もう名前だけでは通用しなくなっているようです。


                         マチダ

2011年12月 3日 (土)

北嶋の涙にジーン・祝柏レイソル初優勝

優勝の可能性のある3チームが勝ち、首位の柏も浦和の追撃を許さずに3−Ⅰの逃げ切り。

その瞬間、NHKもベンチの北嶋をアップで狙いました。顔がくちゃくちゃでしたね。

きょうは出なかったけど北嶋がチームを引っ張り続けたからこその優勝。いいシーンでした。

        shoe     shoe      shoe

前半なんて18−0ですよ。

シュートの数です。

いいチームです。選手たちにシュートの意識が植え付けられている。

レアンドロ・ドミンゲス、ジョルジ・ワグネルはもちろんのこと、ゴールが見えればどんどん打ってくる。

楽しいサッカーです。

ワグネルの1点目なんて、DF、GKの2人の股の間を抜いたピンスポット・シュート。

橋本のオーバーヘッドだって迷わずに蹴ってる。

前半の浦和はなすすべもなし。

後半、山田を下げてから攻撃的になったけど1点どまり。

ちょっとヒヤヒヤしたけど茨田のミドルをキーパーがまさかのファンブル、3−1となって決まりです。

      soccer      soccer     soccer

昇格初年度の優勝、ネルシーニョ監督の手腕が大きい。開幕前は柏の優勝なんて予想もしてなかったもんね。

ヴェルディ、名古屋では結果を残せなかったが、対話を重視して選手個々の力を引き出した。

日本チームの指導法を会得したんだろうね。

逆に言えば、他のJ1チームが、まだまだ本当の強さを身につけていないということ。

きょうの浦和なんて、小粒のチームになっちゃってる。だから怖さがない。

うまいだけじゃ勝てないということ。チーム作りの失敗だね。

来年は岡ちゃんかい。

ひさしぶりの日本人監督、面白いかもしれない。

      shoe     shoe      shoe

J2は鳥栖、札幌が昇格。

徳島が残念でした。四国初のJ1を楽しみにしてたんだけどな。

四国も盛り上がってほしいので、来年こそ!

2011年12月 2日 (金)

あれ、もう水仙が・・・@病院帰りの新宿御苑

いつものように信濃町から神宮外苑を抜けて千駄ヶ谷門から新宿御苑へ。ぐるっと回って新宿駅まで歩けば、結構な散歩になる。(11月24日に訪れました。サッカーやらショクダイオオコンニャク騒ぎで掲載が大幅に遅れました)。

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特に目当てはない。何かあればめっけもの。ジュウガツザクラはもう終わりだ。

紅葉を楽しむくらいかなとぼんやり考えていたら、あらっスイセンがもう咲いてました。

ペーパーホワイトという種類です。

他のスイセンに先駆けて最初に咲くんだそうです。

そうだよな。いくら何でも早すぎる。

地中海原産でフサザキスイセンの仲間。

真ん中が白いのがニホンズイセンとの違い。

とはいってもニホンズイセンだって室町時代に中国からもたらされたもの。

もとをたどれば、シルクロードを通ってペルシャあたりから来た。

そのもとは地中海。

日本に来た時期が違うだけで、ほぼ同じ種類。

だからスイセンには和名がない。

中国語のまんまです。

それでもスイセンは外来種とか帰化植物とかは言わないんだよね。

どこで線を引いているのか。

明治の前か後かなのかな。今度誰かに聞いてみよう。


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タムケヤマモミジ。

文化住宅みたいな小さな家で育ち、文化包丁や文化鍋はあったけど、文化からは隔たった生活をしてたので百人一首を知りません。

《このたびは 幣(ぬさ)も取りあへず 手向山

紅葉の錦 神のまにまに 》

なんて菅原道真の歌も知りませんでした。

手向山はモミジの名所なんですね。

奈良と京都の境の山だそうです。

東大寺の鎮守も手向山八幡だ。

場所的には違うんだろうけど、近鉄奈良で降りてバスで行った浄瑠璃寺界隈の風情は良かったなあ。

里山の原風景でした。

奈良の方が近いけど京都府なので目をこすった覚えがある。

話は戻って、名所の名前を頂いたタムケヤマモミジ。

案内板をそのまま写すと「ヤマモミジ系“紅枝垂”の代表的な園芸品種」

何年もかけて改良したんだ。

日本人って、枝垂(しだれ)が好きですねえ。

なんでもしだれにしちゃう。

私も好きです。

「新芽は紅色、開ききると紫紅色、夏は赤みがかった緑色に変化します」。

やっぱり、回ってみれば収穫はありますね。

        hospital    hospital     hospital

あっ、なんで通院してるのかって?

