フォト
無料ブログはココログ

« 眺めは抜群普済寺・ここは武蔵七党立川氏の館跡@立川駅南口徒歩15分くらい | トップページ | おーい、もうすぐ世界最大の花ショクダイオオコンニャクが咲くぞ・なので月曜日も臨時開園@神代植物公園 »

2011年11月25日 (金)

国宝があるんだ立川氏館跡の普済寺@立川駅南口徒歩15分

戦国時代の立川氏は北条氏に従っていた。

その前のことは知らない。鎌倉時代は幕府に仕えていたのは確かだが、滅んだ後にすんなりと北条の軍門に下ったのか。

Dsc00477

立川氏の館跡に作られた普済寺本堂の南側に国宝がある。

工事中なので本堂をぐるっと回らなければならないが、案内が出ているので、その通りに進めばいい。

六面石幢(ろくめんせきとう)。

6枚の緑泥片岩で六画に組み立てられた仏具(なんだろう。幢は旗みたいなもののようだが、石でつくっているので旗じゃない。大雑把にいって仏具なんだろう)。

各面には仁王像と四天王像がが浮き彫りにされている。

国宝を守るために現在は覆屋が建てられている。

ガラスのすき間からのぞき込むことは出来る。

高さは166㌢、幅約42㌢。

つくられたのは延文6年(1361)。

こちらトウシローなので価値については見当がつかない。

とにかく有り難がってとっくりと見てきました。

Dsc00482

これは焼失を免れた山門。

本堂は平成7年(1995)の火災で灰になってしまったんです。

大きく報じられたんだろうけど、覚えてません。

普済寺のことを知らなかったんで記憶にとどめてないんですね。

江戸時代初期のものです。

もうすでに立川氏は滅んでました。

北条氏と運命をともにしたんです。

八王子城にこもったのか。

難攻不落と思われた八王子城も、前田利家、上杉景勝らの猛攻を受けて、わずか一日で落城してしまった。

八王子が落ちたので北条氏直は降伏、小田原城が開城、北条氏は滅亡した。

立川氏は浪人となり、徳川時代になって水戸藩に仕えた。

流れ流れて水戸にたどり着いたのか。

北条の遺臣という人たちが多摩に土着して帰農しているが、故地を捨てた理由はなんなんだろう。

Dsc00487

普済寺をあとにして多摩川に向かう。

立日橋がかかってる。

立川と日野を結ぶから立日橋。「たっぴばし」と読むようだ。

奥多摩や丹沢の山々を望みながら橋を渡る。

ここまで来ると山が近いね。富士山も大きい。

渡れば多摩モノレールの万願寺駅。

「北斗の人」土方歳三が生まれた石田村は近い。

忌野清志郎が通った都立日野高校は、歳三が眠る石田寺の隣だ。

先を急ごう。


« 眺めは抜群普済寺・ここは武蔵七党立川氏の館跡@立川駅南口徒歩15分くらい | トップページ | おーい、もうすぐ世界最大の花ショクダイオオコンニャクが咲くぞ・なので月曜日も臨時開園@神代植物公園 »

立川」カテゴリの記事

コメント

立川駅からまっすぐ延びる青梅線の前方にも奥多摩の山が見え、その正面が特徴ある形の大岳山。
多摩川からの写真と同じです。
そして左のほうに富士山が聳え・・・。夕焼けに鳥の群れが横切り・・・。
それが私の原風景。谷内六郎の世界でしょうかねえ。
普済寺や多摩川の様子、懐かしく読んでます。

fuji 北風吹き抜く寒い朝、

昔は中央線からも富士がきれいに見えました。

ビルがなかったからね。

普済寺、ちゃんと知ってるんだ。

えらい!

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1320081/43119175

この記事へのトラックバック一覧です: 国宝があるんだ立川氏館跡の普済寺@立川駅南口徒歩15分:

« 眺めは抜群普済寺・ここは武蔵七党立川氏の館跡@立川駅南口徒歩15分くらい | トップページ | おーい、もうすぐ世界最大の花ショクダイオオコンニャクが咲くぞ・なので月曜日も臨時開園@神代植物公園 »

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30