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2011年7月16日 (土)

随神門の前を横切っているいにしえの甲州街道@大国魂神社

鎮座1900年の記念事業で改装なった大国魂神社の随神門を見物に行きました。境内の緑に白木が映えてます。キラキラしだね。

正面じゃなくて、なんで横から撮ってるんだ。正面からが筋だろうに・・・。

Cimg4162

そうおっしゃるのはもっともですが、狙いがあるんです。

左奥に鳥居が見えるでしょ。

その先は京所(きょうず)道。その北に国衙跡があります。

右側にも道は続いてます。

門の前を道路が横切ってます。境内の腹切りです。

しかもこの道路はいにしえの甲州街道だというんです。変でしょ。

現在の旧甲州街道は大鳥居の北側、伊勢丹との間を通ってます。

どう解釈したらいいのか。

「この重要な大きな国道を挟んで一つの神社の境内が分かれるという道理はないですから、どう考えても六所は横大門以南で、以北は別な社の境内と見なければならない」と主張するのは異端の歴史家菊池山哉氏。

六所は大国魂神社のこと。別な神社は宮乃咩だという。

Cimg4163_2

《随神門左側に安置されている櫛磐間戸命》

そしてこの宮乃咩神社こそ、昔の武蔵総社だったという。総社が衰退するとともに六所が総社を併合したと見ている。

先日も取り上げた宮乃咩神社の例大祭に国中の神職が集うのが、総社であった証拠だという。

「俗に米宿様といっている神社です。その米宿様の社殿は昔は大きいのです。・・・昔は大きな拝殿の裏に二間半、二間という本殿がある」。

これは「府中市史史料集11」からの引用です。

Cimg4164

《右側にある豊磐間戸命》

これだと随神門の真ん前を道路が横切っている理由が納得できるんだけど、どうなんだろう。

「史料集11」は全編、菊池氏の執筆で「大国魂神社の謎」に迫ってます。多摩地区の図書館には置いてあるでしょう。興味のある方はどうぞ。

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