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2011年8月 1日 (月)

相模は好色、信濃は大食い・あわせて「上下の大食らい」

相模といえば、江戸時代の男どもはにやにやしたんでしょう。今じゃ湘南でしょうか、やに下がる雰囲気はありませんが、相模イコール好色の下女を意味してたんだそうです。

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こんな本を読んでました。「大江戸の正体」(鈴木理生、三省堂)。

江戸についちゃ、なんてったって鈴木さんです。「江戸の川、東京の川」は名著として有名ですね。

庶民の生活のくだりで、川柳に話が及んでいた。

「祭り」といえば山王祭と神田祭、「山」といえば相模の大山・雨降山・阿夫利神社詣でのことだったという。

ついでにやや脱線して、「相模といえば好色の下女を意味する。そして信濃といえば冬季の季節労働者として、信濃国から江戸に出稼ぎにくる大食いを意味した」。

相模はなんといっても「山」のあるところ。大山詣では庶民の楽しみだった。

お参りをすませると、お茶屋が待ってます。当然、精進落としです。

これは女房も公認、とがめ立てはされません。いい思いをしたんでしょう。

さて信濃は「食う物でないのは花とほととぎす」というお国柄。貧しかったんでしょうか。何でも食べたんですね。

蜂の子なんか有名ですね。

というわけで、この2国をあわせると「信濃と相模 上下の大食らい」となる。同工異曲に「昼信濃 夜は相模が 大食らい」がある。

「相模屋の婿 来ては死に 来ては死に」、「是からは あばれ食いだと 相模後家」なんてのもあります。

信濃は「喰うが大きいと 信濃を百ねぎり」になってしまいます。

食べる分だけ給金を減らしたんですね。

名将の誉れ高い真田幸村も、こんな言われかたです。「食う事も 武勇も真田 人をこえ」。

神奈川と長野の方、昔の話です。もうすっかり、こんな共通理解は消えてしまいました。

明日は弁慶、小野小町、道鏡の川柳にしようかな。

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