もう10年くらい通ってるかなあ。

健康診断もかねて、定期的に採血、検尿をしてるんです。

おかげで肝心要はいたって正常です。

2011年12月 1日 (木)

花の命は短くて・・もう閉じはじめたショクダイオオコンニャク@神代植物公園

ありゃ、もう閉じはじめてる。2、3日は咲いてるはずなのに、なんてすげない。

1日の午前と午後の2回、見物してきました。

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tulip 《1回目》開園時刻の午前9時半に到着。

開門は5分ほど早めたそうだ。

温室にはスムーズに入れたが、パピルスのちょい先が行列の最後尾。

ちょうどいい。

熱帯植物をじっくりと観察。

外はことし一番の寒さだけど、当然あったかいので苦にならない。

20分ほどでショクダイオオコンニャクのある部屋に入れた。

10人ずつだ。

開いてはいるが水平まではなってない。

「これ以上開かないんですか」

「開きません」

昨夜から変わらないそうだ。これが目一杯。仏炎苞の内側も紫色だ。

昨年の小石川植物園のは、真っ赤だったのに・・・。

やっぱり附属体もありません。なので高さは1㍍くらい。

残念ながら世界最大の花にはなってません。

次の10人が来たので見物時間は2、3分。おしまいです。

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bud 《温かいそばで昼食休憩》温室の外に出てもまだ10時前。

すぐに並び直すのも芸がないので園内をぶらぶら。

幸い雨はやんでる。

見ごろのバラもある。

雨にうたれた紅葉もいい。

濡れ落ち葉を踏みしめるとカサコソとこたえてくれる。

ひとけもなく他の音は何もしない静寂。

どんよりとした空にイチョウもモミジもとけ込んでる。

味わい深い景色だ。

でも寒い。植物会館で開かれていたセントポーリア展をのぞく。

ここにはふかふかのソファも置いてあるし暖房も効いている。

小休止の後は外に出て水生植物園を見回ってから深大寺門前の元祖島田屋へ。

あったかいそばが生き返らせてくれる。つゆも飲み干すと五臓六腑にしみわたる。

血管が膨張して熱が全身に行き渡り元気が出たところで再入場。スタンプを押してもらってるので可能なんです。

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maple 《再チャレンジ》午後0時20分。ややっ行列が温室の外まで長くなってる。

温室に入るまでに20分、オオコンニャクにたどり着くまでに30分。

「閉じかけてますよ」と係員。

そりゃ大変。どういうことなんだ?

開きはじめたのは前日の夕方。4時半過ぎだ。

わずか1日しか開かないのか。

なるほど、午前よりも閉じている。

上の写真と比べてみてください。すぼめてるのが分かるでしょ。

ーーもう開かないんですか?

「開きません」

オー・マイ・ガッド。

午後は1分ほどで、はいおしまい。

cherryblossom 《匂いは?》

午前は室内に入るともわっと感じました。悪臭らしきものが押し寄せてくる感じ。

でも、そんなに変な匂いじゃなかったですね。

前日に見たというセントポーリア展受付のおばちゃんに訊いてみる。

「きのうは結構匂ったわね」。開花時に発散するんだ。

午後には、何も感じませんでした。虫を呼ぶ役目を終えて臭気は出さなくなったんだ。

強烈なヤツを嗅ぎたかったんだけどなあ。残念。

この後花はどうなるんでしょうか。

2、3日でしおれてしまうのか。

もう一回見物に行くかもしれませんが、ショクダイオオコンニャク狂騒曲、ひとまずピリオドです。


        bud     bud    bud

過去記事です。

ショクダイオオコンニャクの成長の仕組み、花の説明、受粉の方法などあれこれをつづってます。おひまなおりにでもクリックしてみてください。


おーい、もうすぐ世界最大の花ショクダイオオコンニャクが咲くぞ・なので月曜日も臨時開園@神代植物公園

あした(28日)か、あさって(29日)か、いよいよだぞ燭台大蒟蒻の開花@神代植物公園

ショクダイオオコンニャクが咲きそうです@神代植物公園

臭気を放ちはじめた!いよいよだぞ・最新情報ショクダイオオコンニャク@神代植物公園

ショクダイオオコンニャクの臭気を嗅いで来ました@神代植物公園

ついに開花が始まったぞ!ショクダイオオコンニャク@神代植物公園


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