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2011年8月の記事

2011年8月31日 (水)

「丸いポストのまち」なんだってさ@小平ふるさと村

小平ふるさと村で休憩中・・・。

名物の手打ちうどんを売っている。午前中で売り切れてしまうそうだ。多摩と埼玉西部は、そばじゃなくてうどん文化。わが家でも昔は、父親がうどんを打っていた。

つゆは豚肉やらニンジンやらをぶち込んでダシをとっていた。もりでも煮込みでも同じです。

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入り口にあるのが旧小平小川郵便局舎。明治末の建物。屋根に〒マークがついてます。古い建物はいいですね。落ち着きます。

現役の丸いポストも置いてあります。

小平は「丸いポストのまち」なんだそうです。現役の丸ポストが33本(私設ポスト2本含む)あり都内の自治体で最多なのが自慢。

ちなみに23区内は5本、2位の府中市、あきる野市が18本でダントツだ。


たっぷり休んで多摩湖目ざして出発。

緑がなくなったと思ったら西武新宿線小平駅の南口。駅前広場を多摩自転車道が突っ切ってます。駅前の西友でお茶を買う。

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「おーいお茶濃い味」が78円、袋は要らないので2円引き。最近の西友は安いよね。

渇きをいやして、なおも北北西に進路を取る。が、その前に新田開発の農民が亨保18年(1733)にこの地に引寺した延命寺に寄ったりしたので陽は西に傾いてきた。

写真はサンゴジュの花。千葉以西に自生してるらしい。延命寺近くの自転車道で咲いてました。

西武拝島線の線路を越えたところの公園に地図があるので位置を確認。

小平と萩山の中間。目的地はまだ先だ。ベンチに座っていたおじさんに聞くと、多摩湖まではまだ30分はかかるという。

きょうはここまで。多摩湖へは午前中に出発しないと無理だな。再トライしよう。

小平霊園の前を通ったり、タイヤにまかせのんびりと帰りました。

2011年8月30日 (火)

玄関だけで40㎡もある名主の家@小平ふるさと村

ママチャリで多摩湖を目ざす途中に立ち寄った小平ふるさと村。前回は江戸初期の「竪穴式住居」に感動、次いでぐるっとひと回り。

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お堂かなんかみたいでしょ。これが名主の家の玄関。桁行(3・8間、6・98㍍)、梁間2間(3・64㍍)、延べ床面積は36・98㎡。

立派なもんです。

これは小川村、小川新田の開発に中心的役割を果たした小川家に代々継承されてきたもの。これに台所やトイレ、風呂などをつければひと家族が住めちゃう。

相当な財力ですね。

こちらは屋敷構えの想像図。表大門(横に高札場がある)を入るとあるのが表玄関。


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青梅街道に面していて、下の方に勝手口があります。光っちゃってるあたりが内玄関。家族はこちらをつかったんでしょう。

屋敷の間口は60間というから100㍍強、奥行きは30間50㍍強。すごいのひと言。三鷹あたりの庄屋さんは、こんなに大きくはないです。

多摩湖を目ざしてるんだけど、寄り道が長引いてこの分じゃ到着しないですね。


2011年8月29日 (月)

めっけもん!小平ふるさと村の350年前の住居

大きな水が見たくなった。自然の湖は近くにないし、海は遠い。そうだ小学校の遠足で行った多摩湖に行こう!とママチャリで出発。どのくらいかかるか分からないが、狭山・境緑道(多摩湖自転車道)を行けば着くはずだ。

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狭山湖・多摩湖から武蔵境の浄水場へ水を送るためにつくられた道だ。

その先、浄水場から都内へは水道道路と呼ばれていた。今の井の頭通りです。

下に土管が埋まってるから、ずっと真っすぐです。

散歩、ジョギング、サイクリング・・・思い思いに緑の道を楽しんでいる。

小金井公園北側から先は未体験だ。

西武新宿線の花小金井駅を過ぎたら「小平ふるさと村」があった。家を出てからⅠ時間、汗もかいたし、お茶も飲みたい。ちょっと休憩していこう。

当たり!でした。

江戸後期の農家は、小金井公園の江戸東京たてもの園、府中の郷土の森でも見られるが、初期の建物は見たことがない。

上の写真が「開拓当初の復元住居」です。古文書に基づいて復元したものですが、後期の家とは全く違います。

住まいじゃなくて物置みたいな印象です。基本的には「竪穴式住居」。地面に穴を掘って、そのまま柱を立ててます。

入り口も小さく、窓も申し訳程度につけてるだけ。


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手前がいろり。今でも虫防ぎや茅葺き屋根の保持のために炭を燃やしてます。

奥は右側が寝室?左の南側は客室でしょうか。勝手口とこちらにも入り口がついてます。

これで2人用だそうです。言ってみれば2LDK。若夫婦が住んで汗水流して、不毛の武蔵野台地を開拓したのかな。延べ床面積は約43㎡だから2人なら十分だ。

いろりの上にあるのは、火がわら屋根に飛ぶのを防止する覆い。

2階はありません。やっぱり竪穴式住居の進化系だ。土台や床をこしらえるようになるのは、いつごろくらいになるのかな。

この建物は、小川村(小平市)の開発名主だった小川家が代官所に出した一種の「建築届け」に基づいて再現したもの。

「柱は栗の丸太を掘っ立てにし、床は竹のスノコか籾殻(もみがら)、わらくずを地面に敷きつめ、筵(むしろ)をしいたもの・・・」などと書かれているという。

届けは明暦年間(1655〜57)のものらしい。

このへんの新田開発は、承応3年(1654)に玉川上水が完成してからのことだ。

上水から小川用水を取水することで「小川新田」の開発が可能となり明暦2年(1656)に開始された。

最初に応じた人の住居だったんだ。

そういえば高校の同級生に「小川さん」がいたな。確か小平から通ってた。開発名主の同族なんだろうな。直系かも。

まだ多摩湖は遠い・・・。


2011年8月28日 (日)

あっナツエビネ!@調布野草園

小川のそば、日の射さない樹下にひっそりと咲いてました。なにしろ暗いとこだから目立たないけど、そのだけポッと明るくなったような気がして目をこらしたんです。

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まさしくランですね。野生のものを見つけるのは、けっこう難しいらしい。なにしろ数が減っちゃってるからね。

それがこんな近くで見られるなんて。ここは知る人ぞ知るナツエビネのスポットなのかも知れない。何も知らずにひょっこり訪れて、ご対面したんだから、かなりラッキー。

野草園は日曜日が休みだったりするけど、きょう28日は開園してます。ファンの方はどうぞ。


2011年8月27日 (土)

行方が知れなかった曽根中生監督に20年ぶりに会った・その2

約20年間も行方が知れなかった曽根中生監督(73)、今じゃ発明家だそうだが、いったい何をしてたのか。前回の続きです。

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痩せたかな。

胃を切除したそうだ。だから食は細い。食事をしたがビールはほとんど飲まず、肉も少々をつまんだだけ。

それでも朝は6時に起きて、特製のトーストを食べて出勤する毎日。

なんでも燃料の製造装置などを作っているようだ。これに曽根さんが持つ特許が使われている。

「私が会社に行かないとみんな困っちゃう。その日の指示をするんだ」。

経営する映画の学校が倒産、映画にも見切りをつけた曽根さんがたどり着いたのが大分県の臼杵。

「競艇の野中さんがヒラメの養殖を勧めてくれたんだ。知ってる?」

ハイ、知ってます。競艇で帝王と呼ばれた名選手の野中和夫さん。選手会の会長までつとめた。

競艇選手を目ざす若者を描いた「フライング飛翔」の縁だな。横山やすしさんの企画だった。(やすしさんとは映画「唐獅子株式会社」=83年=の監督、主演で知り合っている)。

