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2011年2月15日 (火)

苦いか甘いか映画「追憶」の青春の日々

雪模様だった11日からの3連休、バーブラ・ストライサンドの「THE WAY WE WERE」のメロディーが浮かんできた。先日NHKのBSハイビジョンで放送していた「愛と哀しみの果て」からの連想だ。

シドニー・ポラック監督、ロバート、レッドフォードコンビの初期のヒット作がずっと気がかりだったせいだ。

「追憶」を見たのは学校を卒業して3、4年経ってからのこと。まだ、こころは揺れていて、バーブラ演じるケティさんがまぶしかった。

だらだらとサラリーマンになっている身としては、純なケティさんに苦さがよみがえったのだ。

あれから約40年、どんなふうに見るんだろう。当時と変わったのか。というわけで、散歩ができないので「追憶」のビデオを引っ張りだした。

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レッドフォードはスポーツ万能で成績も優秀、キャンパスのヒーローだ。バーブラは学生活動家。青年共産同盟の委員長だ。きょうも「フランコ打倒!」とやっている。

スペインのフランコ独裁への抗議を呼びかけているのだ。だから時代は第2時世界大戦の直前だ。だが、バーブラに対して学内の目は冷たい。「女子大生のソ連かぶれ」と嘲笑し、「ケケケケケティさん」などとからかったりする。

交わらないはずの2人が卒業後に再会、恋に落ちてしまう。だが、周囲にとけ込まないバーブラ。2人の間の溝は埋まらないが、政治の話題は封印してかりそめの幸せが維持される。

レッドーフォードは脚本家としてハリウッドへ。バーブラはレッドフォードのいない生活は考えられず耐えている。

状況は一変する。ハリウッドに吹き荒れた赤狩り。ケティの堰が切れた。もう黙っていられない。ワシントンに抗議へ行く。

レッドフォードの脚本は監督に理解されず、意図を曲げて書き直し。散々な作品になってしまう。長いものには巻かれてゆく。


女の子が生まれる。病室に見舞うレッドフォード。それが2人の別れの日だった。

数年後に再開。バーブラは相変わらず「原爆反対」と叫んでいる。レッドフォードはテレビの仕事で忙しい日々。

             end             end

相変わらずに苦い。ケティさんは正しい。だけど、40年経ってもやっぱりチクチクと痛い。

オープニングはうまいです。再開のシーン。海軍将校になったレッドフォード。ナイトクラブで眠っている。近寄るバーブラ。そこにあの歌のハミングがかぶさる。

そして青春の日々に懐古してゆくーー。THE WAY WE WERE・・なんて訳せばいいのかな。過去の道。ともに歩んだ道。だけど、平行線は変わらない。それが青春だったということか。

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