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2010年12月27日 (月)

妻の病状を観察した上林暁「聖ヨハネ病院にて」の舞台

浴恩館公園から西へ行くと7、8分で桜町病院がある。正式名称は聖ヨハネ会桜町病院。上林暁の私小説「聖ヨハネ病院にて」の舞台になった病院だ。

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上林暁夫人は、近くの小金井養生院に7年間入退院を繰り返したあと昭和14年(1939)に桜町病院に転院した。精神を病んだ妻のかたわらで上林は克明に病状を記し、小説を書き進めた。「病妻もの」とくくられている。

ここには修道院がありホスピスもある。病院名は町名からつけられ、町名は小金井の桜にちなんだ。

もし末期がんになったら、こんなホスピスで最期を迎えたいな。緑がいっぱいで坂の上なので見晴らしもいい。

チューブだらけで寝たきり、生かされているだけなのは屈辱だ。20年ほど前に話題になった山崎章郎医師の「病院で死ぬということ」(文春文庫)で終末期医療について考えさせられた。市川準監督で映画化もされた。


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天気のいい日にお日様をいっぱいに浴びて、散歩しながらコロッといっちゃうのが理想かな。

病院の前の道は坂になっている。「大尽の坂」と案内板が立ててあった。明治時代、鴨下荘左衛門という人が醤油醸造業や質屋を営み財を成した。醤油を買い求める人が絶えなかったことから名付けられた。銘柄にちなんで「玉荘の坂」ともいわれた。

水は玉川上水を利用したんだろうか。

突然だが、俠客小金井小次郎の本名は関小次郎だが、鴨下一族だ。小次郎は鴨下村の庄屋の次男。墓は鴨下一族の墓地にある。縁続きなのだろう。

(小金井小次郎については、カテゴリー「小金井」をクリックしてください。何回か書いてます。「武蔵野」では月窓寺にある子分の墓についてふれています)。

スタジオリブリ、星野哲郎邸、浴恩館公園、桜町病院とたどって来た散歩もひと区切り。ちょっとハードだった。小金井公園のベンチで休もう。

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