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2010年9月26日 (日)

公園と戦争⑶・立入禁止の廃墟あと・武蔵野の森公園周辺

武蔵野の森公園の前身は、調布飛行場、米軍の関東村だった。

いきさつについては、「基地の町だった多摩・武蔵野の森公園は飛行場・1」( 2010.07.13)「米軍が返還してできた武蔵野の森公園 」(2010.07.11)で扱ったので、タイトルをクリックしてください。


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アメリカンスクールから武蔵野の森公園へと露地を歩いていたら、小さな社があった。三谷神社。由来を記した石碑が立っていた。

陸軍調布飛行場の建設に当たって立ち退いた村人が、このあたりに移住、神社も遷した。調布飛行場の前は府中市押立にいたようです。

移住したといっても、ろくな農地は与えられなかったようだ。軍部の命令だから文句もいえず、狭い土地を耕して糊口をしのいだのか。今ではすっかり住宅になっている。西武多摩川線の多磨駅に近いから便利は便利だ。

人見街道をわたるとフェンスに囲まれた一角がある。入り口はない。木は繁りっぱなし。草ぼうぼう。立ち入り禁止の張り紙はあるが、所有者の名前は書いてない。

金網越しに覗き込むと、コンクリのはげた道路がある。駐車場らしき場所もあった。以前は廃墟があったのだが、いつの間にか取り壊された。府中基地あとにはまだ廃墟が朽ちたまま残っているが、東京外国語大学に隣接していることもあり、留学生には見せられないということで壊したのか。

以前は関東村。米軍の宿舎が建っていた。東京オリンピックで代々木公園にあったワシントンハイツが調布基地に移転、関東村になった。その前は水耕農場でレタスなど西洋野菜を作って米軍家族に提供していた。

1973年に全面返還されたが、建物はしばらくそのままになっていた。撤去費用は思いやり予算だったのか。

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地図を見ても何も書いてない。多分、国有地だ。

番地しか書いてない台形の土地がフェンスで囲まれた区域です。

その左が東京外大、下が武蔵野の森公園、西武線多磨駅の上方には多磨墓地が広がってます。

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