「なんちゅう映画をつくるんや!と、野中さんに怒られました。それでも声を掛けてくれたんです。スポーツマンですね。感謝しきれません」。


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その後、一念発起、50歳を過ぎて九州大学に学士入学する。勉強したのはなんと物理。東北大学の文学部出身だよ。

「ジュールの法則とか一からやりました」。電気の勉強をしたのかな。

ともかく、これで特許を取るまでに至る。2つも持ってる。目算があったんだろうな。どうせ分からないから詳しいことは訊きませんでした。

どういう頭脳をしてるんだろう。

特許をつかった燃料の製造装置は順調に推移、曽根さんは、この会社の副社長だ。さらに研究を重ねているらしい。

婿さんが大分トリニータの選手だったとかで、サッカーファン。映画を見に行ったりはしないそうだ。臼杵には映画館はないのかな。

「勤め人は決められた手順に従って、きちんと仕事をこなしていく。映画界とは全く違うね」と妙なところに感心していた。

心の整理もついたのだろう。26日は湯布院映画祭のシンポジウムに参加、どんな話をしたのかな。


2011年8月26日 (金)

20年ぶり!所在不明だった曽根中生監督に会いました

「何をなさってるんですか?」

「発明家」

変わってないな。相変わらず人を食った答えだ。こっちはずっと心配してたのに。

映画監督と発明なんて、およそ真逆のこと、我が方の思考回路には、そんな組み合わせは入ってない。

でもこれがウソじゃないんです。本当だからびっくり。


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曽根監督が映画界からぷっつりと消息を絶ったのは1990年代の初め。

自ら開いた映画学校で多額の負債を抱え逃避行を続けている、などとささやかれていた。

沖縄の海岸で亡くなったなんて噂もまことしやかに流れた。

しかし消息はようと知れなかった。

九州にいるらしいとまでは、なんとなく伝わってきたが、単なる伝聞。

曽根さん捜しはあきらめていた。

好きな監督の一人だった。

私らの学生時代には、日活にはすごい助監督がいるらしいと事情通が話していた。

若松孝二監督の問題作「壁の中の秘事」などの脚本、鈴木清順監督作品の脚本家グループ「具流八郎」のメンバー。

学生時代に夢中になって、あちこちの名画座をまわった作品の多くにかかわっていた。

清順さんが日活を解雇されるきっかけになった「殺しの烙印」の独特の美学は、曽根さんの頭の中の映像化なんじゃないか。

ロマンポルノで監督昇進、「(秘)女郎市場」(72)の泥絵の具のような感覚で注目した。そして「嗚呼!花の応援団」(76)が大ヒット。

「どうして消えたんですか?」

「見切りをつけたんだ。剣道の見切り」

「映画界にですか・・・」

見切りで切っ先をかわして、今や「発明家」。

きょう26日、湯布院映画祭にゲストで現れる。「博多っ子純情」(78)の上映にあわせてだろうと思うが、詳しくは知りません。

これでデビューした光石研はゲストでトークショーをするらしいんで飛び入りで現れたら、びっくりするだろうな。

長くなったので「発明家」までの道のりは次回に。電気関係の特許をもってるそうだ。


結びつきませんね。ぽかんと口を開けちゃいます。


2011年8月25日 (木)

いい味出してる看板&窓だらけの家@三鷹と調布

買い物の途中でいつも見かけるこの看板。ねじり鉢巻のおっちゃん?おばちゃん?の顔がいいですね。見とれちゃいます。

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「ふろはふろやで」のコピーも、ひらがなが効いてます。

「風呂は風呂やで」となんにも訴えてないかと思えば、「風呂は風呂屋で」と、たまには大きな浴槽でじっくりあったまってくださいとPRしてる。

お風呂屋さんは次々に閉店して、わが家の近所では、ここだけが頑張ってます。

モデルは誰なんだろう。番台に座ってたりするのかな。バカボンのパパならぬバカボンのババ、あるいはジジ、いい味です。

「山中」という交差点のそばです。山中ですよ山中。

このへんじゃ「ヤマ」といえば雑木林のこと。昔はうっそうとした木々に覆われていたんだろう。

こちらは6月に「通りすがりのおばちゃん」に教えていただいた窓だらけの家です。


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いくつあるんでしょうか。南には30個、東はそれ以上。各窓には鉢などが置いてあります。

「通りすがりのおばちゃん」に「何か分かったら教えて」といわれてるんですけど、建築家の事務所兼住居らしいんですが、不明です。

北側には明かり取りはありますが、開閉はできないようです。トラックでも入りそうな大きなガレージがあります。西側はベランダなどです。洗濯物が干してありました。

何階建てなのかも外からは分かりません。間取りなんて想像もつきません。

ここから2㌔くらい西北方向にある天命反転住宅ほど異彩は放ってませんが、興味津々の建物です。

知ってる方がいたら教えてください。

深大寺西側の大通り沿いに建ってます。

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しばらしてから概要が判明しました。

名づけてネスルドハウス。

こちらにあります。


2011年8月24日 (水)

ツリガネニンジン、ワレモコウ、ユウガギクが咲いてるので秋@野川公園

残念ながら、これらの花が咲いたから秋を感じるなんて風流な人間ではありません。野の花に目をとめだして2年弱、まだ花の移り変わりに季節を知るなんて境地には達してません。

単なる知識です。

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さすがにヒガンバナが咲くと夏は終わったと思いますがね。その程度です。

ツリガネニンジンは秋を告げる花の代表みたいなものだそうです。

もっと紫なんですが、色が落ちてます。

来年からは「おっ、ツリガネニンジンが咲き出した。秋だな」なんて合点したいね。

どこでも見られるポピュラーな花だけど、今はどこでもって訳には行かない。こうやって人が保護してないと見つけられなくなっちゃった。

春の若芽がトトキ。うまいらしい。

ワレモコウなんて、見てたんだろうけど気にしたこともなかった。

歌がヒットしてから、どれどれ・・・と捜すようになりました。


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小さい花が穂になって咲くのはたいてい、下から咲いてくもんだが、これは上から開いていくんだそうです。

なるほど。

それにしても、ワレモコウが周りにあるお墓をお盆過ぎに訪ねる。

都市近郊の墓地では無理ですね。

列車から見える山や畑の中腹にある先祖伝来のお墓、たいてい日当りと景色の良さそうな場所につくってますよね。

あんなお墓に参るとワレモコウが咲いてるんだろうか。

杉本真人さんて、どこの人かと思って調べたら新宿区出身となっていた。

ご先祖の霊は、田舎に眠っているのかな。じゃないと発想できないと思うんだけど。


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こちらも秋を告げるユウガギク。Ⅰ輪だけ咲いてました。

虫に食べられちゃってますね。

いわゆる野菊の一種。

月末くらいにはいっぱい咲き出すんでしょう。

2011年8月23日 (火)

ミズヒキを下から見ると、あら不思議&キンミズヒキ@野川公園

祝儀袋などに使われる飾り紐の水引って赤と白ですよね。


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野草のミズヒキの花は赤です。しげしげと見たことはないけれど、どこにでも生えていて小さな赤い花は知っていた。

