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2011年7月19日 (火)

原田芳雄さんの「リンゴ追分」を聴きながら

☆ 初めて原田さんをテレビで見たのは「2丁目3番地」だったか。石坂浩二と浅丘ルリ子の共演。2人はこれが縁で結婚した。原田さんは二枚目だった。どんな役立ったかよく覚えてない。

1971年の放送。脚本は倉本聰、向田邦子、佐々木守、石橋冠、演出石橋冠、早川恒夫。すごい顔ぶれだな。当時、倉本さんと佐々木さんが書いたドラマは追いかけていた。

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☆ 72年の「冬物語」はルリ子との共演。はやったな。このころは新宿で飲んだくれていて、テレビはあまり見なくなっていた。

☆ 映画は「反逆のメロディー」(70)、「新宿アウトロー・ぶっ飛ばせ」(70)、「野良猫ロック・暴力集団」(71)、「関東流れ者」(71)、そして「八月の濡れた砂」(71)。見たいなと思うと原田さんが出ていた。

時代にマッチしたアウトロー像を作り出していた。

☆ 飲んでるのを見かけたのは新宿ゴールデン街。「龍馬暗殺」(74)実現のために「週刊ポスト」のライターだった、ばらのトミーこと富田幹雄さんがプロデューサーとして資金集めなどに飛び回っていた。

トミーに紹介してもらったのか。

☆ 松田優作は原田さんの隣に住んでいた。下北沢が最寄りだったか。暮れに原田家で行うもちつき大会のエピソードを何度も聞いた。誰と誰が喧嘩したとか。


☆ 優作は原田さんにあこがれてたんだ。年下の俳優も「芳雄ちゃん」と呼んでた。頼れる兄貴分だったんだな。優作はいつの間にか「芳雄」になっていた。桃井かおりも「芳雄」だったな。

☆ コンサートも何度か行った。ブルースだった。でも、何かの折りには、乞われて「リンゴ追分」を聴かせてくれた。絶品!

☆ 遺作になってしまった「大鹿村騒動記」、興行ランクのベスト10に入ってこないから、当たってなさそうだな。見に行かなくちゃ。

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コメント

今日は石川セリの
「赤い鳥逃げた」を、ボリューム上げて聴きました。

逝ってしまった原田芳雄さん。

ああ・・もっと、歳を重ねた姿を見たかった。

ただただ、惜しい。

chiemiちゃんへ

あの夏の光と影は どこへ行ってしまったの・・・。ちょっとショックが大きい。

ジャケ写、優作でしょ? あっちがまねだけど。

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