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2011年9月20日 (火)

飢饉から人々を救ったのはヒガンバナだった@野川公園

はるか縄文か弥生時代に揚子江付近から持ち込まれたヒガンバナは、株分けした球根が全国に植えられていった。

だから日本中のヒガンバナは同じDNA。もとをただせば同一の株なんです。これについては前回に触れた。

きょうは、なぜ広まったのかについて。

野川公園のヒガンバナは18日、六分咲きくらい。

Cimg5006_6

つぼみを持った茎がニョキニョキ伸びてるでしょ。

秋分の日には満開だな。

古代の人々は田んぼの畦などにヒガンバナの球根をせっせと植えていった。

〈第一の理由〉畦などを丈夫にする。

ヒガンバナの根は球根を地中に潜り込ませる働きをするので、畦道や土手が崩れるのを防いでいる。

〈第二の理由〉球根からは、ほかの植物の生育を抑える物質が出ていて、他の植物を生えさせない。

縄張りへの侵入を許さないんだ。だから群落を形成する。

人間にとっても雑草の生育を抑えてくれるのは大助かり。

〈第三の理由〉モグラ除けにもなった。モグラは畦に穴をあけてしまうからね。

ねずみも防いだ。

Cimg5008_4

(おっ、こっちの方は咲きそろってる。一面がヒガンバナです)。

お墓の周りに植えられたのは、ねずみを防ぐ意味もあった。

昔は土葬ですからね。

お彼岸のお供えの花にも使えた。

お彼岸というのはずっとあとのことだけどね。

さらに、球根をすりつぶして壁土に混ぜたんだって。

ネズ公除けです。

昔の人は経験的に覚えていった。エラいです。

〈最大の理由〉なんてったって、飢饉の時にはヒガンバナが重要な食糧になった。救荒食として利用したんです。

球根には良質のデンプンが含まれてるんです。

きっと旱魃や冷害にも強いんでしょう。


Cimg5021_13

ただし球根は毒を持ってます。

リコリン・セキサノールというアルカロイド系の有毒物質が含まれていて、そのまま食べると吐き気や下痢を引き起こした。

この毒素は水に溶けやすいため、球根をすりつぶして水にさらせば食用になった。

水にさらして毒を抜くなんて古代の人は、いろんな植物で経験してます。

揚子江付近にいたころから知ってたのかもしれません。

いやあ、すごく役に立ってます。

シロヒガンバナは、ショウキズイセンとの交雑種です。

これも野川公園の自然観察園に咲いてます。

以上は、「身近な雑草の愉快な生きかた」(稲垣栄洋、ちくま文庫)、野川公園自然観察センターの解説などを参照しました。

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