それだけだから、なんでミズヒキの名がついたのかは、考えもしなかったし分からなかった。

この前、野川公園自然観察園のボランティアの人に「下から見てご覧」と教えてもらった。


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のぞきこんで見上げてみると、白でした。

写真は撮ってません。茎をそっと倒して逆さまにしてみてください。

「なるほど」と納得されるでしょう。

飾り紐の水引の名が先にあったんですね。

ひも状の細い茎で上から見ると赤、下からは白の植物を面白がってミズヒキと名づけたんでしょうね。

こういうのは子どもの頃に教わっておかないと、一生知らないままですね。

道ばたで見かけたら誰かに教えてあげたくなる小ネタです。

こんなの常識で皆さん承知のことなのかな。だったら赤面。

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これはキンミズヒキ。

花の付きようが似ているので、この名前になったが科が違います。

こっちはバラ科で、あっちはタデ科。

2011年8月22日 (月)

初めはキキョウ、次にムクゲが朝顔だった

山上憶良が「萩の花 尾花葛花 瞿麦(なでしこ)の花 をみなへし また藤袴 朝貌が花」と、数え上げた秋の七草。

この中の朝顔はキキョウということになってるようです。ムクゲ説もあります。一般的には万葉集のころの「朝顔」はキキョウで、その後、指す花が変わったんだそうです。

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(写真は昨年9月に写した神代植物公園のムクゲ。いろんな種類が植わってます。ワンブロックがムクゲ園になっているので楽しめます)

小学館の「古語例解辞典」は「上代から平安初・中期までは、今のキキョウ、またはムクゲをいうなど、諸説ある」となっている。

朝顔がいまのアサガオの呼び名になったのは平安後期からということが分かります。

それで万葉集のころはキキョウだったんだ。

じゃどうして変わったの?

よくあることさ、で半分納得してましたが、きれいに分かりました。

やっぱり大野晋先生です。私は、バッシングの嵐が吹き荒れた大野先生の日本語タミル語(ドラビダ語)起源説にいまだに魅力を覚えてます。

「岩波古語辞典」を引いてみました。詳しいですよ。


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「③草木の名。古くは何の花であったか諸説がある」とした上で説明していく。

㋑今のキキョウ。略。

㋺今のムクゲ。輸入植物で美しかったので、それ以前にキキョウにつけられていた「あさがほ」の名を奪ったという。花は朝開いて夕方しぼむ。略。

㋩今のアサガオ。平安時代に中国から渡来した。もとの名は牽牛子(けにごし)。その実を薬用にした。ムクゲより一層美しかったので、「あさがほ」の名を奪った。種類の色や大きな花の鑑賞が盛んになったのは江戸時代以後。略。

すっきりしました。源氏や枕草子の頃にはもう今のアサガオです。

つけ加えると、アサガオの種は牛のように高価だったので牽牛子となったというのは後世の附会でしょう。

牽牛、彦星が天の川に輝く頃に咲くからと素直にとった方がいいでしょう。

カオは、顔ではなくて容。美しいの意。「朝」がどこまでの時間をさすかは難しい。

今のアサガオが、今の朝にぴったりなので定着したんだろう。


2011年8月21日 (日)

はっきりいってクサいですカリガネソウ@調布野草園

涼しくなる前の写真ですが、もう秋なんです。オミナエシが満開です。

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花の移り変わりで季節を知るんじゃないんです。秋の七草にオミナエシが含まれているのは、何となく知っているからだけです。

ちょっと待てよ。

春の七草はお粥にする。ビタミン補給だな。

じゃ秋の七草は?

ハギは、おはぎ。とはいっても名前だけ。春がボタンもち=ボタモチで、秋がおはぎは季節の花の名を取ったとか、なるほどと思ったことがある。

ほかの5種はススキ、クズ、ナデシコ、フジバカマ、キキョウらしい。

ハギは咲き始めたけどススキ、クズ、フジバカマはどうなんだ。

一斉というわけには行かなそうだ。

それに食用ではなさそうだ。


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秋の花の代表ということなのか。それもシーズン通しての。

どうも山上憶良の歌が起こりのようです。恥ずかしながら、この年になるまで知りませんでした。

「秋の野に 咲きたる花を指折り かき数ふれば 七種の花」に続き、


「萩の花 尾花葛花 瞿麦(なでしこ)の花 をみなへし また藤袴 朝貌が花」と詠んで以来、秋の七草とくくられるようになった。

そして、食用のほか薬用、香料などに使われる実用的な植物ということです。

→ こちらはカリガネソウ。

見てるだけならいいんですが、触らないでください。

クサいです。

しっかり触ってみました。指をかいだら、何ともいえない匂い。

薬品ではない、自然界でも滅多にかがない。いやな匂いなのは確かです。

腐った、すえた系ではないので不快にはなりません。

ともあれ自然界は秋なんです。

通勤や通学とは反対方向へ行くと、わずかに残った自然が季節を感じさせてくれます。


2011年8月20日 (土)

「澤頼み」からの脱却を・マチダ通信

おなじみマチダさんからのリポート。

           soccer          soccer

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なでしこ、2失点は頂けません。海外組がいないので現時点のなでしこを云々は難しい。

でも、澤姐御がいないと機能しない弱点をさらしてしまいました。

予選では各国ともこれまで以上に日本を倒すために澤封じを研究してくるでしょう。他の選手が頼り切っている点が気がかり。

対策があるのかな?

これ以上は、ネットにも厳しい論評があるので控えます。


  soccer          soccer

そうですね。チャリティーマッチとはいえ澤が退いてからはリーグ選抜の方がはつらつとしていた。

後半から出て、いきなりアシストした日テレの木龍七瀬(21)、よく動いていた。かわいいし、五輪予選にも選ばれないかな。

佐々木監督の目にも留まったんじゃないかな。

そういえば今朝の朝日新聞で佐々木監督と岡田監督が対談していた。

岡ちゃん、「ハーフタイムにはロッカーに入るの?」と聞いていた。戦術を確認したり、修正するためにズカズカ入っていくものとばかり思っていたけど、よく考えりゃそうだよな。

佐々木監督はスタッフとミーティングをして一拍置いてから入っていくそうです。

2011年8月19日 (金)

ウリ食んで もう終わりかと 夏休み&カワラケツメイ・センニンソウ@調布野草園

冷やしておいた真桑瓜を食べました。数十年ぶりの味。買ったいきさつはこちらです。

やっぱりウリですよウリ。ほのかな甘みにさくっとした食感。これですよこれ。さしてうまくないのが、また格別。少年のころは、いつも腹を空かせていたから、これだって極上のおやつ。むしゃぶりついたものです。

熟したメロンより好きです。メロンはぐちゃぐちゃしてるのが好みじゃない。

フェーン現象が起こったとかで熱風が襲いかかる中、調布の野草園へ。

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誰も来ません。独り占め。

ここは次から次へと花が見られます。

先週見回ったばかりだから新しいのはないだろうと、期待しないで見回ってたら、あるじゃありませんか。

カワラケツメイ。マメ科ですな。

葉っぱで分かります。ネムノキみたいな葉っぱです。

小さく黄色い花がついてます。

それにしても、なんて名前じゃ。

意味が全く分からんじゃないか。川原はいいですよ。

ケツメイとはなんだ?

