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2010年11月 2日 (火)

こどもの国は弾薬庫・公園と戦争⑼

昭和記念公園は、返還された米軍立川基地の跡地に作られ、昭和天皇在位50周年を記念して昭和58年(1983)にオープンした。とにかく広い。総面積180㌶。ひと回りするとへとへとになる。

難をいえば隣接する自衛隊のヘリコプターの離発着でうるさい。夕方3時過ぎになると10分から15分間隔で次々に下りてくる。同じ飛行ルートだ。いつも同じ航路を使っていていいものなのか。

Cimg0951

地図を見ると多摩都市モノレールに「立飛」という駅がある。変な駅名だ。立川北から2つ目。ここには立飛企業がある。広大な敷地で倉庫業などを営んでいる。駅が作られるくらいだから相当に広い。面積は陸上自衛隊立川駐屯地と同じくらいあるんじゃないか。

もとは立川飛行機。中島飛行機の「隼」などを製造していた。今でも関連会社の新立川航空機が飛行機のエンジンなどを手がけている。プリンス自動車の前身でもあった。

こちらは在位50周年記念だが、皇太子ご成婚を記念して作られたのが、こどもの国。東京の町田市と横浜市にまたがっている。

米軍から返還されたのは昭和36年(1961)、4年後にこどもの国としてオープンした。

もともとは陸軍の田奈弾薬庫。貯蔵だけではなく弾薬を製造していた。100㌶というから広大だ。事故が近隣に及ぶのを防ぐ目的もあったのだろう。

戦後はアメリカ軍が接収し、同じく弾薬庫として使われ、朝鮮戦争の時には大量の弾薬が運ばれた。

園内には弾薬庫の遺構があちこちに残っているらしい。横浜線の長津田からの横浜高速鉄道こどもの国線も、もとは弾薬輸送の引き込み線だ。

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近くの稲城市と多摩市にまたがったところには、多摩火薬製造所があった。こちらは未だに米軍に接収されたままで、弾薬庫として使われたあと、現在は多摩レクリエーション施設になっている。(真夏に訪れた。その模様はこちら)。

ここの弾薬は横田基地に運ばれ、輸送機や戦闘機に積み込まれた。朝鮮に落とされ、ベトナムにも落とされ、町や村を破壊した。

ニュースで見る雨あられと降り注ぐ爆弾が日本で作られ、貯蔵されていた事実は重い。

それにしても多摩火薬製造所と田奈弾薬庫でどのくらいの量の爆弾などを製造し、貯蔵していたのか。それも首都のすぐ近くだ。

主に南武線と横浜線が輸送をにない、こっそりと中央線も使われた。まさに多摩は軍都だった。

「公園と戦争」シリーズは、埼玉県のジョンソン基地あとをたずねて、ひとまず終わろうと思っている。昨年たずねたがカメラを持ってなかったので、近々西武新宿線に乗るつもり。

次には「大学と戦争」シリーズもあり、かもしれない。多摩に建っている大学敷地の前身を見て行くのもぶらぶら散歩になりそうだ。

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