フォト
無料ブログはココログ

« なつかしのゴミ箱・江戸東京たてもの園 | トップページ | 黄花の突き抜きほととぎす——という名前の植物 »

2010年10月22日 (金)

公園と戦争⑹・小金井公園と神社の立ち退き

都立小金井公園は、紀元2600年記念事業の一環として設けられた「小金井大緑地」が前身だ。これは「公園と戦争⑴」で触れた。こちらから見られます。

その際、農地は強制収容された。今でも公園の中に農地が点在しているのは強制収容の苦い思いが記憶されているに違いない。

五日市街道沿いにその証拠が残っていた。小さな社があった。八幡神社。

Cimg1020

由緒書きがあり、創建は亨保9年(1724)、そして「昭和18年小金井大緑地造成の為
(現小金井公園)現在地に遷座」とあった。立ち退かされたんだ。

公園内の農地は、戦後に農地解放で小作人の所有になり、再び公園用地として買収されるのを肯んじなかった。

公園の中に「この畑は民有地です」の看板が立てられている。都はもう買収をあきらめたのだろうか。

公園内の「江戸東京たてもの園」の正面にでんと構えているのが旧光華殿。紀元2600年の記念式典=昭和15年(1940)=で使われた建物を翌年、ここに移築したのだ。

紀元2600年というのは神武天皇が即位してからの年数。即位は、西暦紀元前660年。この年の元日に即位したので、新暦に換算すると2月11日になるのだと言う。それで2月11日が昔の紀元節。現在の建国記念の日。

Cimg1043

神話の話だけど、だとしても西暦紀元前に日本列島でどんな暦が使われていたのか。どう推測、換算して2月11日になったのか、確たる根拠が示せるのかな。まあ、おぼろにつつまれてるけど。

古事記や日本書紀の神話が、今でも法律に生きていて国民の休日になっている。日本というのは不思議な国だ。

この建物がビジターセンターになっていて、たてもの園の入り口だ。皇居の外苑で行われた式典後は当初からここに移築される予定だったようだ。

ちなみに2600年の1940年には幻の東京オリンピックが開催される予定だったが、戦時下のため中止。この年に制定された戦闘機がゼロ戦。00年だからゼロ。

私が小学生の頃は小金井郷土館(武蔵野郷土館)といっていた。社会科の授業で行ったことがある。建物を見ても何も感じず、芝生で弁当を食べたことだけを覚えている。

その頃、三鷹近くの大きな公園は、井の頭と小金井しかなかった。野川公園はICU(国際基督教大学)の持ち物だったし、武蔵野の森公園は米軍調布基地、神代植物公園はできておらず、府中の森公園は米軍府中基地、国営昭和記念公園は米軍立川基地。

隔世の感がある。

光華殿前の広場は桜の名所になっている。玉川上水の桜は枯れてしまったので、春になると、ここが大賑わい。

Cimg1025

長いこと景気は良くないけど、のどかなもんです。

« なつかしのゴミ箱・江戸東京たてもの園 | トップページ | 黄花の突き抜きほととぎす——という名前の植物 »

小金井市」カテゴリの記事

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1320081/37169340

この記事へのトラックバック一覧です: 公園と戦争⑹・小金井公園と神社の立ち退き:

« なつかしのゴミ箱・江戸東京たてもの園 | トップページ | 黄花の突き抜きほととぎす——という名前の植物 »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30