ケツメイは漢字で決明と書いて、エビスグサの漢名なんだそうです。

ま、漢方の用語ですな。

エビスグサの種はケツメイシ。

昔は野草の種類よりも薬効の方に興味があったんですね。

だからそっち方面から名づけたんで、和漢折衷になっちゃった。

カワラエビスグサでもよかったんじゃないか、ブツブツ・・・。


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こっちはセンニンソウ。

カザグルマ、クレマチスの仲間です。

しっかり上を向いて咲いてます。

毒を持っているので動物が食べると危険です。

別名ウシノハコボレ。

牛が牧草といっしょに食べると歯が抜けてしまうことからつけられた。

毒性は強そうだ。

堂々と上を向いてるのは、食べられない安心感からでしょうか。

名前の由来は実からです。

仙人みたいなヒゲが伸びます。

2011年8月18日 (木)

懐かしや!府中名産まくわうり(真桑瓜)150円@庭先販売

若い人は知らんのでしょうねえ。昔は夏といえばスイカとマクワウリ。井戸で冷やしたのを縁側でかぶりついてました

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お目にかかるのは何十年ぶりか。三鷹でもつくってるんだ。

これとメロンを交配したプリンスメロンが出るようになって、すたれちゃった。そのプリンスメロンもメロンに押されて、最近ではほとんど目にしない。

たまにスーパーで見かけるけど、結構いい値段なので、だったら好物のスイカを選んじゃう。

見つけたのは農家の庭先販売。いつもと違うルートを散歩してたらナスやジャガイモ、オクラに混じって置いてあるじゃありませんか。

Ⅰ個150円。

少年の夏を味わいたくて買ってしまいました。

うまいのかって? ほんのり甘くてさくっとした食感が好きです。

そうは言ったって、しょせんはウリ。甘い果物に目がない人たちには物足りないでしょうね。

まだ冷蔵庫で冷やしてます。きょう、散歩から戻ったら食べるんだ。

マクワウリといえば府中と鳴子です。なにしろ将軍への献上品ですからね。

江戸時代の初期、美濃の真桑村から名人を呼び寄せて、地元のお百姓に指導したのが始まり。今の岐阜県本巣市。薄墨桜で有名です。

川原近くの湿り気のある土地が適してるらしい。府中では多摩川沿いの是政が中心だったようだ。

鳴子は、西新宿の成子天神あたり。神田川の流路で、条件が良かったのだろう。

1615年ごろというから、幕府を開いてすぐですよ。家康がよっぽど食べたかったのかな。(もう家康は駿府に移ってるか?)きっと三河武士にとって、夏といえば真桑瓜だったんですね。

このほか江戸野菜には内藤かぼちゃ、内藤唐辛子、馬込なす、早稲田ミョウガ、滝野川ごぼうなどが有名。

今でも名前が残っているのは練馬ダイコン、谷中しょうが、亀戸ダイコンなどがある。

小松菜は吉宗が名付けたというぞ。

あっ、そうそう。メロンパンの元祖は、この米俵型だったそうだ。それでメロンパン。昔はこれが日本人のメロンだったんです。


2011年8月17日 (水)

オイランソウ・アキカラマツ・ヤブラン@神代植物公園ほか

昼下がりの公園はどこも人が少ない。そりゃそうだ。出かける気にならないもんね。

でも私は避暑に出かけます。うっそうと茂った雑木の下は涼しいんです。

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深大寺なんて、周囲にも木が多いから2、300㍍手前から気温が下がってきます。ウソじゃないです。

それで神代植物公園の横を通って自由広場にたどり着くと、「あー涼しい」と思わずつぶやいてしまいます。

コンクリの反射熱で暖められた熱風ではなくて、木々が熱を吸収した自然の風に変わるんです。

買ってきたばかりの冷たいお茶のペットボトルを首に当ててベンチにごろっとなると実に気持ちがいい。

そのまんま寝てしまいました。

リフレッシュしたので体操をして、少しお散歩。隣のグリーンギャラリーへ。入れるのも今月いっぱい。

工事が始まるので来年春まで閉鎖されるのだ。

オイランソウの赤紫が鮮やかでした。

クサキョウチクトウと名札があったのでにおいを嗅いでみました。そんなに強烈ではありません。

花魁がつけるおしろい?

そんな感じかも知れません。近ごろはフロックスというそうです。

花魁草がいいな。

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あちこちで咲いてるのがヤブラン。

ラン科じゃなくてユリ科。

穂に花がいっぱいついてる。

この一つ一つが小さな花なんです。

じっと近寄ってみて感心しちゃった。すごいでしょ。

なんて見事な6弁の花。手を抜かないんですね。

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こちらは野川公園のアキカラマツ。小さい花がいっぱいついて頑張ってます。カラマツソウは白い花だけど、こちらは黄色みを帯びてるのが違い。

これも顔を近づけると細部にこだわってます。

エラい!


2011年8月16日 (火)

イヌキクイモ、メマツヨイグサなど@野川公園8月の花

野の草は暑さになんか負けてません。栄養をたくわえといて時期がくれば種の保存のために、それぞれの策略をこらした花を開かせます。

野川公園の自然観察園は、清流は流れているし、基本的に木陰なので、吹き通る風が気持ちいいです。

一番元気よさげに見えたのがイヌキクイモ。池のそばで思いっきり黄色を目だたててました。

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イヌがつくので芋が食用になりません。

食べたことはないですが長野かどこかでキクイモが名物のところがあるそうです。

また天然のインシュリンと呼ばれて糖尿病にいいそうです。

私はまだセーフだけど、会社勤めのころはよく飲んだからなあ。覚えておこう。

両方とも北アメリカからの帰化植物。

背丈は2㍍近くあるので遠くからでもすぐに分かります。

8月も植物観察会に行ってきました。7日だったんですが、映画(大鹿村騒動記)に行ったり、20数年ぶりの人と再開したりで、先週は何かと忙しくて掲載が遅れました。

《8月の花だより》 白色→イヌホオズキ クサギ(樹) ゲンノショウコ ジャノヒゲ タコノアシ ヌマトラノオ ハエドクソウ ヒヨドリバナ ヘクソカズラ ヤブミョウガ ユウガギク

淡紅色→ イヌゴマ イヌタデ ガガイモ カライトソウ シュウカイドウ ツルニガクサ ヤマハギ(樹)

淡紅紫色→ コムラサキ(樹) メハジキ

紅紫色→ ミソハギ

紅色→ ミズヒキ

橙赤色→ オニユリ ヒオウギ

もう散ってしまったのもあるでしょう。新たに咲いたのもあるはずです。なにしろ、花の命は短いからね。


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これはメマツヨイグサ。午後に行ったので、花はつぼんじゃいました。

《花だより》の続き。

黄色→ イヌキクイモ オトギリソウ オミナエシ キツリフネ キンミズヒキ コケオトギリ ヒメキンミズヒキ メマツヨイグサ

黄白色→ サネカズラ(樹、雄花紅、雌花緑)

淡黄緑色→ ヤブガラシ  淡黄白色→ アキカラマツ

緑白色→ ウバユリ  淡紫色→ コバギボウシ ヤブラン

青紫色→ アキノタムラソウ キキョウ

黄赤色→ キツネノカミソリ

こんなにあるんですが、なかなか全部は発見できません。

2011年8月15日 (月)

馬の水飲み場「みんなの泉」@新宿駅東口

ここに何かが建ってるなとは思っていたけど気にしたことがなかった。

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新宿駅東口広場です。このあたり、かつては(昭和40年代)フーテンが芝生に寝転んだりしてたので、植え込みに変えられちゃった場所です。

特に興味もなかったが、つい最近、馬の水飲み施設と知った。

ライオンの口から水が出て、馬はここから水を飲む。この下に犬、猫用のもついてます。

ひと様は飲めないのか? 


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裏側にちゃんとあります。それでも目的が馬用なので馬水槽。

馬水槽はロンドン水槽協会から東京市に寄贈されたもの。明治39年には有楽町の東京市役所前に設置され、あちこちを転々としたあげく昭和39年に現在地に落ち着いた。

有楽町にあったころは実際に馬が利用する光景も見られたという。

とはいっても、ここは青梅街道で牛馬に引かせた荷車が通ったところだ。馬宿もあったというから、ここらで水を飲ませていたんだろう。

杉並や中野の農家が野菜を積んで神田市場を目ざしたんだ。トラックに変わったのは昭和の25年ごろだという。

市場で荷をおろした農家は、帰りは新宿角筈の住宅街を目ざした。今の歌舞伎町あたり。

何をするかというと汲み取り。大事な肥料です。Ⅰ軒でⅠカ月掃除をして50銭がもらえたという。

文化があるんですねえ。


2011年8月14日 (日)

次から次へとよく咲くもんだ・キツリフネなど@野川公園

よくもまあ新しい花が開く、感心しちゃう。ここは野川公園の自然観察園。途切れないようにボランティアの人たちが何年もかかって、種をまいたり移植して、こしらえたんだけど、いろんな花がいろんな時期に顔を見せるもんだ。偉大だよね、自然は。

だから逆らっちゃいけません。逆らって自然界に存在しないものを作り出すなんてことをするのは愚かな行為です。

外来種を駆除するのだって大変だ。観察会の日じゃない時に行ったりするとボランティアの人たちが、せっせと手入れをしているのに出合う。全くご苦労さんだ。

これはキツリフネ。

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黄色い釣り船草。船がつり下げられているようなので釣り船。

この写真じゃ分かりませんよね。横から撮らなくちゃいけなかったんだ。

真正面から撮って喜んでいるんだから何も分かっちゃいません。反省。

種はホウセンカみたいにはじけるそうだ。

それで学名が Impatiens noli-tangere 。

Impatiensは「我慢できない」の意。種がはじけ飛ぶことから。

ホウセンカも同じ属です。

noli-tangereもそのものずばりでほほ笑ましい。

キツリフネのラテン名なんだが、英語にするとdon`t touch(多分)。

我慢できない、触らないで! 

ニヤッとしてる私はおじさんです。

ホウセンカ、鳳仙花っていうのは中国名そのままのようだけど、はじけとぶ様子が表れてる。

ナイスなネーミング。

次はカライトソウ。

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唐糸のように美しいと見ほれたんだそうだ。昔の人は大陸や半島から伝えられた織物にびっくりしたんだな。

ハトリ、服部なんて姓は現在まで続いている。呉服部(呉服)を縮めてクレハという会社もある。呉のハトリだよね。

くれない(紅)も呉の藍がつまってくれあい、くれない。ベニバナが中国から伝わって藍のように染料にするので名づけられた。

お次はガガイモ。


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珍しい日本語だ。古くはカガミイモで、つまってガガになったともう言うがほんとかな。スクナビコナが乗ってきたのがアマノカガミノフネで、ガガイモの実を二つに割った小さな船だという。

まあ、古くから知られていた植物というのは確かだ。

花弁に毛がふさふさしていて変わってるから注目されてたんだろう。


2011年8月13日 (土)

秋近しだな・キツネノカミソリ、ナツズイセン&キレンゲショウマ@調布野草園

暑い暑いと言っていても季節は巡ってます。調布市の野草園に行ったら、もうすぐ秋ですよとキツネノカミソリとナツズイセンが、今を盛りと咲いていた。

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どちらもヒガンバナ科です。だから花茎がいきなり出てきて花をつける。「たまさん」のブログによると、昭和記念公園ではナツズイセンとサギソウが見ごろだそうです。

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私の写真よりずっときれいです。

キツネノカミソリ、キツネ火に似てますか? 葉がとがっていてカミソリみたいなのでネーミングされたとも言います。

葉は春に出てくるんですが、全部落ちてしまいます。

花もキツネに見えませんか? こいつらが先触れで、9月の声をきくとヒガンバナの花茎がにょきっと生えてくる。そしたら秋だ。


これはキレンゲショウマ。

深山に見られる高山植物だそうです。

宮尾登美子さんの小説「天涯の花」がドラマ化されて人気になったそうだ。


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こんな低地に育っていていいのかな。レッドデータブックの絶滅危惧Ⅱ類に指定されている貴重種のようだ。

ありがたく拝見。


2011年8月12日 (金)

そのものずばりのワルナスビ@野川公園

すごい名前です。ワルナスビ。悪ですよ悪。

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最近あちこちの道ばたで見かけ気になっていた。花はナスに似ていてかわいいよね。6月ごろから咲いてたんじゃないか。

この前、野川公園の植物観察会に行ってボランティアの人に教えてもらいました。野川の土手にはびこってます。

こいつが始末に負えない。何しろ繁殖力は旺盛、除草剤も効きにくく、耕耘機などですきこんでも、地下茎の一つ一つから芽が出てしまう。

おまけに茎の葉の裏に大きな刺が生えている。下手につかむとけがするよ。

さらにソラニンを含んでいて有毒なんだって。家畜が食べると中毒死することも。

完全な悪だ。

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北アメリカ原産で、日本で最初に発見されたのは明治時代。千葉県の御料牧場。今の成田空港だ。

あまりの悪ぶりに牧野富太郎博士がワルナスビと命名した。

ほかに悪がつく植物はあるのか。海藻のウルシグサの別名がワルクサ。

こいつはほかの海藻と一緒に置くと変色させてしまうので漁師に嫌われている。

川岸に生えているのはオオブタクサ。2㍍くらいありそうだ。

巻き付いてツルを伸ばしているのはアレチウリ。こいつらも思う存分に生えてます。外来種のはびこりかたは半端じゃない。


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2011年8月11日 (木)

「札幌の恥辱」といわせた3−0快勝・マチダもカイカーン!

ムハハハッ!こんなに楽しい日韓戦は初めてだぁ。37年前の3得点なんかとっくに忘れているし、カイカーンですよ。


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岡崎は頬の肉がそげ、精悍な顔つきなっています。早々に強烈なシュートを放ち調子よさそうだったのに、右足を痛めたらしく途中交代。大事に至らなければいいのですが。

香川のステップワークは先天的、誰も真似できませんね。

本田の強さも相変わらず。あの体勢でダイレクトに打てるなんてさすが。

清武も上々。

今の日本代表は韓国に怯む気配がない。逆にのんでいるようですらあります。

おそらくブラジル相手でもビビりませんよ。この世代は心理的に開放されています。

細かいパスは通るし、動きに連動性はあるし、よく走るしルンルンサッカーでした。

パスワークもさることながら皆球際が強くなっています。

3点を取るまでほとんど競り負けていませんでした。ボウル奪取率はかなり高いはずです。海外経験のたまものでしょう。

ザック監督による体の使い方など、コーチングの成果も見逃せません。

ただ、2点は覚悟したシーンがありました。韓国にしては珍しくシュートが雑で救われています。減点というか気になる部分です。

U-22もエジプトを2-1で下しましたが、パスの精度がイマイチでした。アバウトすぎて勝利を素直に喜べませんでした。

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おなじみA大サッカー部OBのマチダさんも代表の進化に目を見張りました。パスサッカーが完成されつつあります。

対して韓国紙、うなだれてました。

朝鮮日報の電子版は「韓国は信じ難いほど日本にいいようにやられた。韓日戦の中でも最悪の勝負として記憶されるであろう『札幌ショック』だった」と37年ぶりの3点差以上の敗戦にショックを隠せない。

さらに「後半に入り、日本の攻撃はいっそう威力を増した。後半8分に本田、同10分には香川が相次いでゴールを決めた。

本田と香川はずば抜けた個人技で自在に動き回り、韓国の守備陣をほんろうした。

これまで激しいライバル争いを演じてきた両国だが、バランスが日本に傾いていることを思わせる場面だった」と、開いてしまった力の差にがっくりしてました。

中央日報の日本語版も「史上最悪の韓日戦、‘札幌の惨事’だ。

日本の黄金世代に‘東アジアの盟主’韓国のプライドは無惨に踏みにじられた。

趙広来(チョ・グァンレ)監督のパスサッカーでは日本に勝てなかった」と書き出してます。

ショックの大きさをうかがわせます。

2011年8月10日 (水)

農地解放と小金井公園・公園と戦争(10)

東京郊外に残る緑豊かな公園の前身は、軍事と関連していたと昨秋、いくつかの公園を取り上げた。皮肉なことですが、今ではどこも市民のオアシスです。

爆音に耳を塞いだ、かつてのジョンソン基地を訪ねて「シリーズ公園と戦争」はピリオドのつもりだったんですが、まだ果たせてません。

最近、小金井公園の農地解放について知ったことがあったので8・15を前に書いてみます。

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これは小金井公園正門近くの真蔵院境内に建っている記念碑です。こんなことが書いてあります。

小金井公園の前身は小金井大緑地。

昭和15年(1940)、紀元2600年記念事業の一環として緑地になったんです。

その前は農地。有無を言わせずに63世帯の耕作地を買収した。

公園だから農地解放とは関係ないのではと疑問を持った方は鋭い。

戦争が始まって食糧増産が叫ばれると、緑地の一部も耕作が許可されたんです。農民たちは「荒地を開墾して食糧増産に精進した」(碑文)。

さて戦後の農地解放。公園内の耕作地は、解放の対象になるのか。もとは自分のものとはいえ、国から借りてる土地ですからね。

ここで大坪平次郎さんらが立ち上がり解放に成功したというわけです。

今も公園の東側部分には公園に食い込んで農地が残ってます。ドッグランの近くです。

強制的に接収され、やっとのことで取り返した先祖伝来の農地、簡単には手放せないですね。

小金井大緑地は、軍部の防空緑地構想から出たものです。砧、神代、舎人、水元、篠崎もそうなんです。

水元は「寅さん」の中でさくらの会話によく出てきますね。いずれも東京を代表する公園です。

緑地にした目的は、もちろん軍事です。

戦時には高射砲などを設置し、平時には市民や学生などの訓練、運動に使うのだ。

高射砲が使われたかどうかは知らない。

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写真は野川公園の湧き水広場。小さな子たちがせせらぎに入って気持ち良さそうです。

ここは緑地構想には入ってないが、もともと軍需産業の中島飛行機の敷地です。

平和はありがたい。


「シリーズ公園と戦争」は、こんなテーマで書いてます。

興味をお持ちでしたら、「バックナンバー」をクリックすると過去の年月日が出てきますので、そこから捜してみてください。

ご面倒ですがよろしく。

公園と戦争⑴・神代植物公園ができる前は?小金井公園は?  10/09/23
公園と戦争⑵・野川公園、武蔵野中央公園           10/09/24

公園と戦争⑶・立入禁止の廃墟あと・武蔵野の森公園周辺   10/09/26
公園と戦争⑷・東京外大・警察大学校             10/09/27
公園と戦争⑸・立川基地のゲートを探して・昭和記念公園   10/10/05

公園と戦争⑹・小金井公園と神社の立ち退き        10/10/22
公園と戦争⑺・米軍基地に向かって跳び蹴り・昭和記念公園   10/10/25


立川基地は3分割・公園と戦争⑻・昭和記念公園        10/10/26
こどもの国は弾薬庫・公園と戦争⑼             10/11/02

ついでに宣伝。こんなのも書いてます。


JUKIミシンは「銃器ミシン」?・軍都多摩の軍需産業⑴   10/11/06
25万人!が働いていた中島飛行機・軍都多摩の軍需産業⑵   10/11/10
調布JAXAの前身は中央航空研究所・軍都多摩の軍需産業⑶  10/11/11

2011年8月 9日 (火)

「仙台ゴールは珍プレー」マチダ通信

おなじみA大サッカー部OBのマチダさん、週末はサッカー中継三昧。心から楽しんでる様子をメールしてきました。


               soccer          soccer

松田さんの死を悼むファンが多いのだから、やはり何かをアピールする力があったのでしょう。

前回も意見を述べたように松田メモリアル賞を設けるべきです。Jもしくは横浜が声をあげればいいのに。


横浜vs柏は首位攻防戦らしい内容でした。

面白かったのは大宮vs仙台でした。

ホーム初勝利かと思われた大宮は後半追いつかれてドロー。ヒリヒリするような展開ではなく、雑な部分もありましたが、点の取り合いが結構楽しめました。

大宮のラファエルと移籍初先発初ゴールを決めたピンパォンは2人で点を取る攻撃ができるので、この先期待大です。

一人浮き気味だったラファエルが俄然生きてくるのではないでしょうか。


仙台の同点弾はゴール前になだれ込んみ、すっ転んでいた菅井のところにタマタマ(シャレじゃありません)ボールが流れ、寝ころびシュートを決めた珍プレーもの。一人ウケでした。

先週、いや先々週かな。どこかのGKが自陣Pエリア内で、後ろに相手FWがいるのに気付かずボールをついたため、かっさらわれ得点される大チョンボをやらかしたのを見ました。

これまた大笑いの一幕。勝負の帰趨だけではない、テレビの見方を最近覚えた次第です。だから人気カード以外の試合にザッピングしています。

2011年8月 8日 (月)

御苑で見られる絶滅危惧種「生きた化石」メタセコイア@新宿御苑

メタセコイアが「生きている化石」と呼ばれていることは、知ってるような知らないような・・・。名前は聞いたことがある。

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100万年前までは日本にも自生していたようで、化石しか発見されないので絶滅したと思われていたんです。

それが1943年に中国の湖北省で発見、戦後に発表された。

イチョウも「化石」です。

動物だとシーラカンス、カブトガニ、オオサンショウウオなんかが、そうです。

イチョウなんか普通に見られるのに、ヨーロッパに知られてなかったんです。イエズス会の宣教師たちは興味がなかったのか。

時は元禄3〜5年(1690〜92)に来日したドイツ人医師ベンゲルによってヨーロッパに紹介されたんだそうです。

ベンゲルはオランダ人として来日したんだな。

シーラカンスなんかテレビでしか見たことがないので、メタセコイアも見ることはないだろうと思っていた。

それが目の前にあるじゃありませんか。

中国から挿し木と種子を譲り受けたんです。

遠目にはスギです。

素人目には区別がつかないのかと思いながら一応、近づいてみます。

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明らかに違います。

この葉はスギじゃありません。

スギよりもやわらかい感じです。

それ以上は分かりません。

向かい側のも珍しい種類のようだ。

センペルセコイアと書いてあります。

ちょいと調べると、樹高世界一になるようです。

こちらは絶滅危惧のⅡ類。

メタセコイアはⅠA種。

ちなみに御苑で見られる世界の絶滅危惧種は、これ以外にコウヤマキ、シナユリノキ、タイワンスギ、ブラジルマツ、レバノンスギなど。

日本のでは、ゲンカイツツジ、サンショウバラ、シデコブシ、シマサルスベリ、シラン、シロヤマブキ、トサミズキほか。

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さすが環境省国民公園。

普通の公園とはひと味違います。

センペルセコイアの葉の写真をアップしようとしたんですが、うんともすんとも言いません 。容量オーバーなんでしょうか。メタセコイアとも違うんですが残念です。ごめんなさい。

ユリノキという大木についても書こうとしてたんだけど、これ以上だと読むのに疲れますね。

あっ、ほとんどの人はサーフィンして、どこかへいっちゃったか。

辛抱強かった皆さん、ありがとう。

2011年8月 7日 (日)

ウマノスズクサ・カラスウリ・玉藻池@新宿御苑

「あった、あった」とおばちゃんグループが騒ぎながら、盛んに写真を撮ったりしている。

なんですか?

「ウマノスズクサよ。植えてもらったの」

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園内でジャコウアゲハを見かけたんだろう。

それで、卵を産みつけるウマノスズクサがあれば、もっと増えるだろうと公園に要望したんだ。

愛好会でも結成してるんだろうか。

変わった花ですね。奥にはこぶがある。

これが大事な役割を果たすんです。

花は腐肉の匂いを発して小型のハエをおびき寄せる。

誘われたハエは、奥に進んでこぶに閉じ込められてしまう。食虫植物?

そうじゃないんです。

ハエをおびき寄せたのは雌しべ。ハエが入った頃に今度は雄しべが花粉を出すようになり、ハエは花粉をたっぷりつけて脱出できるようになる。

こういうのを雌性先熟というんだそうです。

フランス式整形庭園の植え込みに巻き付いてますが、おばちゃんたちがいなかったら見つけられなかったでしょう。

近くにはカラスウリが、まとまって花をつけてました。


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昼間なので花は閉じちゃってますが、雰囲気は味わえる。

このくらいなら上等だ。

背の届かないところに咲いてるので、秋には赤い実が見られるかもしれない。

野川公園のは、手の届くところなので、いつのまにか実がなくなってしまうんだよね。

千駄ヶ谷門から入って、大分歩いた。

どこかでひと休みしよう。

大木戸門の近くに庭園がある。

行ってみよう。


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ここは内藤家の庭園「玉川園」。

今では玉藻園と称してます。

まだまだ歩くぞ。


2011年8月 6日 (土)

都心で見つけた!ナンバンギセル@新宿御苑

都心で見られるとは思わなかった。子供のころは、どこでも見られて突然、花だけが顔を出す不思議な植物だと思ってはいたが、特段に関心を示すことはなかった。

以来半世紀、とんと見かけなかった。夜のちまたばかり徘徊していたせいでもあるんですが・・・。また、見てみたいなと、ぼんやり考えていたら、あるじゃありませんか。

「私が棄てた女」(浦山桐郎バージョンの方)が、けなげに生きてたのを知ったような感動を覚えた。

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8月はじめだから、まだ咲き始めなんだけど、ちょっと傷んでますね。どうしたんだろう。

特に絶滅危惧種にも指定されてません。なんてったって寄生植物、やわじゃありません。

原っぱが失われて、宿り親のススキが減り、見かけることが少なくなっただけなんですね。ちゃんと捜せば、すぐに見つかるのかもしれません。

それでも都心で見るとは思いもしてなかった。

私も見たいという人は新宿御苑に行ってください。

入り口にチラシが置いてあって、そこに見どころの花が地図に示されてます。

広いですよ。

道もくねくねしてますから迷わないでください。

「上の池」にかかっている橋の中ほどに島があり、ススキが生えてます。その葉をちょっとめくってください。

ご対めーん。

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こんなにいっぱいあります。

ススキは両側にあるので反対側も葉をめくってください。

きょうはちょっと得した気分。

2011年8月 5日 (金)

神宮の森百年計画・昔の人はエラかった

神宮の境内ははじめ熊本藩主加藤家の別邸で、その後彦根藩主井伊直孝の下屋敷となった。加藤清正ですね。

豊臣恩顧の大名は、お取りつぶしになってしまったんです。

周囲は原宿村、千駄ヶ谷村、穏田村などで、米麦のほかダイコン、ニンジンなどを作って神田や日本橋の市場に出荷していた。のどかな農村でした。

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明治7年(1874)に井伊家から買い上げて代々木御料地(南豊島御料地)となっていたのを明治天皇ゆかりの地として、ここに神社が造営されることになった。

境内の森づくりにあたっては、武蔵野に昔からあった森林の状態を再現することに重点が置かれた。

それは100年後、150年後の森の成長を予想し、100年前後でうっそうとした天然林の姿になるという長期的な自然育成プランだった。

昔の人はエラいですね。

木を植えて、それらしく見せればグリーン計画でございと促成栽培ばかり考えている現代とは大違いです。

もうすぐ100年、森は計画通りにうっそうとしてます。

↑ 上の池は宝物殿前の北池。月並みですが、都心にいることを忘れさせてくれます。

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いまはあちこちでヤブミョウガが盛りです。日陰を好むからぴったりなんですね。

植林にあたっては、日本に自生しているスギ、マツ、モミなどの高木と、モッコク、ツゲ、サカキなどの灌木に限られた。

あくまでも自然の姿を目ざしたんです。

花をつけるものはサクラ、ツバキ、サザンカだけ。それ以外の華美な花をつけるものや、実のなるものは除かれた。

何となく分かります。

これらの木は全国からの献木によった。実に9万5559本にも及び、延べ11万人の青年ボランティアが植え付けを行ったという。

おかげで、すばらしい景観が保たれてます。

(森づくりのくだりは「江戸・東京 農業名所めぐり」(企画・発行JA東京中央会)を参照しました)。

松田直樹さんを悼む・A大サッカー部OBマチダ

サッカー元日本代表で、日本フットボールリーグ松本山雅FCに所属する松田直樹選手(34)が4日午後1時6分、長野県松本市内の病院で死去した。


0時半ごろには脈拍が弱くなり、息を引きとる際には家族が看取ったという。


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松田選手は群馬県出身。1995年から昨季まで横浜Mでプレー。

日本代表として40試合に出場し、2002年ワールドカップ日韓大会でも活躍した。

今季から松本山雅FCに移籍した。


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なでしこの報奨金が大幅アップ。でも、あくまで一時金でしかない。一生困らない待遇の国もあるというのに。

まっ、周りが動いたことは喜ばしい。少しは気が晴れたと思ったら松田選手の訃報です。


かつての日本代表で輝いた一人です。あえてJFLでのプレーを選んだ永遠のサッカー小僧が急性心筋梗塞だなんて。


まだ子供も小さいんでしょう?

冥福を祈らにゃならん時に不謹慎かもしれませんが、

労災の適用は? さらにはJの選手年金はどうなっているんでしょうか。出ても歴史が浅いので、大したことはないと思いますが。


日本のスポーツは手弁当のアマ精神が根底にあります。プロの功労者へのアフターケアは後進国でしょう。

今後、ケガによる障害者も出てくる可能性もあります。

なでしこでも気になっていた、選手への環境整備をサッカー協会として強力に推し進めてほしい。土台作り一環ですよね。

金銭的に報いる話は別として、名選手を悼んで、ひたむきにプレーしたDFに対する松田トロフィーなんか設定したらどんなもんですかね。


2011年8月 4日 (木)

宝物殿が重要文化財に指定された明治神宮散策・前編

信濃町からぶらぶら歩いて代々木へ。もっと歩きたいなと考えていたら明治神宮の北参道に出た。

神宮の森に入ってみよう。

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原宿側の南参道に比べて、お参りの人も少ない。こちらから入るのは初めてだ。

聞こえるのはセミの声と砂利を踏みしめる音だけ。

涼しいです。

鳥居の横に札が掲げられているぞ。

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「     定

 1 車馬ヲ乗入ルコト

 1 魚鳥ヲ捕ルコト

 1 竹木ヲ伐ルコト

 右境内ニ於テ禁止ス」

大正9年(1920)の制札。鎮座祭が行われた日付だ。神宮とともにあるんだな。

西に向うと宝物殿がある。

今年6月、外苑の絵画館とともに国の重要文化財に指定された。

絵画館の前にそれを知らせるポスターがあった。

正倉院の校倉造りを模した校倉風大床造り。

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校倉造りって好きです。いにしえの記憶が呼び覚まされるのかな。

ここの前のベンチには絵を描いてる人や読書をしてる人、中にはごろっと横になってる人もいます。

自然の風が心地いいもんね。


2011年8月 3日 (水)

道鏡に 崩御崩御と 詔(みことのり)@江戸のバレ川柳

道鏡は見当がつく。崩御も詔も分かる。なのにピンとこない。

まだ、鈴木理生さんの「大江戸の正体」を読んでます。前回の「相模は好色、信濃は大食い・あわせて『上下の大食らい』」はこちらです。

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武蔵境駅の南口にできた図書館「武蔵野プレイス」で借りてきました。1階にはカフェもあって、お茶を飲みながら、借りる本の品定めができて便利です。

江戸庶民のおおらかさなどの記述で、タイトルにしたこんな川柳が出てきました。

詔を下しているのは称徳天皇です。女帝が道鏡を寵したことは有名です。

言葉の一つ一つは難しくないんだけど、すとんと落ちない。

「弁慶と小町は馬鹿だなぁ 嬶(かかあ)」なんてのも、同じです。

武勇にすぐれた男と名だたる美女、何がバカなんでしょう。

小町は、あのことを言ってるようだ。「とは知らずあかずの門へ九十九夜」。

深草少将は小野小町に、百晩通ったら・・・と言われたので、せっせと通い九十九夜目に寒さに凍死してしまった。

「待ち針」は小町から来てるっていうけどホントかな。素直に、縫うのを準備する=待つ——でしょう。あとから誰かが思いついたんですね。

じゃあ弁慶は?

女性に接したのが生涯にただ一度なんだそうです。なるほど。

江戸の庶民はインテリですね。歴史上の人物に詳しく、さらに俗説も広く流布していた。この常識の上に江戸の文学が成立していた。侮れません。

ハイ、タイトルの川柳ーー。

崩御を平たい言葉で言うと、死ぬです。

2011年8月 2日 (火)

マチダが怒るannoy「なでしこ国民栄誉賞は愚挙」

おなじみA大サッカー部OBのマチダさん、朝刊を見て怒り心頭、怒りのメールを送ってきました。朝の6時半ですよ。よっぽど菅内閣に腹が立ったのでしょう。

             soccer            soccer

なでしこに国民栄誉賞だって。何たる愚挙。

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W杯優勝の快挙に対し、破れかぶれ菅総理は、大いなる愚挙で答えたということです。

なでしこが何たるかも知らずに、まったく食えねえ。

本来は個人対象だったものを拡大解釈し、あきらめない精神とか言って自らをかぶせたような屁理屈で人気に便乗するあざとさ。

帰国の際の飛行機もエコノミーのまま何ら手を打ってやらなかったのに、あまりのフィーバーぶりに慌てて検討したのがミエミエ。

これで彼女たちはすべてに縛られてしまう。合コンはもとより、練習着で近所に買い物すらいけなくなるかもしれない。

試合でファウルをしてもチクリとやられる恐れさえある。

いくら個人じゃなく団体だからとはいえ、顔と名前を知られた中心選手は地獄を味わうかも。

澤姐御なんて大変だ。何より間近に迫っている五輪予選では相当のプレッシャーになるはず。

「勝てる」の自信から「負けられない」になるんだから、ああ恐ろしー。

世の中には、もしもの時にはと手ぐすね引いている意地悪がいるものだ。何かにつけてよい子でいなくてはならないなんて、社会経験の少ない若い連中には酷でしょうが。

確かに栄誉かもしれない。「好きなもの」も副賞でもらえる。

でも、こんな勲章より月々10万円くらいの年金を保証してあげた方が、どれだけ有益か。快挙から10~20年と年数を区切ってもいい。

王さんや衣笠さんの場合とは違って、より政治の道具にされている感が強いのは僕だ
けじゃないでしょう。

粋じゃないねー、心配だなー。

「澤が心配」マチダ通信

おなじみA大サッカー部OBのマチダさんから、なでしこフィーバーとW杯3次予選についてのメール。なでしこは勝ってもその後、男子は鄭大世、梁勇基ら在日のメンバーが俄然張り切る北朝鮮が気がかり。

サッカーファンの心が休まるときはありません。

             soccer         soccer

ここ数日は涼しく、サッカーの深夜放送もないのでよく眠れます。

ふんどしを締めなおして、なんて言ったら怒られてしまうので兜の緒を締めよ、なでしこ!

観客が2万1000人を超したとか。タダ見とはいえ驚きです。

流行り熱みたいになってしまっているのでしょう。とりあえずどんなものかのぞいてみようが大半のはず。

それはそれで悪くはない。以後サッカーでも選手個人にでも興味を持ってもえれば、サポーターになり得るからです。

歩留まりを考えると先刻承知。対策はしっかり取るはず。

でも、澤が心配。若くはないし、伸びきったゴム状態にならなければいいのだが…。

本チャンW杯3次予選。北朝鮮に苦戦するようなら、最終予選も危ない。よしんば本選に出たって一つも勝てませんぜ。

脱臼の長友痛い!

2011年8月 1日 (月)

相模は好色、信濃は大食い・あわせて「上下の大食らい」

相模といえば、江戸時代の男どもはにやにやしたんでしょう。今じゃ湘南でしょうか、やに下がる雰囲気はありませんが、相模イコール好色の下女を意味してたんだそうです。

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こんな本を読んでました。「大江戸の正体」(鈴木理生、三省堂)。

江戸についちゃ、なんてったって鈴木さんです。「江戸の川、東京の川」は名著として有名ですね。

庶民の生活のくだりで、川柳に話が及んでいた。

「祭り」といえば山王祭と神田祭、「山」といえば相模の大山・雨降山・阿夫利神社詣でのことだったという。

ついでにやや脱線して、「相模といえば好色の下女を意味する。そして信濃といえば冬季の季節労働者として、信濃国から江戸に出稼ぎにくる大食いを意味した」。

相模はなんといっても「山」のあるところ。大山詣では庶民の楽しみだった。

お参りをすませると、お茶屋が待ってます。当然、精進落としです。

これは女房も公認、とがめ立てはされません。いい思いをしたんでしょう。

さて信濃は「食う物でないのは花とほととぎす」というお国柄。貧しかったんでしょうか。何でも食べたんですね。

蜂の子なんか有名ですね。

というわけで、この2国をあわせると「信濃と相模 上下の大食らい」となる。同工異曲に「昼信濃 夜は相模が 大食らい」がある。

「相模屋の婿 来ては死に 来ては死に」、「是からは あばれ食いだと 相模後家」なんてのもあります。

信濃は「喰うが大きいと 信濃を百ねぎり」になってしまいます。

食べる分だけ給金を減らしたんですね。

名将の誉れ高い真田幸村も、こんな言われかたです。「食う事も 武勇も真田 人をこえ」。

神奈川と長野の方、昔の話です。もうすっかり、こんな共通理解は消えてしまいました。

明日は弁慶、小野小町、道鏡の川柳にしようかな。

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